2020年2月21日 (金)

芭蕉300句の英訳チャレンジ(81~90)

    

(81) 

花の雲鐘は上野か浅草か

(hana-no-kumo kane-wa-ueno-ka asakusa-ka)

  

the clouds of cherry blossoms_

the sound of temple bell

from Ueno, or Asakusa?

   

    

(82) 

世にさかる花にも念仏申しけり

(yo-ni-sakaru hana-nimo nembutsu mōshi-keri)

 

the nembutsu_

chanted even

to the full-blown cherry blossoms

  

(注)

俳句は省略の文芸といわれますが、英語でも詩歌では主語なども省略されることがあります。この俳句の「申しけり」は芭蕉自身のことか他人のことか背景を知らない限り断定できません。「chanted」を「過去形」と捉えれば芭蕉のことになり、「過去分詞」と捉えれば他人のことになります。

       

  

(83) 

しばらくは花の上なる月夜かな

(shibaraku-wa hana-no-ue-naru tsukiyo-kana) 

  

for a while

the moon-lit night

over the cherry blossoms

   

  

(84) 

木のもとに汁も膾も桜かな

(ki-no-moto-ni shiru-mo-namasu-mo sakura-kana)

  

(A)

under the tree_

onto the soup and the namasu

cherry blossom petals

   

(B)

under the tree_

the soup and the namasu

containing cherry blossom petals

    

(注)

「汁も膾も」は当時の決まり文句だったようです。「膾」に対応する英語は無いので「namasu」と記述し、英語版には注記するのが良いと思っています。

(A)は通説に基づく翻訳です。(B)は深読みの新解釈です。「何もかも花づくめ」 であるという俳諧味を強調した試訳です。

          

  

(85) 

花にねぬ此もたぐいか鼠の巣

(hana-ni nenu koremo-tagui-ka nezumi-no-su)

  

awake by the cherry blossoms_

is this that kind?

the rat nest

   

(注)

この俳句は芭蕉が源氏物語の和歌を踏まえて詠んだことを知らなければ真の句意が理解できません。

 

  

(86) 

行はるや鳥啼うをの目は泪 

(yuku-haru-ya tori-naku uo-no mewa-namida)

  

the spring departing_

birds cry,

tears in the fish eyes

 

(注)

この俳句を芭蕉が詠んだ背景や句意を理解するには「奥の細道」を参照する必要があります。 

   

    

(87) 

しばらくは瀧に籠るや夏の始

(shibaraku-wa taki-ni komoru-ya ge-no-hajime)

  

for a while

confining behind the waterfall_

the beginning of “ge”

  

(注)

この俳句を芭蕉が詠んだ背景は、ここをタップして、「奥の細道」の解説をご参照下さい。「夏」は季語としてそのまま「ge」と記述しました。

  

             

(88) 

一つぬひで後ろに負ひぬ衣がへ

(hitotsu nuide ushiro-ni-oinu koromogae)

  

taking one garment off,

putting it on my back to carry_

that’s my koromogae

  

(注)

芭蕉が自分のことを詠んだ俳句として英訳しました。「衣替え」を「change of clothes」などと英訳すると、「季語」としての意味合いがなくなりますので「koromogae」と記述して解説を付記するのが良いと思います。 

  

         

(89) 

父母のしきりに恋し雉の聲

(chichi-haha-no shikirini-koishi kiji-no-koe)

  

frequent yearning

for farther and mother_

cries of a pheasant

 

(注)

「恋しがっている」主体は芭蕉自身のことか、雉のことか、その両方の含みを出すために所有格の代名詞は付けていません。

   

    

(90) 

霧雨の空を芙蓉の天気哉

(kirisame-no sora-o-fuyō-no tenki-kana)

  

the drizzling sky_

fine weather

for the cotton roses

   

2020年2月20日 (木)

芭蕉300句の英訳チャレンジ(71~80)

        

(71) 

ありあけも三十日に近し餅の音

(ariake-mo misoka-ni-chikashi mochi-no-oto)

     

the daybreak

also close to the year’s end_

sounds of pounding steamed rice

  

(注)

餅つきの音があちこちにしていることを詠んでいるとの解釈に基づき複数形にしました。

   

    

(72) 

春もややけしきととのふ月と梅

(haru-mo yaya keshiki-totonou tsuki-to-ume)__(A)

(harumoya-ya keshiki-totonou tsuki-to-ume)__(B)

  

(A)  

the spring scenery

almost in order_

the moon and ume-blossoms  

   

(B)

the spring mist_

scenery almost in order

the moon and ume-blossoms

  

(注)

(A)は通説どおり「春もやや」を「春も・やや」と解釈して翻訳しています。「梅」に対応する英語で俳句に適切な単語は無いので「ume」と記述します。

(B)は最後の「や」を詠嘆の助詞と捉えて、「春靄や」と読む新解釈で翻訳しています。「芭蕉が墨絵を念頭にしてこの句にそのような含みをもたせた」と大胆な深読みをするのは穿ち過ぎでしょうか?

    

   

(73) 

庭はきて雪をわするるははきかな 

(niwa-haki-te yuki-o wasururu hahaki-kana) 

   

sweeping the garden,

the broom forgets

the snow it swept

  

(注)

「ははき」は箒のことです。真蹟自画賛によると寒山のことを詠んだ俳句です。句意が分かりやすいように語句を補充して翻訳しましたが、更に解説が無けらば理解できない俳句です。

  

  

(74) 

大津絵の筆のはじめは何仏

(ōtsue-no fude-no-hajime-wa nani-botoke)

     

what buddha was drawn?

the first ōtsu painting

of New Year

 

          

(75) 

古寺の桃に米ふむ男かな

(furudera-no momo-ni kome-fumu otoko-kana)

   

at the old temple

peaches in bloom_

a man pounding rice

  

  

(76) 

うたがふな潮の花も浦の春 

(utagauna ushio-no-hana-mo ura-no-haru)

  

Have no doubts_

the flowers of tide

also the spring of the bay

   

(77) 

樫の木の花にかまはぬ姿かな

(kashinoki-no hana-ni kamawanu sugata-kana)

  

evergreen oaks

having their own figures

indifferent to flowers

          

  

(78) 

咲き乱す桃の中より初桜

(sakimidasu momo-no-naka-yori hatsuzakura)

  

the first cherry blossoms

out of order_

among the peach blossoms

  

       

(79) 

よくみれば薺花さく垣ねかな

(yoku-mire-ba nazuna-hana-saku kakine-kana)

   

careful watching_

shepherd’s purses in bloom

under the hedge

   

    

(80) 

鶯や竹の子藪に老を鳴く

(uguisu-ya takenoko-yabu-ni oi-o-naku)

   

crying over agedness

in the bamboo shoots bush_

a bush warbler

   

