俳句エッセイ Feed

2020年5月 4日 (月)

コロナ禍の苦戦続くや「みどりの日」

    

・コロナ禍の公園閉鎖みどりの日

   

人影の無き新樹光有馬富士

  

タイトルの俳句や掲句は薫風士のコロナ俳句です。

  

パソコンゲームばかりしたがる幼子の気分転換をさせようと、近場の郊外の公園にマイカーで行くのは大丈夫だろうと思って有馬富士公園に行きましたが、コロナウイルス感染拡大防止のために入口が閉鎖されていました。

やむを得ず、JAで花や野菜の苗を買って、狭庭の花壇に植えることにしましたが、いたずら盛りの幼子は苗植えには興味を示さず、植えた苗に土をばらまいて面白がっていました。

「ステイホーム」を要求されている子供たちがゲームを楽しみながら学ぶことができるように、パソコンゲームの製作者は是非とも子供たちの役に立つ内容のものを作成するようにしてほしいものです。

子供の興味を引くための奇妙な画面や音声が目まぐるしく変化するゲームサイトは親泣かせです。

  

「俳句HAIKU」が読者の無聊の慰みに少しでも役立てば幸いですが、 

青色文字の季語をクリックすると、「みどりの日」など、その季語の俳句を「歳時記」や「575筆まか勢」などで無数にご覧になれます。

  

2月5日の「立春」に、

鬼やらいコロナウイルス退治をと」

と「節分」の俳句を作り、 

 

啓蟄」(3月5日頃)に、

「啓蟄やコロナウイルス蔓延りて」

と「啓蟄」の俳句を作りました。

 

その後も、読者の憂さ晴らし・暇つぶしに少しでもお役に立つことが出来ないかとの思いで「コロナ俳句」を「俳句HAIKU」に掲載してきましたが、緊急事態宣言の外出自粛の要請は1月延長されることになり、しばらくこの状態が続きそうです。

     

5月4日現在、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染者は全世界で330万人を超え、日本は1万5千人超までになり、感染拡大は続いています。    

新型コロナとの戦いに勝つためには、全ての人々がそれぞれの立場で出来る限り我慢の自粛・協力を続けるしか術はありません。

  

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2020年5月 3日 (日)

戦ふは新型コロナ昭和の日

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4月29日は「昭和の日」です。「昭和」といえば、「太平洋戦争」と「戦後の復興」のことを思います。

将来、「令和」といえば、「新型コロナウイルスとの戦い」に世界の人々が思いをはせることになるでしょう。

  

新型コロナウイルス(COVID-19)の感染者は4月29日現在、全世界で300万人ですが、日本は1万4千人ほどに抑え込まれています。新型コロナ感染による死者は、全世界で20~30万人といわれます。(日経新聞記事参照。)

第二次世界大戦での死者は、全世界で6~8千万人、日本は3百万人といわれます。

将来、万一世界大戦が起これば核戦争やバイオ戦争になり人類の破滅になるでしょう。

「西部劇時代の頭で私利私欲の覇権争い・非難合戦をするなど、戦争の火種になる馬鹿な言動はしてはならない。」、新型コロナウイルスはその警鐘であると認識していますが、アメリカ市民の意識はどうなのでしょうか?

心配なことです。

    

ともかく、大型連休中も一人一人が自重して感染の爆発が起こらないようにしなければなりませんが、「緊急事態宣言」は1か月ほど延長されそうです。

新型コロナのワクチンや治療薬が1日でも早く開発され、実用化されることを全世界の人々が切望していますが、それぞれの立場で協力し合って新型コロナとの戦いを進めたいものです。

そして、「東京オリンピック」が無事開催できるように一人一人が努力すると同時に、世界の人々に働きかけましょう。

   

 ・も鳴くやコロナいや

   

 ・コロナ来ず来るや我が狭庭

    

 ・ 鯉のぼりコロナの居ない田んぼ道

  

 ・鯉幟コロナを知らぬ孫元気

    

「俳句HAIKU」が読者の無聊の慰みに少しでも役立てば幸いですが、 

ここの青色文字をクリックすると、「昭和の日の俳句や「鯉のぼり」の俳句を「575筆まか勢」や「歳時記(俳誌のサロン)」などで無数にご覧になれます。

    

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2020年4月28日 (火)

亀鳴くやコロナ来るなと過疎の町

             

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タイトルの俳句は、コロナウイルス拡散防止運動の一助になればとの思いで詠んだ薫風士の川柳もどきのコロナ俳句です。

 

      

たんぽぽやコロナを知らぬ漫歩道

 

の声をちこちに漫歩道

   

・故郷やコロナ来るなと蛙鳴く

 

新型コロナウイルス感染症の拡散防止対策の「緊急事態宣言」が出され、ゴールデンウィークの帰省や旅行は自粛しなければなりません。

小池東京都知事は4月25日から12日間を「ステイホーム週間」として、帰省や旅行の自粛を呼びかけています。観光地も苦渋の決断でしょうが、コロナの感染拡大を恐れて観光客の来訪を拒否しています。

