文化・芸術 Feed

2019年10月 4日 (金)

芭蕉300句の英訳チャレンジ (31~40)

   

(青色の文字をクリックすると、リンクした解説記事をご覧になれます。)

   

(31)  有難や雪をかほらす南谷 

  (arigata-ya yuki-o-kaorasu minami-dani)

  

how grateful!

the scent of snow,

Minamidani

  

  (注)

俳句の「切字」や「切れ」を翻訳するには、句意を考慮して「_」や「:」「!」などを使うのが良いと思いますが、この俳句や次の俳句の助詞「や」は詠嘆的切れ字なので感嘆符「!」で表現しています。

なお、芭蕉がこの句を作った背景の解説は、次の記事にあります。

芭蕉が見た風景 羽黒山」、羽黒観光スポット 南谷

   

    

(32)  涼しさやほの三か月の羽黒山 

 (suzushisa-ya hono-mikazuki-no haguroyama)

 

what a coolness!

the dim crescent moon

above Mt. Haguro

   

   

(33)  ほととぎす大竹藪をもる月夜 

(hototogisu ōtakebayashi moru tsukiyo)

  

a cuckoo_

through the large bomboo grove,

the moon light

    

   

(34)  涼しさを我宿にしてねまる也

 (suzushisa-o waga-yado-ni-shite nemaru-nari)

   

(A)

making the cool

my dwelling,

I relax myself

     

(B) 

the cool

relaxes me

as if in my dwelling

    

(注)

(A) は文字通りの英訳です。(B) は意訳です。

奥の細道尾花沢」の記事によると、この俳句は野宿を詠んだものではなく、山形県尾花沢市鈴木清風宅宿泊の持て成しを詠んだ挨拶句とのことです。清風が「お持て成しは何もできませんが・・・」などと謙遜して言ったことを受けて、芭蕉はこの俳句を詠んだのではないでしょうか? 芭蕉は俳句が片言であることを認識して、この句を紀行文入れたのでしょう。

     

     

(35)  粽結ふかた手にはさむ額髪

 (chimaki-yuu kata-te-ni hasamu hitai-gami)

 

wrapping a chimaki,

another hand backing

the hair falling over the brow

 

(注)

「粽」は、対応する英語がないので、そのまま“chimaki”とします。

このように、日本固有のものは無理に英訳せず、注記することにより俳句の簡潔さを優先すれば良いと思っています。

    

      

(36)  道のべの槿は馬にくはれけり 

 (michinobe-no mukuge-wa uma-ni kuware-keri)

  

a rose of Sharon on the wayside_

eaten

by my riding horse

    

  (注)

「くはれけり」は「was eaten」とすると句意が明瞭になりますが、散文的になりますので敢えて「be動詞」を省略しました。

     

      

(37)  野を横に馬牽むけよほととぎす

 (no-o yoko-ni uma hiki-mukeyo hototogisu)

  

(A)

Lead the horse sideways

across the field_

a cuckoo

  

(B)

Cuckoo!

Lead my horse sideways

across the field

  

  (注)

(A) は「ほととぎすが鳴いているぞ」と「馬子に呼び掛けている」と解釈して英訳したものです。

(B) は「鳴いている時鳥に呼び掛けている」と解釈して英訳しています。

「牽きむけよ」という表現からすると(A)の方が妥当ですが、俳諧味を狙った比喩的表現だとすれば(B)かも知れません。

芭蕉は何れの解釈も可としてこの句を作ったのではないでしょうか?

なお、HAIKUは散文ではないので、行の初めを大文字にしないのが普通ですが、この俳句は命令文を含んでいるので大文字にしています。

      

      

(38)  秣負ふ人を枝折の夏野哉 

 (magusa-ou-hito-o shiori-no natsuno-kana)

  

a man with fodder on his back:

the guidepost of

the summer field

   

     

(39)  闇の夜や巣をまどはしてなく衛

 (yaminoyo-ya su-o-madowashite naku-chidori)

   

dark night_

disguising the nest,

the crying plover

    

(注)

「衛」は「千鳥」のことです。このような漢字の違いによるニュアンスの違い・原句の面白さは英語に訳出できませんので英語版では注記します。

   

      

(40)  いかめしき音や霰の檜木笠

 (ikameshiki oto-ya arare-no hinoki-gasa)

   

stern sound_

hails

beating my cypress hat

   

Img_5561

2019年8月31日 (土)

俳句雑感(6)季語と切れ字 <「猛暑日」と「立秋」>

   

Click here to see Bashōs haiku in English.

  

Img_4696_2

 

・梅雨明けは猛暑日なりし七月尽

    

tenki.jpによると、731日に東北北部も梅雨明けとなり、日本列島は猛暑日となりました。

  

掲句は、強いて俳句と言うなら、話題提供の「報道俳句」です。

この俳句は「梅雨明け」「猛暑日」「七月尽」と季語が3つあり、一般的な俳句ではありません。「猛暑日」は2007年以降に用いられるようになった言葉なので私の歳時記には有りませんが、季語として扱うべきでしょう。

  

・猛暑日や熱中症孤独死

  

この俳句は世相を表す川柳にする方が相応しい内容です。伝統俳句の「梅雨明け」の例句はここをクリックしてご覧下さい。

   

立秋や名のみの秋の猛暑かな

 

この俳句は二つ「切れ字」(詠嘆の「や」と「かな」)があり、季語も三つありますので、一般的には「ダメ俳句」として批判されるでしょう。しかし、「はや立秋になったんだ」という感慨と、「それにしても猛暑だな」という二つの感慨を共に表す俳句として是認してくれる俳句の先生が居てもよさそうですが、いないのでしょうか?  

  

今年の立秋88日ですが、天気予報によると未だ「猛暑日」や「真夏日」が続いています。

このように、実際の季節感と歳時記の季語にずれがあるのは、陰暦(旧暦)に基づいていた二十四節気が太陽暦(新暦)に当てはめられた結果ですが、地球温暖化による異常気象の影響も無視できないでしょう。

   

余談ですが、中国やインド、米国、ロシアなどの人口巨大国が率先して温暖化対策を促進しなければ、将来の地球環境はどうなっていくのか心配なことです。

世界の指導者として、米国トランプ大統領には大いに反省して頂きたいですね。トランプ大統領は「積み木崩しゲーム」の崩すことばかりやっているような気がします。 

トランプ大統領とその取り巻きは、世界の緊張が高まり、米国の軍需産業が繁栄すれば良いと、「アメリカ・ファースト」を唱道しているのでしょうか?