2020年2月19日 (水)

俳句の季語と定型

   

「運動会」の俳句 <「季語」について>

   

令和元年1014日は「体育の日」でしたが、台風の影響で運動会など、色々なイベントが中止されました。

台風19号の甚大な被害に遭われた方々のことを思うと胸が痛みます

心からお見舞い申し上げます。

亡くなられた方々には謹んでお悔み申し上げます。

そして、トランプ米国大統領にはパリ協定からの離脱(温暖化防止努力を無視)について大いに反省してもらいたいとの強い思いを新にしています。

この思いを皆さんにFacebookTwitterLINEなどでシェアして頂けると望外の喜びです。

  

ところで、「体育の日」に因んで「575筆まか勢」の「運動会」の例句を季語に焦点を当てて見ると、次の俳句が目に留まりました。

   

・つぎつぎの運動会や秋の行く 前田普羅

    

・運動会のろのろ颱風海にあり 百合山羽公

   

・赤蜻蛉運動会の日となりぬ (子規句集 虚子碧梧桐選)

    

・運動会の旗あちこちす春の山 正岡子規

   

   

「運動会」は「秋の季語」ですが、上記のように「台風」「赤蜻蛉」などの「秋の季語」ばかりでなく、「春の季語」と共に詠まれている俳句もあります。                                             

最近は運動会を気候の良い5月頃に開催する所もあります。立夏は5月5日(子供の日)頃ですから、運動会は「秋の季語だ!」と決めつけれれると句作に難渋することになります。

まんぽ俳句」やプレバトの「運動会」の俳句などのブログに於て述べましたが、「季語」は句作に活かすべきものであり、自由な表現を徒に束縛したり、句作の楽しみを阻害するものであってはならない、「季語のあるべき姿」は時代の変遷や自然現象の変化に合わせて柔軟に考えればよい、という思いを新たにしています。

そして、定型(5-7-5)についても、定型では表現しきれない詩的表現や心情表現をするために必要な最小限の範囲で字余りや破調を認めるべきだろうと思っています。

この思いは芭蕉の俳句の翻訳をしていると一層強くなりましたので、昨年10月に書いた記事を補正して再掲載しました。

  

プレバトの俳句「鏡」

「も」と「を」 (プレバト俳句から)

  

人気絶頂の俳句番組「プレバト」の夏井先生の添削は「さすがに上手い」と感心することが多々ありますが、「どうかな?」と思う添削も時々あります。

その一例は、12月5日に放映された金子恵美さんの俳句の添削です。

「小春日や夫も鏡に試着室」

「夫という鏡小春の試着室」

に修正しています。

  

「鏡」には「模範」という意味もあります。作者の意図からすると、夏井先生のこの添削は「どうかな?」と疑問が湧きます。

 

むしろ、助詞の「も」を「を」に替えるか、「試着室」を「試着」に替えて、次のように修正すると作者の意図していることがすっきり表現出来るばかりでなく、夫婦円満ぶりがイメージに浮かび良いと思います。

  

・小春日や夫を鏡にして試着

・小春日や夫も鏡にして試着

   

前者は鏡に映して自分で判断するよりも夫の判断を大事にしているニュアンスがありますが、

後者は、鏡に映して自分で判断するばかりでなく、夫の意見も聞いている仲良し夫婦の情景が浮かびます。

  

もし、お題の「試着室」を用いなければならないのなら、

次のように修正したらどうでしょうか?

・試着室夫を鏡にして小春

・試着室夫も鏡にして小春

  

俳句は「詠み人・読み人」を映す面白い鏡だと思っていますが、

貴方なら、どう添削しますか?

  

夏井先生の揚げ足を取るつもりではなく、「俳句の裾野を広げたい」という夏井先生と同じ思いで、及ばずながらプレバト視聴者の俳句の推敲・添削の参考になれば幸いだと、この記事を書きました。

   

俳句愛好家のコメントが頂けるとありがたいです。

 

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2020年2月17日 (月)

芭蕉300句の英訳チャレンジ(61~70)

       

(61) 

比良三上雪さしわたせ鷺の橋 

(hira-mikami-yuki sashiwatase sagi-no-hashi)

  

(A) 

Hira Mikami in the snow_

Build a bridge

of white herons.

   

(B)

Hira Mikami with snow_

Form a bridge

of snowy egrets.

  

(C) 

Hira Mikami mountains

in the snow_

Form a bridge, white herons.

    

(注)

この俳句は「切れ」をどこに置くか、読み方に迷いますが、一般的な5‐7‐5の音節に読むと意味が通じなくなるので、切れを「雪」の後に入れて、「句またがり」の7‐5‐5に読むと意味が通じます。

すなわち、雪の比良山や三上山、湖上の鷺などを眺めながら、「白鷺」に呼び掛けるようにして詠んだ俳句として翻訳しました。

Haikuの各行頭は小文字にするのが普通ですが、原句の固有名詞や命令形表現を明確にするために大文字を用いています。

「白鷺」に対応する英語には「white heron」 とか「snowy egret」がありますが、(B)の英訳の方がsnowとsnowyの対比で面白いでしょう。

(C)は語句を補充して外国人にも分かりやすく英訳しました。

「snow」の後の「切れ」の記号(_)や前置詞(inやwith)は「呼び掛けの対象が雪でなく白鷺である」ということを明瞭にするためには省略できません。

    

    

(62) 

かれ朶に烏のとまりけり秋の暮

 (kare-eda-ni karasu-no-tomari-keri aki-no-kure)

 

(A)

on a dead branch

crows have settled_

evening in the autumn

  

(B)

on dead branches

crows alighted_

autum evening

  

(C)

on a tree's dead branch

a crow has settled itself to roost;

twilight in autumn

     

(注)

(A)は一枝に複数の鴉が留まったのを詠んだものと解釈した英訳です。

(B)は複数の枝に鴉が止まったのを詠んだものと解釈した英訳です。

(C) は原句の「5・9・5音」に合わせて「5・9・5 syllables」にしたWhite氏の英訳です。

 

この句で芭蕉が中七を「烏のとまりけり」と字余りにしたのは何故でしょうか?「烏とまるや」と「5・7・5」の定型にすると平凡になるのを避け、さらに「夕方に飛ぶ烏の行先(ねぐら)を見届けようとしたニュアンス」を「字余り」で強調したのだろうと思います。実態的に「have settled」と「alighted」のどちらが適訳か不明ですが、字余りの表現を考慮すると、前者の方が良いと思います。