帰省ラッシュが起これば、コロナウイルス感染の爆発的拡大・医療崩壊・社会崩壊が生じるでしょう。

外出の自粛にウンザリしていても、何とかして我慢しなければなりません。

亀は実際には鳴きませんが、「亀鳴く」は「春の季語」です。

」も「蛙」も春の季語です。

鶯の声はここをクリックして 蛙の声はここをクリックして、

故郷を偲んで下さい。 

  

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2020年4月20日 (月)

春耕の美女はマスクにコロナ避け

   

タイトルの俳句は、コロナウイルス拡散防止運動の一助になればとの思いで詠んだ薫風士の川柳もどきのコロナ俳句です。

 

日本の新型コロナウイルス感染者が遂に1万人を超え、東京は3千人を超えました。全世界の感染者数は230万人以上になりました。

(国別新型コロナウイルス感染者数「外務省海外安全ホームページ」最後の写真参照。)

  

ワクチンや治療薬が開発され、普及しないかぎり、「緊急事態宣言」が一旦解消されるとまた感染が拡散するでしょうから、コロナウイルス感染症の拡散防止と社会の活動機能維持とのバランスを考えながら長期戦略で対応せざるを得ないでしょう。

一時金支給はいつまで続けることが可能でしょうか?

東京など大都市中心の経済成長・経済効率一辺倒の社会体制はこの際思い切って見直す必要があります。

    

・春耕や自産自消のテレワーク (薫風士)

 

テレワークや地産地消・自産自消をもっと普及させると大地震や新型コロナウイルスのパンデミックなど、大災害の非常事態にも持続可能な経済的社会体制が確立できるのではないでしょうか?

     

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2020年4月13日 (月)

春耕やコロナウイルスやり過ごし

   

タイトルの俳句は、コロナウイルス拡散防止に関連して先月に掲載した川柳もどきの俳句(「春眠やコロナウイルス寝るが勝ち」や「椿(ちん)寿忌(じゅき)やコロナウイルスやり過ごす」など)と同じ類のコロナ俳句です。

 

新型コロナウイルス感染症の拡散防止対策の「緊急事態宣言」は暫く解除にならないでしょう。ワクチンや治療薬が開発され、普及するまでは「緊急事態」の解消は期待できないでしょう。一旦解消されてもまた感染が拡散するでしょうから、コロナウイルスの感染症の拡散防止と社会の活動機能維持とのバランスを考えながら長期戦略で対応せざるを得ないでしょう。

自分に出来ることは不要不急の外出を控え、近場の散歩ですますか、手作りの庭の手入れなどをしながら、「まんぽ俳句」を口ずさみ慰みにすることしかありません。

 

「俳句HAIKU」が読者の無聊の慰みに少しでも役立てば幸いですが、 

ここの青色文字をクリックすると、「春耕」に限らず、「耕」の俳句(歳時記575筆まか勢)を無数にご覧になれます。

  

2020年4月11日 (土)

椿寿忌(ちんじゅき)やコロナウイルスやり過ごす

  

今日4月8日は「花祭り」ですが、高浜虚子の命日(虚子忌・椿寿忌)でもあります。

花祭」や「椿寿忌」の俳句はこの青色文字の季語をクリックすれば、歳時記(俳誌のサロン)の無数の俳句がご覧になれます。

掲句は薫風士のタイトル句です。この俳句の「やり過ごす」は「ある状態が経過するにまかせる。厄介な物事と関係を持たないですます。」という意味です。(出典: 広辞苑)

「椿寿忌」は虚子が椿を愛したことから虚子忌の別称として作られたのでしょうが、「寿」は「長寿」を意味し「ちんじゅ」は「鎮守」を連想させますので「言い得て妙」です。

高浜虚子の俳句に思いを馳せながらこのブログ記事を書いています。

 

春の山屍を埋めて空しかり

時ものを解決するや春を待つ

  

新型コロナウイルス感染症の拡散防止のために東京・大阪など7都府県を対象に昨日から「緊急事態宣言」が出されました。

自分に出来ることは不要不急の外出を控え、近場の散歩で花見を済ませ、まんぽ俳句を慰みに健康管理に努めることです。

医療関係に従事している方々のご苦労を思い感謝・感謝の気持ちで自重しながら、コロナウイルスの拡散が収まるのを待つしか仕方がありませんが、ワクチンや治療薬の開発促進を祈るばかりです。

  

(写真は4月8日現在の新型コロナウイルス感染状況を示すNHK・TV画面の一部です。クリックすると拡大します。)

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2020年3月27日 (金)

春風や難を転じて福にせむ

    

・雪柳小さき南天両脇に

 

・南天の種を落として鳥帰る 

  

・南天の実の無き房や鳥帰る

  

NHK NEWS WEBによると、国際パラリンピック委員会のパーソンズ会長は、IOCが東京オリンピック2020の1年程度の延期を承認したことを受けて、「来年パラリンピックが東京で開催されれば、人類が再び一つとなる壮大で世界的な祝典になる」と期待を寄せていたとのことです。

最近のオリンピック参加国が200以上となり、参加競技も多くなっているので、開催の中止や延期は、いずれにせよ、社会的・経済的な影響の甚大さは計り知れません。パンデミックとなったコロナウイルスの感染に打ち勝つべく、日本人のみならず世界の人々一人一人が自重して、この世界的・歴史的難局を克服し、「世界平和への礎」となるようにTokyo2020を是非成功させたいものです。

