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2020年8月29日 (土)

プレバト Kis-My-Ft2 さんの「遠雷」の俳句を考える

    

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(写真は「プレバト」TV画面の一部分です。)

            

・遠雷の夜汽車カカオの奴隷史 

  
横尾渉(Kis-My-Ft2)さんの「遠雷」の俳句について、夏井先生は次のような句評をし、「名人5段に1ランク昇格」の査定をしました。「さすが夏井先生だ」と、この査定に
納得しましたか?

  

夜汽車に乗っている人物が本を読むに違いないと読み手が想像できる。

1音足して17音にするのは簡単。前半で「よ」の詠嘆か、後半に「は」で余韻を残す方法がある。言葉を1つ入れると全体のバランスが崩れ、16音でいく2つのバランスで押し出すことで、最初の季語が主役として読み手の心に残るのではないかと作者が判断した。

かつての「奴隷史」を今年句に詠む意味も、若い作者が詠む意味も、心の中に深く受け止められる。これこそ直すとダメ。

 

上記の如く、夏井先生は「作者が判断した」・「直すとダメ」と字足らずの原句をそのまま是認しています。

この俳句を定型にするのに助詞の「よ」とか「は」を足すのは、仮にエンタメ俳句番組の為にするにしても、論外の文法音痴・リズム音痴な添削です。

このような添削の前置きで視聴者の「目くらまし」をして、寸足らずの16音の俳句に対して、「勇気がある決断」と持ち上げ、「昇格」の査定をするのは、「プレバト俳句の名人レベル」のエンターテインメントにせよ、如何なものでしょうか? 納得できません。

  

夏井先生は、「夜汽車に乗っている人物が本を読むに違いないと読み手が想像できる。」と断定していますが、「カカオ奴隷史」という有名な本があるわけではありませんから、「夜汽車」を「奴隷の移送」に関連付ける解釈も可能です。

 

(注)

米国における蒸気機関車の鉄道運行は1830年代に始まっていますが 、リンカーンが「奴隷解放宣言」をしたのは1862年です。

  

プレバト番組では作者が句意を解説しているから視聴者には「読書」と分かりますが、一般の人々がこの句を解説無しに初めて読んだ場合には、上記のとおり句意が不明瞭でしょう。

俳句は「なぞなぞ」ではありません。軽み」が俳句の特徴の一つです。

あなたには、原句の句意が直ぐに分かりましたか?

  

次のように添削すると、作者の「素晴らしい発想」を生かして、その句意を反映するまともな伝統的俳句に修正出来るのではないでしょうか?

    

 (A) 遠雷やカカオ奴隷史読む夜汽車 

 (B) 遠雷やカカオ奴隷史手に夜汽車 

 (C) 遠雷の夜汽車に読むやカカオ奴隷史

 (D)遠雷の夜汽車に読みしカカオ奴隷史

 (E)遠雷の夜汽車に読まんカカオ奴隷史

     

最近は、インターネットの絵文字や漫画、Twitterなどの便利さの影響で言葉を上手に使うことが下手になったのか、「人目を惹く奇抜さ」を狙っているのか、「舌足らずの稚拙な小児的表現」や「奇抜などぎつい表現」・「日本語の美しさや豊かさを疎かにする表現」が多くなっているような気がしています。

  

プレバト俳句もそのような影響を受けているのでしょうか?

それとも、「自由律俳句」の師系の影響を受けているのでしょうか?

正岡子規は彼の世でこのような傾向をどのように思っているでしょうか?

  

いずれにせよ、上記の定型俳句(A)や(B)では「インパクトが無い」と、ご不満でしょうか?

カカオ奴隷史」を強調するには、(C)や(D)のように字余りの俳句にするのも一案です。

(C)は夜汽車で現に読んでいる状態、(D)は夜汽車で読んだ「カカオ奴隷史」を読み返しているか、思い出している状態を詠んだものと言えるでしょう。

しかし、説明的・散文的に「下五」が重く響き、気に入りません。

(E)のようにすると、「カカオ奴隷史」を「今から夜汽車で読もうとする作者の意気ごみ」が感じられますが、題材に比して力が入りすぎた大げさな感じがします。

  

俳句は好き好きですが、薫風士の好みとしては、読んでいる状態なら(A)、これから読もうとしているなら(B)が良いと思います。

  

貴方なら、どのように添削しますか?

     

余談ですが、アメリカのトランプ大統領やその支持者の意識は黒人を奴隷にしていた西部劇時代から変わらぬ「白人優先」・「黒人蔑視」のようですね。

11月の米国大統領選挙は共和党の「トランプ」 vs 民主党の「バイデン」で実施されます。

安倍晋三総理大臣が潰瘍性大腸炎の再発で突然辞任することを8月28日午後に表明されました。「お疲れさま!」、お大事に治療に専念されることを祈ります。

「お疲れさん」は医者や医療関係者の挨拶のようです。

コロナ対策で先ずして頂きたかったことは、「アベノマスク」の配布よりも、医療従事者の「働き方改革」の支援でしたね。

次期大統領と次期総理大臣は独裁国に牛耳られずに対話ができ、コロナ対策世界の平和・良好な日米関係を維持するのにふさわしい人物が選ばれることを切望しています。

  

2020年8月28日 (金)

五歳児の口癖「あきた」夏休み

    

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歳時記」や「575筆まか勢」の「夏休み」の俳句は、それぞれの青色文字をクリックすれば、ご覧になれます。

  

今年は新型コロナウイルス感染症拡大防止のために「3密」を避けることや「不要不急の外出」を自粛することが要請され、春休みや夏休み以外にも幼稚園が閉園となり、孫を預かって遊び相手をする日々が多くなり、現代の「子育て」の大変さや悪戯盛りの子供の「躾」の難しさを再認識しました。

成長盛りの子供は悪戯好きですが好奇心も強く、色々なことに興味を持ち、「なんで?」と質問を繰り替えし、新しく覚えた言葉は煩いほど何度も繰り返します。

「五目並べ」を教えると、腕前も一人前になり、口真似の専門語も口にするようになり、こちらの結構な遊び相手になって呉れました。

しかし、子供は子供です。

最近は「もう飽いた」と口癖のように言って、子供用のゲームや自分で勝手に遊び方を工夫したゲームなどの方が面白いようで、こちらの誘いには乗らなくなり、結局孫の言いなりのゲームに付き合うことになりました。

 

  ・夏休み孫は来て良し去りて良し

        

タイトルの俳句は「てにをは」を省略していますので、「口癖」の「あきた」に括弧が無ければ、「孫の口癖に薫風士が飽きた」という意味にも解釈できます。

 

 ・夏休み飽きた飽きたと幼孫

    

 ・夏休み終り子供ら嬉々として

   

幼稚園や小学校など、コロナ禍の休園や休校の授業の遅れを取り返すために夏休みを短縮して8月24日から2学期が始まり、休みに飽きた子供たちは喜んで登園・登校をしているようですが、コロナの感染・クラスターが発生しないことを祈るばかりです。

  

「子育て」に励んでいる方々のご尽力に敬意を新たにしています。  

ここをクリックして「本との出会い <母と子・優しさと厳しさと>」をご一読下さい。

子育て・教育関係者のご参考になればうれしいです。

  

