俳句談議 Feed

2022年3月 6日 (日)

春一番この発言はおぞましき

    

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関東地方で3月5日「啓蟄」に春一番が吹きました。     

「この発言」とは何か、誤解しないで下さいね

    

青色文字をタップするとリンク記事をご覧になれます。

   

・春一番おぞましきとはこの言葉  

・日々愛(お)しむキノコ雲なき春の雲

   

掲句は薫風士の「已むに已まれず」詠んだ「川柳擬き」の俳句です。

「已むに已まれず」は「やむにやまれず」と読みます。

貴方は、「已みません」を、物議を醸(かも)した「誰かさん」と違い、読み違いするような「よみにくいひらがな」にしなくても、「漢字」で読めるでしょう(?!  

戦争を知っていた金子兜太さんや稲畑汀子さんが、生きて「この言葉」を聞かれたら、どのような俳句を詠まれたでしょうか?

  

ウクライナのテレビ塔や原子力発電所などへのロシアのミサイル攻撃・爆発の写真と「春一番」のお題で、プレバト人気の立役者梅沢富美男永世名人や元衆議院議員/元宮崎県知事の東国原英夫永世名人に俳句を詠んで頂き、夏井先生に是非とも句評をして頂きたいと思いますが、皆さん「ムリ・無理・むり」とおっしゃるでしょうか ???!!!

   

戦争を知らない世代元総理の発言「日米核共有」を何と考えるか、あなた次第ですが、日本が核保有国になることが自衛になるとは、到底考えられません。

迎撃ミサイルが核爆発を起こさず100%防衛できるとは信じられません。

原子力発電所の安全確保も益々おぼつかなくなることは、ウクライナへのロシアの侵攻や北朝鮮のミサイル実験を見れば自明でしょう。

問題の解決には、覇権争いや経済制裁ではなく、共産主義圏民主主義圏の住み分けをして、どちらが人類に幸せをもたらすか、文化やスポーツの世界で平和裏の競争をしながら見極めることが大切だと思います。

このような考え方を「幼稚だ」とか、「青臭い」とか、「ナイーブ」だとか、「利敵行為」だとか、「おかしな人だ」とか、様々に非難される方もいるかもしれませんが、日本が太平洋戦争に追い込まれた経緯など、よく考えると、ご理解頂けるのではないでしょうか?

「All or nothing」とか、「二者択一」でなく、状況により「第三の道」も考えるべきだと思います。

国際的紛争問題のみならず、新型コロナウイルス感染拡大防止対策東南海地震対策など、何事も応急対策のみならず、将来を見据えた根本的問題解決策を考えることが大切でしょう。

      

・春一番初金メダル北京パラ

 村岡桃佳選手(1997.3.3 生れ)はアルペンスキー女子滑降「座って滑るクラス」と「スーパー大回転・座位」と2日連続の金メダルを獲得しました。 

  まことにおめでとうございます。知名度の上がったこの契機に、是非ともパラリンピック・スポーツを通じて世界平和に貢献する活動をして下さい!

  

「アメリカファースト(実はミーファーストか?)」の誰かさんのような、国論を分断し、対立を煽るような発言が世界を席巻しては困ります。

我が愛する日本が代理戦争の修羅場にならないことを祈っていますが、祈ってばかりいては政治は改善されませんから、参議院選挙ではしっかり考えて投票したいものです。

     

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2022年2月 5日 (土)

四季の雲(写真・俳句)《早春・春の雲》

     

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P.S. 2022.4.5 改定

ウクライナ紛争について、「已むに已まれぬ思い」を俳句に詠み、記事を書きました。

青色文字をクリック(タップ)して、梅東風や届け世界にこの思ひ

血に染むなドニエプルてふ春の川をご覧下さい。

     

(2022.2.5)

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立春の翌朝、シャッターを開けると、東の空に日の出の雲が面白い形をして、恐竜が顔を突き合わせているように見えました。

  

    

春の朝恐竜の如雲対峙

・今朝の雲何の兆しか春浅し

・たをやかな縁の輝き春の雲

春立ちて翌日の雲と対話して

早春や平和を祈り句を口に

          (薫風士)

   

冒頭の写真の雲の形は対峙する恐竜のように見えますが、嚙み合って喧嘩をしようとしているのか、口付け(キス)をして仲良くしようとしているのか、見る人次第で真逆の見方ができると思います。

「何を暢気に馬鹿なことを言ってるんだ。目障りな電柱や鉄塔ばかりじゃないか!」と無関心な方、「電柱ばかりの風景観光立国がちゃんちゃらおかしい!」と嘲笑する方、「観光立国を言うなら、電柱や電線を無くして街の美観を促進せよ!」と腹立たしく思う方、「電線の地中化の資金源や労働力などはどうするのか?」と愚直に考え込む方、「地下ケーブル化は老朽化した道路・橋梁・水道などの改修・都市再開発に合わせて推進すると良い」と前向きに考える方、様々でしょうが、「何か思っていても、何も言わない方」が殆どではないでしょうか?