それにつけても、感染源を科学的に究明して感染拡大防止をすることは肝心ですが、感染被害者に対する偏見的差別(言動や行為)は慎まなければなりません。 

タイトルの俳句と冒頭の雪柳の俳句は薫風士の縁起担ぎの「まんぽ俳句」です。雪柳は小さい5弁の花を無数に雪のように咲かせますが、5弁は5輪を連想させます。生命力が旺盛な南天は庭のあちこちに自生しています。小鳥が実を食って種を落とす結果繁殖しているようです。

コロナウイルスはすごい拡散力があるようですが、発生源の国際的非難合戦をするのではなく、治療薬やワクチンの開発がオリンピック精神に則り国際協力により促進されることを切望しています。

    

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2020年3月21日 (土)

愛犬の彼岸妨ぐコロナかな

   

彼岸会をコロナウイルス妨げり

・コロナ避け近場の園の彼岸かな

・悠然と彼岸の空を大烏

・強風の彼岸に聖火届きけり

春嵐や五輪にならず飛行雲

     

     

NHK NEWS WEBによると、オリンピック開催について、

「『完全な形』と申し上げたが、まず、アスリートと観客にとって安全で安心できるものでなければならない。そして、規模は縮小せずに行う、かつ、観客にも一緒に感動を味わっていただきたいということだ」、「延期や中止については、一切言及はしていない。大切なことは、完全な形で、オリンピック・パラリンピックを日本で開催をすることだ。」と、

安倍総理大臣は述べています。

安倍さんは美辞麗句を並べるのが巧みですが、どのようにして【完全な形】を実現する心算なのか、具体策はあるのでしょうか? 

   

今日は「春分の日」で3連休になりますが、新型コロナウイルスの拡散を防止するために、「兵庫ー大阪間の不要不急の往来自粛」を大阪府・兵庫県の両知事がそれぞれの立場で呼びかけました。

コロナウイルスの拡散が「春分」(彼岸の中日)を境にして沈静化することを期待していましたが、残念ながら裏切られました。

  

青色文字(彼岸1彼岸2彼岸3彼岸4彼岸5彼岸の例句)をクリックして歳時記(俳誌のサロン)や「575筆まか勢」の例句をご覧下さい。

このブログが無聊の慰みになれば幸いです。

(青色文字をクリックすると関連の記事をご覧になれます。)

  

2020年3月16日 (月)

浮かれざる開花だよりやパンデミック

  

・パンデミク開花だよりに浮きもせず

・パンデミック近場まん歩の花見せむ

     

WHOにより新型コロナウイルスが「パンデミック」に指定されましたが、有力な治療薬やワクチンなどが無い現状では、人々の濃厚接触を避けるとか、消毒や手洗いによる感染防止を徹底するしか仕方がありません。

東京の靖国神社の桜が今日(14日)開花しましたが、雪も降っています。近畿の「桜の開花」予想は3月20日過ぎのようですが、今年は近場の散歩花見をして「まんぽ俳句」を口ずさみ健康管理に努めることにします。

  

3月12日にギリシャのオリンピアで行われた東京オリンピッ聖火採火式のニュースが放映されました。日本の聖火リレーは3月26日に福島から開始される予定ですが、東京五輪を首尾よく開催出来るのか、心配なことです。

IOCバッハ会長が「WHOの勧告に従う」と述べているのは当然のこととしても、「中止」あるのみで「延期」や「繰り延べ」を考慮しないとすれば、責任逃れの無責任な決定と言わざるを得ないでしょう。日本政府やオリンピック関係者は万一のWHO勧告に備えて、IOCへの積極的な働きかけをすべきでしょう。

東京都やオリンピック関係者はパンデミック対応の対策に苦慮されていることでしょうが、前例に捉われることなく、未来志向で、然るべき決断を速やかにしてほしいものです。

全国高校選抜野球大会は中止に追い込まれましたが、コロナウイルス対策が確立され、夏の全国高校野球大会は無事開催されることを祈るばかりです。

東京オリンピックは中止することなく、最悪でも安全が確認できるまで開催を延期することで対処してほしいものです。

オリンピックの伝統を重んじることは大切でしょう。しかし、世界的に新型コロナウイルスが蔓延しているのに効力の有る治療薬や予防ワクチンの開発が間に合わない場合は延期も止むを得ないでしょう。

「オリンピックは4年ごとの開催でなければならない。WHOの勧告があれば中止するしか選択肢は無い。」という考えはオリンピック本来の精神に反するのではないでしょうか? 

オリンピック誘致のIOCとの合意条件はどうなっているのでしょうか?