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(2年前に撮った写真なのでマスクをしていません。ワンちゃんも水遊びをしています。クリック・拡大してご覧下さい。)

2020年8月18日 (火)

お手本のリズム音痴や熱帯夜

       

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プレバト・永世名人の『サンダル』の俳句を考えるや「プレバト『炎帝戦』・『ポイントカード』の俳句を考えるで夏井先生の添削について批評をしましたが、プレバト俳句番組の例句が教科書に載るほど人気があり、梅沢富美男永世名人の俳句が「俳句のお手本」として句集に採用されるとなると、「俳句は好き好き」とは言え、夏井先生の添削や原句の問題点を黙って見過ごすわけにはいかず、この記事を書いています。

  

「プレバト」の関係者・視聴者、「俳句HAIKU」の読者などのご参考になれば幸いですが、何らかのコメントを頂ければ望外の喜びです。

  

 (梅沢富美男永世名人の原句)

 ・読み終へて痣の醒めゆくごと朝焼

  

 (薫風士の添削案)

 (A) 読み終へて朝焼に褪む肘の痣

 (B) 読み終へて褪むる朝焼け肘の痣

 (C) 読み終へば朝焼けのごと痣褪むる

 (D) 読み終へば朝焼けのごと褪めし痣

   (E) 読み終へば褪めゆく痣のごと朝焼

    

梅沢富美男永世名人の原句は、着想が斬新で面白く、個人的に楽しむのは結構ですが、日本文化の伝統である俳句の 「お手本」にはすべきでないと思います。

原句は「痣がさめるように朝焼けも消えてゆく」という句意でしょうが、「三段切れ」・「字余り」の破調であり、「醒めゆく」は漢字が不適切なので、解説が無ければ意味不明瞭でしょう? 

添削案(A)と(B)は、「客観写生」で「痣のさめる」のと「朝焼のさめる」のが似ていることは読者の想像に委ねたつもりですが、そのような連想を期待するのは無理かもしれません。

(C)と(D)が原句の句意に近い添削です。「朝焼」より「痣」を中心にしていますので作者は不満かもしれませんが、原句の上五の「読み終へて」から最後の「朝焼」の流れには文法的に無理があり、また、自然現象として「痣」より「朝焼」の方がインパクトがありますので、分かりやすくするにはやむを得ない添削です。

(E)は最も原句の句意に沿った添削ですが、季語「朝焼」の説明をするために「字余り」の「破調」にするのは馬鹿げています。

朝焼」の風景は様々ですから、人それぞれに大自然の美しさを愛でれば良いでしょう。「朝焼」を「痣のごと」と矮小化するのは、面白い発想ですが、本末転倒だと思います。

  

初心者や「凡人」の俳句に対する励ましのセリフならともかく、「新しい発見だ」とか、「新境地だ」とか、このような俳句を「永世名人」の「俳句のお手本」として大げさに持ち上げるのは、「プレバト」を盛り上げるためかもしれませんが、感心できません。

夏井先生はエンタメ俳句番組のタレント先生としては秀逸ですが、このような俳句を「俳句のお手本」として教科書掲載に推薦するとすれば、先生ご自身の俳句査定能力の査定が必要になるでしょう。

  

あなたならどのように添削しますか?

薫風士の添削は「平凡で面白くない」と思いますか?

  

俳句雑感(7) 金子兜太の『炎天』の俳句について」や俳句雑感(3): 俳句のリズムを考えるなどで述べたように、「字余り」や「破調」の俳句は、そうすることに表現上の必然性がなければなりません。

さもなければ、タイトルの「リズム音痴」は言いすぎでしょうが、「単なる稚拙な俳句」か「奇をてらっている俳句に過ぎない」と言えるでしょう。

  

高浜虚子を、「俳句は下手だがビジネスが上手かったに過ぎない」と、見当違いの非難をする俳人や評論家が居るようです。

夏井先生もTV番組などの人気に胡坐をかいて、一方的な俳句の才能の有無査定やランク付けをしていると、その立派な初志とは裏腹に、「株式会社 夏井&カンパニー」で「タレントを集め」て「金儲けをするのが上手かっただけだ」などと、高浜虚子の「ホトトギス」どころではない、酷い非難をされることになるかも知れませんよ。

エンタメ俳句番組としても、若い世代の俳句教育の為にも、(自戒を含め)「初心を忘れるな」、「基本を大切にせよ」と、しっかりご指導をお願いします。

「三省堂」の関係者も教材に採用する俳句や添削の仕方の実例は慎重に検討して、俳句愛好者の期待を裏切らないようにして下さいね。

  

薫風士は「夏井組」の組員ではありませんが、「俳句を一般の人々が楽しめるものにしたい」という思いで、「夏井組」の応援をしているつもりです。

  

タイトルの俳句は、このところ「猛暑日」・「熱帯夜」が続いているので、この記事をよく検索してもらえる可能性のあるキーワード「熱帯夜」を「季語」として入れたものです。

「WEBは巧みだが俳句は下手だね」などと批判されるかもしれませんが、このブログの薫風士の俳句は「俳句のお手本」ではなく、多くの方方に「俳句の面白さ・楽しさ」を知ってもらうことを意図しています

      

2020年8月 6日 (木)

コロナ禍や庭の初物冷酒愛で

     

Click here to see "Bashō's haiku in Japanese and English by L. P. Lovee".

   

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ささやかでもコロナ禍の地産地消を実践・推進しようと、4月に、狭庭の菜園作りを詠んだ俳句「春耕やコロナウイルス遣り過ごし」のブログを書きました。

 

春耕の美女はマスクにコロナ避け」の女性のように、本格的な野菜作りなどを楽しんでいる方々も少なくないでしょう。

 

いずれにせよ、コロナ対策を詠んだ拙句に、定年後の「withコロナ」の新しいライフスタイルとして、共感してくれる方は沢山おられるだろうと思います。

  

・地酒愛づ句友のくれし苦瓜

  

句友は野菜作りもベテランのようですが、コロナ禍の外出自粛中の暇を活用して手作りの写真入りの句集も出版しています。

  

薫風士の菜園は畑とは言えない小さな花壇のようなものですが、お陰様でそれなりに春耕の効果があり、トマトやキュウリ、茄子、シシトウなど、毎日新鮮な野菜を食べ、食べきれないと野菜ジュースにして飲んでいます。

スイカも三つ四つなっていますのでいずれ食べれるように大きくなるだろうと、日々の成長を楽しみにしています。

  

冷酒にはシェリーグラスか江戸切子

    

・冷酒とてシェリーグラスの似合ふ瓶

  

・江戸切子美味さ一入冷し酒

  

・冷し酒枡のグラスを溢れをり

  

  

「冷酒」や「冷し酒」は夏の季語ですが、年中冷酒をコップで飲んでいる人も居るようです。

  

広辞苑によると、「切子」は「切籠灯籠」の略なら「秋の季語」で、「切子ガラス」の略なら「夏の季語」です。

  

結社の俳誌などに投稿する場合は、季語に拘るなど、選者の好みを知って季語の使い方を研究しておくと良いでしょう。

選者によっては「寺」を詠んだ俳句は採らないとか、「コロナ」を詠んだ俳句は採らないというような事もあるようです。

  

一般に句作を楽しむには、「歳時記」などの季語にあまり捉われず、感じたことや見たことなど、「自分の思い」を「5・7・5」で表現することにより「俳句のリズム」を身につけることが、俳句上達の早道ではないでしょうか?