  

国際条約を簡単に反故にする風潮が蔓延ると、平和な世界の秩序が維持できなくなります。次の選挙では、米国市民が世界のリーダーとして相応しい大統領を選ぶ良識を発揮してくれることを祈るばかりです。

  

日本の政治家もしっかりしてほしいものですが、

トランプに振り回される世界かな」と、

庶民は、憤懣やるかたなくても、川柳を口ずさみ、ぼやいているしかありません。

   

最後の写真は日本伝統俳句協会8月の俳句カレンダーの一部です。

写真をクリックして拡大し、掲載された俳句をご覧下さい。

短冊句の「玻璃」は「ガラス」の意味です。稲畑廣太郎氏のこの句は秋めいた景色が丸ビルの窓ガラス越しに見えたことを詠んだのでしょうが、ガラス窓に映っている初秋の情景を詠んだものかもしれません。

  

Img_4698

2019年8月20日 (火)

俳句雑感(7) 金子兜太の「炎天」の俳句について

     

炎天下」の甲子園における高校野球全国大会NHK・TVで観戦しながら、「炎天」の俳句を作ろうとして、ふと金子兜太の次の有名な俳句のことを思い浮かべました。

  

水脈の果炎天の墓碑を置きて去る

  

この俳句は5・8・5の破調です。

一般的に、俳句の「中七」の字余りは良しとされません。

しかし、この俳句を、例えば、「水脈の果炎天の墓碑置きて去り」とか、「炎天の墓碑置き去りし水脈の果」、「戦友の墓碑炎天の水脈の果」などと、5・7・5の定型に収めると破調のインパクトが無くなり、作者の痛恨の思いを表現しきれない気がします。

 

このように、俳句の内容によっては破調にする方が効果がありますが、安易に破調にすると散文の断片に過ぎない片言になります。破調にするにはそれなりの必然性がなければなりません。一般的な作句では定型を守るのが無難で良いと思います。

 

ちなみに、金子兜太の長崎の被爆を詠んだ有名な現代俳句湾曲し火傷し爆心地のマラソン」は、歳時記「炎天」の一茶の俳句にある言葉を借りて言えば、日本語の俳句の概念からは「とっぱづれ」しています。

この俳句は、破調の最たるものであるばかりでなく、現在盛んになっているマラソンの印象が強く、被爆者が黒焦げになって即死したり、悶え死んだり、逃げ惑ったりした悲惨な状況を想起させる名句として納得するにはやや抵抗を感じます。この俳句は、「軽み」を特徴とする俳句の分際で被爆や被災など悲惨な状況・重い題材そのものを詠むには無理があること・俳句の限界の証になるでしょう。

  

貴方の印象は如何でしょうか?

 

ところで、8月19日は「俳句の日」です。俳句愛好家が増えることを願っています。

     

2019年7月31日 (水)

俳句雑感(5) 季語とは何か? <「西瓜」と「西瓜割」>

 

Img_4676_2


俳句は川柳ほど人気がないのが現状です。

俳句を作らない人々の大抵は「季語が難しい」と思っているようです。次のことがその原因でしょう。

  

歳時記を金科玉条にして、「『西瓜割』は夏の季語だが、『西瓜』は秋の季語である。」などと素人には訳の分からないことをいう著名な俳句の先生がいるからではないでしょうか?

  

当初の季語は旧暦(陰暦)の四季に基づいて分類されていました。その季語が新暦(太陽暦)の四季(立秋は新暦8月7日頃)に当てはめられたことが混乱を生じて、更に季語を難しくしているのでしょう。このことは、季語の本来の価値を損なっていると思います。

   

「『夏の季語』で俳句を作りなさい。」と言われ、普通の人は「西瓜」は夏に食べるのが美味しいと思って、「西瓜」の俳句を作ると、「『秋の季語』だからダメです。」などと言われて面喰い、不信感を抱いたり、俳句嫌いになったりするのではないでしょうか?

  

「俳句は自分が自然を見たまま、感じたままに素直に5・7・5にすれば良い。」ということが大原則でしょう。

  

俳句を作っているうちに、自然に「季語」の「取り合わせの妙」が分かってくるものです。俳句の食わず嫌いの方には、自分の感性を信じて、歳時記の分類に捉われることなく、自然を見たまま、感じたままに、気軽に俳句を作り、俳句の面白さ・楽しさを知ってほしいと思っています。

   

冒頭の写真はカラー図説日本大歳時記(夏)の「西瓜割」の解説ページの一部です。「西瓜」は、日本大歳時記(秋)に掲載されていますが、解説の最後に、「西瓜は普通秋の部に分類されるが、現実には夏のものである。」との記述があります。

合本現代俳句歳時記角(川春樹編)でも、西瓜は「秋の季語」として掲載されています。

きごさい歳時記」(5,000季語の検索)では、「『西瓜割』は晩夏、『西瓜』は初秋』」に分類されています。

このことから解るように、歳時記は編集者によって季語の取り上げ方が異なります。いずれの歳時記にせよ、絶対視せず、実際の自然の観察を優先して俳句を作るのが本来の俳句の作り方でしょう。

  

上記の考えに異論のある俳句の先生がおられたら、後学のためにご意見を頂けると幸いです。

なお、「[俳句を詠む、季節の言葉を知る] おすすめの歳時記ランキング10選」というサイトがありました。ここをクリックしてご覧下さい。

 

2019年7月16日 (火)

「貴船神社」と「川床」(吟行俳句・写真集)

Click here to see “Bashō's haiku in Japanese and English by L. P. Lovee”

       

7月8日の朝の天気予報によると梅雨晴れが一日は期待できそうだったので、急に思い立って京都の貴船に吟行に行きました。月並ですが、薫風士の吟行俳句と写真を掲載します。

Img_4422

  

Img_4424

  

 京阪電車・京橋駅ホームにて) 

  

・梅雨晴間ホームに立ちし旅心

  

  

  

「川床」は貴船では「かわどこ」と呼ぶそうですが俳句では「ゆか」と読み、「夏の季語」です。

 

Img_4444_2

7月8日は貴船神社の「水まつり」や「星祭」があり、和服姿の若い女性をよく見かけました。    

Img_4432_2

  

Img_4430

Img_4425

Img_4452

     

叡電・貴船口駅にて)  

   

・降り立てば貴船の瀬音風涼し 

   

    

  

(真真庵にて) 

  

貴船川草履の並ぶ川床座敷

  

・貴船てふ地酒も美味し川床料理

  

冷やし酒鴉は岩で清水飲み

  

写真をよく見れば、黒っぽい大きな岩の間で鴉が水を飲んでいるのがわかるでしょう。)

    

河鹿なく高き瀬音や箸を置く

  

(河鹿のきれいな鳴き声を始めて実際に聞きました。)

 

Img_4464_2

Img_4473

Img_4504_2

Img_4501

  

 

Img_4491

  

Img_4490_2

  

Img_4492_2

 貴船神社にて)

   

・本殿へ登り詰めたる老の汗

  

星祭る貴船の馬像白と黒

   

・向ひ合ふ馬像の由来梅雨の晴

 

みずうらや浮かぶ大吉青葉風

  

  

  

(帰路の叡電で)

  

梅雨晴の貴船の一日惜しみけり

  

  

俳画や写真俳句において、俳句と画像の付き過ぎは良くないとされていますが、吟行俳句を作る参考になればとの思いから、即興句とその情景の写真を掲載しました

  

(注)青色文字をクリックすると、関連の解説記事をご覧になれます。

Img_4493_2

Img_4516_2

 

Img_4517_2

2019年7月 6日 (土)

芭蕉300句の英訳チャレンジ:「木下闇」(30/300)

  

須磨寺やふかぬ笛きく木下やみ

  (sumadera-ya fukanu-fue-kiku koshitayami)

  

(A)

in sumadera

i heard the unblown flute sing

in the trees’ deep shade

  

(B)

Suma temple_

hearing the unblown fife,

in the dark of trees’ shade

  