  

(青色文字をタップすると、関連のリンク記事をご覧になれます。)

冬季オリンピックのNHK TV (LIVE放映)を見ながらこの記事を書いています。

ここをクリック(タップ)すれば、NHK NEWS WEB「北京2022」をご覧になれます

  

残念ながら、コロナ禍・人権問題・冷戦問題、etc. 世界情勢は覇権争いで多難ですから、「スポーツの祭典」も無邪気に「お祭り気分」にはなれません。

芸術でも政治問題でも、何事も好き好きです。捉え方は、人それぞれでしょう

  

「人の顔の違い」以上に「人の考え方の違い」がある筈だから、「お互いに理解し合う」ことに心掛けなければならないと思いながら、かって「福井県立 恐竜博物館」の勝山の恐竜や「兵庫県立 人と自然の博物館」(ひとはく)の丹波竜を幼孫と見物したことを思い出し、子供たちの将来に思いを馳せて、この記事を書いていたところ、

現代音楽の作曲家・ロクリアン正岡氏から、Yutube の新曲の連絡が来ていました。

   

ロクリアン正岡/絵と音楽「みんなの娘が好い子に育ちますように!
         

青色文字(曲名)をクリック(タップ)してお聴き下さい。

  

ロクリアン・正岡氏は、薫風士のブログ「俳句HAIKU」の記事:

究極のラブを!(Ultimate LOVE!)

宗教と科学の融合

ポーランドの旅(写真と俳句 講演のことなど)等と同じ思いで、「みんなの娘が好い子に育ちますように!」を作曲されたかも知れないと、我田引水の解釈をしています。

  

徒然に、「俳句HAIKU」の「春の俳句特集」や「エッセイを多くの方々にご愛読頂き、薫風士の思いをシェアして頂ければ望外の喜びです。 

   

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2021年12月29日 (水)

《大晦日・大年》(岸田内閣に望む)

  

(P.S. 2022.10.28)

安部晋三元総理大臣の暗殺事件を契機として政治家と旧統一教会との癒着・相互依存関係が明らかになりました。

これを契機として、恒久的世界平和を確立する為に、宗教心の在り方について是非とも皆さんに考えて頂きたいと思っています。   

  

ここをクリックして、「秋風の俳句を観賞しよう!」をご覧下さい。

日本のみならず、世界の指導者が公明正大な政治を推進しない限り、世界の平和は維持できないでしょう

  

下記のタイトル(青色文字)をタップして記事をご覧下さい。 

  

花祭の俳句《21世紀の宗教・世界平和を考える》

 

梅東風や届け世界にこの思ひ

 

台風・野分》(改訂版

    

俳句《涼し》死の話

 

言葉の力』・『俳句の力』《癒し》

 

終戦記念日・墓参・盆』の俳句

 

         

(2021.12.29)

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高浜虚子は「去年今年つらぬく棒の如きもの」とか「年を以て巨人としたり歩み去る」という俳句を詠んでいますが、「ふさはしき大年といふ言葉あり」という俳句も作っています。

    

今年(2021年)は俳句で馴染みのある岸田文雄首相の率いる内閣が発足しました。

来年は「寅年」です。

  

丑年に発足した岸田内閣は「牛歩」でしっかり足場を固めて、来年はオミクロン株拡散と重症化のリスクを見極め、「with COVID-19」下の「新しい資本主義の実現」と「デジタル田園都市国家構想実現」への体制作りに尽力して、将来の日本の飛躍に備えてほしいものです

   

最近、米国などの資本主義の実態は初期の資本主義の良さがなくなり、「投機主義」に陥っています。

「株価変動」を指標にして政治問題を云々することは必ずしも妥当ではないでしょう。

それどころか、ごく一部の富裕層が既得権益を維持するために政治を株価操作に利用しているかもしれません。

  

「賃金が上昇しない原因は消費税にある」という説がありますが、それは間違いであり、「従業員よりも株主を優先する米国式企業の姿勢にある」と言えるでしょう。

「従業員の待遇改善・最低賃金のアップ」を推進する企業が増える政策を政府・財界が知恵を出し合って実施してほしいものです。

   

従来の「アベノマスク的発想」や「アベノミクス」などの踏襲、「経済成長一辺倒」の口先だけのまやかし政策は「社会的経済格差の拡大」により社会不安を醸成し、共産主義独裁国の世界覇権政策に利することになるでしょう。

そのような事にならないように、岸田内閣がクリーンでフェアな政治を期待している国民を裏切らない施政を推進してくれることを切望しています

   

「新しい資本主義」の構想は「共産党独裁国家」や「社会主義国家」の独裁政権と一線を画し、平和憲法下の自由な民主主義国家として是非とも成功させたいものです。

    