俳句のリズムが身につけば、多作多捨・推敲が容易になり、そのうちに選者好みの俳句や、個性的な良い俳句が作れるようになるでしょう。

  

余談ですが、写真の酒は薫風士が日頃紙パックの安酒を飲んでいるのを見て、お中元に俳句に所縁のある西山酒造の枝豆入り冷酒セットを京都の親戚から贈ってくれたものです。

   

(青色の文字をクリックして、「歳時記」や「575筆まか勢」の俳句、関連のリンク記事などをご覧下さい。)

     

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2020年7月31日 (金)

蝉しぐれコロナコロナに明け暮れて

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Click here to see "Bashō's haiku in Japanese and English by L. P. Lovee".

  

リビングの窓の外に羽化したのか、蝉がいましたが、今年初めての蝉時雨を「スポーツの日」(7月24日)に聞きました。

今年はオリンピック・パラリンピックが開催される予定で、「スポーツの日」が特例として10月でなく7月に設定されましたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的拡大が続いているために残念ながらオリンピックの開催は1年延期されました。

コロナ禍のGoTo迷走鵯巣立つ」で述べたように、ワクチンや治療薬が開発され、医療体制が整備されてパンデミックの拡大が収束しない限り、来年もオリンピック開催すべきではないでしょう。 

   

梅雨になればカビが生えるように、スペイン風邪や新型コロナウイルスのようなウイルスも一定期間潜んでいてもまた形を変えてパンデミックを引き起こすでしょう。

経済成長一辺倒でなく、医療体制は現在のコロナ対策の応急処置のみならず、長期的観点で根本的な改革をして将来に備える必要があるでしょう。

さもなければ、経済活動や産業の衰退のみならず、医療費や医療体制が逼迫すると医療崩壊が生じ、「受益と負担」の争い、「社会不安」の増大、「日本社会の崩壊」に繋がることが懸念されます。  

ともかく現役の若い世代はコロナを恐れず働かざるを得ませんが、良識を発揮してコロナとの戦いに打ち勝ってくれることを祈るばかりです。

    

梅雨明けやコロナウイルスなほ盛ん

    

・若者よ耳を貸せかせ蝉しぐれ

   

・若者に耳を貸せかせ蝉時雨

     

   

近畿地方は平年より10日遅く7月31日に梅雨明けしました。

「蝉しぐれ」といえば、「蝉の俳句を鑑賞しよう」で述べたように芭蕉高浜虚子の蝉の俳句のことを思い出します。

蛇足ですが、拙句は「何を言いたいのか?」、助詞「よ」と「に」の違い、「語句の省略」と「比喩」などについて、句意をお考え頂ければ有難いです。

  

ここをクリックして蝉しぐれをお聞きください。

青色文字をクリック、関連のリンク記事をご覧下さい。

下の写真はNHK-TVニュースの1画面です。)

  

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2020年7月25日 (土)

コロナ禍の「GoTo」迷走鵯巣立つ

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7月22日は「大暑」です。

新型コロナウイルスの感染者が累計で東京は1万人を超え、全国では3万人を超え、感染拡大の第2波が懸念される状態です

 

GoToトラベル」のキャンペーンが開始されましたが、やり方が拙速過ぎるのではないでしょうか?  

「GoToトラベル」よりも「GoToコロナテスト」「GoToCheckCOVID-19」促進の体制を充実することが先決でしょう。その方が経済効果が大きいのではないでしょうか?

安心できれば、奨励されなくても人々は旅行するようになるでしょう。

ちなみに、「COVID-19」は「新型コロナウイルス感染症」のことです。「check」には「検査する」とか「阻止する」という意味があります。

   

"Go to check COVID-19" を世界的な協力体制で推進してほしいものです。

  

世界の新型コロナウイルス感染者数は1,500万人を超え、死者は63万人を超え、更に感染拡大が続いています。このような状態では医療体制が整備されない限りオリンピックが来年開催出来るとは到底信じられません。

関係者は対策に苦慮されているでしょうが、思い切って2024年開催の可能性を検討して、IOCに再延期を働きかけるべきではないでしょうか?

  

23日から「海の日」・「スポーツの日」・土・日と4連休ですが、

新型コロナウイルスの拡散を防止するためには外出を自粛して庭の手入れをする方が、不安な旅行やジム通いなどよりはるかに健康的だと思っています。

しかし、残念ながら連休は雨勝ちで、予報はまだ出ていませんが梅雨明けは月末頃になりそうで、儘になりません。

    

今朝、裏庭の巣箱から鵯の雛が出て、紅葉の鉢の木や柿木に用心深くうずくまっていましたが、無事に飛び立ちました。

うずくまっている雛を驚かせてはいけないと思うと写真はうまく取れませんでしたが、クリック・拡大してご覧下さい。 

タイトルの俳句や次の句は薫風士の「日記俳句」・「備忘録俳句」です。

ちなみに、入梅(6月10日)頃に巣立った四十雀の写真も最後に掲載します。

  

の子や葉陰に潜み飛翔待つ

  

・我が狭庭コロナを知らず巣立つ

   

・「海の日」やコロナテストの促進を

  

・コロナ禍の「スポーツの日」や庭手入れ

        

梅雨晴間老躯いたわり庭手入れ

  

・若者に耳かせ貸せと蝉時雨

  

夜の秋俳句ブログに刻忘れ

  

・ブレーキとアクセル違ふ梅雨嵐

       

     

(コロナ関係のNHK-TVニュース画面の一部の写真を掲載させて頂きます。)

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2020年5月31日 (日)

コロナ禍に外堀埋める法改正(コロナ川柳)

           

・コロナ禍の砦は皆の良心よ

  

声を上げ吹き飛ばそうよコロナ鬱

   

・生真面目に基準を守り馬鹿にされ

   

国民がコロナを抑え今日がある

  (注)新型コロナウイルスの拡散を抑えたのは国民の生真面目さのお陰でしょう。

     アベノマスクはまだ届きませんが、お友達の手作りマスクで間に合っています。

   

・第二波も抑え込もうよ油断せず

 (注)「第二波」とは「新型コロナウイルス」や「無用の法改正」のことです。

     

・「忖度」の「しわ寄せ」何時も末端に

       

 ・不始末は目下のせいに美辞麗句

   

・美辞麗句辻褄合わせ失言に

   

美辞麗句並べいつまで居座るの?

   

・忖度の尻ぬぐいさせ居座るの?

  

・コロナ禍の朝令暮改自画自賛

   

・忖度は目下に向けてすると良い

  

・忖度は私利私欲をば捨ててこそ

      

・上向いて忖度すると馬鹿見るよ!

   

  

タイトルと掲句は薫風士の「切ない憂さ晴らしのコロナ川柳」です。

新型コロナ拡散防止のために国民が自粛努力している時に、どさくさにまぎれて、与党やその支持者に「三権分立の原則」を揺るがすような検察庁法改正の執拗な動きがあるのは、新型コロナ問題に劣らぬ大問題です。

   

森法務大臣や安倍総理大臣は黒川検事長を「訓告」・「辞任」処分ですませ、「懲戒」にしなかったのは何故でしょうか?

「黒川氏が多大な貢献をした組織」とは何を指すのでしょうか? 