(A) 575訳、(B)はLovee訳です。

切れ字の「や」は(A) には訳出されていませんが、(B) では句読点「_」で表しています。固有名詞はhaikuでも「Suma」のようにを大文字にする方が句意がわかりやすいでしょう。

A)のように主語の「I」を小文字にするのは賛成しかねますし、原句に無い「我・吾・われ」を「翻訳haiku」で「I」として補充するのは無用です。(A) は、「in ---i---in」と韻を考慮したのかもしれませんが、句意が誤解される恐れが無い限り、前置詞は補充しない方が良いでしょう。俳句は省略の文学であり、その解釈を読者に委ねることが面白さの一面です。

いずれにしろ、須磨寺の逸話(平敦盛のこと)を知らない限りこの俳句の良さは理解されないでしょうが、英語俳句の作成や翻訳の参考になれば幸いです。

ちなみに、「木下闇」は夏の季語です。

 

(注)青色文字(冒頭の「須磨寺や・・・」など)をクリックすると、解説記事(「笈の小文」など)をご覧になれます。

なお、次回からはLovee訳のみを掲載し、折に触れて他の翻訳を参考に掲載させて頂きます。  

 

  

  

2019年6月 7日 (金)

芭蕉300句:言葉の壁を破る英訳チャレンジ (1)

         

 (Click here to see "the English version by L. P. Lovee".)

Img_4037

Img_4036

先日、「575 The haiku of Basho」の著者John Whiteが共著者の佐藤平顕明氏と来日され、芭蕉の俳句の英訳について議論する機会を得ました。

ホワイト氏は俳句の原則5-7-5音を尊重して英訳を5-7-5 音節(syllable)のhaikuとし、芭蕉が字余りで詠んだ俳句はそれに従って音節を増やすという徹底ぶりで、300句を英訳しています。その労作には驚嘆しました。

ホワイト氏は日本語を理解できないので、佐藤氏の解説を基にして英訳されたそうで、両氏のご努力には敬意を惜しみません。しかし、俳句の本質は5-7-5音の簡潔な詩的表現をすることにあり、日本語と英語の構文や発音などの違いを無視して形式的に音節に拘ることには賛成しかねます。動詞や前置詞・副詞などを使用して音節を増やすと散文的になり、俳句の特徴である「詩的短さ」が損なわれると主張しましたが、ホワイト氏は英語の詩として十分簡潔なhaikuに翻訳していると反論され、議論は平行線に終わりました。

ホワイト氏には94歳のご高齢にもかかわらず翌日の帰国を控えたお忙しい時間を割いて頂いたので議論の矛を収めましたが、言葉の壁を破り俳句の翻訳をすることの難しさの一例として、ご参考までに下記のとおり紹介させて頂きます。

 

・ほろほろと山吹ちるか瀧の音 (芭蕉

 

yellow rose petals

gently, gently flutter down;

waterfall thunder

 

ホワイト氏は、芭蕉が山吹を見て詠んだものとしてこの翻訳をしたとのことで、「滝音の響きと山吹が静かに散る対比が面白い」と感想を述べていました。

この解釈は、疑問を表す助詞「か」を見落としていますが、日本の著名な俳人も文法に気をとめず直感的に句意を解釈する傾向があるので是認すべきかもしれません。この俳句は滝の音を聞きながら、「滝の轟音の響きで山吹が散るのではないか?」と滝音の大きさを詠嘆して詠んだものでしょう。 

そこで、次のとおり試訳してみました。

  

shall yellow rose petals

flutter down?

the thunder of water fall

   

ホワイト氏の翻訳は9語17音節ですが、上記試訳は11語16音節です。語数が増えても「滝の音」を強調するために敢えて「the thunder of waterfall」としました。

英詩のHAIKUとしては試訳よりホワイト氏の翻訳の方が詩的映像が鮮明になり優れていると思いますが、原句の句意を無視することはできません。試訳は1~2行の改行を活かし、間をおいて読むと俳句らしくなります。

芭蕉は「滝と山吹」の従来の取り合わせの焦点を音に当てることにより新鮮味を出し、映像は読者の想像に委ねたものと思います。

ホワイト氏はロンドンの名門大学UCLの教授だったとのことですが、まだまだお元気です。「来年も生きていたら来日し、俳句と仏教について講演するつもりだ」と仰ってました。

芭蕉の俳句を気の向くままに英訳して言葉の壁を破るチャレンジをし、来年もホワイト氏と議論できることを願っています。

 

今後の英訳は折に触れてfacebookにも掲載します。俳句の翻訳に関心のある読者の皆さんからコメントを頂き、「俳句とhaiku」鑑賞の楽しさをシェアして頂けると望外の喜びです。

   

2019年2月24日 (日)

高浜虚子と金子兜太

    

Img_2518

2月20日は「鳴雪忌」ですが、金子兜太の一周忌です。2月22日は高浜虚子の生誕の日です。

「虚子」といえば「客観写生」、「兜太」といえば「平和の俳句」です。

金子兜太の師系は、水原秋櫻子に師事した加藤楸邨人間探求派です。

秋櫻子は虚子に師事しましたが、「客観写生」の理念に飽き足らず離反し、そのことが新興俳句運動の契機になりました。

   

(青色文字をクリックすると俳句の解説などリンク記事をご覧になれます。)

   

高浜虚子の例句)

    ・春風や闘志抱きて丘に佇つ (1913年

   (注)河東碧梧桐自由律俳句)への対抗表明の句です。

  ・遠山に日の当りたる枯野かな(客観写生)

    ・去年今年貫く棒の如きもの (棒とは何か

    時ものを解決するや春を待つ (1914年

  ・大寒の埃のごとく人死ぬる 1941年(昭和16年

    ・春の山屍を埋めて空しかり (1959年 辞世句)

    (注)「空しかり」とは「空然り」とも解釈できます。

         

金子兜太の例句)

    ・水脈の果 炎天の墓碑を 置きて去る (1955年)

    ・彎曲し 火傷し 爆心地のマラソン (1961年)

  ・梅咲いて庭中に青鮫が来ている (1978年)

    ・夏の山国母いてわれを与太と言う (1985年?)

  ・長寿の母うんこのように我を産みぬ (2004年

    河より掛け声 さすらいの終る その日 (2018年

   (注)この句の「河より掛け声」は実際のことでしょうが、「三途川」を意識して辞世句としたという解釈は穿ち過ぎでしょうか?