「頭ごなしの批判」でなく、「建設的な提言」をして応援しましょう。

デジタル田園都市国家」の構想は、世界中が「with COVID-19」で社会生活・経済活動をせざるを得ない時代の日本の必須の政策です。

  

東京一極集中をやめようと長年言い続けながら実現していません。

デジタル田園都市国家構想は地震など災害の多い日本が最も必要としている課題でしょう

IT革命推進を政府の戦略課題として位置付け」していながら政府関係者の多くがITに疎かったことを反省して、若い世代の起用を積極的に推進して是非とも成功させて下さい。

   

今朝は風花がちらつき、太陽も冬雲に見え隠れし、最高気温も3℃の予想で正に「冬日」です。

来年も多難な年になるでしょうが、「春遠からじ」です。

   

去年今年つらぬく棒の如きもの」の信念で、岸田首相が令和の本格的な日本の総理大臣として国際的にもリーダシップを発揮してくれ、数年後(2030年頃?)の新年には恙無い長寿を祝いながら、「年を以て巨人としたり歩み去る」と、新たな俳句を詠めることを期待しています

岸田政権短命説もありますが、「民の声」に耳を傾け、「しなやかな胆力を発揮して初心貫徹」をしてほしいものです。

    

年越やオミクロン株蔓延りて(医療の在り方)」や

「親子して本音の議論屠蘇祝ふ」も併せてご一読下さい。 

     

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2021年9月 4日 (土)

<提言>「平和の俳句」月間(「俳句の日」~「子規忌」)

  

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「俳句の日」とされる8月19日から正岡子規の命日9月19日までの1か月を「俳句月間」として俳句・教育関係者により俳句を通じて子供たちに対する日本文化の啓蒙活動をして頂いたら如何でしょうか?

コロナ禍の自粛生活で子供たちが無意味なwebゲームに夢中になっているのは親泣かせです。

平和の俳句」といえば金子兜太が有名ですが、俳句は、日本の誇るべき世界文化遺産にふさわしい庶民芸術の一つです。人々が好き好きに、自然と人の営み花鳥諷詠として詠み個性を発揮する世界最短の詩です。

俳句の教育はもう既に実践されているのでしょうが、プレバトのような一方的な査定やランク付けはしない教育をしてほしいものです。

「俳句を通じて世界平和を!」をキャッチフレーズにして、「俳句の面白さ」・「吟行の楽しさ」を多くの方々に知ってほしいとの思いで、ブログ「俳句HAIKU」を書いていますが、お陰様でアクセスの累計が60万件の大台を超えました。

  

「俳句の日」俳句でクイズ・ゲームを楽しもう

 俳句ブログ:終戦記念日<「戦争と平和」特集>

をご一読頂けると有難いです。

この思いを皆さんにシェアして頂ければ望外の喜びです。

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                 (薫風士)

   

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2020年5月25日 (月)

真夏日や街行く人は皆マスク

  

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皆さんは政府支給のアベノ・マスクをしているのでしょうか? 

句友が送ってくれた手作りのマスクをしていると、歯医者の受付の女性が「可愛い」と言ってくれました。

見かけも良く、掛け心地がよくて息苦しくないので重宝しています。

  

新型コロナ拡散防止のために国民が自粛努力している時に、どさくさにまぎれて、与党やその支持者に「三権分立の原則」を覆すような検察庁法改正の動きがあるのは、新型コロナ問題に劣らぬ大問題です。

コロナも最初は現在のような大事になるとは殆どの人が予想していませんでした。同じ轍を踏まないようにしなくてはなりません。

検察庁法改正の動きは、与党が政権維持のためにしているのではないとしても、絶対に止めなければなりません。

政権維持のためなのか、保身のためなのか、「不都合なことは記録を残さず」、「無用の忖度」や「まやかしの発言」が多いのは問題です。

このような重要な法案の審議を法務大臣不在で実施するということは信じられませんが、その強引さの理由は何でしょうか?

国民の付託を受けた国会議員・大臣・総理大臣には「説明責任」があります。国民は白紙委任をしているわけではありませんから、この法案の成立を急ぐ理由を明確に答える義務があるでしょう。 

国民の納得できる説明がないままに、数の力で強行採決される異常事態がまかり通るとなれば長期政権が独裁化・腐敗していることの証ではないでしょうか?

