教育・Education Feed

2019年8月31日 (土)

俳句雑感(6)季語と切れ字 <「猛暑日」と「立秋」>

   

Click here to see Bashōs haiku in English.

  

Img_4696_2

 

・梅雨明けは猛暑日なりし七月尽

    

tenki.jpによると、731日に東北北部も梅雨明けとなり、日本列島は猛暑日となりました。

  

掲句は、強いて俳句と言うなら、話題提供の「報道俳句」です。

この俳句は「梅雨明け」「猛暑日」「七月尽」と季語が3つあり、一般的な俳句ではありません。「猛暑日」は2007年以降に用いられるようになった言葉なので私の歳時記には有りませんが、季語として扱うべきでしょう。

  

・猛暑日や熱中症孤独死

  

この俳句は世相を表す川柳にする方が相応しい内容です。伝統俳句の「梅雨明け」の例句はここをクリックしてご覧下さい。

   

立秋や名のみの秋の猛暑かな

 

この俳句は二つ「切れ字」(詠嘆の「や」と「かな」)があり、季語も三つありますので、一般的には「ダメ俳句」として批判されるでしょう。しかし、「はや立秋になったんだ」という感慨と、「それにしても猛暑だな」という二つの感慨を共に表す俳句として是認してくれる俳句の先生が居てもよさそうですが、いないのでしょうか?  

  

今年の立秋88日ですが、天気予報によると未だ「猛暑日」や「真夏日」が続いています。

このように、実際の季節感と歳時記の季語にずれがあるのは、陰暦(旧暦)に基づいていた二十四節気が太陽暦(新暦)に当てはめられた結果ですが、地球温暖化による異常気象の影響も無視できないでしょう。

   

余談ですが、中国やインド、米国、ロシアなどの人口巨大国が率先して温暖化対策を促進しなければ、将来の地球環境はどうなっていくのか心配なことです。

世界の指導者として、米国トランプ大統領には大いに反省して頂きたいですね。トランプ大統領は「積み木崩しゲーム」の崩すことばかりやっているような気がします。 

トランプ大統領とその取り巻きは、世界の緊張が高まり、米国の軍需産業が繁栄すれば良いと、「アメリカ・ファースト」を唱道しているのでしょうか?

  

国際条約を簡単に反故にする風潮が蔓延ると、平和な世界の秩序が維持できなくなります。次の選挙では、米国市民が世界のリーダーとして相応しい大統領を選ぶ良識を発揮してくれることを祈るばかりです。

  

日本の政治家もしっかりしてほしいものですが、

トランプに振り回される世界かな」と、

庶民は、憤懣やるかたなくても、川柳を口ずさみ、ぼやいているしかありません。

   

最後の写真は日本伝統俳句協会8月の俳句カレンダーの一部です。

写真をクリックして拡大し、掲載された俳句をご覧下さい。

短冊句の「玻璃」は「ガラス」の意味です。稲畑廣太郎氏のこの句は秋めいた景色が丸ビルの窓ガラス越しに見えたことを詠んだのでしょうが、ガラス窓に映っている初秋の情景を詠んだものかもしれません。

  

Img_4698

2019年8月16日 (金)

815祈り繋がむ終戦日

  

Img_4941

   

Img_4887

タイトルの俳句は薫風士の川柳もどきの「標語俳句」です。

「815」は広島に原爆が投下された815終戦日815を意味します。

  

今年の終戦日は猛暑大型の台風10号・豪雨に見舞われそうです。被害が少ないことを祈るばかりです

  

天災は甘受せざるを得ませんが、英知を集めて災害を最小限に食い止める努力が必要です。災害が発生した際には自衛隊の救助活動によって多くの人命が救われています。

自民党の草案にある憲法改正(天皇を元首とする国家主義により自衛隊を軍隊にして戦争に駆り出す羽目になる改悪)は阻止しなければなりません

  

終戦記念日を迎え、平和のありがたさを再認識しています。

まやかしの政治を繰り返させないように、次の選挙では一歩踏み込んでよく考えて投票するようにしましょう。  

    

2019年8月14日 (水)

869祈り繋ぐか原爆忌

   

Click here to see Bashōs haiku in English.

Img_4885

    

タイトルの俳句は広島平和記念式典をテレビで見ながら薫風士が広島忌と長崎忌を口ずさんだタイトル俳句です。

   

「869」は、広島の被爆194586日午前815分)と長崎の被爆89日午前112分)を意味します。

  

   

      

・忘れまじ815の炎天

   

・815祈り繋がむ終戦日

  

上の2句は薫風士の川柳もどきの「標語俳句」です。

「815」は広島に原爆が投下された815終戦日815を意味します。今年の終戦日は猛暑大型台風に見舞われそうですが、被害が少ないことを祈るばかりです

  

・その悲惨俳句に詠めぬ原爆忌

    

俳句は片言ですから、戦争や原爆の悲惨さは到底詠むことはできませんが、考えるきっかけにはなります戦争の悲惨さを体験した世代の生存者は年々減少し、いずれ戦争を知らぬ世代ばかりになります。

     

語り継ぐ五才の記憶原爆忌 (末廣紀惠子

 

原爆の阿修羅忘れず敗戦忌 (泉田秋硯

  

原爆忌語り部たちの老い姿 (桂敦子

     

戦争犠牲者のご冥福・核兵器廃絶世界平和の祈りは永遠に続けなければならない思います

核兵器の廃絶は現実には出来ないにしても世界の人々がこの祈りを続け、いずれの分野においても、世界の指導者が「寛容の精神」をもって世界の融和・核軍縮の努力をすれば、戦争の勃発や核兵器の使用を未然に防ぐことは可能でしょう。

米国はじめ世界の現状はこのような庶民の願いを十分に反映せず、逆行しているのは悲しいことです。

しかし、一人ひとりの小さな力でも、世界の人々があきらめずにコツコツと結集すれば、大国をも動かすことは出来るでしょう。

この思いを皆さんがシェアしてくれることを祈っています。

     

原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫あゆむ (金子兜太

   

上記の俳句4句は歳時記(俳誌のSalon)から抜粋・掲載させて頂きました。) 

   

Img_4904

2019年7月31日 (水)

俳句雑感(5) 季語とは何か? <「西瓜」と「西瓜割」>

 

Img_4676_2


俳句は川柳ほど人気がないのが現状です。

俳句を作らない人々の大抵は「季語が難しい」と思っているようです。次のことがその原因でしょう。

  

歳時記を金科玉条にして、「『西瓜割』は夏の季語だが、『西瓜』は秋の季語である。」などと素人には訳の分からないことをいう著名な俳句の先生がいるからではないでしょうか?

  

当初の季語は旧暦(陰暦)の四季に基づいて分類されていました。その季語が新暦(太陽暦)の四季(立秋は新暦8月7日頃)に当てはめられたことが混乱を生じて、更に季語を難しくしているのでしょう。このことは、季語の本来の価値を損なっていると思います。

   

「『夏の季語』で俳句を作りなさい。」と言われ、普通の人は「西瓜」は夏に食べるのが美味しいと思って、「西瓜」の俳句を作ると、「『秋の季語』だからダメです。」などと言われて面喰い、不信感を抱いたり、俳句嫌いになったりするのではないでしょうか?