   

「虚子嫌い」や「兜太嫌い」もいますが、どちらにも熱烈な支持者がいます。俳句に限らず、何事も好き好きですね。平和憲法を維持して多様性の社会をエンジョイしましょう。   

高浜虚子は「自由にものを言えない世界大戦の時代」を「客観写生の俳句」に徹することにより生き延びましたが、平和を希求していたに違いありません

金子兜太は「戦後の自由にものが言える時代」の平和の俳句を謳歌して大往生しました。

両先達のご冥福と世界平和を祈ります。

  

 

2019年1月20日 (日)

俳句を楽しもう! 「寒」「冬晴れ」の俳句

   

Img_2214_1

Img_2214_2 

   

  

  

・鴉鳴く庭に出ればヒヨ飛びぬ     

・寒の鳥青に煌めく機影かな  

・寒の青機影煌めき行き交ひぬ

  

掲句はふと口ずさんだ即興句をこのブログ用に推敲したものです。朝食後「寒」の俳句のブログを書こうとしていたところ、鴉が鳴くので句材になるかと思って庭に出ました。鴉は声のみで姿は無く、ヒヨが黐の木から飛び立ちました。冬晴の空を見上げていると微かな音の飛行機が2機小さく煌めき行き交いました。

  

今日は平成最後の「成人の日」です。

若者には「初心を忘れずそれぞれが自分を活かすべく頑張ってほしい」と期待していますが、為政者には与野党対立一点張りでなく足らざるを補完し合い「未来を背負う若者が希望を持って飛び立てる政治」を推進してほしものです。

働き方改革」が検討されています。現役の人々が俳句を作ってみる気になれるような労働環境・働き方改革にしてほしいものです。

老いの身は俳句を楽しみながら健康維持に努め、四月に発表される新元号も平和国家を象徴する年号となり世界平和が維持されることを祈るばかりです。

      

歳時記(俳誌のサロン)から気の向くままに「寒」の俳句を抜粋・掲載させて頂きます。

(詳細は青色文字をクリックしてご覧下さい。)

   

(1)

さはぐ鳥羽の田面や寒の雨 松尾芭蕉  

(寒2)

・寒晴や転居先にも富士見坂 (高木嘉久) 

(寒3)

・寒日和見上ぐる程の子と歩く (小野田敏子)  

(寒4)

・寒の夜の風呂が沸いたと電子音 (北島上巳)  

(寒5)

浅草に老いて芸なす寒の猿 (有働亨  

(寒6)

・寒三日生きる証の雨戸繰る (森山のりこ)  

(寒7)

鎮魂の竹灯籠や寒の朝 (西垣順子)  

(寒8)

スカイツリーその寒影の長きかな (小林美登里)  

(寒9)

・入るにも出るにも気合寒の風呂 (府川昭子)  

(10)

・寒晴れや木の香の満つる木工所  (城戸緑)  

(11)

・点滴を引きずつて行く寒厠 (吉田耕人)

  

2019年1月13日 (日)

俳句の国際化: 嵐雪の辞世句

 

Img_2205

   

・一葉散る咄ひとはちる風の上

  

この句は芭蕉の高弟である服部嵐雪の辞世句です。

この俳句のドイツ語訳について不審に思ったドイツの「俳句メル友」から新年早々に問い合わせのメールを受信しました。

この俳句のドイツ語訳を次のとおり英訳してありました。

  

A single leaf falling
sheer lunacy!

A single leaf drifting away with the wind

 

そして句友の英訳は次のとおりドイツ人らしい合理的な翻訳です。

   

Loosen from the tree
the helpless leaf
is drifting away on snowflakes

 

sheer lunacy」は「愚行」とか「まったく馬鹿げたこと」と言うような意味です。(研究社大英和辞典

「咄」は「叱る声」や「事の意外さに驚き怪しむ声」です。(広辞苑参照)

 

そこで、「」は座禅に使われる「」と同じような一種の擬音であること、この俳句の「葉」は「人間」の比喩と捉えるのが良いと思う旨説明し、次のとおり筆者独自の大胆な意訳を連絡したところ、「amazing!」と感嘆した旨の返信が来ました。

 

man dies as a leaf falls_

Basho has passed away,

now, me too.

  

因みに、R. H. Blyth 氏は A History of Haiku (Volume One) において、「この辞世句は美しいが、何か nerveless である」と付記して、次のように文字どおり英訳しています。

  

A leaf falls,

Totsu! Another leaf falls,

Carried by the wind.

 

nerveless」は研究社大英和辞典によると「弱弱しい」とか「冷静な」という意味ですが、Blyth はどちらの意味を指しているのでしょうか?

  

Stephen Addiss 氏は The Art of Haiku において、「『咄』は禅の叫び声である」と付記して、次のとおり英訳しています。

  

a leaf falls

Totsu! a leaf falls_

riding the wind

  

上記2氏の英訳は「風に運ばれる」とか「風に乗る」と英訳していますが、嵐雪は「風の上」と表現して「昇天」を暗示したのではないでしょうか?

さらに、「咄」と擬音で注意を喚起して、「ひとはちる」と「ひらがな」を用いて「人は散る」と読ませることを意図していたのではないでしょうか?

穿ちすぎでしょうが、高浜虚子は嵐雪の辞世句が潜在意識にあって「春の山屍を埋めて空しかり」に同じように「ひらがな」を用いる手法を使ったのかもしれません。

  

それはともかく、英語は論理的な言葉ですから日本語ほど連想を伴いません。比喩的な俳句は文字通りの英訳と意図された比喩の意訳を併用すると日本語の原句にある暗喩のニュアンスが理解されやすいと思っています。

国際俳句交流協会HP掲載の「高浜虚子の俳句をバイリンガルで楽しもう!」をご覧下さい。

  

(青色の文字をタップ(クリック)するとリンクされた記事をご覧になれます。)

 

2018年12月21日 (金)

俳句雑感(2)俳句と川柳: 根本的な違いは何か?

      

Img_1699

俳句と川柳はどちらも諧謔・滑稽味のある俳諧連歌から発展した文芸であり、俳句は「発句」から発展し、川柳は「付句」から発展しました。

  

「にもかかわらず、ユネスコ無形文化世界遺産登録への運動が俳句界のみなのは何故か?」

  

その理由について最近ふと思い当たりました。

  

(青色文字をクリックするとリンクされた関連の記事がご覧になれます)

   

俳句の面白さは人事を含む花鳥諷詠にあり、

諧謔・滑稽は川柳における風刺ほど強いものではありません。

 

川柳では人間の様々なありようを風刺して、

その面白さを強く表現します。

  

弱い立場のものが強い立場のものを風刺しすれば、

「憂さ晴らし」になります。

  

その逆をすると、

「風刺」は「いじめ」になります。

 

度の過ぎた風刺は風刺された者の不興を買い、

予期せぬ争いの原因にもなるでしょう。

  

しかし、「」と「節度」を尊重する日本の川柳は、

テロ事件の要因になった風刺漫画の轍は踏まないでしょう

  

最近は「詩性川柳」という呼称の川柳もあるようですが、  

「川柳」という呼称に何故固執するのでしょうか?

伝統俳句」が「季語」を重要な要素としているからでしょうか?

現代俳句には無季の句もあります。

「季語」にあまり拘る必要は無いでしょう。

  

日本は幸い四季のある自然と平和に恵まれていますが、

地域によって季節の変動の仕方が異なり、災害もあります。  

世界には、四季が無く過酷な自然と戦争に苦しんでいる国もあります。

    

俳句界のみが世界遺産登録の運動を推進するのは片手落ちだと思われますが、川柳界には川柳を俳句と共に世界遺産に登録しようという考えはないのでしょうか?

俳句界と川柳界が協調して、「俳諧世界遺産運動」とか「俳川世界遺産運動」とか、何か適切な呼称で登録運動を推進すれば、もっと運動が盛り上がるのではないでしょうか?

「俳句と川柳は室町時代の俳諧から発展して世界の人々に現在も愛されている世界一短い短詩形式である」と主張して運動を推進する方が、世界無形文化遺産としてユネスコの認定を得やすいのではないでしょうか?