物事には両面があり、一方的な是非論・批判は慎むべきですが、「三権分立の原則」のような基本法は是非とも堅持しなければなりません。

  

野党やその支持者は、「批判のための批判」と非難されないように、小気味よい批判をしてスタンドプレーで終わることなく、国民の幅広い理解が得られる条理に基づく法案を積極的且つ地道に提案するようにしてほしいものです。たとえ、与党の数の力・不条理がまかり通り、野党の法案が否決されたとしても、単にボイコットする姑息な方法より国民の支持をより多く得ることになるでしょう。

    

「検察庁法改正案」の問題点は、「検事長など幹部が63歳で退職する『役職定年』を設けた上で、内閣が認めればその年齢を過ぎても役職にとどまることができるとする内容が盛り込まれた。」ことにあるのです。

この検察庁法改正案の問題点は「定年延長を『恣意的に』時の内閣が出来る」ことにあるのです。

野党議員は国会審議をボイコットするのではなく、その問題点を明確にして、「政権維持のために恣意的に定年延長」が行使されることを防ぐための法案を提出して、与党案と比較しながら議論すべきなのです。

「『公務の運営に著しい支障が生じる』と判断すれば最大で3年間勤務を延長できる。」とのことですが、「『公務の運営に著しい支障』とは何か、『特定の人物』を対象とするのではなく、『制度としての判断基準』を法律の改正案と同時に具体的に例示して審議すべきでしょう。

  

肝心なことは、民主主義・平和憲法下の三権分立の原則に基づく政治・行政・司法などのチェック機能を堅持することです。

野党の皆さんには、是非ともそのための責務を果たしてほしいものです。

   

安倍総理は、高齢者の豊富な経験を活かすために国家公務員法の改正をするといっていますが、一般の国家公務員法と検察庁法とは本質的に異なることを無視して都合よく一緒にしてあたかも正論のごとくまやかして、自分に都合の良い主張しているとすれば大問題です。

国民にそのような誤解(?)をさせない為にも、強行採決はすべきではないでしょう。   

時代の変化や技術の進歩に適応できない権力欲の強い老人が「老害になる」ということもありますよ。

  

我々一般庶民は、将来取返しのつかぬことにならないように、お題目の美辞麗句を一歩踏み込んでよく考え、「騙されないように」・「誤解している」などと馬鹿にされないように、それぞれの立場で、折に触れて、政治や行政の透明性を要求し、確保して行かなければなりません。

   

マスク」は「冬の季語とされていますが、「花粉症」や「新型コロナ感染防止」など、春にも夏にも使うようになり、今や季語としての意味は無くなったように思います。

  

昨日(4月11日)は東京が真夏日となり、今日は奈良が真夏日になりました。タイトル句を「猛暑日や街行く人は皆マスク」として「俳句HAIKU」の記事を書く羽目になるだろうと、覚悟をしています。

今日はタイトルにコロナ俳句を掲載しましたが、暢気な俳句談義をしておれなくて、つい政治談議になりました。

この思いを皆さんでシェアして頂けると有難いです。

  

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2018年10月20日 (土)

俳句の鑑賞:「柿」(追補版)

   

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See "Enjoy bilingual haiku of Kyoshi Takahama" in HIA HP.         

(青色文字をタップするとリンク記事をご覧になれます。)

      

(P.S. 2022.11.15)

このP.S.はNHK「うたコン」を視聴しながら書きました。

   

・チンするは句友の呉れし吊るし柿

  

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チンする」は、「愛犬の伏せ」ではなく、電子レンジで温めたことを面白く表現したものです。

俳句大会で知り合った句友が先日呉れた吊るし柿を早速食べると美味しかったのですが、試しにチンして食べると、中身が非常にジューシーになって更に美味しい気がしました。

皮がやや硬くなって噛み応えがあり、口に入れたとき気を付けて噛まないと中身を零すことになりそうでした。

    

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今日(11月15日)は、近くの句友が新鮮な柿を呉れたので、早速吾庭のトマトなどと一緒にサラダにしました。

あっさりした甘さがあり美味しく頂きました。

   

・サラダにす句友の呉れた富有柿

       

「柿」の俳句といえば正岡子規の「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」が有名です。

  

2021年11月25日に、岸田文雄首相は首相官邸で、「奈良の柿PRレディー」の広瀬麻理奈さん(25)らの表敬を受け、柿を試食して次の一句(即興句?)を披露されたとのことです

   

・柿食えば、コロナ打ち勝つ、奈良の町

  

この「柿食へば」は子規の俳句の「柿食へば」と異なる句意でしょう。

『柿食へば』の誤訳《俳句の力・言葉の壁》をご覧下さい。

  

岸田首相は2022年8月21日に新型コロナウイルスに感染しましたが、リモートで執務し、無事健康を回復しました

2021年の暮に書いたブログ《「大晦日」・「大年」の俳句(岸田内閣に望むこと)》をご覧下さい。

   

俳句を通じて世界平和を念じている観点から、岸田首相の掲句に便乗して願望の駄句を詠みました。 

    

・奈良柿を食みてコロナに打ち勝たむ

奈良の柿食みて米寿を恙無く

・奈良柿も食みて祝ぎたし己が茶寿

   

   

(2018.10.20)

 