(C)は「留まっている枝を寝床にした」という意味なので、原句とニュアンスが異なると思います。音節に拘るよりも、句意を簡潔に訳出することを重視すべきでしょう。

「俳句」と「HAIKU」は、それぞれが世界最短の詩型として、「日本語」と「英語」の詩の良さを発揮すれば良い、と思って翻訳しています。

ちなみに、この芭蕉の俳句には「とまりたるや」と「とまりけり」と二通りの真蹟があります。前者は(C)に近い句意です。ここをタップしてご覧下さい。

  

       

(63) 

時雨をやもどかしがりて松の雪 

(shigure-o-ya modokashigarite matsu-no-yuki) 

 

(A)

the wintry shower_

irritating for

the snow of the pine

  

(B)

the snow on the pine_

irritated by

the wintry shower

 

(注)

この俳句は擬人化することによって芭蕉の気持ちを表現したものでしょう。(A) は主体を「時雨」とし、(B)は 「松の雪」を主体にして翻訳しました。

  

  

(64) 

冬がれや世は一色に風の音

 (fuyu-gare-ya yo-wa-hito-iro-ni kaze-no-oto)

   

(A)

the withered surrounding of winter_

everything in one color

the sound of wind

 

(B) 

withering in the winter_

all in one color

the sound of a wind

 

(注)

この句は「冬枯れの一色」と「風の音」を呼応させて詠んだものでしょう。(B)の意訳の方が簡潔で韻の効果もあり、(A)より原句のニュアンスに近い感じがします。

       

     

(65) 

瓶破るるよるの氷の寝覚哉

 (kame-waruru yoru-no-koori-no nezame-kana)

  

(A)

the cracking of a crock

has woken me: 

the icy night

  

(B)

awoken by

the cracking of the crock_

the icy night

  

(C)

waking:

the crock has cracked

due to the ice of the night

  

(注)

芭蕉の俳句は、「古池や」の句のように幾通りもの翻訳が可能ですが、(A)や(C)よりも(B)が最も俳句らしい感じがします。

(B)の「awoken」は受動態のbe動詞と主語を省略したものです。

(A)や(C)のように動詞を用いると散文的になります。「俳句は省略の文学である」ということは英語のHAIKUにも当てはまります。

   

  

(66) 

炉開や左官老行鬢の霜 

 (robiraki-ya sakan-oi-yuku bin-no-shimo)

  

the opening of the winter hearth_

the plasterer getting older,

frosts of his locks

  

    

(67) 

しほれふすや世はさかさまの雪の竹

 (shiore-fusu-ya yo-wa-sakasama-no yuki-no-take)

  

bowed down_

the world upside down,

snow-covered bamboos

      

      

(68) 

木枯やたけにかくれてしづまりぬ

(kogarashi-ya take-ni-kakure-te shizumari-nu)

  

(A)

wintry wind_

hiding behind the bamboos,

calmed

 

(B)

the cold winter winds_

hid themselves in the bamboos

and then became still

 

(注)

この俳句は芭蕉が絵画を見て詠んだ句とのことですが、芭蕉の実体験に基づく心象句ではないでしょうか?

(A)は「省略」を重視するL. P. Lovee訳です。俳句の簡潔さと日本語の曖昧さを英語にも利かせたつもりです。韻の効果もある上に、形式的には「calmed」の主語はwindですが、実質的には主語「I」が省略された俳句であると解釈できる余地があり、原句と同様の面白味があると思っています。

(B)は「5‐7‐5 syllable」を重視するJ. White訳です。句意は明瞭ですが散文的で俳句の面白さが損なわれています。

       

       

(69) 

君火たけよき物みせむ雪丸げ

 (kimi-hi-take yoki-mono-misen yukimaroge)

  

make a fire_

I’ll show you something nice:

a snowman

   

    

(70) 

明けぼのやしら魚しろきこと一寸

 (akebono-ya shirauo-shirokikoto issun)

  

the dawn_

a whitebait

one inch of whiteness

   

2020年2月 9日 (日)

芭蕉300句の英訳チャレンジ(51~60)

      

芭蕉の含蓄のある俳句の翻訳についてご理解を頂くために注釈を付記しました。英語俳句(HAIKU)作成の参考にも役立てば幸いです。

   

(51) 

稲雀茶の木畠や逃げどころ

(ina-suzume chanoki-batake-ya nigedokoro)

  

(A) 

rice-field sparrows_

a tea field is

their escape place

  

(B) 

sparrows in the rice-field

escaped into

a tea field

   

注)

芭蕉のこの俳句は三段切れです。「や」を「は」とか「が」にすると散文的・説明的になるのを嫌ったのかも知れませんが、「茶畠は良い隠れ場所だな」という詠嘆を「や」で表現した結果三段切れになったに過ぎないでしょう。「三段切れでも意味が分かれば構わない」という例句になります。

英語のHAIKUとしては単語を羅列するだけでは詩的でなく意味不明瞭になるので動詞を補って翻訳しましたが、(A)の方が(B)より俳句らしいでしょう。

 

    

(52) 

草の戸をしれや穂蓼に唐がらし 

(kusa-no-to-o shire-ya hotade-ni tōgarashi)

  

(A)

be aware of the grass door_

buckwheats in ear

and red peppers

  

(B)

be aware of the grass door_

water peppers in ear

and red peppers

     

(注)

この俳句は芭蕉の草庵に来る客への歓迎句です 

「蓼」の英訳には、buckwheat(そば)やjoint grass(紀州雀ひえwater pepper(柳蓼などありますが、(B)の方がred pepperとの釣合が良いかもしれません。

 

  

(53) 

牛べやに蚊の聲よはし秋の風 

(ushi-beya-ni ka-no-koe yowashi aki-no-kaze)

    

(A)

in the cow room

feeble hums of mosquitoes

autumnal wind

 

(B)

in the cow room

a feeble sound of mosquito

autumnal wind

  

(注)

この俳句は牛が小屋でなく人家の土間にある牛部屋で飼われているのを詠んだものでしょう。蚊は沢山居たでしょうから、(A)のように複数にする方が適訳だと思いますが、晩秋の残り蚊だとすると(B)の単数の方が良いでしょう。

なお、一般に、前置詞を使い過ぎると散文的になるのでなるべく省略する方が良いのですが、この句の場合は助詞「に」対応する「in」を省略すると、作者も牛部屋に居るニュアンスになり、誤訳になるでしょう。

  

 

(54) 

波の間や子貝にまじる萩の塵

(nami-no-ma-ya kogai-ni-majiru hagi-no-chiri)

    

(A)

between sea waves_

bush-clover trashes

among small shell-fishes

  

(B) 

between shore waves_

bush-clover trashes

among small shells

       

(注)

(A) は「小貝」を「生きた貝」の意味に解釈した英訳です。

(B) は「小貝」を「貝殻」と解釈し、「波が浜辺の波」であることを明瞭にし、「shore waves」と意訳して「韻」を踏んでいます。

芭蕉はそのような区別は意識せず、「貝と萩の花片との対比」に興味を抱きこの俳句を詠んだのでしょうか。

いずれにせよ、英語HAIKUとしては(B)の方が適訳でしょう。

      

