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2016年8月28日 (日)

蝉の俳句を鑑賞しよう

     

Click here to see “Haiku of Bashō” in English.

   

(2025.7.29 更新)

蝉一声小枝にとまる蟷螂に

螳螂は小枝に見えし蝉の声

蝉の声産声ならぬ悲鳴とは

螳螂に噛まれし蝉の最後かな

一頻吾庭の朝の蝉時雨

       (薫風士) 

  

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冒頭の写真は、螳螂が蝉を捉えた様子です。

    

    

蟷螂の俳句は、ここをクリック(タップ)して、「俳句の定型とリズム」をご覧下さい

ここをタップして、俳句HAIKUの記事「芭蕉の足跡巡り《秋の山寺・立石寺》」をご覧下さい。

  

松尾芭蕉が元禄2年5月27日(1689年7月13日)に出羽国(現在の山形市)の立石寺に参詣した際に詠んだ発句「閑さや岩にしみ入る蝉の声」が有名ですが、芭蕉は「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」という俳句も作っています。

この句の「けしき」に該当する漢字は「気色」と「景色」のどちらでしょうか?

「景色」を当てはめて、「蝉の声は聞こえるが、その景色を見ることはできない。」と、病で伏してやがて死ぬ身であることを嘆いている作者の気持ちを詠んだ句であると解釈することもできないことはないでしょうが、「気色」を当てはめ、蝉の命は1~2週間(?)と短いが、やがて死ぬ様な気配もなく鳴いていることを詠んだ俳句であると解釈するのが正解でしょう。

蝉は間もなく死ぬことも知らずに鳴いている、と「命の儚さ」を詠んだ句と受け止めるか、短い命でも精一杯元気に謳歌している、と解釈するか、読者の人生観次第です。

(青色の文字をクリックすると俳句の詳細や解説がご覧になれます。)

       

高浜虚子は終戦の年に「秋蝉も鳴き蓑虫も泣くのみぞ」という句を作っています。

敵といふもの今は無し秋の月」「黎明を思ひ軒端の秋簾見る」と併せて読むと、「秋蝉蓑虫も泣くのみだ。泣きたいものは思いぞんぶん泣けばよい。だが、自分は泣かない。終戦になって、自由に句作が出来る。さあこれから本番だ。」と、清々した気持ちで詠んだ句だと思われます。

      

正岡子規は「野分して蝉の少なきあした哉」と誰もが体験したことのあるような自然現象・季節の移ろいを句にしています。

   

琉球新報の記事に「『平和の願いを蝉とともに叫ぼう』仲間さん、摩文仁で詩朗読へ」という見出しで、糸満市摩文仁で行われる沖縄全戦没者追悼式で仲間里咲(りさ)さん(金武小6年)が自作の詩「平和(ふぃーわ)ぬ世界(しけー)どぅ大切(てーしち)」を朗読することが紹介されていました。

 

詳細はココ(http://ryukyushimpo.jp/news/entry-295999.html)をクリックしてご覧下さい。

    

広島長崎原爆忌や終戦の日は例年の如く型通りの報道がなされましたが、今年はリオ・オリンピック報道に埋もれてしまった感があります。

   

金メダル囃す夜明けの蝉しぐれ

鳴くや「ナチの手口」に嵌るなと

空蝉(うつせみ)ポケモンGO空け者(うつけもの)

わだつみの声を聞けよと秋の蝉

平成の大御心や法師蝉

      (薫風士)

 

歳時記(俳誌のSalon)を見ると、「」は芭蕉の「撞鐘もひびくやうなり蝉の声」や一茶の「蝉鳴くや我が家も石になるやうに」など2200句ほどあり、「蝉時雨」は約800句、「空蝉」は400句余り、「蝉の殻」100句余りなど、例句が約3500句あります。 

     

青色文字の「俳句」や「HAIKU」をタップすると、それぞれ最新の「俳句(和文)」や「英語俳句」の記事をご覧頂けます。

   

コメント

2025.7.29 更新

SNS世代に俳句の楽しさ・面白さを知ってほしいと、
漫歩・万歩・SNSで楽しむ「まんぽ俳句会」を始めました。

・気の合ひし句友と談義年忘れ (薫風士)

http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2019/11/post-d2ef-1.html
をご覧下さい。
ご投稿をお待ちしています。

(薫風士)

芭蕉の俳句300句の英訳を始めました。
(俳句・文芸翻訳)
「芭蕉300句:言葉の壁を破る英訳チャレンジ」
http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/generaltranslation/
をご覧下さい。

俳句の面白さは即興にあります。
「『明易(あけやす)』・『短夜(みじかよ)』の俳句を鑑賞しよう!
http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2017/06/post-9d77.html
をご覧下さい。

蕪村が宮島の厳島神社を詠んだ俳句が面白いです。
俳句鑑賞 <蕪村の俳句「薫風や」は面白い>
http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2017/04/post-e8ed.html
をご覧下さい。

「俳句は難しい」と思っている方や
「食わず嫌い」の方が多いようです。
最初から名句を作ろうなどと思わず、
試しに何でも思ったことや感じたことなどを
5-7-5に表現して見て下さい。
「俳句は意外にやさしい」と思われませんか?
ご参考までに「俳句の作り方 <5つのポイント>
http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2017/01/post-37fc.html
をご覧下さい。
俳句が「庶民の文化」として愛好者の輪がさらに広がれば
世界遺産への登録が単なる夢でなく、実現するでしょう。

小林一茶は「蝉鳴くや我が家も石になるやうに」を作った時に
芭蕉の俳句「閑さや岩にしみいる蝉の声」を意識していたに違いないが、
「我が家も石になるやうに」とはどういうことを言いたかったのだろうか?
一茶の俳句の「石」を芭蕉の句の「岩」と重ねて解釈すると面白い。

芭蕉の俳句「閑さや」をStephen Addissは
"The Art of Haiku"に於いて下記の通り英訳しています。
silence--
penetrating the rocks,
cicada voices
しかし、「岩にしみいる」という語感を生かすには
「penetrating」は不適切な気がします。

次のような英訳にしたいですね。
what a stillness!
a cicada voice,
seeping into the crag

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