ちなみに、IR誘致運動」や「観光立国政策」なども、パンデミックのような非常事態も考慮して社会問題や経済効果を慎重に再検討してほしいものです。

    

パンデミック・ショックで本題から脱線しましたが、掲題の俳句は薫風士の「まんぽ俳句」です。手元の電子辞書では「パンデミック」の項目はなく「カタカナ英和」に「パンデミク」が記載されていました。

俳句はリズムを整えるために様々な読み方をします。「パンデミック」と「パンデミク」のどちらが貴方の好みに合うでしょうか? 前者は字余りで、下五の「パンデミック」にインパクトがあります。後者は定型で、「開花だより」に重点があります。

     

2020年2月19日 (水)

俳句の季語と定型

   

「運動会」の俳句 <「季語」について>

   

令和元年1014日は「体育の日」でしたが、台風の影響で運動会など、色々なイベントが中止されました。

台風19号の甚大な被害に遭われた方々のことを思うと胸が痛みます

心からお見舞い申し上げます。

亡くなられた方々には謹んでお悔み申し上げます。

そして、トランプ米国大統領にはパリ協定からの離脱(温暖化防止努力を無視)について大いに反省してもらいたいとの強い思いを新にしています。

この思いを皆さんにFacebookTwitterLINEなどでシェアして頂けると望外の喜びです。

  

ところで、「体育の日」に因んで「575筆まか勢」の「運動会」の例句を季語に焦点を当てて見ると、次の俳句が目に留まりました。

   

・つぎつぎの運動会や秋の行く 前田普羅

    

・運動会のろのろ颱風海にあり 百合山羽公

   

・赤蜻蛉運動会の日となりぬ (子規句集 虚子碧梧桐選)

    

・運動会の旗あちこちす春の山 正岡子規

   

   

「運動会」は「秋の季語」ですが、上記のように「台風」「赤蜻蛉」などの「秋の季語」ばかりでなく、「春の季語」と共に詠まれている俳句もあります。                                             

最近は運動会を気候の良い5月頃に開催する所もあります。立夏は5月5日(子供の日)頃ですから、運動会は「秋の季語だ!」と決めつけれれると句作に難渋することになります。

まんぽ俳句」やプレバトの「運動会」の俳句などのブログに於て述べましたが、「季語」は句作に活かすべきものであり、自由な表現を徒に束縛したり、句作の楽しみを阻害するものであってはならない、「季語のあるべき姿」は時代の変遷や自然現象の変化に合わせて柔軟に考えればよい、という思いを新たにしています。

そして、定型(5-7-5)についても、定型では表現しきれない詩的表現や心情表現をするために必要な最小限の範囲で字余りや破調を認めるべきだろうと思っています。

この思いは芭蕉の俳句の翻訳をしていると一層強くなりましたので、昨年10月に書いた記事を補正して再掲載しました。

  

プレバトの俳句「鏡」

「も」と「を」 (プレバト俳句から)

  

人気絶頂の俳句番組「プレバト」の夏井先生の添削は「さすがに上手い」と感心することが多々ありますが、「どうかな?」と思う添削も時々あります。

その一例は、12月5日に放映された金子恵美さんの俳句の添削です。

「小春日や夫も鏡に試着室」

「夫という鏡小春の試着室」

に修正しています。

  

「鏡」には「模範」という意味もあります。作者の意図からすると、夏井先生のこの添削は「どうかな?」と疑問が湧きます。

 

むしろ、助詞の「も」を「を」に替えるか、「試着室」を「試着」に替えて、次のように修正すると作者の意図していることがすっきり表現出来るばかりでなく、夫婦円満ぶりがイメージに浮かび良いと思います。

  

・小春日や夫を鏡にして試着

・小春日や夫も鏡にして試着

   

前者は鏡に映して自分で判断するよりも夫の判断を大事にしているニュアンスがありますが、

後者は、鏡に映して自分で判断するばかりでなく、夫の意見も聞いている仲良し夫婦の情景が浮かびます。

  

もし、お題の「試着室」を用いなければならないのなら、

次のように修正したらどうでしょうか?

・試着室夫を鏡にして小春

・試着室夫も鏡にして小春

  

俳句は「詠み人・読み人」を映す面白い鏡だと思っていますが、

貴方なら、どう添削しますか?

  

夏井先生の揚げ足を取るつもりではなく、「俳句の裾野を広げたい」という夏井先生と同じ思いで、及ばずながらプレバト視聴者の俳句の推敲・添削の参考になれば幸いだと、この記事を書きました。

   

俳句愛好家のコメントが頂けるとありがたいです。

 

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2020年1月31日 (金)

令和初の大相撲初場所 (俳句と写真)

     

令和初の大相撲初場所は炎鵬正代などの平幕力士が健闘し、特に徳勝龍(33歳)が大関貴景勝に勝ち14勝1敗で初優勝し、両横綱(白鵬鶴竜)休場の千秋楽にも拘わらず、相撲ファンを沸かせました。

貴景勝(11勝4敗)には是非とも横綱を目指して精進してほしいものです。

怪我の影響で5勝10敗となった豪栄道(33歳)が大関在位33場所の記録を残して引退することになったのは残念ですが、親方として後輩の育成に頑張ってほしいですね。

徳勝龍には優勝インタビューの台詞通り「まだ33だ」と、怪我をしないで春場所も頑張ってくれるものと期待しています。

ちなみに、仏教では「観世音菩薩は衆生を救済するために33の姿に変身する」との言われがあります。

   

俳句はテレビを見ながら作って楽しむこともできます。 

薫風士の川柳もどきの俳句と写真(NHK・TV画面)をご笑覧下さい。

  

・身贔屓に一喜一憂大相撲

・大相撲明暗分かつ三十三

初場所の巨体包帯痛々し

・初場所の幕尻優勝男泣き

・監督を偲び涙の徳勝龍

・初場所や力士もファンも笑い泣き

・大関や相撲は芦屋酒は灘

     

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2019年12月31日 (火)

ハイク・俳句・はいく

Click here to see "Basho's haiku in Japanese and English by L. P. Lovee"

     

歩こうかい・ハイク(HIKE)で俳句(HAIKU)・楽しもう!