    

検察庁法改正案」の問題点は、「検事長など幹部が63歳で退職する『役職定年』を設けた上で、内閣が認めればその年齢を過ぎても役職にとどまることができるとする内容が盛り込まれた。」ことにあるのです。

「人事権は本来内閣にあるのだから何ら問題は無い」という説明は問題点の本質をはぐらかしています。

身分を保証する定年(定期)を前提として内閣が人事権を行使することは当然ですが、本来定期であるべき定年を時の内閣が個人によって延長したり・しなかったりすることは内閣の人事権の乱用と言わざるを得ません。

森法務大臣はこの点を理解していないのでしょうか?

  

森まさこ法務大臣の言動には「法務大臣としての適格性」に大半の国民が疑問を抱いているのではないでしょうか?

     

安倍首相は、「法務省と検察庁の人事案を最終的に内閣として認めたもので、責任は私にある。批判は真摯(しんし)に受け止めたい。」と述べたそうです。

しかし、内閣で黒川検事長の定年延長を決定しておきながら、「嘘つき」の「まやかしの発言」をされては、国民は納得できませんね。

民信無くば立たず」ということをご存じでしょう?

  

安倍総理大臣の執念の憲法改正に道を開くための「憲法改正国民投票法」の改正は安倍首相にとっては喫緊の課題かもしれませんが、国民にとっては不要不急の課題です。

この「改正案」を審議することになるなら、その前に喫緊の問題である「森まさこ大臣」の「法務大臣」としての「適格性」そのものについて、国会で十分審議してほしいものです。

安倍首相も森法務大臣など取り巻きも、国民の望まない法律改正をゴリ押ししない方が、国民のためにも、ご自身のためにも、良いと思いますよ!

    

検察官適格審査会」の制度もあり、また、検察の起訴内容の是非は最高裁判所により審理・決定され、最高裁判所裁判官の国民審査もあるのですから、問題のある「検察庁法の改正案」が廃案になっても、「検察と政府間の公平性」や「立法と司法間の公平性」は維持されることを森法務大臣や安倍総理大臣は承知しているのでしょう?

「検査官適格審査会」を活用せず、黒川検事長の定年延長を性急に閣議で決定したのは何故でしょうか?

    

この「検察庁法改正法案」の問題点は、「人は保身のために忖度をする」ということを巧みに利用することになる弊害があることです。

  

この検察庁法改正案の問題点は「定年延長を『恣意的に』時の内閣が出来る」ことにあるのです  

「『公務の運営に著しい支障が生じる』と判断すれば最大で3年間勤務を延長できる。」とのことですが、「『公務の運営に著しい支障』とは何か、『特定の人物』を対象とするのではなく、『制度としての判断基準』を法律の改正案と同時に具体的に例示して審議すべきでしょう。

「恣意的な人事決定をすることは無い」と幾ら繰り返されても、納得出来ることではありません。不備のあるままに法案を強行採決すべきではないでしょう。

  

森法務大臣や安倍総理大臣などには、「自らが蒔いた種」が「公務の運営に著しい支障」を来すことに自覚や自責の念は無いのでしょうか?

  

政権維持のためなのか、保身のためなのか、「不都合なことは記録を残さず」、「無用の忖度」や「まやかしの発言」が多いのは問題です。 

国民の付託を受けた国会議員・大臣・総理大臣には「説明責任」があります。

国民は国会議員に白紙委任をしているわけではありません。

この法案や「国民投票法改正案」の審議・成立を急ぐ理由を国民に明確に説明する義務があるでしょう。  

国民の納得できる説明がないままに、数の力で強行採決される異常事態がまかり通るとなれば長期政権が独裁化・腐敗していることの証になるのではないでしょうか?

  

野党議員は国会審議をボイコットするのではなく、その問題点を明確にして、「政権維持のために『定年延長』が内閣の人事権として不当に行使されることを防ぐための修正法案」を提出して、与党案と比較しながら議論すべきなのです。  

野党やその支持者は、「批判のための批判」と非難されないように、小気味よい批判をしてスタンドプレーで終わることなく、国民の幅広い理解が得られる条理に基づく法案を積極的且つ地道に提案するようにしてほしいものです。

そして、いつでも与党に代わり政権を引き受けられるように、政権の座に居るつもりで国会の審議を活用してほしいものです。

たとえ、与党の数の力・不条理がまかり通り、野党の法案が否決されたとしても、単にボイコットする姑息な方法より国民の支持をより多く得ることになるでしょう。

  

しかし、官僚に限らず、人は「忖度」をするのみならず、本能的に「保身」を考えるのが普通ですから、検察庁法改正案は法案そのものを「検察庁法の改悪」として廃案に追い込むより他に「三権分立の原則」を守る良い方策は無いかもしれません。

          

肝心なことは、民主主義・平和憲法下の三権分立の原則に基づく政治・行政・司法などのチェック機能を堅持することです。

「1強独裁」が続かないように、野党のみならず、与党の皆さんも、国会議員として是非ともチェック機能を果たしてほしいものです。

コロナに限らず、安倍政権の影響下の議員や官僚の言動には不透明なことが多すぎ、庶民は不安に包まれています。

     

安倍総理は、高齢者の豊富な経験を活かすために国家公務員法の改正をするといっていますが、一般の国家公務員法と検察庁法とは本質的に異なることを無視して都合よく一緒にしてあたかも正論のごとくまやかして、自分に都合の良い主張しているとすれば大問題です。 

時代の変化や技術の進歩に適応できない権力欲の強い老人が「老害になる」ということもありますよ。

  

我々一般庶民は、将来取返しのつかぬことにならないように、「お題目」や「美辞麗句」を鵜呑みせず、一歩踏み込んでよく考え、「騙されないように」・「誤解している」などと馬鹿にされないように、それぞれの立場で、折に触れて、政治や行政の透明性を要求し、確保しなければなりません。

   

俳句界は政治問題を云々することを良しとしないので、俳句の記事「真夏日や街行く人は皆マスク」を最近の政治情勢も考慮して再編集し、川柳をタイトルにして問題点のポイントを掲載しました。

このコロナ川柳に込めた切ない思いを皆さんにシェアして頂き、身近な政治家に働きかけて頂けると、ありがたいです。

   

(青色の文字をクリックするとリンクした関連の記事をご覧になれます。)

写真はTV-4chの画面の一部です。   

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2020年5月25日 (月)

真夏日や街行く人は皆マスク

  

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皆さんは政府支給のマスクをしているのでしょうか? 

「アベノマスク」は拙宅にはまだ届かず、いつ届くのか知りませんが、友人が手作りのマスクを送ってくれました。歯医者の受付の女性が「可愛い」と言ってくれました。

見かけも良く、掛け心地がよくて息苦しくないので重宝しています。

  

ところで、新型コロナ拡散防止のために国民が自粛努力している時に、どさくさにまぎれて、与党やその支持者に「三権分立の原則」を覆すような検察庁法改正の動きがあるのは、新型コロナ問題に劣らぬ大問題です。

コロナも最初は現在のような大事になるとは殆どの人が予想していませんでした。同じ轍を踏まないようにしなくてはなりません。

検察庁法改正の動きは、与党が政権維持のためにしているのではないとしても、絶対に止めなければなりません。

政権維持のためなのか、保身のためなのか、「不都合なことは記録を残さず」、「無用の忖度」や「まやかしの発言」が多いのは問題です。

このような重要な法案の審議を法務大臣不在で実施するということは信じられませんが、その強引さの理由は何でしょうか?