ウイキペディアによると正岡子規は「柿落ちて犬吠ゆる奈良の横町かな」という俳句も作っています。

正岡子規は柿が大好きだったようです。

   

熟柿落つ愛犬目指し駆け出しぬ

・愛犬の深めし絆柿たわわ

    

掲句はチュヌの主人がありのままに詠んだ俳句です。

  

俳誌のサロンの歳時記から柿の俳句を気の向くままに抜粋させて頂きます。

 

(青色文字「柿」をクリックすると歳時記の詳細がご覧になれます。)

   

1)

・よくひびく子猫の鈴や柿日和 

         (内田雅子)

  

2)

・三千の俳句を閲(けみ)し柿二つ  

         (正岡子規

 

3)

よろよろと棹がのぼりて柿挟む 

         (高浜虚子

  

4)

・大和路や軒場に吊す柿すだれ 

        (井上輝男)

 

5)

・故郷へ向かふ車窓や柿の秋 

        (篠藤江)

   

6)

・境内を駆け回る子等柿日和 

       谷野由紀子)

   

7)

・柿を捥ぐ吾を烏の見てをりぬ 

       (塩田博久)

 

8)

・柿日和ゴルフに和む古稀と喜寿 

       (河本利一)

 

9)

・里ふりて柿の木もたぬ家もなし 

        (松尾芭蕉

         

10

・斑鳩の三塔見えて柿日和 

        (山村修)

 

11

・柿たわわ獲る人もなき山の里 

       (西田史郎)

 

12

・白壁に柿の実映ゆる二月堂 

         田宏之)

 

13

・落日に染まる一村柿の秋 

       (宮平静子)

    

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2017年4月27日 (木)

高浜虚子と夏目漱石の「すみれ」の俳句で思うこと

  

高浜虚子は「怒濤岩を噛む我を神かと朧の夜」「その中にちいさき神や壺すみれ」という俳句を明治29年(1896年)に作っています。

その翌年に夏目漱石は「菫程な小さき人に生れたし」を作っています。

これらの俳句を翻訳する参考に当時の時代背景など調べようとインターネットで検索していると、明治29年(1896年)6月15日には「明治三陸大津波」が起こった記事がありました。

ウイキペディアの解説によると、

明治三陸地震は、震度が小さいにもかかわらず巨大な津波が発生し2万人を超す犠牲者が出た。これは、この地震が巨大な力(マグニチュード8.2- 8.5)を持ちながら、ゆっくりと動く地震であったためである[19

とあります。

東日本大震災は「明治三陸地震」の115年後に起こったことになりますが、発生から6年後の今も復興半ばで被災者や関係者のご苦労が続いています。

   

たまたまテレビニュースで、今村復興大臣の失言に伴う辞任問題を放映していました。

失言のポイントは次のとおりです。

「(社会的資本の毀損も)25兆円という数字もあります。これは、まだ東北で、あっちの方だったからよかった。これがもっと首都圏に近かったりすると、莫大(ばくだい)な、甚大な額になったと思う」。

    

そこで、1923年(大正12年)の「関東地震についてウイキペディアを見ました。

素人が単純に考えるのは問題でしょうが、関東地方にも三陸地震と同じような周期に起ると仮定すると、2038年には関東大震災が再発することになります。

当時に比べると耐震構造などの地震災害対策技術が格段に進歩しているにしても、首都圏の人口やインフラの超過密状態を考えると、空恐ろしい気がします。

「東京一極集中を止めるべきだ」と叫ばれてから久しいが、実際には2020年の東京オリンピック開催など、さらに東京一極集中が進んでいます。    

防災技術の進歩だけでは大災害を防ぎきれない自然の脅威を謙虚に受け止め、効率優先の東京一極集中の政策推進は根本的に変えるが必要があるでしょう。

原子力発電の安全神話が崩壊し、「原発による安い電力の確保」も額面通りに受け取れなくなっています。

「東京一極集中の効率」も無災害状態の効率であって、一旦大災害が生じるとその効率は吹っ飛んでしまうのではないかと、老爺心ながら憂いを深めています。

   

北朝鮮問題についても様々な報道がなされていますが、北朝鮮のミサイルが不正確でも原発周辺に落下するとどうなるのでしょうか?

かって日本が経済制裁を乗り切るために真珠湾攻撃をして太平洋戦争に突入したように、北朝鮮も「窮鼠猫を噛む」行動をするかも知れません。

日本の指導者が戦争末期には「一億玉砕」と戦意を煽ったと同じように、北朝鮮の独裁的指導者が「死なばもろとも」と狂気的政策を推進すればどうなるでしょうか?