  

この考えに俳句愛好者と川柳愛好者が共に賛同してくれると、

世界平和と世界遺産登録の「草の根運動の一助」になればとの思いでブログを書いている筆者として、望外の喜びです。

  

高浜虚子は「俳諧に老いて好もし蕪汁」という俳句を詠んでいます。

  

恥ずかしながら、拙句を最後に掲載させて頂きます。

  

去年今年世界遺産の夢を句に

初夢や世界遺産の句に興じ

・川柳も俳句も同じ俳諧よ

果てしなき夢を追いつつ去年今年

去年今年八十路の夢を茶寿までも

     

皆さんは、上記の句を「俳句」と「川柳」のどちらに捉えますか?   

  

2018年7月31日 (火)

俳句をユネスコ世界無形文化遺産へ (草の根運動)

 

Cimg5945_3

昨年(2017年)1月16日に「日EU俳句交流大使ファンロンパイEU大統領を囲む夕食会に参加しました。この夕食会はファンロンパイ氏のアジアコスモポリタン賞受賞の祝賀と俳句愛好家の交流のために開催されたもので盛会でした。

俳句愛好家の集まりなので正岡子規の号「獺祭書屋」に因んで乾杯の酒に「獺祭の発泡にごり酒スパークリング」があり、ファンロンパイ氏が挨拶で俳句の世界遺産登録への運動に協力すると賛意を表明され、大いに盛り上がりました。

(写真はファンロンパイ氏とチュヌの主人のツーショットです。

  

昨年4月(2017.4)に俳句の登録を目指す推進協議会が発足し、「俳句のユネスコ登録をめざす」活動が推進されています。その草の根運動の一助にでもなればとの思いから、「高浜虚子の100句を読む」(坊城俊樹著)の掲句を第1回から最終回まで随時HAIKU(英語俳句)に翻訳してブログ「チュヌの便り」に掲載していましたが、それに虚子の辞世句の新解釈などを補足・編集して「高浜虚子の俳句をバイリンガルで楽しもう!」というタイトルで国際俳句交流協会(HIA) のホームページに掲載して頂きました。

俳句は音楽やスポーツなどと異なり、その国の文化や言葉を理解している人々でないかぎり外国人にはよく理解出来ないでしょう。しかし、俳句の面白さを理解し、俳句に興味を持つ人々が少しでも増えることを願いつつ、俳句の英訳や英語俳句の和訳にチャレンジして、及ばずながら俳句の国際交流に努めたいと思っています。

ファン・ロンパイ氏のスピーチの記事がHIAのホームページにあり、同氏の即興句の翻訳: 「雪の奈良 美は良し悪しを 隠しけり」 が掲載されていました。

「隠しけり」 という表現は、政治・官僚組織や企業の隠ぺい体質が問題になっていることでもあり、腑に落ちなかったので英語の原句を見ると、下記の通りです。

Nara in the snow

Beauty is falling down

It covers right and wrong

   

そこで、次の通り和訳してみました。 

降り来る美 正誤を包み 雪の奈良」

  

貴方なら、どう翻訳されますか? 

 ファン・ロンパイさんは、「私たちは世界の調和を夢見ています。自然の美しさや自分を取り巻く様々なものが、シンフォニーを奏でるように美しく調和することを夢見ています。そして、調和を夢見ることは、差別や偏見などのマイナスな感情の解毒剤になるのです。」 と述べています。

チュヌの主人も同じ思いで、ブログに「俳句・HAIKU by L. P. Lovee」などを書いています。

(青色文字をクリックして関連の記事をご覧下さい。)

      

2018年6月27日 (水)

Let's enjoy haiku!

    

History of “Haiku” (「俳句」の歴史)

  

The origin of Haiku is Hokku (発句). Hokku is the opening stanza of renga (連歌).  “Renga” means collaborative linked poetry

By the time of Matsuo Bashō (松尾芭蕉 1644–1694), the hokku appeared as an independent poem.  In the late 19th century, the standalone hokku was renamed “haiku” by Masaoka Shiki (正岡子規 1867–1902).

The term ”haiku” is now generally applied retrospectively to all hokku, irrespective of when they were written.

     

Three distinguished haiku-poets of Edo Period

  

(A) Matsuo Bashō (松尾芭蕉 1644–1694)

Basho was the most famous renga poet of the Edo period; today, after centuries of commentary, he is recognized as the greatest master of haiku.   

Matsuo Bashō's poetry is internationally renowned; and, in Japan, many of his poems are reproduced on monuments and traditional sites.  

   

(B) Yosa Buson (与謝蕪村 1716–1783)

Buson is recognized as one of the greatest masters of haiga (an art form where painting is combined with haiku). His affection for painting can be seen in the painterly style of his haiku. 

   

(C) Kobayashi Issa (小林一茶 1763–1827)

Issa composed very individualistic and humanistic haiku. His miserable childhood, poverty, sad life, and devotion to the Pure Land sect of Buddhism (浄土真宗) are evident in his haiku.  

        

Dishtinguised Haiku-poets after Edo Period 

   

Masaoka Shiki  (正岡子規 1867–1902)

Shiki was strongly influenced by Western culture, as generally in the case of the Japanese intellectual world at that time.  He was rather critical of Basho, and he favored the painterly style of Buson and particularly the European concept of plein-air painting, which he adapted to create a style of haiku as a kind of nature sketch in words, an approach called shasei (写生, "sketching from life").

Shiki discarded the term "hokku" and proposed the term “haiku”.  Since then, "haiku" has been the term usually applied in both Japanese and English, irrespective of the date of haiku composition.  

    

Takahama Kyoshi  (高浜虚子1874 –1959)

In 1898, Kyoshi came to manage the haiku magazine Hototogisu, which had been previously edited by Shiki.  In Hototogisu, he kept on with the traditional style of haiku, as opposed to the new trend developed by Kawahigashi Hekigodo.

Kyoshi attached importance to the traditional pattern of 17 syllables and the function of kigo (season word), and he tried to exclude the more modern trend towards season-less haiku. 

      

Haiku of distinguished haiku-poets of Edo Period

   

Matsuo Bashō  (松尾芭蕉 1644–1694)

  

閑さや 岩にしみ入る 蝉の声

(shizukesa-ya iwani-shimiiru semi-no-koe)

 

(Tnslation by Stephen Addiss, The Art of Haiku)

silence_
penetrating the rocks,
cicada voices


(Translated by Satoshi Kinoshita)  
what a stillness!
cicada voices,
seeping into the crag  

  

(Note)

 “しみいる” is equivalent to “seeping”, rather than “penetrating”. 

   

やがて死ぬ けしきは見えず 蝉の声

(yagate-shinu keshiki-wa-miezu semi-no-koe)  

Depending on the Chinese characters which you apply to “けしき”, you may interpret this haiku into two different meanings as translated by Satoshi:

  

(景色)

the voice of a cicada_

I cannot see the scenary,

soon I will die

  

(気色)

the voices of a cicada_

the cicada does not sound

to die soon

   

Yosa Buson  (与謝蕪村 1716–1783)

  

しら梅に 明る夜ばかりと なりにけり

(shiraumeni akuruyobakarito narinikeri)

 

 (Translated by Stephen Addiss)

among white plum blossoms

what remain is the night

about to break into dawn

   

 (Translated by S. Kinoshita)

all that remain to me_

the night about to break into dawn

among white plum blossoms

  

(Note) The translation of S. Addiss is a mistranslation.