国民の付託を受けた国会議員・大臣・総理大臣には「説明責任」があります。国民は白紙委任をしているわけではありませんから、この法案の成立を急ぐ理由を明確に答える義務があるでしょう。 

国民の納得できる説明がないままに、数の力で強行採決される異常事態がまかり通るとなれば長期政権が独裁化・腐敗していることの証ではないでしょうか?

物事には両面があり、一方的な是非論・批判は慎むべきですが、「三権分立の原則」のような基本法は是非とも堅持しなければなりません。

  

野党やその支持者は、「批判のための批判」と非難されないように、小気味よい批判をしてスタンドプレーで終わることなく、国民の幅広い理解が得られる条理に基づく法案を積極的且つ地道に提案するようにしてほしいものです。たとえ、与党の数の力・不条理がまかり通り、野党の法案が否決されたとしても、単にボイコットする姑息な方法より国民の支持をより多く得ることになるでしょう。

    

「検察庁法改正案」の問題点は、「検事長など幹部が63歳で退職する『役職定年』を設けた上で、内閣が認めればその年齢を過ぎても役職にとどまることができるとする内容が盛り込まれた。」ことにあるのです。

この検察庁法改正案の問題点は「定年延長を『恣意的に』時の内閣が出来る」ことにあるのですから、野党議員は国会審議をボイコットするのではなく、その問題点を明確にして、「政権維持のために恣意的に定年延長」が行使されることを防ぐための法案を提出して、与党案と比較しながら議論すべきなのです。

「『公務の運営に著しい支障が生じる』と判断すれば最大で3年間勤務を延長できる。」とのことですが、「『公務の運営に著しい支障』とは何か、『特定の人物』を対象とするのではなく、『制度としての判断基準』を法律の改正案と同時に具体的に例示して審議すべきでしょう。

  

肝心なことは、民主主義・平和憲法下の三権分立の原則に基づく政治・行政・司法などのチェック機能を堅持することです。

野党の皆さんには、是非ともそのための責務を果たしてほしいものです。

   

安倍総理は、高齢者の豊富な経験を活かすために国家公務員法の改正をするといっていますが、一般の国家公務員法と検察庁法とは本質的に異なることを無視して都合よく一緒にしてあたかも正論のごとくまやかして、自分に都合の良い主張しているとすれば大問題です。

国民にそのような誤解(?)をさせない為にも、強行採決はすべきではないでしょう。   

時代の変化や技術の進歩に適応できない権力欲の強い老人が「老害になる」ということもありますよ。

  

我々一般庶民は、将来取返しのつかぬことにならないように、お題目の美辞麗句を一歩踏み込んでよく考え、「騙されないように」・「誤解している」などと馬鹿にされないように、それぞれの立場で、折に触れて、政治や行政の透明性を要求し、確保して行かなければなりません。

   

マスク」は「冬の季語」とされていますが、「花粉症」や「新型コロナ感染防止」など、春にも夏にも使うようになり、今や季語としての意味は無くなったように思います。

昨日(4月11日)は東京が真夏日となり、今日は奈良が真夏日になりました。タイトル句を「猛暑日や街行く人は皆マスク」として「俳句HAIKU」の記事を書く羽目になるだろうと、覚悟をしています。

今日はタイトルにコロナ俳句を掲載しましたが、暢気な俳句談義をしておれなくて、つい政治談議になりました。

この思いを皆さんでシェアして頂けると有難いです。

  

2020年5月12日 (火)

母の日や感謝の会もオンライン

  

Dsc_1053コロナウイルス拡散防止対策の外出自粛は地域によって段階的に緩和されることになりましたが、特定警戒都道府県では未だ緩和されません。

離れた家族が母の日の感謝の会や誕生パーティなどに集まることが出来ないので、オンラインアプリを活用して凌がざるを得ません。

        

母の日や雛誕生か庭の声

  

来たる愛犬逝きし小屋の上

 

初蜻蛉黄蝶も来て舞ひゆけり

   

・アイリスもツツジも咲きて誕生日

  

・生も死もコロナも摂理風薫る

  

風薫る庭の手入れや誕生日

    

  

タイトルの俳句と掲句は薫風士の生命誕生讃歌です。

我田引水ですが、はもちろんのこと、小鳥や蟻や蜻蛉などが万物の誕生を祝かのように吾庭に来ます。

青色文字の季語をクリックすると、「歳時記」や「575筆まか勢」などの俳句を無数にご覧になれます。

 

新型コロナウイルスに対する戦いには全世界の人々がそれぞれの立場で可能な全力を尽くすべきですが、自然の摂理を謙虚に受け入れることも必要だろうと思いながら「まんぽ俳句」や「コロナ俳句」を作っています。

いささかでも「俳句HAIKU」が読者の慰みや気分転換のお役に立てば幸いです。

  

余談ですが、新型コロナ拡散防止のために国民が自粛努力している時に、どさくさにまぎれて、与党やその支持者に「三権分立の原則」を覆すような検察庁法改正の動きがあるのは、新型コロナ問題に劣らぬ大問題です。

この動きは、仮に自分たちの政権維持のためにしているのではないとしても、絶対に止めなければなりません。政権維持のためなのか、保身のためなのか、政・官関係者のまやかし発言が多いのは問題です。

これは長期政権が腐敗していることの証でしょう。

物事には両面があり、一方的な是非論・批判は慎むべきですが、「三権分立の原則」のような基本的問題は是非とも堅持しなけらばなりません。

野党やその支持者は、批判する場合には「批判のための批判」と非難されないように、小気味よい批判よりも国民の幅広い理解が得られる条理に基づく冷静な批判や提案をしてほしいものです。

肝心なことは、民主主義・平和憲法下の三権分立の原則に基づく政治・行政・司法などのチェック機能を堅持することです。野党の皆さんには、是非ともそのための責務を果たしてほしいものです。

我々一般庶民は、将来取返しのつかぬことにならないように、「騙されないように」・「誤解している」などと馬鹿にされないように、それぞれの立場で、折に触れて、政治や行政の透明性を要求し、確保して行かなければなりません。

この思いを皆さんでシェアして頂けると有難いです。

         

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2020年5月 3日 (日)

戦ふは新型コロナ昭和の日

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4月29日は「昭和の日」です。「昭和」といえば、「太平洋戦争」と「戦後の復興」のことを思います。

将来、「令和」といえば、「新型コロナウイルスとの戦い」に世界の人々が思いをはせることになるでしょう。

  

新型コロナウイルス(COVID-19)の感染者は4月29日現在、全世界で300万人ですが、日本は1万4千人ほどに抑え込まれています。新型コロナ感染による死者は、全世界で20~30万人といわれます。(日経新聞記事参照。)

第二次世界大戦での死者は、全世界で6~8千万人、日本は3百万人といわれます。

将来、万一世界大戦が起これば核戦争やバイオ戦争になり人類の破滅になるでしょう。

「西部劇時代の頭で私利私欲の覇権争い・非難合戦をするなど、戦争の火種になる馬鹿な言動はしてはならない。」、新型コロナウイルスはその警鐘であると認識していますが、アメリカ市民の意識はどうなのでしょうか?