  

「俳句は自分が自然を見たまま、感じたままに素直に5・7・5にすれば良い。」ということが大原則でしょう。

  

俳句を作っているうちに、自然に「季語」の「取り合わせの妙」が分かってくるものです。俳句の食わず嫌いの方には、自分の感性を信じて、歳時記の分類に捉われることなく、自然を見たまま、感じたままに、気軽に俳句を作り、俳句の面白さ・楽しさを知ってほしいと思っています。

   

冒頭の写真はカラー図説日本大歳時記(夏)の「西瓜割」の解説ページの一部です。「西瓜」は、日本大歳時記(秋)に掲載されていますが、解説の最後に、「西瓜は普通秋の部に分類されるが、現実には夏のものである。」との記述があります。

合本現代俳句歳時記角(川春樹編)でも、西瓜は「秋の季語」として掲載されています。

きごさい歳時記」(5,000季語の検索)では、「『西瓜割』は晩夏、『西瓜』は初秋』」に分類されています。

このことから解るように、歳時記は編集者によって季語の取り上げ方が異なります。いずれの歳時記にせよ、絶対視せず、実際の自然の観察を優先して俳句を作るのが本来の俳句の作り方でしょう。

  

上記の考えに異論のある俳句の先生がおられたら、後学のためにご意見を頂けると幸いです。

なお、「[俳句を詠む、季節の言葉を知る] おすすめの歳時記ランキング10選」というサイトがありました。ここをクリックしてご覧下さい。

 

2019年7月13日 (土)

(まんぽ俳句文法) 「片陰」<口語と文語>

  

Img_4547

Img_4548

  

A)片陰を辿り訪ねた丘の街 

(B)片陰を辿り訪ねし丘の街

(C)遊歩道片陰光る水溜り

(D)片陰に移ろう光水溜り

(E)片陰に移ろふ光水溜り

 

(A)の「訪ねた」は口語で散文的に響きますが、

(B)の「訪ねし」は文語で詩的な響きがあり、俳句としては(A)の方がよいでしょう。

(C)は文語・口語の違いはありません。

(D)の「移ろう」は口語(現代仮名遣)、(E)の「移ろふ」は文語(旧仮名遣)です。(D)の場合、「水溜りの光が移ろう」のか「作者が片蔭に移ろう・移動しようとしているのか」曖昧になりますが、(E)の場合は、「水溜りの光が移ろうこと」を詠んでいることが明瞭です。

このように、旧仮名遣にはそれなりのメリットがあります。

なお、広辞苑などの辞書には現代仮名遣の後に旧仮名遣が付記されているので簡単に確認できます。

「片陰」の俳句に興味があればここをクリックするとご覧になれます

  

ちなみに、前回の「まんぽ俳句」に掲載した紫陽花の俳句

梅雨晴れ間垣根溢れる額の花」は口語俳句ですが、

文語俳句にすると梅雨晴れ間垣根溢るる額の花」となります。この俳句は、現に見ている情景なので、「梅雨晴れ間垣根溢れし額の花」としてはいけません。

俳句上達のコツは、ともかく見たこと感じたことを5-7-5のリズムに表現し、そのリズムを身に付けることです。必要なら後で推敲すればよいのですから・・・。

2019年7月 6日 (土)

芭蕉300句の英訳チャレンジ:「木下闇」(30/300)

  

須磨寺やふかぬ笛きく木下やみ

  (sumadera-ya fukanu-fue-kiku koshitayami)

  

(A)

in sumadera

i heard the unblown flute sing

in the trees’ deep shade

  

(B)

Suma temple_

hearing the unblown fife,

in the dark of trees’ shade

  

(A) 575訳、(B)はLovee訳です。

切れ字の「や」は(A) には訳出されていませんが、(B) では句読点「_」で表しています。固有名詞はhaikuでも「Suma」のようにを大文字にする方が句意がわかりやすいでしょう。

A)のように主語の「I」を小文字にするのは賛成しかねますし、原句に無い「我・吾・われ」を「翻訳haiku」で「I」として補充するのは無用です。(A) は、「in ---i---in」と韻を考慮したのかもしれませんが、句意が誤解される恐れが無い限り、前置詞は補充しない方が良いでしょう。俳句は省略の文学であり、その解釈を読者に委ねることが面白さの一面です。

いずれにしろ、須磨寺の逸話(平敦盛のこと)を知らない限りこの俳句の良さは理解されないでしょうが、英語俳句の作成や翻訳の参考になれば幸いです。

ちなみに、「木下闇」は夏の季語です。

 

(注)青色文字(冒頭の「須磨寺や・・・」など)をクリックすると、解説記事(「笈の小文」など)をご覧になれます。

なお、次回からはLovee訳のみを掲載し、折に触れて他の翻訳を参考に掲載させて頂きます。  

 

  

  

2019年6月 7日 (金)

芭蕉300句:言葉の壁を破る英訳チャレンジ (1)

         

 (Click here to see "the English version by L. P. Lovee".)

Img_4037

Img_4036

先日、「575 The haiku of Basho」の著者John Whiteが共著者の佐藤平顕明氏と来日され、芭蕉の俳句の英訳について議論する機会を得ました。

ホワイト氏は俳句の原則5-7-5音を尊重して英訳を5-7-5 音節(syllable)のhaikuとし、芭蕉が字余りで詠んだ俳句はそれに従って音節を増やすという徹底ぶりで、300句を英訳しています。その労作には驚嘆しました。

ホワイト氏は日本語を理解できないので、佐藤氏の解説を基にして英訳されたそうで、両氏のご努力には敬意を惜しみません。しかし、俳句の本質は5-7-5音の簡潔な詩的表現をすることにあり、日本語と英語の構文や発音などの違いを無視して形式的に音節に拘ることには賛成しかねます。動詞や前置詞・副詞などを使用して音節を増やすと散文的になり、俳句の特徴である「詩的短さ」が損なわれると主張しましたが、ホワイト氏は英語の詩として十分簡潔なhaikuに翻訳していると反論され、議論は平行線に終わりました。

ホワイト氏には94歳のご高齢にもかかわらず翌日の帰国を控えたお忙しい時間を割いて頂いたので議論の矛を収めましたが、言葉の壁を破り俳句の翻訳をすることの難しさの一例として、ご参考までに下記のとおり紹介させて頂きます。

 

・ほろほろと山吹ちるか瀧の音 (芭蕉

 

yellow rose petals

gently, gently flutter down;

waterfall thunder

 

ホワイト氏は、芭蕉が山吹を見て詠んだものとしてこの翻訳をしたとのことで、「滝音の響きと山吹が静かに散る対比が面白い」と感想を述べていました。

この解釈は、疑問を表す助詞「か」を見落としていますが、日本の著名な俳人も文法に気をとめず直感的に句意を解釈する傾向があるので是認すべきかもしれません。この俳句は滝の音を聞きながら、「滝の轟音の響きで山吹が散るのではないか?」と滝音の大きさを詠嘆して詠んだものでしょう。 

そこで、次のとおり試訳してみました。

  

shall yellow rose petals

flutter down?

the thunder of water fall

   

ホワイト氏の翻訳は9語17音節ですが、上記試訳は11語16音節です。語数が増えても「滝の音」を強調するために敢えて「the thunder of waterfall」としました。

英詩のHAIKUとしては試訳よりホワイト氏の翻訳の方が詩的映像が鮮明になり優れていると思いますが、原句の句意を無視することはできません。試訳は1~2行の改行を活かし、間をおいて読むと俳句らしくなります。

芭蕉は「滝と山吹」の従来の取り合わせの焦点を音に当てることにより新鮮味を出し、映像は読者の想像に委ねたものと思います。

ホワイト氏はロンドンの名門大学UCLの教授だったとのことですが、まだまだお元気です。「来年も生きていたら来日し、俳句と仏教について講演するつもりだ」と仰ってました。

芭蕉の俳句を気の向くままに英訳して言葉の壁を破るチャレンジをし、来年もホワイト氏と議論できることを願っています。

 

今後の英訳は折に触れてfacebookにも掲載します。俳句の翻訳に関心のある読者の皆さんからコメントを頂き、「俳句とhaiku」鑑賞の楽しさをシェアして頂けると望外の喜びです。

   

2019年4月30日 (火)

新元号祝ひ「花見」の俳句詠む

   

To enjoy HAIKU in English, click the respective titles: Farewell haiku of Ransetsu” , Photo Haiku Collection (Trip to Europe), and "Vol.5 Kyoshi 100 Haiku (81) ~ (100)" in HIA.