国際問題の危機対策は、敵対心を煽る強気一辺倒の発言ではなく、「北風と太陽」の寓話にあるように、北朝鮮の人々への人道的配慮をして、平和的解決の対話外交の推進をする方が良策ではないか、と愚考しています。拉致問題も強硬手段では解決しないでしょう。

自然災害の対策や自衛処置・対策を講ずることは当然のことですが、政治家の皆さんには「我が身にも神坐すべし壺菫」という思いをもって、与党・野党の政略的対立ではなく、真に国民のためになる政策を協議してもらいたいものです。

  

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2016年2月23日 (火)

「2.22」 と 「2.26」 は何の日か? 《虚子と碧梧桐》

                

222日は高浜虚子(俳人、1874.2.22~1959.4.8)の誕生日で、226日は河東碧悟桐(俳人、1873.2.26~1937.2.1)や与謝野鉄幹(歌人、1873.2.26~1935.3.26)の誕生日です。

(青色の文字をクリックすると解説などがご覧になれます。)

河東碧悟桐高浜虚子の唱導した「客観写生」「花鳥諷詠」に対抗して新傾向俳句自由律俳句を推進しました。碧悟道が亡くなった際に高浜虚子が贈った弔句たとふれば独楽のはじける如くなり」は名句ですが、そのことを知らなければこの句は何を例えて詠んだのか全く分かりません

河東碧梧桐の代表句は「赤い椿白い椿落ちにけり」です。高浜虚子は4月8日に亡くなりましたが、椿を愛していたことから虚子の命日は「椿寿忌」とも言います。椿は生命力が旺盛で繁殖力もあり、実生の木が次々と生えてきます。この句を読むと、正岡子規の指導を共に受けた高浜虚子と河東碧梧桐の何か不思議な縁を感じます。

    

政治の分野に目を向けると、222日は「竹島の日」です。

226日は1936には226事件(昭和維新を天皇に訴えようとして決起した陸軍青年将校によるクーデタ未遂事件)が起こった日です。翌年には日中戦争が勃発しています。

竹島尖閣諸島領有権問題は日本が解決すべき重要な国際問題・政治的課題ですが、次の衆議院選挙で与党・野党のどちらが政権を取るにしても、国際法に則て平和的解決の努力をしてほしいものです。

   

米国に目を向けると、222日はジョージ・ワシントン1732.2.22~1799.12.14アメリカ合衆国初代大統領生誕の日です。 

米国では11月の大統領選挙を控えた民主党と共和党の候補者指名争いの行方が注目されます。      

現在、米国では民主党ヒラリー・クリントン前国務長官とバーニー・サンダース上院議員が接戦状態です。目下、共和党ではドナルド・トランプ氏(実業家)がリードしていますが、トランプ氏が米国大統領に選ばれるようなことになれば、日本にとっても最悪の事態ですね。そのようなことにならないことを祈っています。

    

日本では7月に行われる参議院選挙を控え、与党と野党の選挙対策が注目されます。次の衆議院選挙で与党・野党のいずれが政権を取るにしろ外国のポチとなってほしくないですね。日本は平和憲法を堅持し、自衛隊は毅然として専守防衛に徹し、政治・経済・文化・スポーツなど国民がそれぞれの得意な分野で国際交流を促進して世界平和の為に貢献することができるようにしたいものです。

   

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222日は愛猫家には大事な「猫の日」ですね。

私事ながら、226日はチュヌの誕生日です。

チュヌは今年10歳になりますが、人間に換算すれば60歳を超えているでしょう。

チュヌは元気な限り主人のお供をして主人の祈りの実現のためにスポークスドッグをつとめます。

「チュヌの便り」(俳句談義」や「政治談議」など)をご覧下さい。

       

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2015年8月26日 (水)

俳句談議(通読版)

「俳句談議」を遡って、(18)~(1)を通読出来るようにまとめました。

青色文字(タイトル)をクリックして、リンクされた記事をご覧下さい。

          

俳句談義(18政治家と俳句俳句を通して世界の平和を

  

俳句談義(17)高浜虚子の俳句「敵といふもの」の「敵」とは何か? 

                

俳句談義(16「こどもの日」と「母の日」に思うこと

   

俳句談義(15「昭和の日」「憲法記念日」と俳句

  

俳句談義(14俳句の片言性と二面性

  

俳句談義(13《「花」と「鼻」》高浜虚子と芥川龍之介 

  

俳句談義(12「椿寿忌」の俳句と高浜虚子

  

俳句談義(11「甘納豆」と「おでん」と「俳句」 

            

俳句談義(10高浜虚子の「雛」の句を鑑賞する 

      

俳句談義(9「雛祭り」の俳句を集めました 

          

俳句談義(8

高浜虚子の句「初蝶来何色と問ふ黄と答ふ」:《対話の相手は誰か?》 

   

俳句談義(7

高浜虚子の句 「爛々と昼の星見え菌生え」の「星」とは何か?(続編)

          

俳句談義(6

高浜虚子の句「爛々と昼の星見え菌生え」の「星」や「(きのこ)」とは何か?