心配なことです。

    

ともかく、大型連休中も一人一人が自重して感染の爆発が起こらないようにしなければなりませんが、「緊急事態宣言」は1か月ほど延長されそうです。

新型コロナのワクチンや治療薬が1日でも早く開発され、実用化されることを全世界の人々が切望していますが、それぞれの立場で協力し合って新型コロナとの戦いを進めたいものです。

そして、「東京オリンピック」が無事開催できるように一人一人が努力すると同時に、世界の人々に働きかけましょう。

   

 ・も鳴くやコロナいや

   

 ・コロナ来ず来るや我が狭庭

    

 ・ 鯉のぼりコロナの居ない田んぼ道

  

 ・鯉幟コロナを知らぬ孫元気

    

「俳句HAIKU」が読者の無聊の慰みに少しでも役立てば幸いですが、 

ここの青色文字をクリックすると、「昭和の日の俳句や「鯉のぼり」の俳句を「575筆まか勢」や「歳時記(俳誌のサロン)」などで無数にご覧になれます。

    

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2020年4月28日 (火)

亀鳴くやコロナ来るなと過疎の町

             

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タイトルの俳句は、コロナウイルス拡散防止運動の一助になればとの思いで詠んだ薫風士の川柳もどきのコロナ俳句です。

 

      

たんぽぽやコロナを知らぬ漫歩道

 

の声をちこちに漫歩道

   

・故郷やコロナ来るなと蛙鳴く

 

新型コロナウイルス感染症の拡散防止対策の「緊急事態宣言」が出され、ゴールデンウィークの帰省や旅行は自粛しなければなりません。

小池東京都知事は4月25日から12日間を「ステイホーム週間」として、帰省や旅行の自粛を呼びかけています。観光地も苦渋の決断でしょうが、コロナの感染拡大を恐れて観光客の来訪を拒否しています。

帰省ラッシュが起これば、コロナウイルス感染の爆発的拡大・医療崩壊・社会崩壊が生じるでしょう。

外出の自粛にウンザリしていても、何とかして我慢しなければなりません。

亀は実際には鳴きませんが、「亀鳴く」は「春の季語」です。

」も「蛙」も春の季語です。

鶯の声はここをクリックして 蛙の声はここをクリックして、

故郷を偲んで下さい。 

  

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2020年4月20日 (月)

春耕の美女はマスクにコロナ避け

   

タイトルの俳句は、コロナウイルス拡散防止運動の一助になればとの思いで詠んだ薫風士の川柳もどきのコロナ俳句です。

 

日本の新型コロナウイルス感染者が遂に1万人を超え、東京は3千人を超えました。全世界の感染者数は230万人以上になりました。

(国別新型コロナウイルス感染者数「外務省海外安全ホームページ」最後の写真参照。)

  

ワクチンや治療薬が開発され、普及しないかぎり、「緊急事態宣言」が一旦解消されるとまた感染が拡散するでしょうから、コロナウイルス感染症の拡散防止と社会の活動機能維持とのバランスを考えながら長期戦略で対応せざるを得ないでしょう。

一時金支給はいつまで続けることが可能でしょうか?

東京など大都市中心の経済成長・経済効率一辺倒の社会体制はこの際思い切って見直す必要があります。

    

・春耕や自産自消のテレワーク (薫風士)

 

テレワークや地産地消・自産自消をもっと普及させると大地震や新型コロナウイルスのパンデミックなど、大災害の非常事態にも持続可能な経済的社会体制が確立できるのではないでしょうか?

     

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2020年4月13日 (月)

春耕やコロナウイルスやり過ごし

   

タイトルの俳句は、コロナウイルス拡散防止に関連して先月に掲載した川柳もどきの俳句(「春眠やコロナウイルス寝るが勝ち」や「椿(ちん)寿忌(じゅき)やコロナウイルスやり過ごす」など)と同じ類のコロナ俳句です。

 

新型コロナウイルス感染症の拡散防止対策の「緊急事態宣言」は暫く解除にならないでしょう。ワクチンや治療薬が開発され、普及するまでは「緊急事態」の解消は期待できないでしょう。一旦解消されてもまた感染が拡散するでしょうから、コロナウイルスの感染症の拡散防止と社会の活動機能維持とのバランスを考えながら長期戦略で対応せざるを得ないでしょう。

自分に出来ることは不要不急の外出を控え、近場の散歩ですますか、手作りの庭の手入れなどをしながら、「まんぽ俳句」を口ずさみ慰みにすることしかありません。

 

「俳句HAIKU」が読者の無聊の慰みに少しでも役立てば幸いですが、 

ここの青色文字をクリックすると、「春耕」に限らず、「耕」の俳句(歳時記575筆まか勢)を無数にご覧になれます。

  

2020年3月27日 (金)

春風や難を転じて福にせむ

    

・雪柳小さき南天両脇に

 

・南天の種を落として鳥帰る 

  

・南天の実の無き房や鳥帰る

  

NHK NEWS WEBによると、国際パラリンピック委員会のパーソンズ会長は、IOCが東京オリンピック2020の1年程度の延期を承認したことを受けて、「来年パラリンピックが東京で開催されれば、人類が再び一つとなる壮大で世界的な祝典になる」と期待を寄せていたとのことです。

最近のオリンピック参加国が200以上となり、参加競技も多くなっているので、開催の中止や延期は、いずれにせよ、社会的・経済的な影響の甚大さは計り知れません。パンデミックとなったコロナウイルスの感染に打ち勝つべく、日本人のみならず世界の人々一人一人が自重して、この世界的・歴史的難局を克服し、「世界平和への礎」となるようにTokyo2020を是非成功させたいものです。

それにつけても、感染源を科学的に究明して感染拡大防止をすることは肝心ですが、感染被害者に対する偏見的差別(言動や行為)は慎まなければなりません。 

タイトルの俳句と冒頭の雪柳の俳句は薫風士の縁起担ぎの「まんぽ俳句」です。雪柳は小さい5弁の花を無数に雪のように咲かせますが、5弁は5輪を連想させます。生命力が旺盛な南天は庭のあちこちに自生しています。小鳥が実を食って種を落とす結果繁殖しているようです。

コロナウイルスはすごい拡散力があるようですが、発生源の国際的非難合戦をするのではなく、治療薬やワクチンの開発がオリンピック精神に則り国際協力により促進されることを切望しています。

    

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2020年3月21日 (土)

愛犬の彼岸妨ぐコロナかな

   

彼岸会をコロナウイルス妨げり

・コロナ避け近場の園の彼岸かな

・悠然と彼岸の空を大烏

・強風の彼岸に聖火届きけり

春嵐や五輪にならず飛行雲

     

     

NHK NEWS WEBによると、オリンピック開催について、

「『完全な形』と申し上げたが、まず、アスリートと観客にとって安全で安心できるものでなければならない。そして、規模は縮小せずに行う、かつ、観客にも一緒に感動を味わっていただきたいということだ」、「延期や中止については、一切言及はしていない。大切なことは、完全な形で、オリンピック・パラリンピックを日本で開催をすることだ。」と、

安倍総理大臣は述べています。

安倍さんは美辞麗句を並べるのが巧みですが、どのようにして【完全な形】を実現する心算なのか、具体策はあるのでしょうか? 