日本人なら俳句は誰でもできるよ!

あなたの思いを5‐7‐5に口遊めばそれが俳句への一歩です。

「まんぽ俳句会」の理念(発起人の思い)を23の例句に込めました。

       

凩やまんぽ俳句を唇に

短日ふれあいカフェ摸擬句会 

ファミレス俳句談義小春の日  

短日や句を苦にするな句に遊べ

風邪の床子規偲びて句を捻る

膝小僧抱え丸まる風邪の床

水洟や果報寝て待つ老いの床

酒卵加えチンする冬至粥

福よべ冬至南瓜食みにけり

色に惚れ卓に置きたる龍の玉

手作りの庭の成果の柚子湯かな

万歩して柚子湯に遊ぶ俳句かな

スポンジ聖夜のケーキ孫来れず

数え日異国の友に句のメール

富士の峰を目指し牛歩や去年今年

異端者救われもして去年今年

・句に詠まん宇宙の摂理去年今年

去年今年ハイク俳句の目指す峰

・語り継ぐ先師の思い去年今年

時雨忌や「ながら」に興ず漫歩の句

二兎追いて一兎を得るか老の春

牛歩にも先師さまざま初句会

隗よりまんぽ俳句初句会

   

掲句23句は「まんぽ俳句会」の入会勧誘のための川柳擬きの「まんぽ俳句」です。俳句は川柳ほど人気がありませんので、一人でも多くの方を「俳句への道」に誘うべく川柳擬きの俳句にしていますが、決して伝統俳句を軽んじているわけではありません。現代に生きる者としては、現代の自然・環境や人間社会の有り様花鳥諷詠として俳句にすれば良いでしょう。スマホを活用して俳句を作るには現代仮名遣いの方が便利です。季語文語・旧仮名遣いの必要性については俳句の詩的表現の効果を考慮して決めれば良いと思っています俳句は日本語の豊かさを活かし、最少の言葉で最大限の花鳥諷詠をする奥の深い文芸です。

「まんぽ俳句会」はスマホを利用している現役世代が定年退職後に俳句を趣味として健康長寿を全うする格好の「居場所」になることを願っています。

インターネット活用の俳句会や吟行俳句会などで会員相互の研鑽・親睦を図ります。

(俳句会参加費は、その都度会場費や諸経費の実費のみ負担して頂きます。添削は希望者に無料で行います。下記のコメント欄、又はここをクリックして気軽にご投稿下さい。

   

ご投稿をいつもお待ちしています。 (薫風士

  

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2019年12月28日 (土)

虚子の俳句「去年今年貫く棒の如きもの」の棒とは何か? (改定版)

        

掲句「去年今年」について稲畑汀子さんは「虚子百句」において次のように述べている(抜粋)。     

「昭和25年12月20日、虚子76歳の作である。・・(省略)・・時間の本質を棒というどこにでもある具体的なものを使って端的に喝破した凄味のある句であるが、・・(省略)・・この棒の、ぬっとした不気味なまでの実態感は一体どうしたことであろう。もしかすると虚子にも説明出来ず、ただ「棒」としかいいようがないのかも知れない。敢えて推測すれば、それは虚子自身かも知れないと私は思う。

この句は鎌倉駅の構内にしばらく掲げられていたが、たまたまそれを見た川端康成は背骨を電流が流れたような衝撃を受けたと言っている。感動した川端の随筆によって、この句は一躍有名となった。・・(以下省略)」

  

汀子さんは上記の如く述べているが、この句の「棒」は虚子の信念・意志を象徴していると思う。「貫く棒の如きなり」と言わず、「貫く棒の如きもの」と言っているから「時のながれ」というよりも虚子の俳句に対する考えや信念の強さの比喩に違いない。

「虚子俳句の痴呆性」を云々する人がいるが、この俳句には「大鐘のごとし。小さく叩けば小さく鳴り。大きく叩けば大きくなる。」という坂本龍馬の言(勝海舟に説明した西郷隆盛の評価)を当てはめたい。

  

文学に限らず、音楽や絵画など、芸術は個性を表現するものであり、それをよく理解できるか否かは鑑賞する人の性格や人生観、能力などが左右する。まして、俳句は17音(文字)で表現する短詩であり、論理ではなく感性にうったえるものである。従って、俳句はその作者と「場」を共有するか、それが作られた「場」を適切に推定することが出来なければ理解できないことがある。

特にこの「去年今年」の句のように比喩的な俳句はそうである。それを読む人が卑しければ卑しい句であると誤解されることになる。逆に、読む人が優れていればその句を作った人の意図以上に解釈されることも珍しくない。それは俳句の本質的な限界でもあり広がりの可能性でもある。中立的な表現の俳句は鏡のように、読む人の心を映しだす。

虚子はこのような俳句の面白さもこの句に織り込んだのではなかろうか?