  

俳句談義(5)戦時中の高浜虚子・文芸家としての良心 

  

俳句談義(4)虚子の俳句「大寒の埃の如く人死ぬる」について考える

  

俳句談義(3)虚子の句「初空や」の新解釈、大悪人は誰か?

  

俳句談義(2)虚子辞世句の新解釈  

  

俳句談義(1)虚子辞世句の解釈    

      

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2015年1月18日 (日)

虚子の俳句「去年今年貫く棒の如きもの」の棒とは何か?

   

大歳や虎の飛躍へ牛歩から 

・去年今年一歩踏み込み考えて

・コロナ禍や俳句に遊び去年今年        

  

(冒頭の2句は、喫緊の課題が一段落すれば、岸田文雄首相には「俳句を通じて世界平和を」という「俳句愛好家の思い」に耳を傾けてほしい、という願望と応援です。

3句目は俳句の面白さを知って、俳句を楽しんで、コロナ禍の憂さを晴らしてほしい、との思いを詠んだ拙句です。   

青色の文字をタップすると関連のリンク記事をご覧になれます。) 

    

2015年作成の下記の面白い記事をお楽しみ下さい。

高浜虚子の「去年今年」の俳句について、稲畑汀子さんは「虚子百句」において次のように述べている(抜粋)。     

昭和25年12月20日虚子76歳の作である。

・・・(省略)・・・ 

去年と言い今年と言って人は時間に区切りをつける。しかしそれは棒で貫かれたように断とうと思っても断つことのできないものであると、時間の本質を棒というどこにでもある具体的なものを使って端的に喝破した凄味のある句であるが、もとよりこれは観念的な理屈を言っているのではない。的な把握なのである。体験に裏付けられた実践的な把握なのである。

・・・(省略)・・・

ところで棒とはなんであろう。この棒の、ぬっとした不気味なまでの実態感は一体どうしたことであろう。もしかすると虚子にも説明出来ず、ただ「棒」としかいいようがないのかも知れない。敢えて推測すれば、それは虚子自身かも知れないと私は思う。

この句は鎌倉駅の構内にしばらく掲げられていたが、たまたまそれを見た川端康成は背骨を電流が流れたような衝撃を受けたと言っている。感動した川端の随筆によって、この句は一躍有名となった。・・・(以下省略)」

            

稲畑汀子さんは上記の如く述べているが、この句の「棒」は「虚子の信念・意志を象徴している」と思う。

「貫く棒の如きなり」と言わず、「貫く棒の如きもの」と言っているから「時のながれ」というよりも虚子の俳句に対する考えや信念の強さの比喩に違いない。

虚子俳句の痴呆性」を云々する人がいるが、この「去年今年」の句には「大鐘のごとし。小さく叩けば小さく鳴り。大きく叩けば大きく鳴る。」という坂本龍馬の言(勝海舟に説明した西郷隆盛の評価)を当てはめたい。

  

文学に限らず、音楽や絵画など、芸術は自己実現の個性を表現するものであり、それをよく理解できるか否かは鑑賞する人の性格や人生観、能力などが左右する。まして、俳句は17文字(音)で表現する短詩であり、論理ではなく感性にうったえるものである。従って、俳句はその作者と「場」を共有するか、それが作られた「場」を適切に推定することが出来なければ理解できないことがある。

特にこの「去年今年」の句のように比喩的な俳句はそうである。それを読む人が卑しければ卑しい句であると誤解されることになる。

逆に、読む人が優れていればその句を作った人の意図以上に解釈されることも珍しくない。

それは俳句の本質的な限界でもあり広がりの可能性でもある。中立的な表現の俳句は鏡のように、読む人の心を映しだす。

虚子はこのような俳句の面白さもこの句に織り込んだのではなかろうか?

             

深見けん二さんと白鳥さんは対談で次のように述べている。(抜粋)     

白鳥: 私は、これが虚子の句だ、と意識して読んでいたのが、

去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの

戦後にお作りになったこの句に出会った時―私の青年期というか、大学生だったんですが、あの頃のことですから、新しい思想や何やらがゴチャゴチャに入ってくるじゃないですか。ふらふらしながら、右往左往しながら生きている時に、その『貫く棒の如きもの』を、そんなものを自分で確信できる人がいるんだな、という、そういう感じで凄い衝撃を受けたことがございましたね。  

深見: そうですね。あれは新年のために作ったもので、ちょうどNHKの放送番組で句会をして、それをラジオで流したわけですね。その時にお出しになった句でして、ほんとに『去年今年(こぞことし)』というところが大事なところで、『去年今年』というのは、一年が過ぎていって、そして新しい年を迎える。その時の気持でありまして、そういう時に改めて『貫く棒の如きもの』という気持をお持ちになったと。先生の言われるのは、一番大事にしている季題というものもすべて四季の運行、春夏秋冬が次々に巡っていくわけですね。・・・(省略)・・・そして日常はほんとに朝起きて、そして仕事をして、そして暮らしていくうちに年月が巡るという、そういう中の生活ですからね。ですから宇宙の中に入ったそういうものが出ている、という感じもしますね。」