   

今日は「春分の日」で3連休になりますが、新型コロナウイルスの拡散を防止するために、「兵庫ー大阪間の不要不急の往来自粛」を大阪府・兵庫県の両知事がそれぞれの立場で呼びかけました。

コロナウイルスの拡散が「春分」(彼岸の中日)を境にして沈静化することを期待していましたが、残念ながら裏切られました。

  

青色文字(彼岸1彼岸2彼岸3彼岸4彼岸5彼岸の例句)をクリックして歳時記(俳誌のサロン)や「575筆まか勢」の例句をご覧下さい。

このブログが無聊の慰みになれば幸いです。

(青色文字をクリックすると関連の記事をご覧になれます。)

  

2020年3月16日 (月)

浮かれざる開花だよりやパンデミック

  

・パンデミク開花だよりに浮きもせず

・パンデミック近場まん歩の花見せむ

     

WHOにより新型コロナウイルスが「パンデミック」に指定されましたが、有力な治療薬やワクチンなどが無い現状では、人々の濃厚接触を避けるとか、消毒や手洗いによる感染防止を徹底するしか仕方がありません。

東京の靖国神社の桜が今日(14日)開花しましたが、雪も降っています。近畿の「桜の開花」予想は3月20日過ぎのようですが、今年は近場の散歩花見をして「まんぽ俳句」を口ずさみ健康管理に努めることにします。

  

3月12日にギリシャのオリンピアで行われた東京オリンピッ聖火採火式のニュースが放映されました。日本の聖火リレーは3月26日に福島から開始される予定ですが、東京五輪を首尾よく開催出来るのか、心配なことです。

IOCバッハ会長が「WHOの勧告に従う」と述べているのは当然のこととしても、「中止」あるのみで「延期」や「繰り延べ」を考慮しないとすれば、責任逃れの無責任な決定と言わざるを得ないでしょう。日本政府やオリンピック関係者は万一のWHO勧告に備えて、IOCへの積極的な働きかけをすべきでしょう。

東京都やオリンピック関係者はパンデミック対応の対策に苦慮されていることでしょうが、前例に捉われることなく、未来志向で、然るべき決断を速やかにしてほしいものです。

全国高校選抜野球大会は中止に追い込まれましたが、コロナウイルス対策が確立され、夏の全国高校野球大会は無事開催されることを祈るばかりです。

東京オリンピックは中止することなく、最悪でも安全が確認できるまで開催を延期することで対処してほしいものです。

オリンピックの伝統を重んじることは大切でしょう。しかし、世界的に新型コロナウイルスが蔓延しているのに効力の有る治療薬や予防ワクチンの開発が間に合わない場合は延期も止むを得ないでしょう。

「オリンピックは4年ごとの開催でなければならない。WHOの勧告があれば中止するしか選択肢は無い。」という考えはオリンピック本来の精神に反するのではないでしょうか? 

オリンピック誘致のIOCとの合意条件はどうなっているのでしょうか?

ちなみに、IR誘致運動」や「観光立国政策」なども、パンデミックのような非常事態も考慮して社会問題や経済効果を慎重に再検討してほしいものです。

    

パンデミック・ショックで本題から脱線しましたが、掲題の俳句は薫風士の「まんぽ俳句」です。手元の電子辞書では「パンデミック」の項目はなく「カタカナ英和」に「パンデミク」が記載されていました。

俳句はリズムを整えるために様々な読み方をします。「パンデミック」と「パンデミク」のどちらが貴方の好みに合うでしょうか? 前者は字余りで、下五の「パンデミック」にインパクトがあります。後者は定型で、「開花だより」に重点があります。

     

2019年12月28日 (土)

虚子の俳句「去年今年貫く棒の如きもの」の棒とは何か? (改定版)

        

掲句「去年今年」について稲畑汀子さんは「虚子百句」において次のように述べている(抜粋)。     

「昭和25年12月20日、虚子76歳の作である。・・(省略)・・時間の本質を棒というどこにでもある具体的なものを使って端的に喝破した凄味のある句であるが、・・(省略)・・この棒の、ぬっとした不気味なまでの実態感は一体どうしたことであろう。もしかすると虚子にも説明出来ず、ただ「棒」としかいいようがないのかも知れない。敢えて推測すれば、それは虚子自身かも知れないと私は思う。

この句は鎌倉駅の構内にしばらく掲げられていたが、たまたまそれを見た川端康成は背骨を電流が流れたような衝撃を受けたと言っている。感動した川端の随筆によって、この句は一躍有名となった。・・(以下省略)」

  

汀子さんは上記の如く述べているが、この句の「棒」は虚子の信念・意志を象徴していると思う。「貫く棒の如きなり」と言わず、「貫く棒の如きもの」と言っているから「時のながれ」というよりも虚子の俳句に対する考えや信念の強さの比喩に違いない。

「虚子俳句の痴呆性」を云々する人がいるが、この俳句には「大鐘のごとし。小さく叩けば小さく鳴り。大きく叩けば大きくなる。」という坂本龍馬の言(勝海舟に説明した西郷隆盛の評価)を当てはめたい。

  

文学に限らず、音楽や絵画など、芸術は個性を表現するものであり、それをよく理解できるか否かは鑑賞する人の性格や人生観、能力などが左右する。まして、俳句は17音(文字)で表現する短詩であり、論理ではなく感性にうったえるものである。従って、俳句はその作者と「場」を共有するか、それが作られた「場」を適切に推定することが出来なければ理解できないことがある。

特にこの「去年今年」の句のように比喩的な俳句はそうである。それを読む人が卑しければ卑しい句であると誤解されることになる。逆に、読む人が優れていればその句を作った人の意図以上に解釈されることも珍しくない。それは俳句の本質的な限界でもあり広がりの可能性でもある。中立的な表現の俳句は鏡のように、読む人の心を映しだす。

虚子はこのような俳句の面白さもこの句に織り込んだのではなかろうか?

  

大岡信は「百人百句」において、「俳句という最少の詩型で、これだけ大きなものを表現できるのはすごいと思わざるを得なかった。」と次のように述べている(抜粋)。  

「昭和20年代後半から30年代にかけては『前衛俳句』の黄金時代で、若手の俳人はそちらに行ってしまい、虚子は一人さびしく取り残されている感があった。・・(省略)・・私は現代詩を書いていたので、・・(省略)・・どちらかというとはじめに前衛派的な人々の句に親しんだので、それから逆に句を読み進め、高浜虚子を初めてというくらいに読んでみた。すぐに感じたのは、虚子の俳人としての人物の大きさだった。私は常々現代詩を作り、・・(省略)・・斎藤茂吉が好きだったので茂吉の歌もよく読んでいた。しかし、『去年今年』の句を読んだときに、俳句という最小の詩型で、これだけ大きなものを表現できるのはすごいと思わざるを得なかった。・・(以下省略)」

  