  

大岡信は「百人百句」において、「俳句という最少の詩型で、これだけ大きなものを表現できるのはすごいと思わざるを得なかった。」と次のように述べている(抜粋)。  

「昭和20年代後半から30年代にかけては『前衛俳句』の黄金時代で、若手の俳人はそちらに行ってしまい、虚子は一人さびしく取り残されている感があった。・・(省略)・・私は現代詩を書いていたので、・・(省略)・・どちらかというとはじめに前衛派的な人々の句に親しんだので、それから逆に句を読み進め、高浜虚子を初めてというくらいに読んでみた。すぐに感じたのは、虚子の俳人としての人物の大きさだった。私は常々現代詩を作り、・・(省略)・・斎藤茂吉が好きだったので茂吉の歌もよく読んでいた。しかし、『去年今年』の句を読んだときに、俳句という最小の詩型で、これだけ大きなものを表現できるのはすごいと思わざるを得なかった。・・(以下省略)」

  

この句についてインターネットで検索していると、宗内敦氏の「アイデンティティ-第二芸術」というタイトルの傑作な記事があった。    

「去年今年(こぞことし)とは、行く年来る年、時の流れの中で感慨込めて新年を言い表す言葉である。しかして虚子のこの一句、『貫く棒の如きもの』、即ち、時の流れを超えて『我ここにあり』と泰然自若の不動の自我を描いて、まさに巨星・高浜虚子の面目躍如たる『快作にして怪作」(大岡信『折々のうた』)の自画像である。それが何としたこと、バブル絶頂の頃だったか、ある新聞の本句についての新春特集ページに、『この句を知ったとき、顔が火照り、胸がときめき、しばらくは止まらなかった』という中年婦人の感想文(投書)が載せられた。一体何を連想したのか。破廉恥にも、よくぞ出したり、よくぞ載せたりと、バブル時代の人心・文化の腐敗に妙な感動をもったことを思い出す。・・(以下省略)」

  

この句を作ったとき虚子は夏目漱石の「草枕」の冒頭にある有名な文「智に働けば角が立つ、情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」も意識していたかもしれない。

この句の「棒」のイメージは、「草枕」の「情に掉させば流される」という文句や方丈記の名文句美空ひばりのヒット曲「川の流れのように」の歌詞など、時世・人生を表現するのに用いられる「川のながれ」とは全く異なり、力強くて斬新なものである。

虚子は「深は新なり」とか「古壺新酒」と言っている。「花鳥諷詠」と「客観写生」を唱道していたが、「前衛俳句」の黄金時代にあって、「去年今年」の句を作ることによって「これも『花鳥諷詠』だ」と、その幅の広さと虚子の信念と自信をアッピールすることを意識していたのではなかろうか。

俳談」や「俳話」なども読み、虚子の考えや作句の「」を知るにつれて虚子の俳句をよく理解できるようになる。インターネットのブログを検索していると、様々な俳句の解釈があり面白い。この「」をわきまえず、俳句のみならず作者の人格まで悪しざまに云々するブログを見かけることもある。それを鵜呑みにしている人もいるようで困ったものである。

  

(注) 

この記事は2015年1月18日に書いたものをスマホで見ると大部分が削除されており、誤解を招くので、スマホでもよく見ることが出来るように改定・再掲載するものです。

    

2019年12月 7日 (土)

盆栽と俳句  (「まんぽ俳句会」の会員募集にちなんで)

     

「俳句は盆栽に通ずるところがある」と思って「盆栽俳句」をインターネット検索すると、正岡子規客観写生の理念を引き継いだ高浜虚子以来のホトトギス系の俳句のあり方について観念的に痛烈な批判をした記事がありました。

このような批判者は芭蕉の言葉「虚と実」・「不易流行」や高浜虚子の俳句の神髄などをよく理解しているのでしょうか?

正岡子規の「俳諧大要」を読んだ上で批判しているのでしょうか?

浅薄な誤解に基づく批判は「俳句の食わず嫌い」を生んでいるように思います。

「山高ければ裾広し」・「裾広ければ山高し」です。

このような批判をする俳句の先生方には理想とする自らの俳句を提示するなり、作者の句心にそって句評や添削をしてほしいものです。

  

俳句は「好き好き」、「詠み人次第・読み人次第」です。

まんぽ俳句会」は人それぞれが個性を生かして俳句を楽しむための敷居を低くし、奥の深い俳句の世界へ飛び立つ「巣立ち」までの「巣箱」になることを意図しています。俳句愛好家のご支援が頂ければ望外の喜びです。

 

下記のブログ記事がご参考になれば幸いです。

  

・俳句の作り方 <5つのポイント>  

・俳句談義(12):「椿寿忌」の俳句と高浜虚子

・高浜虚子と金子兜太

・俳句雑感(4): 高浜虚子と坪内稔典(俳句は詠み人・読み人次第)

・俳人の文法力

   

(青色文字をクリックするとリンクされた記事を読むことが出来ます。)

 

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2019年12月 6日 (金)

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小春日のふれあいカフェ交わす笑み

    

先日「まんぽ俳句会」の会員募集のポスターを市民センターのロビーに掲示して頂いたので、その後の様子を見ようと市民センターを訪ねたところ、ロビーの「ふれあいオープンカフェ」で2人の女性が紙コップ1杯100円のコーヒーのサービスをしていました。                          