      

(55) 

海士の屋は小海老にまじるいとど哉

(ama-no-ya-wa koebi-ni majiru itodo-kana)

 

a fisherman’s hut_

among shrimps

a camel cricket

 

  

(56) 

身にしみて大根からし秋の風 

(mi-ni-shimite daikon-karashi aki-no-kaze)

  

penetrating my body_

the radish bitterness,

an autumnal wind,

   

  

(57) 

芭蕉野分して盥に雨を聞夜かな

(basho-nowaki-shite tarai-ni-ame-o kiku-yo-kana)

  

(A)

the typhoon against banana trees_

rain drops into a tub,

the sound in the night

        

(B)

banana trees in the typhoon_

the sound of rain on a water tub

in the night

    

(注)

(A)では台風に重点を置き、「(昼間は眺めていたが)夜は雨音を聞いている」ことを詠んだと解釈し、(B)では、バナナの木に視点を置いて「夜によく聞こえる雨音を聞いている」と解釈し、ニュアンスを変えて翻訳しました。夜通し雨音がしている情景を詠んだとすれば、「in the night」は「(all) through the night」にすると良いでしょう。いずれにせよ、(B)の方が原句の句意に近い適訳だと思います。

      

    

(58) 

わせの香や分入右は有磯海 

(wase-no-ka-ya wakeiru-migi-wa ariso-umi)

 

(A)

the scent of early rice_

on the right side of my going way,

rough surf beach

 

(B)

the early-rice smells_

on the right side of my path

Arisoumi

 

(注)

(A)では「有磯海」を意訳し、(B)では固有名詞としてそのまま表現しました。なお、一般に、俳句ではなるべく動詞を省略する方が簡潔で良いと思いますが、この句の「わせの香」は(B)のように動詞で表現する方が生き生きして良いように思います。

ちなみに、「奥の細道」や「私の芭蕉紀行」というサイトに参考になる記事があります。青色文字をタップしてご覧下さい。

   

       

(59) 

賤のこやいね摺掛けて月をみる

(shizu-no-koya ine-surikakete tsuki-o-miru)

  

(A)

the peasant’s child_

upon beginning to hull rice,

looks up at the moon

   

(B)

the humble boy

began hulling rice, 

looked up at the moon

  

(注)

(A)は芭蕉の心象風景か、現に見ている情景か、いずれにせよ「みる」をそのまま現在形に英訳しましたが、英詩のHAIKUとして何だか嘘っぽく不安定な感じがします。

(B)は芭蕉が見た情景を詠んだものとして英訳しました。散文的になるのを避けるために、「then」とか「and」を省略しています。(A)も「upon」を省略する方がHAIKUとして適訳になるでしょうが、(B)のように過去形で表現する方が英詩として実感があり安定感があります。

「英語の俳句は現在形で表現すべきである」と誰かが言っていましたが、それは俳句に対する誤った認識でしょう。

      

       

(60) 

荒海や佐渡によこたふ天河

(araumi- ya sado-ni-yokotau ama-no-kawa)

 

(A)

the rough sea_

lying over to Sado,

the milky way

  

(B)

the wild sea

lying against Sado_

the milky way

 

(注)

この俳句は芭蕉が実際に見て詠んだものではなく、心象風景を詠んだもであると一般に言われています「よこたふ」の主体が何かについても議論の余地があるようです。

(A)は通説どおり「天河がよこたふ」と解釈した英訳であり、(B)は「荒海がよこたふ」と解釈した翻訳です。

(B)は「や」を切れ字ではなく詠嘆と捉える読み方をしたもので、三段切れの読み方でやや無理が生じます。

しかし、芭蕉は上記(51)のように「や」が詠嘆的に主体を表す三段切れの俳句を他にも作っていますので、(B)の解釈を無下に否定することは出来ないでしょう。

  

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2020年2月 8日 (土)

芭蕉300句の英訳チャレンジ(41~50)

   

含蓄のある芭蕉俳句を論理的な英語に翻訳するには、句意を推測して複数の試訳でチャレンジせざるを得ません。名詞は英語では、抽象名詞や集合名詞でない限り、単数か複数かを区別する必要もあります。

    

(41) 

いなづまや闇の方行五位の聲 

(inazuma-ya yami-no-kata-yuku goi-no-koe)

  

(A) 

lightning!

far in the darkness

goes a voice of night heron

  

(B) 

lightning!

I’m going toward the darkness_

voices of night herons  

  

(C) 

a lightning

flushes in the darkness_

a voice of night heron

 

(注)

この俳句は「行」の主体の捉え方次第でいろいろな翻訳が可能です。

(A)の翻訳は、「や」を「切れ字」と捉え、「行」の主体は「五位鷺」であると解釈する適訳です。なお、この句の「いなづま」は抽象化された集合的概念として捉え無冠詞の「lightning」にし、原句の語順を活かすために倒置法を用いました。

(B)は「行」の主体(芭蕉自身)が省略されていると解釈した翻訳ですが、三段切れの読み方であり、誤訳になるでしょう。

(C)は「行」の主体が「いなづま」であると解釈した翻訳です。情景としては(A)に近い翻訳ですが、三段切れの読み方・解釈であり、誤訳かも知れません。

一般的に、「三段切れ」の俳句はダメ句とされますが、読み方も三段切れにしてはダメであることの参考例として敢えて掲載しました。

  

   

(42) 

此道や行人なしに秋の暮 

(kono-michi-ya yuku-hito-nashi-ni aki-no-kure)

 

(A)

this road

no one passing,

autumnal evening

  

(B)

this road

alone I’ll go_

autumnal dusk  

   

(注)

(A)は文字通りの素直な英訳です。

(B)は「や」を詠嘆的切れ字と解釈したやや深読みの意訳です。次の「野ざらし」の俳句を考慮すると、(B)の方が(A)より芭蕉の句意を適切に翻訳していると言えるのではないでしょうか?