     

Img_3089_2

Img_3100 

Img_3255_2Img_3177

   

現代は「花見」と言えば「桜の花見」ですが、万葉集時代の花見の対象は中国渡来の「梅の花」でした。  

桜の写真は隅田川テラスからスカイツリーを望む風景と皇居の堀端の垂れ桜です。

(写真はクリックすると拡大します。青色文字をクリックするとリンク記事をご覧になれます。)    

           

新元号期待違はず花見かな

 

花冷に新元号は令和なり

 

新元号令和を祝ひ花見酒

 

万葉の文化偲びつ花の宴

 

異国語も交じり平和や花筵

 

句に興じ異国の友と花見酒

  

新元号フェイクにするな四月馬鹿

 

改元に詐欺の横行四月馬鹿

   

平和ぼけするな一喝春の雷

 

大川のジョガー行き交ふ花堤

 

花万朶スカイツリーを遠望に

 

花万朶水面に映ゆる皇居かな

  

・平成の残花を惜しみ一人旅

 

碧眼の皿売りも居て花の市

  

・平成の果つる四月や花に雪

 

余花の雨地を固むるや令和成る

   

上記の俳句は、「月並み俳句」のオンパレードだと批判されるかもしれませんが、「凡人は俳句を楽しむことが先決である」と、句作を楽しんでいます。 

          

「桜」・「花」の俳句と写真集(サイト)はここをクリックしてご覧下さい。

 

歳時記(俳誌のサロン)の「花見」の俳句はここをクリックしてご覧下さい    

       

余談ですが、「令和」の「令」は「命令」・「号令」や「律令制」を連想し、「和」は「昭和」と「平和」を連想します。「律令制」は「大化の改新」で実施されました

「令和」の時代に「世界平和に貢献する日本にするか否か」は、我々一人一人の自覚と行動次第です。

和を以て貴しと為す」は聖徳太子の言葉とされていますが、平和憲法下の「民主主義に基く和」を推進したいものです。

平和ぼけして「あなた任せ」や「お上まかせ」の意識でいると、「平成から令和の歴史の流れ」は「大正から昭和の歴史」と同様の悪夢の繰り返しになるでしょう

自民党の憲法改正案には「天皇を元首」にしたり、「自衛隊」を「軍隊」にしてありますが、このような「改正と称する改悪」は無用でしょう。

 

平成天皇の「『象徴天皇』と『平和』への真摯な思い」を無にしてはならない、という忖度思いを新たしています。

 

読売新聞の記事によると、安倍首相は「桜を見る会」で自作の俳句を2句披露しています。

 

平成を 名残惜しむか 八重桜

新しき 御代みよ寿ことほぎて 八重桜

    

上記の俳句は「俳句談義(18):政治家と俳句」で紹介した俳句より随分上達しています。

安倍総理以下与党議員の方々には平成天皇の思い民の思いを誤解することなく忖度して、憲法の改悪はしないようにしてほしいものです。そして、平成天皇から令和天皇が「日本国民の象徴」として国際親善・平和外交を継承される環境を堅持してほしいと切望しています

  

  

   

2019年1月20日 (日)

俳句を楽しもう! 「寒」「冬晴れ」の俳句

   

Img_2214_1

Img_2214_2 

   

  

  

・鴉鳴く庭に出ればヒヨ飛びぬ     

・寒の鳥青に煌めく機影かな  

・寒の青機影煌めき行き交ひぬ

  

掲句はふと口ずさんだ即興句をこのブログ用に推敲したものです。朝食後「寒」の俳句のブログを書こうとしていたところ、鴉が鳴くので句材になるかと思って庭に出ました。鴉は声のみで姿は無く、ヒヨが黐の木から飛び立ちました。冬晴の空を見上げていると微かな音の飛行機が2機小さく煌めき行き交いました。

  

今日は平成最後の「成人の日」です。

若者には「初心を忘れずそれぞれが自分を活かすべく頑張ってほしい」と期待していますが、為政者には与野党対立一点張りでなく足らざるを補完し合い「未来を背負う若者が希望を持って飛び立てる政治」を推進してほしものです。

働き方改革」が検討されています。現役の人々が俳句を作ってみる気になれるような労働環境・働き方改革にしてほしいものです。

老いの身は俳句を楽しみながら健康維持に努め、四月に発表される新元号も平和国家を象徴する年号となり世界平和が維持されることを祈るばかりです。

      

歳時記(俳誌のサロン)から気の向くままに「寒」の俳句を抜粋・掲載させて頂きます。

(詳細は青色文字をクリックしてご覧下さい。)

   

(1)

さはぐ鳥羽の田面や寒の雨 松尾芭蕉  

(寒2)

・寒晴や転居先にも富士見坂 (高木嘉久) 

(寒3)

・寒日和見上ぐる程の子と歩く (小野田敏子)  

(寒4)

・寒の夜の風呂が沸いたと電子音 (北島上巳)  

(寒5)

浅草に老いて芸なす寒の猿 (有働亨  

(寒6)

・寒三日生きる証の雨戸繰る (森山のりこ)  

(寒7)

鎮魂の竹灯籠や寒の朝 (西垣順子)  

(寒8)

スカイツリーその寒影の長きかな (小林美登里)  

(寒9)

・入るにも出るにも気合寒の風呂 (府川昭子)  

(10)

・寒晴れや木の香の満つる木工所  (城戸緑)  

(11)

・点滴を引きずつて行く寒厠 (吉田耕人)

  

2019年1月13日 (日)

俳句の国際化: 嵐雪の辞世句

 

Img_2205

   

・一葉散る咄ひとはちる風の上

  

この句は芭蕉の高弟である服部嵐雪の辞世句です。

この俳句のドイツ語訳について不審に思ったドイツの「俳句メル友」から新年早々に問い合わせのメールを受信しました。

この俳句のドイツ語訳を次のとおり英訳してありました。

  

A single leaf falling
sheer lunacy!

A single leaf drifting away with the wind

 

そして句友の英訳は次のとおりドイツ人らしい合理的な翻訳です。

   

Loosen from the tree
the helpless leaf
is drifting away on snowflakes

 

sheer lunacy」は「愚行」とか「まったく馬鹿げたこと」と言うような意味です。(研究社大英和辞典

「咄」は「叱る声」や「事の意外さに驚き怪しむ声」です。(広辞苑参照)

 

そこで、「」は座禅に使われる「」と同じような一種の擬音であること、この俳句の「葉」は「人間」の比喩と捉えるのが良いと思う旨説明し、次のとおり筆者独自の大胆な意訳を連絡したところ、「amazing!」と感嘆した旨の返信が来ました。

 

man dies as a leaf falls_

Basho has passed away,

now, me too.

  

因みに、R. H. Blyth 氏は A History of Haiku (Volume One) において、「この辞世句は美しいが、何か nerveless である」と付記して、次のように文字どおり英訳しています。

  

A leaf falls,

Totsu! Another leaf falls,

Carried by the wind.

 

nerveless」は研究社大英和辞典によると「弱弱しい」とか「冷静な」という意味ですが、Blyth はどちらの意味を指しているのでしょうか?

  

Stephen Addiss 氏は The Art of Haiku において、「『咄』は禅の叫び声である」と付記して、次のとおり英訳しています。

  

a leaf falls

Totsu! a leaf falls_

riding the wind

  

上記2氏の英訳は「風に運ばれる」とか「風に乗る」と英訳していますが、嵐雪は「風の上」と表現して「昇天」を暗示したのではないでしょうか?

さらに、「咄」と擬音で注意を喚起して、「ひとはちる」と「ひらがな」を用いて「人は散る」と読ませることを意図していたのではないでしょうか?

穿ちすぎでしょうが、高浜虚子は嵐雪の辞世句が潜在意識にあって「春の山屍を埋めて空しかり」に同じように「ひらがな」を用いる手法を使ったのかもしれません。

  

それはともかく、英語は論理的な言葉ですから日本語ほど連想を伴いません。比喩的な俳句は文字通りの英訳と意図された比喩の意訳を併用すると日本語の原句にある暗喩のニュアンスが理解されやすいと思っています。

国際俳句交流協会HP掲載の「高浜虚子の俳句をバイリンガルで楽しもう!」をご覧下さい。

  

(青色の文字をタップ(クリック)するとリンクされた記事をご覧になれます。)

 

2018年12月15日 (土)

季語「東北忌」に思うこと

   

Img_2112

Img_2082

    

風船は命の数よ東北忌 

(草加市 江口靖子)

 

掲句は20HIA俳句大会現代俳句協会賞受賞句です。

 

東日本大震災死者・行方不明者は1万8千人以上です。

  

1923年9月1日に起こった関東大震災では死者・行方不明者は10万人以上に及び、9月1日は「防災の日」と定められていますが、俳句の季語として「震災忌」と呼称されることがあります。

  

(青色文字をクリックするとリンクされた関連記事をご覧になれます)

 

震災遺構として残されている仙台市立荒浜小学校で、花の種を入れた色とりどりの風船(エコバルーン)が1000個がとばされ、名前を叫んだり、時折涙して空を見つめる人々も見受けられたが、一番目立ったのは、「笑顔」だった。(HUFFPOST 2018.3.11