何人かの男性が新聞を見たり談笑したりしていましたが、その1人が「今日は小春日だね」と呟くのを聞き、即興の「小春」の俳句を作りました。

  

・小春日やもてなし上手ボランティア

    

・小春の日ボランティア女の笑み豊か

 (この俳句の「女」は「め」と読みます。俳句では5・7・5のリズムに収めるために漢字の様々な読み方をします。「小春の日」は単に調子を整えるためではなく、時候を表す「小春日」より「日差し」を表すニュアンスです。)

  

ホールでは「ぽこ あ ぽこ」の「アンサンブルを楽しむ会」のピアノと女性コーラスの演奏会が開催されていました。

郷の音ホール」の演奏会の事前練習とPRを兼ねた演奏会なのか、無料でしたが聴きごたえのある演奏でした。

  

・清朗や女性コーラス小六月

  

清朗」は「晴朗」を連想させます日露戦争における有名な秋山真之の電文「天気晴朗なれど波高し」が思いだされます。

コーラスは朝ドラ「あさが来た」のテーマソング「365日の紙飛行機」でした。

「折り方を知らなくても いつの間にか飛ばせるようになる それが希望 推進力だ ああ 楽しくやろう 365日 飛んでいけ! 飛んでみよう!」

  

ぽこぽこ歩きながら自分の思いや見たことなどを 5・7・5 に口遊んでいると、いつの間にか貴方の俳句が上達するでしょう。

「ポコ ア ポコ」(poco a poco)は「少しずつ」というイタリア語です。

  

まんぽ俳句会」に参加して、自分なりの俳句を楽しみませんか?

1人でも友達とご一緒にでも、気軽にご参加下さい。

ご希望があれば作者の思いに沿って俳句添削の協力を致します。

  

下の募集ポスターの写真をクリックすると「まんぽ俳句会」を立ち上げた趣旨がよくわかります。

薫風士 

(E-メール)

aiqtrans@hi3.enjoy.ne.jp 

(電話) 

090-1229-2021

    

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2019年12月 5日 (木)

俳人の文法力

   

昭和・平成の俳句界を代表する俳人の2~3人の著書を見ると、高浜虚子の俳句「神にませばまこと美はし那智の滝」について、「那智の滝は神様なのでじつに美しい」などと解釈していますが、それは文法的な裏付けの無い感覚的解釈でしょう。

  

「神にませば」が何故「神様なので」と解釈されるのか納得できず、2年程前に、「高浜虚子の俳句 <「去年今年」と「神にませば」>の面白い解釈」というブログ記事を書きました。

最近、この解釈を裏付ける「補陀落・普陀落(ふだらく)」という言葉に出会い、筆者の解釈が間違いでなかったという確信を得ました。

   

広辞苑によると、「ふだらく」は「(梵語Potalakaの音写。光明山・海島山・小花樹山と訳す)観世音菩薩が住む山。南海上にあるという。日本では和歌山県那智山などに擬する。」と解説されています。

   

著名な俳人の中には、詩的解釈を文法的解釈よりも優先し、自分の解釈に合わなければ、自分の文法力の無さを棚に上げ、「目糞鼻糞を笑う」ような批判をしている俳人がいますが、高浜虚子の俳句を嘲る俳句の先生はその一例です。

(蛇足ですが、「俳句の先生」でインターネット検索をすると、「プレバト」で人気絶頂の夏井いつき先生に関連する記事ばかりですが、夏井先生のことを指しているのではありません。)

  

俳句は世界最短の定型詩ですから、日本語の豊かな言葉を生かすべく文法を疎かにせず俳句を作り、俳句の鑑賞を楽しみたいと思っています。

(青色文字をクリックすると関連の記事がご覧になれます。写真はSNSに拒否反応をしない俳句会員を募集するポスターです。クリックして「まんぽ俳句会」の趣旨をご覧下さい。)

      

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2019年12月 4日 (水)

「蝉しぐれ」と「山眠る」

(政治家の引き際)

       

・暮れてなお命の限り蝉しぐれ (中曽根康弘

ロン・ヤスの山荘抱き山眠る (薫風士

時雨るるや句友と談義翁の忌 (薫風士

    

元首相の中曽根康弘氏が11月29日に101歳で天寿を全うされました。

ご冥福をお祈りいたします。

   

蝉しぐれ」といえば、芭蕉の俳句高浜虚子の俳句などを思い出します。

蝉の俳句を鑑賞しよう」をご覧下さい。   

        

安倍総理の「桜を見る会」の実態が問題になっています。

吉田茂や中曽根康弘の「桜を見る会」と

安倍晋三首相の「桜を見る会」を比較してみて下さい。

  

国を背負う官僚や政治家は、「信なくば立たず」、「政治と行政の透明性」を確保することによって内外の市民の信頼を得なければ、日本のみならず世界の「平和」が維持されないことを肝に銘じて、庶民の期待に応えてほしいものです。

長期政権は独裁に陥り周囲を腐敗させますが、既にその傾向が生じています。

「忖度」と「和」を重んじる日本社会では首相の引き際が肝心です。 

安倍総理やその取り巻きには、中曽根元総理の引き際を見習ってほしいものです。 

安倍さん、ドナルドに「アメリカ・ファースト」や「白人優先」の政策で世界の危機感を煽ることを止めるようにアドバイスして下さい。

日本の国民に危険感を煽り、高い兵器を売りつけ、在日米軍駐留経費などの負担額引き上げを日本に要求するトランプ大統領の政治手法に庶民は憤りを抑えかねていますよ!