    

 

(43) 

野ざらしを心に風のしむ身哉

(nozarashi-o kokoro-ni kaze-no-shimu mi-kana)

    

(A)

I might die by road side_

the cold wind

blows into my heart

 

(B)

weather-beaten skull in my heart_

the cold wind

pierces my body

  

(注)

(A) 「野ざらし」を比喩と解釈した分り易い意訳です。

(B) 「野ざらし」を文字通り髑髏(しゃれこうべ)と英訳し、比喩的な俳句であると解釈した翻訳です。(A)より(B)の方が面白いでしょう。

  

(44) 

刈あとや早稲かたがたの鴫の聲

(kariato-ya wase-katagata-no shigi-no-koe)

   

(A)

mown fields of early rice_

here and there

snipes cry

  

(B) 

footprints in the mown fields_

early rice here and there,

voices of snipes

       

(注)

(A) は「刈りあと」を「刈田」の意味に解釈した英訳です。(B) は「刈りあと」を「稲刈りをした人々の足跡」と解釈した翻訳です。

(B)の方が(A)より芭蕉の詠んだ句意を適切に訳出していると思いますが、三段切れになって原句の滑らかさが損なわれています。

英語の俳句で原句の句意を変えずに滑らかさを出すのは容易ではありません。

ちなみに、「刈田」も「鴫」も秋の季語です。

       

     

(45) 

猪の床にも入るやきりぎりす

(inoshishi-no toko-nimo-iru-ya kirigirisu)

  

(A)

a cricket

enters 

a bed of boar, too

  

(B)

a grass-hopper

enters 

a boar’s bed, too

 

(注)

「きりぎりす」は、広辞苑によると「こおろぎ」の古称なので、(A)では「cricket」と英訳しましたが、(B)のように「grass-hopper」と翻訳するほうが、面白いと思います。

ちなみに、「こおろぎ」は「秋の季語」ですが、研究社新英和大辞典によると、英米の認識では「夏の虫」です。

  

  

(46) 

曙や霧にうずまく鐘の聲 

(akebono-ya kiri-ni-uzumaku kane-no-koe)

  

the first light of day_

swirling in the mist,

a sound of temple bell,

   

(47) 

菊の花咲くや石屋の石の間

(kiku-no-hana saku-ya ishiya-no ishi-no-ai)

  

chrysanthemums in bloom

between stones

of a stonemason

      

      

(48) 

芭蕉葉を柱にかけん庵の月 

(bashō-ba-o hashira-ni kaken io-no-tsuki)

  

(A)

a leaf of Japanese banana

I’ll hang at a pillar_

the moon above my hermitage

  

(B)

the moon above my hermitage_

I'll hang at the pillar

a leaf of Japanese banana

 

(注)

(A)は原句の語順通りに英訳しましたが、語順を変えた(B)の方が英語俳句として句意が分かりやすいと思います。    

   

  

(49) 

名月の花かと見えて綿畠

(meigetsu-no hana-kato-mie-te wata-batake)

  

looks like flowers

under the full moon,

a cotton field

   

(注)

倒置法を用いて原句に近い英語俳句にしました。

    

(50) 

よき家や雀よろこぶ背戸の粟

(yoki-ie-ya suzume-yorokobu sedo-no-awa)

  

the nice house_

sparrows enjoy

millet grains in the backyard

    

2020年2月 5日 (水)

「節分」と「立春」:「まんぽ俳句」と写真

    

鬼やらいコロナウイルス退治を

立春の朝日の綺羅を漫歩する

立春の朝日煌めく駐車場

・街灯のガラスに朝日春立てり

立春の飛び立つ白さ一羽

マンションの双棟光る春立つ日

蠟梅の梢突き抜く空の青

立春の雲無き空の暮れなずむ

立春の一日の漫歩惜しみけり

立春晩酌自粛歯の治療

   

掲句は薫風士の「まんぽ俳句」です。「スマホ世代に俳句に親しみを持ってほしい」との思いで、このブログを書いています。令和の時代の俳句普及の一助になれば幸いです

俳句を詠んだ背景の写真をご覧下さい。

  

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2020年1月31日 (金)

令和初の大相撲初場所 (俳句と写真)

     

令和初の大相撲初場所は炎鵬正代などの平幕力士が健闘し、特に徳勝龍(33歳)が大関貴景勝に勝ち14勝1敗で初優勝し、両横綱(白鵬鶴竜)休場の千秋楽にも拘わらず、相撲ファンを沸かせました。

貴景勝(11勝4敗)には是非とも横綱を目指して精進してほしいものです。

怪我の影響で5勝10敗となった豪栄道(33歳)が大関在位33場所の記録を残して引退することになったのは残念ですが、親方として後輩の育成に頑張ってほしいですね。

徳勝龍には優勝インタビューの台詞通り「まだ33だ」と、怪我をしないで春場所も頑張ってくれるものと期待しています。

ちなみに、仏教では「観世音菩薩は衆生を救済するために33の姿に変身する」との言われがあります。

   

俳句はテレビを見ながら作って楽しむこともできます。 

薫風士の川柳もどきの俳句と写真(NHK・TV画面)をご笑覧下さい。

  

・身贔屓に一喜一憂大相撲

・大相撲明暗分かつ三十三

初場所の巨体包帯痛々し

・初場所の幕尻優勝男泣き

・監督を偲び涙の徳勝龍

・初場所や力士もファンも笑い泣き

・大関や相撲は芦屋酒は灘

     

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2020年1月30日 (木)

吟行の写真俳句(2019総集編)

   

 Click here to see "Bashō's haiku in Japanese and English by L. P. Lovee" 

    

(各タイトルのURLをクリックして記事をご覧下さい。)

  

小春日のふれあいカフェ交わす笑み

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/12/post-11c3.html

 

王子動物園吟行 

(まんぽ俳句と写真)

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/11/post-f054.html

 

「小春」と「凩」

(嵯峨野吟行の俳句と写真)

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/11/post-259d.html

 

蜘蛛の俳句と写真 

<即位礼に思うこと>

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/10/post-3ff1.html

     

秋声や芭蕉館への句碑の路

(大垣吟行の俳句と写真)

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/09/post-efc0.html

  

句に遊びドライブ旅行秋高し

(山口吟行の俳句と写真)

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/09/post-4a8f.html

 

(まんぽ俳句) 

「蝉」「空蝉」「蝉時雨」

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/08/post-5b34.html

 

「貴船神社」と「川床」

(貴船吟行の俳句・写真集)

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/07/post-5b4b.html

 

俳句と写真:

「紫陽花」「七変化」「あじさゐ」

(神戸市立森林植物園)

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/06/post-70ee.html

 

俳句の鑑賞:

田ステ女俳句ラリーに参加して

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/05/post-8cc8.html

 

平成最後の「花鳥同人俳句会」に参加して

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/04/post-7a47.html

 

「世界の梅公園」の「梅見」

(写真と俳句)

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/03/post-9d23.html

 

「探梅」・「観梅」の俳句と写真

(神戸市・岡本梅林公園)

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/02/post-6d05.html

 

大相撲「初場所」の俳句

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/01/post-f57e.html

 

2020年1月24日 (金)

寒晴れの歩こう会や「まんぽ」の句

   

119日の「歩こう会」は、大寒の前日にもかかわらず、穏やかな絶好の吟行日和に恵まれました。

薫風士の「まんぽ俳句」と写真を掲載させて頂きます。

ご笑覧下さい。

(写真はタップして拡大できます。青色文字をクリックすると、歳時記など関連の記事をご覧になれます。)