   

大地震や津波などの犠牲になられた方々のことを思うと胸が痛みます。

遺族の方々に謹んでお悔み申し上げます。

     

安斎さんは、関係郷土史と米国側の資料などを研究。それらを総合すると「和紙は風船爆弾の第一番の材料。その生産地となった和紙の里をねらってアメリカが報復爆撃した」のが真相ではないか?と推論しました。

 風船爆弾は44年11月から福島県勿来、茨城県大津、千葉県一宮から飛ばされました。計9300個飛ばされて偏西風にのってアメリカ大陸に到達した数は推定1000個とみられています。

 45年5月5日、オレゴン州の村で5人の子どもと、牧師の妻が風船爆弾で死亡しています。

 「オレゴンの悲劇」と言われ、上川崎村への爆撃はそれから2カ月後のことでした。

 「戦争の被害者とばかり思っていたのが知らぬ間に加害者の立場になっていたのかもしれません。戦争は二度と繰り返してはなりません」  (菅野尚夫)

   

上記は、高村光太郎忌日・連翹忌(れんぎょうき)運営委員会のブログ

平和な故郷願って 福島に生きる 『風船爆弾になった和紙』冊子にまとめた 安斎克仁さん(79)

からの抜粋です。

     

日本漢字能力検定協会が発表した「今年の漢字」は「」です。

   

阪神・淡路大震災の犠牲者は6,434人でしたが、南海トラフ巨大地震・津波が発生すれば死傷者の数や復興費用は東日本大震災の数倍~数十倍になることが懸念されています。

   

大地震や大津波などの自然現象は抑えることはできませんが、

戦争の発生は人為的に抑えることができるでしょう。

   

天災が人災になることは防がなければなりません。

      

世界の民衆は平和を願っているのに、

我欲・権力欲の塊のような為政者やその支持者が戦争の原因となる人種的対立や宗教的対立を煽り、膨大な軍事費による浪費を正当化していることは悲しいことです。

世界の膨大な軍事費が地球上の防災やインフラ整備・福祉のために使えるように、世界の為政者や有識者が良識を発揮率先行動してほしいものです。

  

戦争防止のために、皆さんと共に地道な活動を続けたいとの思いから、

俳句を通じて世界平和を!World peace through haiku!」をキャッチフレーズにしてささやかなブログを書いています。

  

・去年今年八十路の夢白寿まで (薫風士)

   

Cimg5945_2

   

今日は京都や福井にも初雪が降りました。 

初雪の俳句」をご覧下さい。

   

 

皆さんがこの思いをシェアして世界に発信してくれることを祈っています

  

・笑みを生む木喰仏虫集く (木下さとし)

2018年10月26日 (金)

「チュヌの追悼」by L.P. Lovee

  

Dscf0166_2

Click here to enjoy J-E Bilingual HAIKU in English.

See "Enjoy bilingual haiku of Kyoshi Takahama" in HIA HP. 

       

(青色文字のタイトルをクリックするとその記事がご覧になれます。)

   

・愛犬を看取る寝息や秋深む

・愛犬を看取りし夜長母偲ぶ

・愛犬を荼毘に付すちちろ鳴く

・愛犬の弔ひに来し鉦叩

鉦叩テーブル巡り悼みけり

・愛犬の昇天したる天高し

・愛犬の深めし絆秋高し

  

チュヌの追悼に来た鉦叩の声をお聞き下さい。ここをクリックしてご覧下さい。 

 

ペット愛好者はチュヌを弔い「ペット」(愛犬の写真)をご覧下さい。

俳句愛好家は「俳句」や「俳句談義」「俳句エッセイをご覧下さい。

川柳愛好家は「川柳」をご覧下さい。

英語俳句に関心のある方は「HAIKU バイリンガル英語俳句」をご覧下さい。

政治に関心をお持ちの方は「政治談議」をご覧下さい。   

「いじめ」の問題など、子供の教育に関心のある方は是非ともチュヌの思い「究極のラブを!」をご覧下さい。

チュヌは天国から皆さんのお幸せを見守っています!

チュヌは2018.10.16に永遠の眠りにつきました。

「チュヌの便り」をご愛読ありがとうございました。

 

2018年9月30日 (日)

究極の愛とは

答えは次のサイトでご覧下さい。

(日本語版)「究極のラブを!」

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2018/01/ultimate-love-fa46.html

   

(英語版)Ultimate Love by L.P. Lovee

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2015/12/ultimate-love-by-lp-lovee.html

2018年2月10日 (土)

高浜虚子の100句(91~100)(100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi)

(10 HAIKUs of Kyoshi Takahama, translated by Satoshi Kinoshita)

HAIKU is AI: not Artificial Intelligence, but Art of Intelligence, leading to "LOVE". 

Haiku Aids Increasing Knowledge Univerally.

    

(91) 春潮にたとひ櫓櫂は重くとも (S22. 1947)

  (shunchohni tatoirokaiwa omokutomo)

  Even if the oar is heavy

  against the spring tide_    

(Note)

This haiku was made as a tribute to encourage Kyoshi's grand-daughter  (Nakako Bohjoh: 坊城中子) when she entered a nursing school.

The Kyoshi's haikus translated herein are cited from the writings of Toshiki Bohjoh (坊城俊樹:the son of Nakako Bohjoh, that is, a great-grandson of Kyoshi Takahama).

       

(92) 爛々と昼の星見え生え (S22. 1947)

  (ranranto hirunohoshimie kinokohae)

  the daylight star

  looks glaring_

  mushrooms grow    

(Note)

This haiku was made as a farewell tribute to people in Koromo City. They gave mushrooms (=茸)to Kyoshi Takahama for a farewell present. He lived in Koromo for about three years after moving there for refuge from air raid during the war.

The word ’daylight star’ means the sun, because the word ’爛爛(=glaring) is used for describing it. In the case of this haiku, it is possible to express 'kinoko' by either letter of '' or ''. However, the latter was adopted. The letter '菌' can also mean 'germ' when it is read as 'kin'. 

Thus, it seems  that with the cited haiku, Kyoshi Takahama intended to express the whole great nature by referring to the greatest thing ’daylight star (=太陽)’ and the smallest thing 'mushroom (=)'. 

    

(93) 去年今年貫く棒の如きもの  (S25. 1950)

  (kozokotoshi tsuranuku bohnogotokimono)

This haiku was highly appreciated by Yasunari Kawabata (a Nobel winner for Literature).

In this haiku, metaphor as well as inversion is applied.

 (Translation A)

  kozokotoshi

  piercing

  a stick-like thing    

 (Translation B)

  my belief in HAIKU

  piercing kozokotoshi

  like a stick 

 (Translation C)

  time pierces

  kozokotoshi

  like a stick

(Note)

“kozokotoshi” is a kigo (= seasonal word) established by Kyoshi Takahama, referring to New Year, on which yesterday is the last year, and today is this year. Thus, the literal meaning of kozokotoshi is “last-year-this-year”.

Translation A is a word-for-word translation and can be interpreted in various ways. However, “stick-like thing” should be considered as the real subject and a metaphor. In Translations B and C, “my belief” and “time” are added, respectively replacing the word “stick-like thing”. Thus, the kigo “kozokotoshi” should grammatically be taken as the object of “pierce”. Otherwise, this haiku makes nonsense.

In Translation A, if you take “kozokotoshi” as the subject for “pierce”, and “stick-like thing” as the object for “pierce”, then what do you think the “stick-like thing” indicates? Does it make any sense? 

        

(94) 大桜これにかしづき大椿 (S30. 1955)

  (Ohzakura korenikasizuki ohtsubaki)

  a large cherry tree_

  beside it

  a large camellia

  

(95) 蠅叩手に持ち我に大志なし (S31. 1956)

  (haitataki tenimochiwareni taishinashi)

  having a flyswatter

  in my hand

  I have no great ambition

   

(96) 虚子一人銀河と共に西へ行く (S24. 1949)

  (kyoshihitori gingatotomoni nishieyuku)

  Kyoshi alone

  goes toward west

  with the galaxy

  

(97) 我のみの菊日和とはゆめ思はじ (S29. 1954)

  (warenomino kikubiyoritowa yumeomowaji)

  chrysanthimum-bright-day_

  never

  only for me

(Note)

Kyoshi Takahama made this haiku when he received a Cultural Medal (=文化勲章).