                

大岡信さんは「百人百句」において、「俳句という最小の詩型で、これだけ大きなものを表現できるのはすごいと思わざるを得なかった。」と次のように述べている(抜粋)。  

・・・(省略)・・・昭和20年代後半から30年代にかけては『前衛俳句』の黄金時代で、若手の俳人はそちらに行ってしまい、虚子は一人さびしく取り残されている感があった。

・・・(省略)・・・私は現代詩を書いていたので、・・・(省略)・・・どちらかというとはじめに前衛派的な人々の句に親しんだので、それから逆に句を読み進め、高浜虚子を初めてというくらいに読んでみた。すぐに感じたのは、虚子の俳人としての人物の大きさだった。

私は常々現代詩を作り、・・・(省略)・・・斎藤茂吉が好きだったので茂吉の歌もよく読んでいた。しかし、『去年今年』の句を読んだときに、俳句という最小の詩型で、これだけ大きなものを表現できるのはすごいと思わざるを得なかった。・・・(以下省略)

            

この句についてインターネットで検索していると、宗内敦の「アイデンティティ-第二芸術」というタイトルの傑作な記事があった。    

「去年今年(こぞことし)とは、行く年来る年、時の流れの中で感慨込めて新年を言い表す言葉である。しかして虚子のこの一句、『貫く棒の如きもの』、即ち、時の流れを超えて『我ここにあり』と泰然自若の不動の自我を描いて、まさに巨星・高浜虚子の面目躍如たる『快作にして怪作』(大岡信『折々のうた』)の自画像である。

それが何としたこと、バブル絶頂の頃だったか、ある新聞の本句についての新春特集ページに、『この句を知ったとき、顔が火照り、胸がときめき、しばらくは止まらなかった』という中年婦人の感想文(投書)が載せられた。一体何を連想したのか。破廉恥にも、よくぞ出したり、よくぞ載せたりと、バブル時代の人心・文化の腐敗に妙な感動をもったことを思い出す。・・・(以下省略) 

          

この「中年婦人」を「破廉恥」とか「卑しい」などと決めつけるのは誤解かも知れない。この女性は汀子さんの上記の「虚子自身かも知れない」というコメントと英語「itself」の俗語の意味とを自然に結び付けて連想したのかも知れないのである。   

「虚子自身」も自分自身の「それ自身」を客観写生して、「生命力の強さ」をこの俳句で表現したのだ、深読み出来ないこともない

いずれにせよ、女性の投書を読んでいない筆者は断定することが出来ない。

ちなみに、「女性自身」という週刊誌のネーミングの意図について、創刊関係者からコメントを頂けると、望外の喜びです。(この部分と冒頭の2句は2022年1月29日に補足しました。)

      

ところで、佐藤治氏は、「虚子と第二芸術論その他」(名大望洋会・東京望洋会)に下記のとおり述べている。      

「私見によれば、虚子はひょっとすると第二芸術論の三年後に詠んだ代表句<去年今年貫く棒のごときもの>でこれに対する回答を示したのではないだろうか。ただし、それには信条とする花鳥諷詠、客観写生句を離れて心象句を以ってせざるを得なかった。これを機 に俳句の新しい方向を模索し、子規の教えを忠実に守ろうとしたのではないか。この名句の底は極めて深いと改めて思うのである。」

          

上記のように、俳句は読む人の想像次第で融通無碍に如何様にでも解釈できる。

    

この句を作ったとき虚子は夏目漱石の「草枕」の冒頭にある有名な文「智に働けば角が立つ、情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」も意識していたかもしれない。  

この句の「棒」のイメージは、「草枕」の「情に掉させば流される」という文句や方丈記の名文句美空ひばりのヒット曲「川の流れのように」の歌詞など、時世・人生を表現するのに用いられる「川のながれ」とは全く異なり、力強くて斬新なものである。

虚子は「深は新なり」とか「古壺新酒」と言っている。花鳥諷詠」と「客観写生」を唱道していたが、「前衛俳句」の黄金時代にあって、「去年今年」の句を作ることによって「これも『花鳥諷詠』だ」と、その幅の広さと虚子の信念と自信をアッピールすることを意識していたのではなかろうか。

俳談」や「俳話」なども読み、虚子の考えや作句の「」を知るにつれて虚子の俳句をよく理解できるようになる。インターネットのブログを検索していると、様々な俳句の解釈があり面白い。

この「」をわきまえず、俳句のみならず作者の人格まで悪しざまに云々するブログを見かけることもある。それを鵜呑みにしている人もいるようで困ったものである。

    

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