  

寒晴れを女のせいに晴れ男

寒晴れや巨石を祭る岩神社

・談笑の途絶え瀬音や落葉

・倒木を跨ぐか潜る落葉

濡れ落葉滑り防止の古タイヤ

・溜池のを目指して転ぶ老

・老に寒の吟行峠越え

・手分けして作る豚汁歩こう会

・豚汁を里野山家で煮る

・豚汁のロケットコンロ焚き加減

冬ぬくし里野山家五穀飯

・山越えて豚汁愛ずる歩こう会

・豚汁や胃無き老躯も愛でてをり

待春や里野山家の狭庭の美

手入れ良き寒の里山漫歩道

・美味きもの里野山家吊し柿

    

この日は、スマホの万歩計によると、16,000歩余り歩いていました。

  

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2020年1月17日 (金)

1月19日(日)の「まんぽ俳句会」参加募集

   

・「ふるふる」で句友募ろう「歩こう会」 

     

1月19日の「三田市民歩こう会」に参加して、

俳句に興味のある方々と俳句のお話をしたり、

貴方自身の思いを俳句にしたり、

「まんぽ」を楽しみましょう。

貴方の思い出となる俳句を作りましょう。

俳句は自分の思いが表現できればよいと割り切って気軽に作りましょう。

     

「三田市民歩こう会」は当日朝8時の天気予報で雨天の場合は中止ですが、今日の週間天気予報では「曇時々晴」です。

幸い、「晴れ男」「晴れ女」の参加希望者が増えたせいか、

まんぽ日和・吟行日和」になりそうです。

   

(集合日時) 

  1月19日(日)午前9時 三田市役所正面玄関前

   

(歩こう会・まんぽコース)

 市役所→杉ヶ丘バス停+++切詰バス停→岩神社→畦倉池→NPO里野山家(豚汁昼食)→高売布神社→つくしの里→木器バス停→三輪バス停 

(歩行距離:約8km

  

参加費用(バス代等の実費)・その他の詳細は、

ここをクリックして「三田市民歩こう会」のホームページをご覧下さい

「まんぽ俳句会」の趣旨・その他の詳細については、

ここをクリックしてご覧下さい

     

実費以外の参加料や予約は不要です。

  

・「ふるふる」で句友募りて初句会

  

「まんぽ俳句会」に参加ご希望の方はご連絡頂けるとありがたいです。

  

(発起人:薫風士 090-1229-2021)    

   

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2020年1月15日 (水)

「松納」と「とんど祭り」

         

松納」は関西では1月14日(関東は1月6日)です。

地元の自治会主催の「とんど祭り」は13日(成人の日)に行われ、豚汁が振舞われました。

 

下記の拙句と写真をご笑覧下さい。

  

・振舞の豚汁美味しとんど焼き

・豚汁の満たす胃の無き老いの腹

・子供らに焼いてやりとんど焼き

・豚汁も焼藷も食み男の子

・老幼の満ち足りし顔とんど焼

    

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2020年1月14日 (火)

飛び立つや枯葉に見えし群雀 (「成人の日」の「まんぽ俳句」)

      

掲題の俳句は、木の枝に無数の群雀(むらすずめ)が留まっていたが、スマホで写真を撮ると少し離れたところにある別の木に一斉に飛び移ったのを詠んだ「まんぽ俳句」です。

下の写真をタップ(クリック)して拡大してご覧下さい。

枯葉に見えたものがであることが分るでしょう。

 

今日は「成人の日」です。

新成人がそれぞれの道に希望を持って飛び立ち、幸せな人生を送ってほしい」という思いを即興句に詠みました。

   

・飛び立つや新成人のそれぞれに

   

ちなみに、「群雀」は笹葎(ささむぐら)を塒(ねぐら)にしているようです。

ご参考までに、「枯葉」は冬の季語ですが、「葎」は夏の季語です。

    

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2020年1月12日 (日)

初電車どこもかしこもスマホ族

   

 ・重宝なスマホのアプリ初暦

   

(「初電車」や「初暦」は新年の季語です。アイポッドスマホの違いはWi-Fi必要性の有無ぐらいと思っていましたが、インターネット検索やメール、写真撮影など、性能が進化していて、「まんぽ俳句」に活用出来そうです。)

   

 春着の女何を見てるかスマホ手に

   

(この俳句の「女」はリズムを整えるために「め」と読みます。「春着」は新年の季語です。)

  

 ・優先席稚児笑み返し冬ぬくし

   

「まんぽ俳句会」の理念を23の俳句に込めました。

「ハイク・俳句・はいく」

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/12/post-916a.html

をご覧下さい。

   

(薫風士)

2020年1月 8日 (水)

(改定版) 俳句談義(9): 「雛祭り」の俳句を集めました

   

33日は雛祭りである。高浜虚子の次女、星野立子(明治36年~昭和59年)の忌日(立子忌)でもある。俳句では「立子忌」を「雛の忌」や「ひひなの忌」としている人もいる。また、この日は日本ペンクラブの提案で「平和の日」とされている。     

          

歳時記の「雛祭り」「雛人形」「雛あられ」などの句はここをクリックするとご覧になれます。

ここ(データベース)をクリックすると現代俳句協会の「雛」の句がご覧になれます。      

   

575筆まか勢」というブログに立子忌の句 があった。   

当時、立子は女流では中村汀女橋本多佳子三橋鷹女とともに四Tと称された。   

   

星野立子は次の雛の句を作っている。    

・ 何といふ雛よと問はれ桃山と

・ 彼の雛の思ひ出追ふも悲しけれ

・ 雛飾りつゝふと命惜しきかな

   

立子の俳句としては「しんしんと寒さがたのし歩みゆく」が山本健吉の「定本 現代俳句」にも句評があり印象に残っている。  

              

高浜虚子は「雛より小さき嫁を貰ひけり」という句を作っている。    

「雛より小さき嫁」とはどういうことか、「許嫁」のことかも知れないと思って、その背景を知るために虚子一族の「雛」の句をインターネットで検索してみた。残念ながら、そのような手掛かりは無かったが、目黒雅叙園の「百段雛まつり日本最大級の雛人形が展示されているという記事があった。そのような大きな雛人形を念頭に詠んだ句なのかも知れない。

いずれにせよ目的はかなわなかったが、折角調べたので参考までに下記に記載する。    

         