    

(98) 悪なれば色悪よけれ老の春 (S28. 1953)

  (akunareba iroakuyokere oinoharu)

  if any vice,

  sensual vice would be better_

  spring of old age

   

(99) 明易や花鳥諷詠南無阿弥陀 (S29. 1954)

  (akeyasuya kachohfuuei namuamida)

  daybreak getting earlier_

  making haiku of nature

  namuamida

(Note)

’kachoh-fuuei’(花鳥諷詠), which was advocated by Kyoshi Takahama, means a typical way of composing haiku based on appriciation of nature including human affairs.

’namuamida’ (南無阿弥陀)is Buddhist chanting words of sutra, which mean ’I believe in Amitabha'.

   

(100) 独り句の推敲をして遅き日を (S34. 1959)

  (hitori kunosuikoh-o-shite osokihio)

  alone,

  elaborating haikus_

  lengthening days of spring

      

Click here to see back numbers (81~90).

  

2018年1月17日 (水)

俳句・HAIKU by L. P. Lovee (13) <とんど(どんど)焼き・dondoyaki>

Cimg5782

Cimg5793_2Cimg5795_2

 老幼の町の左義長点火待ち

(rouyohno machinosagichoh  tenkamachi)

the old and children

wait for lighting

town sagichoh bonfire

    

・ふるまいの豚汁に笑みとんどの火

(furumaino tonjiruniemi tondonohi)

man-served tonjiru_

beaming faces  

reddened by the tondo bonfire

  

御代りの豚汁に笑むとんどの子

 (okawarino tonjiruniemu tondonoko)

beaming with

another tonjiru_

boys in the tondo festival

  

 (Note) 'tonjiru' means "miso soup with pork and (several) vegetables; pork miso soup." See [株式会社研究社 新和英大辞典第5版]

  

HAIKU is AI: not Artificial Intelligence, but Art of Intelligence, leading to "LOVE". 

Haiku Aids Increasing Knowledge Univerally.

Click here to see the back number (12):

俳句・HAIKU by L. P. Lovee (12) <初雪・first snow of the season>

 

2018年1月14日 (日)

究極のラブを!(Ultimate LOVE!)

   

(Click here to see English version "Ultimate LOVE".  

Sn3u0014b子供達が健全に成長し、幸せな人生を送ることが出来るように、そのための24のキーワードをLOVEの文字に当てはめ「究極のLOVE」として集約しました(下記をご覧下さい)。    

子供たちの道徳教育の参考になれば幸いです。

青色文字をクリックすると解説記事などがご覧になれます。(リンクさせて頂いたサイトの記事がその後に作成者によって修正や削除されることなどがあります。ご了承ください。)    

   

価値観は時代とともに変化します。子供たちそれぞれの個性と才能を生かす教育、多様性を受け入れる寛容の精神を養う教育が肝心です。

いじめ」を防止する教育は必要ですが、「いじめ」や「登校拒否」を無くするためには「他の人の立場を理解し、多様性を認める寛容性と和の精神を教育することこそ肝心です。

現代の「和」の精神は戦前の「封建制度的な和」でなく、「平和憲法に基づく民主主義制度における和」が大切です。戦前の全体主義的・国家主義画一教育に逆流させてはなりません。絶対主義画一的教育は「いじめ」の温床になるでしょう。そればかりか、「国のためには戦争をすべきである」というアナクロニズムに陥る恐れがあります。

武器・技術が進歩し、核兵器のある現代では、局地戦争が核戦争を引き起こし、人類・地球の破滅をもたらすリスクがあります。

道徳教育で大切なことは、児童があくまでも自発的に物事を考え、自分の考えを主張すると同時に他者の考えにも耳を傾けることを学び、自己と他者、自己と社会との関わり合いを考え、自分の能力や個性を自分のためばかりでなく、社会に役立つようにするバランス感覚、合理的な思考能力などを培うことでしょう。

道徳教育を教科にして、「道徳嫌い」を生む恐れのある「一方的な成績評価序列評価をすること」には反対です。小学校教育においては、評価は子供の自尊心を生かし、やる気を出させるのに効果のある個別評価、教育効果を評価するための範囲に限定すべきでしょう。

(本との出会い)<母と子・優しさと厳しさと>をご覧下さい。    

平和な社会が維持されることを祈りつつ書いた「究極のLOVE]は下記の通りです。  

・「L」は Love(愛する)・Learn(学ぶ)・Liberty(自由・権利)・Legality(合法性)、Laugh(笑う)・Life(生活一生)です。    

・「O」は Optimism(楽観・楽天主義)・Originality(個性・独創性)・Objective(目標・客観的)・Obligation(義務・義理)、Opportunity(機会・好機)・Organization(組織団体組織化することです。  

・「V」は Vitality(活力・元気)・Vision(ビジョン・先見性)・Venture(冒険・思い切ってする)・Value(価値・評価)・Volunteer(ボランティア・自発性)、Viewpoint(観点視点切り口です。  

・「E」は Effort(努力)・Enjoy(楽しむ)・Ethic(倫理・道徳)・Equity(公平・公正)・Endurance(忍耐・持続)・Each(個人・自己)です。

     

・Love(愛)

親子の愛、男女の恋愛、夫婦の愛など人に関する愛のみならず、動物、自然、故郷、住んでいる町や国、平和、自分の仕事など全てが対象です。まず自分を愛し、自分のしていることを愛し、その結果が他者への愛、すべてのものに対する愛につながることが理想です。  

・Learn(学ぶ)

教師や反面教師として、全てのことから学ぶことが出来ます。

身近な両親、兄弟姉妹、友達、先輩・後輩、先生などから直接学ぶことが沢山あります。書物や新聞・ラジオ・テレビ、インターネットなどで地域と時代を超えて様々なことを学ぶことができます。また、自分自身や他人の失敗や成功の実例から学ぶことも大切です。   

・Liberty(自由・権利)

基本的人権として思想・言論・信教の自由などが憲法で保障されています。しかし、自由の権利を乱用すると、自由を失う恐れがあります。常に権利と義務、個(自分自身)と全体(社会・国)、公平・公正の原則とのバランスを考慮することが肝要です。多くの若者が選挙権参政権の行使を放棄していることは幸福を追求することを放棄していることになるのではないかと危惧しています。  

・Legality(合法性)

誰でも自由に考えて行動すれば良いのですが、それが法律に適っていることが前提です。法律は人々の生活を守り社会の秩序を維持するためのものですから、日常生活で余り難しく考えることは無いでしょう。しかし、何か特別のことを始める時にはそれが合法的かどうかチェックすることも必要でしょう。   

・Laugh(笑う)

笑う門には福来たる」(「Laugh and get fat.」「Fortune comes in by a merry gate.」)です。

泣きたいときには泣くとよいでしょう。でも、辛い時でも笑顔を忘れずに前向きに過ごして行けばきっと良い時も来るでしょう。  

・Optimism(楽観主義)

人間万事塞翁が馬」(Joy and sorrow are today and tomorrow.)、「人生は山あり谷あり」、「努力をすれば何とかなる」、「人事を尽くして天命を待つ」と楽観的に考えることです。いわゆるプラス思考・ポジティブシンキング(positive thinking)を実践することです。      

・Originality(個性・独創性)

世界に一人しかいない自分という貴重な存在を活かしましょう。単なる「猿真似」や「迎合」ではなく、人それぞれに出来ること・天性・個性を生かして、学んだことを更に発展させ実践することです。現代は多様性の時代です。様々な個性が集まって全体の調和が生まれることが理想です。    

・Objective(目標・客観的)

将来何をするか自分の目標を定める際に、それを達成することが可能か、楽観的に考えると同時に、冷静に客観的に評価しておくことも大切です。高い目標を掲げることは良いのですが、目標は高ければ高いほど成果の高望みをしないでstep-by-stepで一歩ずつ前進することです。   

・Obligation(義務・義理)

「世の中は持ちつ持たれつ」、「お互い様」です。自己の権利を主張するばかりでなく、義務もあることを認識して他者の権利・立場も認め、自他のバランス(Give-and-take)を考えることが大切です。   

・Opportunity (機会・好機)

好機逸すべからず」です。英語のことわざには「Now or never.」とか「Everything has its time.」などがありますが、機会をとらえTPO(時と場所と場合)を考えて適切な行動をすることが大切です。 