   

Kobayashi Issa  (小林一茶 1763–1827)

   

・時鳥 なけなけ一茶 是に有
(hototogisu nake-nake-issa kore-ni-ari)

   

little cuckoo
sing! sing!
Issa is here  

(David G. Lanoue. Click here to see the site.)

   

Haiku of Masaoka Shiki

 It is said that Shiki Masaoka composed about 24,000 haikus during his short life (1867~1902).  (See the home page of Matsuyama-city 「子規の俳句検索

    

・柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺

(kaki-kueba kane-ga narunari Hōryūji)

  

I bite into a persimmon

a bell resounds—

Hōryū-ji    

(Shiki Musium ・ sikihaiku)

 

(Note) 

The actual sound that Shiki heard was not the bell of Hohryuhji Temple, but that of Tohdaiji Temple. Persimmons were his favorite fruits.

        

・しぐるゝや 蒟蒻冷えて 臍の上

(shigururu-ya konnyaku-hiete heso-no-ue)

  

it's drizzling...

devil's tongue, cold on

my belly button    

   (“Selected Poems of Masaoka Shiki, Translated by Janine Beichman”)

   

・絲瓜咲て 痰のつまりし 佛かな

(hechima-saite tan-no-tsumarishi hotoke-kana)

   

sponge gourds in bloom
this hotoke
choked by phlegm  

(Shiki Musium ・ sikihaiku)

   

the gourd flowers bloom,

but look—here lies

a phlegm-stuffed Buddha!     

   (“Selected Poems of Masaoka Shiki, Translated by Janine Beichman”)

   

 (Note)

The Japanese word “hotoke” has broader meaning than “Buddha”.  That is, “hotoke” means not only Buddha, but also a dead person or a Buddha-like gentle person.

      

・奈良の町の 昔くさしや 朧月

(Nara-no machi-no Mukashi-kusashi-ya Oboro-zuki)

  

The town of Nara is

Really old-fashioned.

The hazy moon.     

(“Masaoka Shiki’s haiku poems”, Masterpieces of Japanese Culture.)

    

Haiku of Takahama Kyoshi 

 (Translated by S. Kinoshita)

  

・吾も亦 紅なりと ついと出で

(waremo-mata kohnari-to tsuito-ide)  (Age 66、S15. 1940)

  

me too, crimson_

as if so saying,

a burnet abruptly appeared

  

(Note)

’waremokoh’ (吾亦紅) is a burnet. Literally, the word 'waremokoh’ means: ’I also am crimson’. Thus, this haiku is a pun. The words “me too” of this haiku might have implied that young people  boasted of having a good body qualified as the first grade “Koh” (甲) in those days before and during the world war II. At present, it may remind you of recent news about sexual harassments.   

     

大寒の 埃の如く 人死ぬる

(daikan-no hokori-no-gotoku hito-shinuru)  (Age 67、S16. 1941)

  

people die

like

dust of midwinter

(Note) This haiku is a metaphor. You may think of death due to wars, atomic bombs, etc.

  

・爛々と 昼の星見え 菌生え

(ranran-to hirunohoshi-mie kinoko-hae) (Age 73、S22. 1947)

  

the daylight star

looks glaring_

mushrooms grow  

   

(Note)

This haiku was made as a farewell tribute to people in Koromo City. They gave mushrooms (=茸)to Kyoshi Takahama for a farewell present. He lived in Koromo for about three years after moving there for refuge from air raid during the war. The word ’daylight star’ means the sun, because the word ’爛爛’ (=glaring) is used for describing it. In the case of this haiku, it is possible to express 'kinoko' by a chinese character of '茸' or '菌'. However, the latter was adopted. When the letter '菌' is read to be 'kin', it means 'germ'. Thus, it seems that with the cited haiku, Kyoshi Takahama intended to express the whole great nature by referring to the greatest thing ’daylight star (=太陽)’ and the smallest thing 'mushroom (=菌)'.  

   

・春の山 屍をうめて 空しかり

(harunoyama kabaneoumete munashikari)-- (A)

(harunoyama kabaneoumete kuu-shikari)-- (B)

(Age 85、S34. 1959)

   

(Translation A)

the spring mountain

stands vain

with corpses buried 

   

(Translation B)

the spring mountain

with corpses buried_

all are vanity

  

(Note)

In Translation A, the letters ”空しかり” are read to mean ”munashikari” according to the conventional way. The word means ”empty” or ”vain”. In Translation B, the letters ”空しかり” are read to mean ”kuushikari”, which means ”empty” or ”vanity”, as described in Hannyashingyoh (Sutra). The original haiku contains both of such meanings.

To fully appreciate this haiku, please read the Japanese version of the corresponding article in the HIA home page (「高浜虚子の俳句をバイリンガルで楽しもう!」).

   

Enjoy composing haiku as you like

 As you may know, Haiku has a shortest form as a poem. Each of Japanese letters (katakana and hiragana) constituting the pronunciation of a word has a vowel, and in principle, haiku is composed of 5-7-5 syllables. However, English words do not always have vowels like Japanese. Therefore, it is not required for English haiku to be composed of 5-7-5 syllables, and it is generally written in three lines.

As for composing haiku in 5-7-5 syllables, I think that Polish language is more suitable than English, because it seems to me Polish words have more vowels than English.

Haiku is such a short poem, you can compose haiku easily. Even if you are a beginner, you can compose a good haiku when you properly use a “kigo”, that is, a word to express the season at the time.

In haiku, you can express whatever you see or feel in your daily life or sightseeing, or on a special event such as music festival like this.  

Now, as examples of a way of enjoying haiku, I would like to show some haikus that I published in my blogs.

  

Haiku of an open garden concert

  

・マリンバの 音色豊かや バラの庭

(marinba-no neiro-yutaka-ya bara-no-niwa)

rich sound of marimba_

the garden

full of colorful roses

    

・シャンソンの 調べ誘ふ バラの庭

(shanson-no shirabe-izanau bara-no-niwa)

the timbre of shanson

lures me to

the rose garden

  

Haiku of Chunu ・ Four Seasons

  

New Year

・年用意 犬のシャンプー 先づ済ませ

(toshiyoh-i inu-no-shanpuu mazu-sumase)

shampooing of my dog,

first in the preparation

for New Year

  

Spring

・初蝶来 犬寝そべりて 目で追ひぬ

(hatsuchoh-ku inu-nesoberite mede-oinu)

the first butterfly of the year_

the sprawling dog

chases with eyes only

  

Summer

・遠雷や 眠りし犬は 耳ピクリ

(enrai-ya nemurishi-inuwa mimipikuri)

a distant thunder

the sleeping dog

twitches his ears

  

Autumn

・満面に 草の実つけし サモエド犬

(manmenni kusanomitsukeshi samoedoken) 

how cute my Samoyed!

the whole face

with weed-seeds clinging

  

Winter

・風花や 犬はソナタに すやすやと

(kazabana-ya inuwasonatani suyasuyato)

in the sunshine, snow-flakes fall_

my dog in sound slumber,

listening to a sonata

   

Haiku of dolphin show 

   

・涼しさや イルカの飛ばす 水しぶき

(suzushisa-ya irukano-tobasu mizushibuki)

the cool_

water splashed

by dolphins 

 

・水族館 涼しい筈と 思ひしに

(suizokukan suzusiihazuto omoishini)

An aquarium

not as cool as

I expected  

  

・スマスイや 昼寝の魚 スイと浮き

(sumasui-ya hirunenosakana suito-uki)  

A napping fish

awoke and swiftly floated

at Suma aquarium  

  

・欠氷 手に手に親子 イルカショー

(kakigoori tenitenioyako irukashoh)

A parent and sons

with a shaved ice in their hand_

a dolphin show  

  

・満席の 団扇はためく イルカショー

(mansekino uchiwahatameku irukashoh)   

Fans flapping

at full seats_

a dolphin show   

 

・炎天下 イルカ巧みに フラフープ

(entenka iruka-takumini furafuupu)  

Under the flaming sun

dolphins skillful

in hura hoop   

  

・ドルフィンや 客にあいさつ 立ち泳ぎ

(dorufinya kyakuni-aisatsu tachioyogi)  

Dolphins greeting

their spectators

by treading water 

    

In conclusion, please share the following promotion with your friends. 