虚子(「ホトトギス」2代目主宰)の句

・ 雛あられ染める染粉は町で買ひ

・ 美しきぬるき炬燵や雛の間

・ 山里の雛の花は猫柳

・ 天井にとどけ雛の高御座

・ お茶うけの雛のあられに貝杓子

・ カレンダーめくりあらはる雛の日

・ 老いて尚雛の夫婦と申すべく

・ 叱られて泣きに這入るや雛の間

・ もたれ合ひて倒れずにある雛かな

・ 春雷や女ばかりの雛の宿    

          

星野椿さん (立子の長女・「玉藻名誉主宰)の句

・ 表紙絵も玉藻雛や立子の忌 

        

高木晴子晴居」主宰の

・ 皆老いて雛の客とも思はれず    

    

高浜年尾 (虚子の長男・「ホトトギス」3代目主宰)の句   

・ 燭台の倒れ易さよ雛かざる

・ 燭台の灯なれや雛浮び見ゆ

・ 老いゆくは淋しきものよ雛祭

・ 雛の灯を今宵の客に灯しけり

・ 雛の間の更けて淋しき畳かな 

         

 稲畑汀子さん (年尾の次女・「ホトトギス名誉主宰)の句

鎌倉好き集まれ! おひなさま 鎌倉古陶美術館

・ 飾られて仮住も亦雛の宿

歳時記「雛納」)

・ 今日のためなほ納めずに置く雛

・ 雛の客あり雛をさめ又先に

・ 雛の忌と思ひ遥かへ心置く

・ 雛飾る娘の手伝ひもあてにして

・ 飾るより留守をあづける雛となる

・ 雛納めゐたるロビーを通りけり

・ 一筋の髪も乱さず雛納    

         

稲畑廣太郎さん (虚子の曾孫・「ホトトギス」主宰)の句

歳時記・雛納1

・ 雛納せざるをちらと見て出社

・ 雛納して洋室となりにけり

歳時記・雛納2

・ 雛納してより吾娘の嫁ぎゆく

・ 雛納して来年を近付ける

・ 悌を重ね合せて雛納

・ 雛納君との過去も納めけり

・ 雛の目光りて納められにけり

・ たつた今過去捨て雛を納めけり           

             

坊城中子さん (年尾の長女・「花鳥」名誉主宰)の句

・ 骨壷を置きて雛を並べけり     

                 

坊城俊樹さん (虚子の曾孫・「花鳥」主宰)の句句集「零」

・ ひひなの忌雛より小さき人のゐし

・ 飾らるる雛の顔と生れ出づ

         

上野章子 (虚子の六女・「春潮」初代主宰)の句

・ 手のひらに色を遊ばせ雛あられ

          

因みに、正岡子規はどのような「雛」の句を作っているかインターネットを検索したところ、まず「春星」のHPに「子規の俳句」があり、「子規の俳論俳話」というサイトがあった。しかし、ざっと見たところでは、子規の「雛」の句は「雛あらば娘あらばと思ひけり」以外には見当たらなかった。 

2020年1月 7日 (火)

明けましておめでとうございます。「あなたの俳句」を「まんぽ俳句会」でエンジョイしましょう!

   

「三田市民歩こう会」(1月19日)に参加して、

あなた自身

「まんぽ俳句」を楽しみましょう!

ここをクリックして「1月のまんぽ俳句会」のコメント欄にご投稿下さい。

  

有馬冨士望む寺苑や冬桜

  

この俳句は11月の「三田市民歩こう会」に参加して、

花山院で詠んだ拙句です。

   

令和初正月の拙句と写真を下記に掲載します。

   

・平和なる令和2年や初日の出

・近況を写真俳句に年賀状

初乗りどこもかしこもスマホ族

初暦スマホ買おうか買うまいか

・あれこれと置き場所思案初暦

屠蘇祝う御節は子等の贈り物

恙なく令和を生きん初詣

初詣令和の平和祈りけり

初空やまんぽ俳句を口ずさみ

・初空を写し「ひとはく」池青し

冬木の芽膨らみ初むる空の青

・冬木立シルエットにし初夕日

初詣まんぽ俳句に遊びもし

初詣往きは車に帰路漫歩

正月箱根駅伝吾漫歩

・正月の風に「ひとはく」旗三つ

・正月や凧飛び交う園ボール飛ぶ

初暦日記代わりの俳句詠む

         

ハイク・俳句・はいく

をご笑覧下さい。

(薫風士)

 

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2019年12月31日 (火)

ハイク・俳句・はいく

Click here to see "Basho's haiku in Japanese and English by L. P. Lovee"

     

歩こうかい・ハイク(HIKE)で俳句(HAIKU)・楽しもう!

日本人なら俳句は誰でもできるよ!

あなたの思いを5‐7‐5に口遊めばそれが俳句への一歩です。

「まんぽ俳句会」の理念(発起人の思い)を23の例句に込めました。

       

凩やまんぽ俳句を唇に

短日ふれあいカフェ摸擬句会 

ファミレス俳句談義小春の日  

短日や句を苦にするな句に遊べ

風邪の床子規偲びて句を捻る

膝小僧抱え丸まる風邪の床

水洟や果報寝て待つ老いの床

酒卵加えチンする冬至粥

福よべ冬至南瓜食みにけり

色に惚れ卓に置きたる龍の玉

手作りの庭の成果の柚子湯かな

万歩して柚子湯に遊ぶ俳句かな

スポンジ聖夜のケーキ孫来れず

数え日異国の友に句のメール

富士の峰を目指し牛歩や去年今年

異端者救われもして去年今年

・句に詠まん宇宙の摂理去年今年

去年今年ハイク俳句の目指す峰

・語り継ぐ先師の思い去年今年

時雨忌や「ながら」に興ず漫歩の句

二兎追いて一兎を得るか老の春

牛歩にも先師さまざま初句会

隗よりまんぽ俳句初句会

   

掲句23句は「まんぽ俳句会」の入会勧誘のための川柳擬きの「まんぽ俳句」です。俳句は川柳ほど人気がありませんので、一人でも多くの方を「俳句への道」に誘うべく川柳擬きの俳句にしていますが、決して伝統俳句を軽んじているわけではありません。現代に生きる者としては、現代の自然・環境や人間社会の有り様花鳥諷詠として俳句にすれば良いでしょう。スマホを活用して俳句を作るには現代仮名遣いの方が便利です。季語文語・旧仮名遣いの必要性については俳句の詩的表現の効果を考慮して決めれば良いと思っています俳句は日本語の豊かさを活かし、最少の言葉で最大限の花鳥諷詠をする奥の深い文芸です。

「まんぽ俳句会」はスマホを利用している現役世代が定年退職後に俳句を趣味として健康長寿を全うする格好の「居場所」になることを願っています。

インターネット活用の俳句会や吟行俳句会などで会員相互の研鑽・親睦を図ります。

(俳句会参加費は、その都度会場費や諸経費の実費のみ負担して頂きます。添削は希望者に無料で行います。下記のコメント欄、又はここをクリックして気軽にご投稿下さい。

   