・Vitality(活力・元気)

何事もやる気と元気がなければ達成出来ません。精神的にも肉体的にも健康を維持することが大切です。「過ぎたるは及ばざるがごとし」です。時には無理が必要なこともあるでしょうが、頑張りすぎないで、自分の出来る範囲でやれば良いでしょう。

・Vision(ビジョン・先見性)

「憲政の神様」と言われた尾崎行雄は「人生の本舞台は常に将来に在り」と言っています。自分は何をしてきたか、今何をすべきか、自分の将来の目標は何か、自分の人生のどの時点でも、常に過去・現在・未来という流れの中で自分自身と社会の将来を見据えて考え・行動することが理想です。

・Venture(冒険・思い切ってする)

慎重に考えて行動することも大事ですが、難しいと思うことでも時には思い切ってやって見ることも必要でしょう。成功するか否かは自分の才能や努力のみならず運に左右されるものです。最もうまく行く場合と最悪の場合とを考え、腹を据えて思い切って行動すると良いでしょう。

・Value(価値・評価)

価値観は人によって異なりますが、自分にとって何が大切か、何をしたいか、それは自分のためだけではなく、親のためや人のために役立つことになるか、と考えながら目標を立て・行動することが大切です。

・Volunteer(ボランティア・自発性)

何事でも自分のしたいことをするときは苦労が苦労でなく、楽しくなります。最近はボランティア活動をしている若者も沢山いることはありがたいことです。自分が出来ることを自発的に行い、自分のみならず人のためにもなり、世の中に役立つことができれば最高です。

・Effort(努力)

天賦の才に恵まれていても努力をしなければその才能を生かすことは出来ません。ささやかな才能であっても努力することによって、それを伸ばすことが出来ます。大切なことは他者との比較や序列・勝ち負けそのものではなく、それを励みとして自分自身の天分を育てる努力をしているかどうかです。 

・Enjoy(楽しむ)

努力も色々工夫しながらすると、苦労でなく楽しみとなります。楽しみながらすると努力を続けることが出来ます。少しでも努力の成果が出ると楽しくなります。すぐに成果が表れなくても長い目で見れば必ず成果が出て来るものですから、それを楽しみに努力を続けることです。

・Ethics(倫理・道徳)

技術が高度に発達し専門化している現代社会においては個人や組織が倫理を大切にして活動することが不可欠です。最近の世相をみると、長い間に築いた信用を倫理観の欠如から一瞬に失い、自滅するだけでなく社会に大きな弊害をもたらしている例が少なくないことは残念なことです。

・Equity(公平・公正)

才能や努力の成果を生かすには考え方や行為が公正であることが大切です。どのような場合でも公正かどうかという観点でチェックすることが望まれます。公明正大な振舞いをすることによって明るい気持ちが維持できます。明るい気持ちは必ず幸福を呼び込むでしょう。   

・Endurance(忍耐・持続)

豊かな現代社会においては何でも簡単に出来、手に入るので誘惑が多く、我慢することが難しくなっています。

ITSNSが発達し便利になっていますが、スマホによるゲームの氾濫や不適切な交流サイトなど、子供の教育や十代の若者の新たな社会問題になっています。  

三つ子の魂百まで」、「継続は力なり」です。大きくなってから抑えることは難しくなりますので物心が付き始めた幼い時から我慢することのしつけもしておくと良いでしょう。 

上記のことは、ご存知のことばかりでしょうが、それをLOVEという親しみやすく大切な一語に集約して覚えやすくしたのが味噌です。LOVEを実践する人々が増え、住みよい社会が日本から世界に広がることがチュヌの主人の念願です。

幸せな一生を過ごすには、一個人としての「自分」と「組織」の一員としての「自分」とのバランス、「個」と「全体」の「関わり合い」を考え、「過去」をベースに「未来」を見据え、「現在」に「視点」を置いて、よく考え、行動することが大切です。そして、視点を「自己家族市民国民地球人」など、様々な視座に置いて相対的に考えることです。

「自分一人ぐらい・・・」とあきらめるのではなく、「自分一人でも・・・」と前向きに考え行動することです。「一人一人の思いや行動」が組織・社会・国を動かしていくのですから。       

(「究極のLOVEを実践しよう!」の抄訳英語版はココをクリックしてご覧下さい。)

                  

2017年11月28日 (火)

本との出会い <母と子・優しさと厳しさと>

        

Sn3u0014b

ブログ「チュヌの便り・虚子の俳句『去年今年貫く棒の如きもの』の棒とは何か?」を契機に知った宗内敦氏(臨床心理学者)の近著「エッセイで読み解く 教育・指導のエッセンス」を最近読み始めました。共感することが多々あるのでここに紹介させて頂きます。教育関係者のみならずチュヌの便りの読者など一般の人々に是非読んで頂きたい好著です。

青色文字をクリックすると解説記事などがご覧になれます。 

     

「いじめ」や「登校拒否」などの問題は教育者のみならず、広く一般の人々が他人事としないで関心を持ってほしい問題ですが、このような問題を無くするためには「思いやりを持って他人の立場を理解し、多様性を認める寛容性を基本にした和の精神を教育することが何よりも肝心である」とチュヌの主人は思っています。

この「和」の精神は戦前の「封建的な和」でなく、「民主主義制度における和」です。戦前の全体主義的・国家主義画一教育は「いじめ」の解消にならないでしょう。

道徳教育で大切なことは、児童があくまでも自発的に物事を考え、自分の考えを主張すると同時に他者の考えにも耳を傾けることを学び、自己と他者、自己と社会との関わり合いを考え、自分の能力や個性を自分のためばかりでなく、社会に役立つようにするバランス感覚、合理的な思考能力などを培うことでしょう。

宗内敦氏が「教師の権威と指導力」で述べているように、「権力」にもとづく教育でなく、「権威」に基づく教育をすることが肝心でしょう。

道徳教育を教科にして、「道徳嫌い」を生む恐れのある「一方的な成績評価序列評価をすること」には反対です。道徳教育においては、評価は子供の自尊心を生かし、やる気を出させるのに効果のある個別評価、教育効果を評価するための範囲に限定すべきでしょう。

子供たちが将来幸せな一生を過ごすことができるようにするには、「自分を知り、『一個人としての自分』と『組織の一員としての自分』とのバランス、『個と全体関わり合い』を考え、『過去をベースに未来を見据え、現在に視点を置いて、よく考え、行動すること』、『自己家族市民国民地球人』など、様々な視点で相対的に考える教育をすることが大切です。     

子供の教育のためのみならず、住みよい平和な社会が維持されることを祈りつつチュヌの主人が書いた「究極のLOVEを実践しよう!」の「究極のLOVE]は下記の通りです。  

・「L」は Love(愛する)・Learn(学ぶ)・Liberty(自由・権利)・Legality(合法性)、Laugh(笑う)・Life(生活一生)です。    

・「O」は Optimism(楽観・楽天主義)・Originality(個性・独創性)・Objective(目標・客観的)・Obligation(義務・義理)、Opportunity(機会・好機)・Organization(組織団体組織化すること)です。  

・「V」は Vitality(活力・元気)・Vision(ビジョン・先見性)・Venture(冒険・思い切ってする)・Value(価値・評価)・Volunteer(ボランティア・自発性)、Viewpoint(観点視点切り口)です。  

・「E」は Effort(努力)・Enjoy(楽しむ)・Ethic(倫理・道徳)・Equity(公平・公正)・Endurance(忍耐・持続)・Each(個人・自己)です。        

・Love(愛)

親子の愛、男女の恋愛、夫婦の愛など人に関する愛のみならず、動物、自然、故郷、住んでいる町や国、平和、自分の仕事など全てが対象です。まず自分を愛し、自分のしていることを愛し、その結果が他者への愛、すべてのものに対する愛につながることが理想です。  

・Learn(学ぶ)

教師や反面教師として、全てのことから学ぶことが出来ます。

身近な両親、兄弟姉妹、友達、先輩・後輩、先生などから直接学ぶことが沢山あります。書物や新聞・ラジオ・テレビ、インターネットなどで地域と時代を超えて様々なことを学ぶことができます。また、自分自身や他人の失敗や成功の実例から学ぶことも大切です。   

・Liberty(自由・権利)