Haiku is “AI”: not artificial intelligence, but art of intelligence, leading to “LOVE” (). Haiku Aids Increasing Knowledge Universally. Let’s promote world Peace through Haiku!

Thank you for reading this far.

2018年4月13日 (金)

虚子100句英訳をHIAホームページでご覧下さい。

     

高浜虚子俳句のオマージュにしたいとの思いから虚子100句を英訳し、「高浜虚子の俳句をバイリンガルで楽しもう!」というタイトルで国際俳句交流協会ホームページに5回シリーズで掲載して頂きました。

高浜虚子の俳句の面白さが注記や英訳でよくわかります。

下記のURLアドレスをクリックして是非ご覧下さい。

                                                                                               木下 聰

 

(はじめに)

http://www.haiku-hia.com/about_haiku/takahama_kyoshi/

(あとがき)

http://www.haiku-hia.com/about_haiku/takahama_kyoshi/afterword.html

  

写真は花鳥同人俳句会における坊城俊樹花鳥主宰(高浜虚子の曾孫)とチュヌの主人です。

Dsc00375

 

2018年3月10日 (土)

俳句の鑑賞「春風」・「春の風」

       

Cimg5965

Cimg2923_2「春風」といえば、高浜虚子の俳句「春風や闘志抱きて丘に佇つ」を思い出します。

この俳句の「春風」は「しゅんぷう」と読むのが相応(ふさわ)しいと思う人が多いようです。「増殖する俳句歳時記」(清水哲男)の句評はその典型的な例でしょう。青年の闘志には「しゅんぷう」が相応しいと考えるのが自然でしょうが、この俳句は虚子が39歳に詠んだものです。

高浜虚子の「自選自筆 虚子百句」には「はるかぜ」とふりがなが付けてありますから、虚子自身は「はるかぜ」と読者に読んでほしかったのでしょう。

「たつ」も「立つ」とせず、「たたずむ」という漢字「佇む」を用い「たつ」とふりがなをつけています。虚子は「熱い心」をむき出しにせず、余裕をもって表現することを好んだようです。夏目漱石は、「虚子は畢竟(ひっきょう)余裕のある人かも知れない。」と述べています。(「俳句談義(4):高浜虚子の句『大寒の埃の如く人死ぬる』とは、『平和』を考える」をご参照下さい。)

虚子は「この路を我等が行くや探梅行」という句を詠んでいます。この俳句の「この路」は「虚子が進もうとしている俳句の道」の比喩ではないでしょうか? 

   

歳時記(俳誌のサロン)から、気の向くままに「春風」・「春の風」を引用させて頂きます。

(俳句の詳細は青色文字の季語をクリックしてご覧下さい。)

     

春風

・結んで開いて指の体操春風に (瀧春一

式終へし子等春風へ放たれぬ (山田禮子)

・母が押す春風が押すベビーカー (津田このみ)

   

春の風1

泣いてゆく向ふに母や春の風 (中村汀女

朝刊の匂ふキヨスク春の風 (木下節子)

・春の風ビル一面にビル映る (中原幸子)

春の風2

今日よりは句碑の里山春の風 (山田弘子

ネクタイの玉虫色や春の風 (池崎るり子)

・ゆつたりと着せし子の服春の風 (藤野力) 

春の風3

・抜糸してタクシー待つや春の風 (内田しんじ)

・竹林の光と影に春の風 (早崎泰江)

・春の風子らは古墳でかくれんぼ (武田ともこ)

  

2018年2月13日 (火)

100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi (1~20) (Revised)

(HAIKU of Kyoshi Takahama, translated by Satoshi Kinoshita)

Cimg5965

Cimg5966

The pictures show a part of Pages 8 and 9 of "自選自筆 虚子百句" published by 岩波書店.       

     

                       

春雨の衣桁に重し恋衣 (M27. 1894年

        (harusameno ikohniomoshi koigoromo)

         heavy on a dress-rack

         clothes of love_

         spring rain

    

怒濤岩を噛む我を神かと朧の夜 (M29. 1896年

         (dotoh iwaokamu wareokamikato oboronoyo

          as if thinking me a god,

          surging waves bite the rock_

          hazy moon night 

        

蓑虫の父よと鳴きて母もなし M32. 1899年

         (minomushino chichiyotonakite hahamonashi)

          a bagworm chirps

          papa papa,

          without mamma, either

      

子規逝くや十七日の月明に (M35. 1902年

        (Shikiyukuya juushichinichino getsumeini)

           Shiki passed away

           in the moonlight

           of the 17th day   

         

秋風や眼中のもの皆俳句 (M36. 1903年

         (akikazeya ganchuunomono minahaiku)

          autumn wind_

          anything you see

          could be a HAIKU

      

 (或時は谷深く折る夏花かな (M37. 1904年

        (arutokiwa tanifukakuoru gebanakana)

        'gebana' flowers,

        taken deep in a valley

        at a cetain time

      

刑罰の石を背負うて夏野かな (M38. 1905年

       (keibatsuno ishioseoute natsunokana)

         carrying a stone of punishment

         on one's back_

         the summer field

          

 (垣間見る好色者に草芳しき (M39. 1906年   

       (kaimamiru koushokumononi kusakanbashiki)

         the grasses fragrant     

         to a lecherous man

         peeping in through the hedge 

                   

桐一葉日当りながら落ちにけり (M39. 1906年

   (kirihitoha hiatarinagara ochinikeri)

    a leaf of paulownia

    fell,

    with the sunlight on it

         

 (10曝書風強し赤本飛んで金平怒る (M41.1908年

      (bakushokaze tsuyoshi akahontonde kinpiraikaru)

      strong a wind at book-exposing,

      a red-covered storybook blown down,

      exposing the hero Kinpira angry  

      

11凡そ天下に去来程の小さき墓に参りけり(M41. 1908年

  (oyosotenkani kyoraihodono chisakihakani mairikeri)

      Under heaven,

      I visited such a tomb 

      as small as I heard of Kyorai.  