    

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(写真はNHK NEWS WEBやTV4ch.の映像の一部です。)

 

2019年11月15日 (金)

大垣市芭蕉記念館訪問の「まんぽ俳句」

  

芭蕉の俳句300句の英訳にチャレンジしているので、参考資料を求めて大垣市の芭蕉館「奥の細道むすびの地記念館」を918日に訪ねました。

水門川沿いにある、芭蕉が奥の細道で詠んだ俳句の句碑や銘板などを読みながら、記念館まで「四季の路」の漫歩をエンジョイしました。川面が一瞬光るのが目に入ったので、よく見るとでしょうが潜りながら泳いでいました。

途次23か所にあるトイレは、「貴船橋手洗場」など風流な名前が付けられてきれいに手入れされており、壁に芭蕉の俳句の銘板が貼ってあるのが印象的でした。

芭蕉記念館の概要は下記のURLをクリックしてご覧になれます。

http://www.ogakikanko.jp/spot/kinenkan/

 

下記の俳句は「まんぽ俳句」の一例で、芭蕉記念館訪問の一端を紹介する拙句です。

青色文字の季語をクリックすると歳時記(俳誌のサロン)や「575筆まか勢」の俳句をご覧になれます。

  

金風を芭蕉の句碑の「四季の路」

爽やかなトイレの壁に芭蕉の句

・閉店の駅前デパート秋の風

秋風や芭蕉俳句の町興し

風白し八幡宮のさざれ石

・絶えざるや「被爆地の跡菊の花

の潜る水門川や街映ゆる

秋水に映ゆ新庁舎工事中

爽やかな自噴の水やをちこちに

さはやかや掃除ガイドのボランティア

・売店の地酒新酒か芭蕉館

の旅しめの地酒を飲み干せり

   

 ところで、芭蕉が市振で詠んだ俳句「一家に遊女も寝たり萩と月」の句碑に興味があり、その解説を詠むと、ルビが「ひとついへ」となっていました。しかし、芭蕉記念館の黛まどか名誉館長はビデオ解説で「ひとつや」と読んでいました。句碑の解説を訂正すべきではないでしょうか? 

ちなみに、芭蕉は何故この俳句に「萩と月」を取り合わせにしたのか、不思議に思っていましたが、「萩と月」と言えば、当時の絵画などでは「兎」をセットにすると定番になるところを、「遊女」と取り合わせにして、しかも、「遊女」の後の助詞を「と」にすると「当り前」になるので、「も」にして「思わせ振り」にすることでこの句の面白さ・俳諧味を狙ったものだろうと思い当たりました。 (薫風士)

   

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2019年11月 6日 (水)

 

「小春」と「凩」 (吟行俳句と写真)

   

・狸像居並び迎ふ駅小春

・イベントの天狗ホームに秋うらら

・幼子はのトロッコ愛しみ泣く

・新婚の狐の仮面の藪

こがらしや嵯峨野竹林人の波

小春日の和服の花や嵐山

・異国語も行き交ふ小春渡月橋

  

掲句は幼孫とトロッコ列車に乗り、京都観光名所の「嵐山」や「嵯峨野竹林の道」などを俳句に詠んだ拙句です。

昨日は秋晴れの行楽日和なので、電車好きの孫を連れて出かけました。

文化の日」の振替休日(三連休の最後の日)だったのでトロッコ列車の立見席も満席となり、ともかく行列に並び順番待ちをしていると、幸いなことにタイミングよくキャンセルの空席が出たので片道だけ乗ることが出来ましたが、幼子はもっと乗りたいと駄々をこねて泣き叫ぶので、「また来て乗ろうね」と説得・納得させるのに一苦労でした。

                           

ところで、今年の「立冬」は118日ですが、大阪管区気象台によると近畿地方は昨日「こがらし1号」が昨年より18日早く吹いたとのことです。

」は「10月半ばの晩秋から11月末の初冬の間に、初めて吹く毎秒8メートル以上の北よりの風」のことです。 

  

保津峡の川の辺りには、台風や豪雨の地滑りで倒れた木々が無残な姿を晒している個所もあり、異常な気象変動が常態化しているのを再認識しました。

アメリカの市民がトランプ大統領の横暴(地球温暖化の世界の努力を無視してパリ条約から離脱することなど)を阻止してくれて、気象変動による悲惨な災害の発生防止され、保津峡のみならず、世界の観光名所の景観が維持されることを願っていましたが、離脱は決定されました。

少女の涙の訴えにも大国のリーダーとして耳を傾ける謙虚さをトランプ大統領やその支持者に期待することも「老いの繰り言」とあざけられ、一蹴されるのは悲しいことです。

   

なお、「Sagano Romantic Train 嵯峨野トロッコ列車」を見ると保津峡の春や秋の美しい風景や「保津川下り」の情景を見ることが出来ます。

  

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