基本的人権として思想・言論・信教の自由などが憲法で保障されています。しかし、自由の権利を乱用すると、自由を失う恐れがあります。常に権利と義務、個(自分自身)と全体(社会・国)、公平・公正の原則とのバランスを考慮することが肝要です。多くの若者が選挙権参政権の行使を放棄していることは幸福を追求することを放棄していることになるのではないかと危惧しています。  

・Legality(合法性)

誰でも自由に考えて行動すれば良いのですが、それが法律に適っていることが前提です。法律は人々の生活を守り社会の秩序を維持するためのものですから、日常生活で余り難しく考えることは無いでしょう。しかし、何か特別のことを始める時にはそれが合法的かどうかチェックすることも必要でしょう。   

・Laugh(笑う)

笑う門には福来たる」(「Laugh and get fat.」「Fortune comes in by a merry gate.」)です。

泣きたいときには泣くとよいでしょう。でも、辛い時でも笑顔を忘れずに前向きに過ごして行けばきっと良い時も来るでしょう。  

・Optimism(楽観主義)

人間万事塞翁が馬」(Joy and sorrow are today and tomorrow.)、「人生は山あり谷あり」、「努力をすれば何とかなる」、「人事を尽くして天命を待つ」と楽観的に考えることです。いわゆるプラス思考・ポジティブシンキング(positive thinking)を実践することです。      

・Originality(個性・独創性)

世界に一人しかいない自分という貴重な存在を活かしましょう。単なる「猿真似」や「迎合」ではなく、人それぞれに出来ること・天性・個性を生かして、学んだことを更に発展させ実践することです。現代は多様性の時代です。様々な個性が集まって全体の調和が生まれることが理想です。    

・Objective(目標・客観的)

将来何をするか自分の目標を定める際に、それを達成することが可能か、楽観的に考えると同時に、冷静に客観的に評価しておくことも大切です。高い目標を掲げることは良いのですが、目標は高ければ高いほど成果の高望みをしないでstep-by-stepで一歩ずつ前進することです。   

・Obligation(義務・義理)

「世の中は持ちつ持たれつ」、「お互い様」です。自己の権利を主張するばかりでなく、義務もあることを認識して他者の権利・立場も認め、自他のバランス(Give-and-take)を考えることが大切です。   

・Opportunity (機会・好機)

好機逸すべからず」です。英語のことわざには「Now or never.」とか「Everything has its time.」などがありますが、機会をとらえTPO(時と場所と場合)を考えて適切な行動をすることが大切です。 

・Vitality(活力・元気)

何事もやる気と元気がなければ達成出来ません。精神的にも肉体的にも健康を維持することが大切です。「過ぎたるは及ばざるがごとし」です。時には無理が必要なこともあるでしょうが、頑張りすぎないで、自分の出来る範囲でやれば良いでしょう。

・Vision(ビジョン・先見性)

「憲政の神様」と言われた尾崎行雄は「人生の本舞台は常に将来に在り」と言っています。自分は何をしてきたか、今何をすべきか、自分の将来の目標は何か、自分の人生のどの時点でも、常に過去・現在・未来という流れの中で自分自身と社会の将来を見据えて考え・行動することが理想です。

・Venture(冒険・思い切ってする)

慎重に考えて行動することも大事ですが、難しいと思うことでも時には思い切ってやって見ることも必要でしょう。成功するか否かは自分の才能や努力のみならず運に左右されるものです。最もうまく行く場合と最悪の場合とを考え、腹を据えて思い切って行動すると良いでしょう。

・Value(価値・評価)

価値観は人によって異なりますが、自分にとって何が大切か、何をしたいか、それは自分のためだけではなく、親のためや人のために役立つことになるか、と考えながら目標を立て・行動することが大切です。

・Volunteer(ボランティア・自発性)

何事でも自分のしたいことをするときは苦労が苦労でなく、楽しくなります。最近はボランティア活動をしている若者も沢山いることはありがたいことです。自分が出来ることを自発的に行い、自分のみならず人のためにもなり、世の中に役立つことができれば最高です。

・Effort(努力)

天賦の才に恵まれていても努力をしなければその才能を生かすことは出来ません。ささやかな才能であっても努力することによって、それを伸ばすことが出来ます。大切なことは他者との比較や序列・勝ち負けそのものではなく、それを励みとして自分自身の天分を育てる努力をしているかどうかです。 

・Enjoy(楽しむ)

努力も色々工夫しながらすると、苦労でなく楽しみとなります。楽しみながらすると努力を続けることが出来ます。少しでも努力の成果が出ると楽しくなります。すぐに成果が表れなくても長い目で見れば必ず成果が出て来るものですから、それを楽しみに努力を続けることです。

・Ethics(倫理・道徳)

技術が高度に発達し専門化している現代社会においては個人や組織が倫理を大切にして活動することが不可欠です。最近の世相をみると、長い間に築いた信用を倫理観の欠如から一瞬に失い、自滅するだけでなく社会に大きな弊害をもたらしている例が少なくないことは残念なことです。

・Equity(公平・公正)

才能や努力の成果を生かすには考え方や行為が公正であることが大切です。どのような場合でも公正かどうかという観点でチェックすることが望まれます。公明正大な振舞いをすることによって明るい気持ちが維持できます。明るい気持ちは必ず幸福を呼び込むでしょう。   

・Endurance(忍耐・持続)

豊かな現代社会においては何でも簡単に出来、手に入るので誘惑が多く、我慢することが難しくなっています。

ITSNSが発達し便利になっていますが、スマホによるゲームの氾濫や不適切な交流サイトなど、子供の教育や十代の若者の新たな社会問題になっています。  

三つ子の魂百まで」、「継続は力なり」です。大きくなってから抑えることは難しくなりますので物心が付き始めた幼い時から我慢することのしつけもしておくと良いでしょう。 

上記のことは、ご存知のことばかりでしょうが、それをLOVEという親しみやすく大切な一語に集約して覚えやすくしたのが味噌です。LOVEを実践する人々が増え、住みよい社会が日本から世界に広がることがチュヌの主人の念願です。

                    

2017年7月31日 (月)

俳句の鑑賞 <祭り>

          

・女房は下町育ち祭好き(高浜年尾

掲句について、清水哲男氏は「増殖する俳句歳時記」において次のように述べています(抜粋)。

「なんとも挨拶に困ってしまう句だ。作者が虚子の息子だからというのではない。下町育ちは祭好き。……か、どうかは一概にいえないから困るのである。…(中略)… この句のように『そうなんだから、そうなんだ』という類の句は、見回してみるとけっこう多い。(以下省略)」  

しかし、「そう決めつけられては困るよ。」と作者(高浜年尾)はあの世で言っているかも知れません。作者は妻が祭り好きなことを理屈抜きで俳句に詠んだに過ぎないでしょう。俳句は散文と異なり所詮片言ですから、読み手次第で解釈が異なることが多いですね。

(青色文字をクリックして作者の紹介記事や俳句の詳細をご覧下さい。)

合本現代俳句歳時記(角川春樹編)の季語「祭」の項には次のとおり傍題が12あります。「夏祭」「祭礼」「宵祭」「夜宮」「神輿」「山車」「祭囃子」「祭太鼓」「祭笛」「祭衣」「祭提灯」「祭髪」

インターネット歳時記(「俳誌のsalon」)の「祭」の各ページから気の向くままに2句抜粋させて頂きます。

祭1

・復興の町に景気の祭山車 (稲畑汀子

・子が手綱引いてやさしき祭馬 (野沢しの武)

祭2

賀茂祭馬耐へがたく尿放つ (西田もとつぐ)

・父の手を振り切つてはや祭の子 (品川鈴子)

祭3

・故郷の祭を恋ひて母逝きぬ (藤村美津子)

・点滴のベッドへ遠き祭笛 (辰巳比呂史)

祭4

・この村が好きで老いたり祭笛 (梅原富子)

・教え子の祭化粧を見つめおり (小林玲子)

祭5

・水打つて祭日和となりにけり (柴田英彰)

・ふるさとに海の幸あり祭鮨 (斉藤静枝)

祭6

・祭ある地球によくぞ生まれける (鷹羽狩行

・落語家の芸賑々し祭船 (名取袿子)

祭7

・町並に古色戻りぬ祭あと (小泉三枝)

・獅子の尾を振る役たまふ祭かな (浅田光代)