この句についてインターネットで検索していると、宗内敦氏の「アイデンティティ-第二芸術」というタイトルの傑作な記事があった。    

「去年今年(こぞことし)とは、行く年来る年、時の流れの中で感慨込めて新年を言い表す言葉である。しかして虚子のこの一句、『貫く棒の如きもの』、即ち、時の流れを超えて『我ここにあり』と泰然自若の不動の自我を描いて、まさに巨星・高浜虚子の面目躍如たる『快作にして怪作」(大岡信『折々のうた』)の自画像である。それが何としたこと、バブル絶頂の頃だったか、ある新聞の本句についての新春特集ページに、『この句を知ったとき、顔が火照り、胸がときめき、しばらくは止まらなかった』という中年婦人の感想文(投書)が載せられた。一体何を連想したのか。破廉恥にも、よくぞ出したり、よくぞ載せたりと、バブル時代の人心・文化の腐敗に妙な感動をもったことを思い出す。・・(以下省略)」

  

この句を作ったとき虚子は夏目漱石の「草枕」の冒頭にある有名な文「智に働けば角が立つ、情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」も意識していたかもしれない。

この句の「棒」のイメージは、「草枕」の「情に掉させば流される」という文句や方丈記の名文句美空ひばりのヒット曲「川の流れのように」の歌詞など、時世・人生を表現するのに用いられる「川のながれ」とは全く異なり、力強くて斬新なものである。

虚子は「深は新なり」とか「古壺新酒」と言っている。「花鳥諷詠」と「客観写生」を唱道していたが、「前衛俳句」の黄金時代にあって、「去年今年」の句を作ることによって「これも『花鳥諷詠』だ」と、その幅の広さと虚子の信念と自信をアッピールすることを意識していたのではなかろうか。

俳談」や「俳話」なども読み、虚子の考えや作句の「」を知るにつれて虚子の俳句をよく理解できるようになる。インターネットのブログを検索していると、様々な俳句の解釈があり面白い。この「」をわきまえず、俳句のみならず作者の人格まで悪しざまに云々するブログを見かけることもある。それを鵜呑みにしている人もいるようで困ったものである。

  

(注) 

この記事は2015年1月18日に書いたものをスマホで見ると大部分が削除されており、誤解を招くので、スマホでもよく見ることが出来るように改定・再掲載するものです。

    

2019年12月22日 (日)

ハイク・俳句・HAIKU

まんぽ俳句会  (会員募集)   

Click here to "Enjoy bilingual haiku of Kyoshi Takahama!"  

Click here to see "Basho's haiku in Japanese and English by L. P. Lovee".

  

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・漫歩して令和の御代初句会

あなたは「俳句なんて!」と、

俳句の「食わず嫌い」になっていませんか?

俳句は楽しむものです。

「名句」でなく「迷句」を作っても

初心者が恥じることはありません。

「迷句でも楽しめば良い」と

割り切って、

5・7・5を口ずさみましょう。

その内に、

まぐれでも「名句」が出来るのが、

俳句の面白さです。

 

「ハイク (hike)」俳句を作ろう!

徘徊」でなく「俳諧」を楽しもう!

廃人」でなく「俳人」になろう!

  

・パソコンに向かう縁側小春の日

小春日や老い二人行く漫歩道

・そろりゆく老々介護冬日差す

時雨晴れ笑みの行き交う漫歩道

  

まんぽ俳句会」は、令和の俳句塾として、

定年・退職を迎える世代が俳句を楽しむための敷居を低くし、

奥の深い俳句の世界へ飛び立つまでの「巣箱」になることを意図しています。

     

俳句HAIKU」をご覧になれば、

俳句の面白さがわかるでしょう。

ご希望なら、貴方の句心に沿って、

推敲・添削のアドバイスを致します。

気軽に、お問い合わせ・ご投稿下さい。

  

(メールアドレス)

aiqtrans@hi3.enjoy.ne.jp

    

このサイト「俳句HAIKU」は営業目的ではなく、

俳句を楽しみ、

心身ともに健康な長寿を全うしようとする俳句愛好者を増やすことを願っています。

俳句愛好家のコメント・ご支援を賜れば望外の喜びです。

    

薫風士 

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2019年12月 5日 (木)

俳人の文法力

   

昭和・平成の俳句界を代表する俳人の2~3人の著書を見ると、高浜虚子の俳句「神にませばまこと美はし那智の滝」について、「那智の滝は神様なのでじつに美しい」などと解釈していますが、それは文法的な裏付けの無い感覚的解釈でしょう。

  

「神にませば」が何故「神様なので」と解釈されるのか納得できず、2年程前に、「高浜虚子の俳句 <「去年今年」と「神にませば」>の面白い解釈」というブログ記事を書きました。

最近、この解釈を裏付ける「補陀落・普陀落(ふだらく)」という言葉に出会い、筆者の解釈が間違いでなかったという確信を得ました。

   

広辞苑によると、「ふだらく」は「(梵語Potalakaの音写。光明山・海島山・小花樹山と訳す)観世音菩薩が住む山。南海上にあるという。日本では和歌山県那智山などに擬する。」と解説されています。

   

著名な俳人の中には、詩的解釈を文法的解釈よりも優先し、自分の解釈に合わなければ、自分の文法力の無さを棚に上げ、「目糞鼻糞を笑う」ような批判をしている俳人がいますが、高浜虚子の俳句を嘲る俳句の先生はその一例です。

(蛇足ですが、「俳句の先生」でインターネット検索をすると、「プレバト」で人気絶頂の夏井いつき先生に関連する記事ばかりですが、夏井先生のことを指しているのではありません。)

  

俳句は世界最短の定型詩ですから、日本語の豊かな言葉を生かすべく文法を疎かにせず俳句を作り、俳句の鑑賞を楽しみたいと思っています。

(青色文字をクリックすると関連の記事がご覧になれます。写真はSNSに拒否反応をしない俳句会員を募集するポスターです。クリックして「まんぽ俳句会」の趣旨をご覧下さい。)

      

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2019年12月 4日 (水)

「蝉しぐれ」と「山眠る」

(政治家の引き際)

       

・暮れてなお命の限り蝉しぐれ (中曽根康弘

ロン・ヤスの山荘抱き山眠る (薫風士

時雨るるや句友と談義翁の忌 (薫風士

    

元首相の中曽根康弘氏が11月29日に101歳で天寿を全うされました。

ご冥福をお祈りいたします。

   

蝉しぐれ」といえば、芭蕉の俳句高浜虚子の俳句などを思い出します。

蝉の俳句を鑑賞しよう」をご覧下さい。   

        

安倍総理の「桜を見る会」の実態が問題になっています。

吉田茂や中曽根康弘の「桜を見る会」と

安倍晋三首相の「桜を見る会」を比較してみて下さい。

  

国を背負う官僚や政治家は、「信なくば立たず」、「政治と行政の透明性」を確保することによって内外の市民の信頼を得なければ、日本のみならず世界の「平和」が維持されないことを肝に銘じて、庶民の期待に応えてほしいものです。

長期政権は独裁に陥り周囲を腐敗させますが、既にその傾向が生じています。

「忖度」と「和」を重んじる日本社会では首相の引き際が肝心です。 

安倍総理やその取り巻きには、中曽根元総理の引き際を見習ってほしいものです。 

安倍さん、ドナルドに「アメリカ・ファースト」や「白人優先」の政策で世界の危機感を煽ることを止めるようにアドバイスして下さい。

日本の国民に危険感を煽り、高い兵器を売りつけ、在日米軍駐留経費などの負担額引き上げを日本に要求するトランプ大統領の政治手法に庶民は憤りを抑えかねていますよ!

    

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(写真はNHK NEWS WEBやTV4ch.の映像の一部です。)