ご投稿をいつもお待ちしています。 (薫風士

  

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虚子俳句15句の季語クイズ

 

〇に季語の文字を入れて下さい。

答えは〇をクリックするとご覧になれます。

 

(1)〇〇〇〇貫く棒の如きもの

(2)の山屍を埋めて空しかり

(3)〇〇や闘志抱きて丘に立つ

(4)〇〇の埃の如く人死ぬる

(5)神にませばまこと美はし那智の

(6)流れ行く〇〇の葉の早さかな

(7)〇〇に生れ網をかけねばならぬかな

(8)一つ根に離れ浮く葉や〇〇〇

(9)〇〇や花鳥諷詠南無阿弥陀仏

(10)独り句の推敲をして〇〇〇

(11)〇〇も鳴き〇〇も泣くのみぞ

(12)〇〇〇や皆愚かなる村のもの

(13)爛々と昼の星見え生え

(14)〇〇〇眠れる人に凭(よ)り眠る

(15)〇〇や大悪人虚子の頭上に

    

クイズ嫌いがクイズ作りに挑戦しました。

正解は幾つありましたか?

 

2019年12月28日 (土)

虚子の俳句「去年今年貫く棒の如きもの」の棒とは何か? (改定版)

        

掲句「去年今年」について稲畑汀子さんは「虚子百句」において次のように述べている(抜粋)。     

「昭和25年12月20日、虚子76歳の作である。・・(省略)・・時間の本質を棒というどこにでもある具体的なものを使って端的に喝破した凄味のある句であるが、・・(省略)・・この棒の、ぬっとした不気味なまでの実態感は一体どうしたことであろう。もしかすると虚子にも説明出来ず、ただ「棒」としかいいようがないのかも知れない。敢えて推測すれば、それは虚子自身かも知れないと私は思う。

この句は鎌倉駅の構内にしばらく掲げられていたが、たまたまそれを見た川端康成は背骨を電流が流れたような衝撃を受けたと言っている。感動した川端の随筆によって、この句は一躍有名となった。・・(以下省略)」

  

汀子さんは上記の如く述べているが、この句の「棒」は虚子の信念・意志を象徴していると思う。「貫く棒の如きなり」と言わず、「貫く棒の如きもの」と言っているから「時のながれ」というよりも虚子の俳句に対する考えや信念の強さの比喩に違いない。

「虚子俳句の痴呆性」を云々する人がいるが、この俳句には「大鐘のごとし。小さく叩けば小さく鳴り。大きく叩けば大きくなる。」という坂本龍馬の言(勝海舟に説明した西郷隆盛の評価)を当てはめたい。

  

文学に限らず、音楽や絵画など、芸術は個性を表現するものであり、それをよく理解できるか否かは鑑賞する人の性格や人生観、能力などが左右する。まして、俳句は17音(文字)で表現する短詩であり、論理ではなく感性にうったえるものである。従って、俳句はその作者と「場」を共有するか、それが作られた「場」を適切に推定することが出来なければ理解できないことがある。

特にこの「去年今年」の句のように比喩的な俳句はそうである。それを読む人が卑しければ卑しい句であると誤解されることになる。逆に、読む人が優れていればその句を作った人の意図以上に解釈されることも珍しくない。それは俳句の本質的な限界でもあり広がりの可能性でもある。中立的な表現の俳句は鏡のように、読む人の心を映しだす。

虚子はこのような俳句の面白さもこの句に織り込んだのではなかろうか?

  

大岡信は「百人百句」において、「俳句という最少の詩型で、これだけ大きなものを表現できるのはすごいと思わざるを得なかった。」と次のように述べている(抜粋)。  

「昭和20年代後半から30年代にかけては『前衛俳句』の黄金時代で、若手の俳人はそちらに行ってしまい、虚子は一人さびしく取り残されている感があった。・・(省略)・・私は現代詩を書いていたので、・・(省略)・・どちらかというとはじめに前衛派的な人々の句に親しんだので、それから逆に句を読み進め、高浜虚子を初めてというくらいに読んでみた。すぐに感じたのは、虚子の俳人としての人物の大きさだった。私は常々現代詩を作り、・・(省略)・・斎藤茂吉が好きだったので茂吉の歌もよく読んでいた。しかし、『去年今年』の句を読んだときに、俳句という最小の詩型で、これだけ大きなものを表現できるのはすごいと思わざるを得なかった。・・(以下省略)」

  

この句についてインターネットで検索していると、宗内敦氏の「アイデンティティ-第二芸術」というタイトルの傑作な記事があった。    

「去年今年(こぞことし)とは、行く年来る年、時の流れの中で感慨込めて新年を言い表す言葉である。しかして虚子のこの一句、『貫く棒の如きもの』、即ち、時の流れを超えて『我ここにあり』と泰然自若の不動の自我を描いて、まさに巨星・高浜虚子の面目躍如たる『快作にして怪作」(大岡信『折々のうた』)の自画像である。それが何としたこと、バブル絶頂の頃だったか、ある新聞の本句についての新春特集ページに、『この句を知ったとき、顔が火照り、胸がときめき、しばらくは止まらなかった』という中年婦人の感想文(投書)が載せられた。一体何を連想したのか。破廉恥にも、よくぞ出したり、よくぞ載せたりと、バブル時代の人心・文化の腐敗に妙な感動をもったことを思い出す。・・(以下省略)」

  

この句を作ったとき虚子は夏目漱石の「草枕」の冒頭にある有名な文「智に働けば角が立つ、情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」も意識していたかもしれない。

この句の「棒」のイメージは、「草枕」の「情に掉させば流される」という文句や方丈記の名文句美空ひばりのヒット曲「川の流れのように」の歌詞など、時世・人生を表現するのに用いられる「川のながれ」とは全く異なり、力強くて斬新なものである。

虚子は「深は新なり」とか「古壺新酒」と言っている。「花鳥諷詠」と「客観写生」を唱道していたが、「前衛俳句」の黄金時代にあって、「去年今年」の句を作ることによって「これも『花鳥諷詠』だ」と、その幅の広さと虚子の信念と自信をアッピールすることを意識していたのではなかろうか。

俳談」や「俳話」なども読み、虚子の考えや作句の「」を知るにつれて虚子の俳句をよく理解できるようになる。インターネットのブログを検索していると、様々な俳句の解釈があり面白い。この「」をわきまえず、俳句のみならず作者の人格まで悪しざまに云々するブログを見かけることもある。それを鵜呑みにしている人もいるようで困ったものである。

  

(注) 

この記事は2015年1月18日に書いたものをスマホで見ると大部分が削除されており、誤解を招くので、スマホでもよく見ることが出来るように改定・再掲載するものです。