祭8

神田川祭の中をながれけり (久保田万太郎)

阪神の帽子神田祭の子 (大久保白村

祭9

・下町に祭気分の漲(みなぎ)れり (稲畑廣太郎

・てのひらを味見の皿に夏祭 (小城綾子)

祭10

・祭くる百八歳の大往生 (大坪景章)

・軽トラに稚児乗せ団地祭かな (中川すみ子)

祭11

・駅を出て神田祭に揉まれけり (内藤静)

・抜路地を流れ遠音の祭笛 (中野さき江)

祭12

・星空に鼓動の余韻夏祭 (宮崎薫風)

・祭ずし嫁へ言ひつぐかくし味 (白神知恵子)

祭13

・祭太鼓腹にひびくや總踊り (井沢ミサ子)

・背伸びして募金する児の祭髪 (石田きよし)

祭14

・働きし手を見せ合うて祭かな (小嶋恵美)

・祭牛を宥めすかして御田掻く (大橋晄

祭15

・昔の名坂に残りて祭町 (今井千鶴子

・人違ひしたりされたり鉾祭 (山野美賛子)

   

俳句祭り」を開催して町の活性化を図っている地方自治体が増えているようです。俳句を世界無形文化遺産に登録しようという運動も推進されています。コーラスゲートボールなど様々な趣味がありますが、俳句は楽しくて健康に良いばかりでなく、前EU大統領の言のごとく、人心を世界平和へ導くことにも貢献できそうです。それにしても、言葉の壁・言語の壁を破り「俳句」の国際化を促進して俳句の世界無形文化遺産登録を実現することは至難でしょうね。

  

2017年6月21日 (水)

俳句鑑賞 <「蛍」・「ほたる」・「ほうたる」>

         

 ・大蛍()ゆらりゆらりと通りけり (小林一茶

  一茶の俳句にはおおらかな句が多いですね。

・学問は 尻から抜ける ほたる哉 (与謝蕪村

  掲句の解釈には、Turukame paradise の解説が参考になります。

  (青色の文字をクリックして解説記事をご覧下さい。)

・草の葉を落るより飛蛍哉 (松尾芭蕉

  「きごさい」の「蛍(ほたる)仲夏」には様々な俳人の蛍の例句が掲載されています。 

手のうへにかなしく消る螢かな (向井去来

・蛍火の今宵の闇の美しき (高浜虚子

かたまるや散るや蛍の川の上 (夏目漱石

  NPOホタルの会「ホタルと日本人・蛍狩りのサイト「蛍の文化史」に様々な俳句や短歌が紹介されています。 

・手から手へ思ひを伝へ初蛍

  掲句は蛍狩りでチュヌの主人(薫風士)が初蛍を捕らえ、仲間に順に見せその喜びを伝えたことを詠んだ俳句です。チュヌの主人にとっては蛍狩りは童心に返る楽しいものです。単に「喜び」とせず、少しロマンチックな表現にして俳句会で高得点を得た俳句です。  

  蛍の鑑賞スポットをインターネットで検索すると、「るるぶ.com」の「ホタル観賞に行こう‼や「死ぬまでには見ておきたい!関東の美しすぎる『ほたる鑑賞』スポット7選というサイトなどがありました。

  インターネット歳時記には季語が「蛍・ほたる・ほうたる」の俳句が2000句余り掲載されています。気の向くままに下記に抜粋します。 

季語「蛍」などをクリックして俳句の詳細をご覧下さい。

蛍1

人殺す我かも知らず飛ぶ蛍 (前田普羅 

蛍2

浮島にいのち継ぐ火や姫螢 (岡田貞峰)

蛍3

かこひたる掌にふれずして舞ふ螢 (赤座典子)

蛍4

螢火を見に來し宿で醉ひつぶれ (片岡祥子)

蛍5

蛍の闇にふれたる手のぬくみ (大森美恵)

蛍6

手の螢見せて匂ひぬ人の妻 (竹貫示虹)

蛍7

ゆるやかに着て人と逢ふ蛍の夜 (桂信子

蛍8

無人駅夜は蛍火の銀座なる (延江金児)

9

湯の町の旅の一夜や蛍狩 (松元末則)

蛍10

蛍より多きギャラリー渓の径 (金山藤之助)

蛍11

死なうかと囁かれしは蛍の夜 (鈴木真砂女

蛍12

蛍火の明滅滅の深かりき (細見綾子

蛍13

螢獲て少年の指みどりなり (山口誓子

蛍14

放たれし一夜仮設の蛍かな (松本秀子)

蛍15

峡の湯の熱りを冷ます蛍狩 (升田ヤス子) 

ほたる

朝がきて虫となりたるほたるかな (和田瑞子)

ほうたる

ほうたるの匂ひ幼き日の匂ひ (細野みさを)

    

2017年4月30日 (日)

俳句鑑賞 <蕪村の俳句「薫風や」は面白い>

         

与謝蕪村の俳句「薫風やともしたてかねついつくしま」が面白いと云うと、「何が面白いのだ」と不思議に思われる読者が多いでしょう。

この俳句は少なくとも4とおりの解釈が可能であるとチュヌの主人(薫風士)は考えています。 

インターネット歳時記の「薫風1」(2014516日作成)の冒頭に「薫風やともしたてかねついくつしま」とあり、その意味が全くわかりませんでした。そこで、「蕪村が字余りの俳句を平仮名を多用して作ったのは何故か?」好奇心から色々調べてみましたが、この俳句の意味を解説した記事は見当たりませんでした。

正岡子規の「俳人蕪村」(青空文庫)には「薫風やともしたてかねつ(いつく)(しま)」とあり、「いくつしま」は「いつくしま」のミスタイプ(入力ミス)であり、「薫風やともしたてかねついつくしま」が正しいことに気づきましたが、この俳句の意味が直ぐにはわかりませんでした。ところが、翌朝ふと句意の解釈を思いつきました。

(解釈1)「ともし」は「灯」であり、「かね」は「鐘」だろう、「薫風や灯し立て鐘つい突く島」である、と解釈できるのではないか? 

すなわち、「灯しを立てると鐘も突きたくなる宮島」を詠んだものであるという解釈です。

インターネット検索で検索すると、ホットライン教育ひろしま」というサイトに次の記事があり、この解釈が可能であることが裏付けられました。

仏教では,その宗教的雰囲気を高めるための多くの鳴物が使用されるが,それら梵音具(ぼんおんぐ)と言われるものの中で最大の梵鐘に属するもので,天正15年(1587)に豊臣秀吉が,島津攻略の際に持ち返って,厳島神社に寄進したものと言われ,応永5年(1398)の銘がある。     

広辞苑(第6版)の「ともし②」に次の解説があります。

(「照射」と書く)猟人が夏・秋の夜、山中の木陰に篝をたき、または()(ぐし)松明(たいまつ)をともして闇の中の鹿の眼が光に反射して輝くのを目当てに、これを射たこと。また、その火。(季:夏)

(解釈2)広辞苑の上記解説を「ともし」に当てはめ、「薫風や照射(ともし)立てかねつ(いつく)(しま)と読み、「鹿を射ちかねている」ことを詠んだ俳句であると解釈することも可能でしょう。

(解釈3)「薫風や灯し立てかねつ厳島」と読むと、「薫風で灯を立てかねている」句意であると解釈することも可能でしょう。

(解釈4)「かねつ」に「加熱」を当てはめ、「薫風や灯し立て加熱(かねつ)厳島」と読み、「灯火が沢山立って熱くなっている」ことを詠んだものであると解釈することも可能でしょう。

俳句では「中七」を字余りにすることは拙いとされていますが、蕪村は意図的に「ひらがな」の「字余り」の俳句にして、「掛詞」の俳句にしたものであると思います。  

どの解釈が妥当かご意見やコメントなど、投稿して頂けると有難いです。

  

投稿して頂く場合には「コメントを投稿」(記事の最後の欄)に、次の手順で入力して下さい。

(1)名前の欄に貴方の氏名を記入。

(2)メールアドレスの欄に貴方のメールアドレスを記入。

(3)最後の「投稿」ボタンをクリック。

(4)上記の結果表示されるセキュリティの検証テキストを指示通りに入力する。

なお、ご投稿頂いた内容はチュヌの主人の任意の裁量で適宜公開させて頂きます。予めご了承ください。