        

(12)(13) 霜降れば霜を楯とす法の城 (T2. 1913年

         (shimofureba shimowotatetosu norinoshiro)

         if there is a frost,

         the frost be a shield_

         the temple of laws    

         

(14) 春風や闘志抱きて丘に佇つ (T2. 1913年

        (harukazeya tohshiidakite okanitatsu)

        spring wind_

        I stand on the hill,

        my heart full of fight       

          

(15囀や山かけて売る土地広し (T2. 1913年)

       (saezuriya yamakaketeuru tochihiroshi)

(Translation A)

       running around the hill,

       broad the lot sold_

       chirps of birds

(Translation B)

       broad the lot 

       sold by taking a chance_

       chirps of birds

(Translation C)

       broad the lot

       sold with a hill behind_

       chirps of birds

 (Note)

In this haiku,  "山かけて" (yamakakete) is a pun, meaning "run",  "take a chance", or "hang".

     

(16この後の古墳の月日椿かな  (T2. 1913年)   

      (kononochino kofunnotsukihi tubakikana)

       after this,      

       lasting time of the ancient mounds_

       the camellias   

        

(17) 歌人祭らず俚人ただ祭る社あり (T2. 1913年)

       (kajinmatsurazu satobitotada matsuru yashiroari

       (on Hitomaro death-anniversary)

        a shrine,

       no poets worship it,

       villiagers only worship it      

         

(18) 一つ根に離れ浮く葉や春の水 (T2. 1913年)

     (hitotsuneni hanareukuhaya harunomizu)

     the spring water_

     the leaves float aloof,

     grown from single roots  

                     

(19) 舟岸につけば柳に星一つ (T2. 1913年)

     (funekishini tsukebayangini hoshihitotsu)

     the boat reached a shore,

     there a willow,

     thereabove a star      

    

(20) 秋来ればいつもあはれにきぬたかな (M24. 1894年

      (akikureba itsumoawareni kinutakana)

      autumn has come,

      always pathetic

      'kinuta' fulling

         

(Note)

Click here to see all of the 100 haikus of Kyoshi Takahama.

 

2018年2月10日 (土)

高浜虚子の100句(91~100)(100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi)

(10 HAIKUs of Kyoshi Takahama, translated by Satoshi Kinoshita)

HAIKU is AI: not Artificial Intelligence, but Art of Intelligence, leading to "LOVE". 

Haiku Aids Increasing Knowledge Univerally.

    

(91) 春潮にたとひ櫓櫂は重くとも (S22. 1947)

  (shunchohni tatoirokaiwa omokutomo)

  Even if the oar is heavy

  against the spring tide_    

(Note)

This haiku was made as a tribute to encourage Kyoshi's grand-daughter  (Nakako Bohjoh: 坊城中子) when she entered a nursing school.

The Kyoshi's haikus translated herein are cited from the writings of Toshiki Bohjoh (坊城俊樹:the son of Nakako Bohjoh, that is, a great-grandson of Kyoshi Takahama).

       

(92) 爛々と昼の星見え生え (S22. 1947)

  (ranranto hirunohoshimie kinokohae)

  the daylight star

  looks glaring_

  mushrooms grow    

(Note)

This haiku was made as a farewell tribute to people in Koromo City. They gave mushrooms (=茸)to Kyoshi Takahama for a farewell present. He lived in Koromo for about three years after moving there for refuge from air raid during the war.

The word ’daylight star’ means the sun, because the word ’爛爛(=glaring) is used for describing it. In the case of this haiku, it is possible to express 'kinoko' by either letter of '' or ''. However, the latter was adopted. The letter '菌' can also mean 'germ' when it is read as 'kin'. 

Thus, it seems  that with the cited haiku, Kyoshi Takahama intended to express the whole great nature by referring to the greatest thing ’daylight star (=太陽)’ and the smallest thing 'mushroom (=)'. 

    

(93) 去年今年貫く棒の如きもの  (S25. 1950)

  (kozokotoshi tsuranuku bohnogotokimono)

This haiku was highly appreciated by Yasunari Kawabata (a Nobel winner for Literature).

In this haiku, metaphor as well as inversion is applied.

 (Translation A)

  kozokotoshi

  piercing

  a stick-like thing    

 (Translation B)

  my belief in HAIKU

  piercing kozokotoshi

  like a stick 

 (Translation C)

  time pierces

  kozokotoshi

  like a stick

(Note)

“kozokotoshi” is a kigo (= seasonal word) established by Kyoshi Takahama, referring to New Year, on which yesterday is the last year, and today is this year. Thus, the literal meaning of kozokotoshi is “last-year-this-year”.

Translation A is a word-for-word translation and can be interpreted in various ways. However, “stick-like thing” should be considered as the real subject and a metaphor. In Translations B and C, “my belief” and “time” are added, respectively replacing the word “stick-like thing”. Thus, the kigo “kozokotoshi” should grammatically be taken as the object of “pierce”. Otherwise, this haiku makes nonsense.

In Translation A, if you take “kozokotoshi” as the subject for “pierce”, and “stick-like thing” as the object for “pierce”, then what do you think the “stick-like thing” indicates? Does it make any sense? 

        

(94) 大桜これにかしづき大椿 (S30. 1955)

  (Ohzakura korenikasizuki ohtsubaki)

  a large cherry tree_

  beside it

  a large camellia

  

(95) 蠅叩手に持ち我に大志なし (S31. 1956)

  (haitataki tenimochiwareni taishinashi)

  having a flyswatter

  in my hand

  I have no great ambition

   

(96) 虚子一人銀河と共に西へ行く (S24. 1949)

  (kyoshihitori gingatotomoni nishieyuku)

  Kyoshi alone

  goes toward west

  with the galaxy

  

(97) 我のみの菊日和とはゆめ思はじ (S29. 1954)

  (warenomino kikubiyoritowa yumeomowaji)

  chrysanthimum-bright-day_

  never

  only for me

(Note)

Kyoshi Takahama made this haiku when he received a Cultural Medal (=文化勲章).

    

(98) 悪なれば色悪よけれ老の春 (S28. 1953)

  (akunareba iroakuyokere oinoharu)

  if any vice,

  sensual vice would be better_

  spring of old age

   

(99) 明易や花鳥諷詠南無阿弥陀 (S29. 1954)

  (akeyasuya kachohfuuei namuamida)

  daybreak getting earlier_

  making haiku of nature

  namuamida

(Note)

’kachoh-fuuei’(花鳥諷詠), which was advocated by Kyoshi Takahama, means a typical way of composing haiku based on appriciation of nature including human affairs.

’namuamida’ (南無阿弥陀)is Buddhist chanting words of sutra, which mean ’I believe in Amitabha'.

   

(100) 独り句の推敲をして遅き日を (S34. 1959)

  (hitori kunosuikoh-o-shite osokihio)

  alone,

  elaborating haikus_

  lengthening days of spring

      

Click here to see back numbers (81~90).

  

2018年2月 7日 (水)

俳句の鑑賞 <「節分」・「豆撒」・「豆まき」>

Cimg5903_2

今年の節分(2月3日)は土曜日なので親子で「豆まき」を楽しむ家族が多いでしょう。ウイキペディアの解説によると、豆まきの「掛け声」の習慣は地域によって様々です。成田山新勝寺真言宗総本山智積院など、節分会に「鬼は外」は言わず、「福は内」のみ唱える寺もあります

   

・福は内はばかり声で鬼は外 (薫風士)

・福は内はばかりながら鬼も内 (薫風士)

これは前座(チュヌの主人)の俳句です。2句の中どちらの俳句の方に共感されますか? 

歳時記などから気の向くままに抜粋・掲載させて頂きますが、季語(青色文字)をクリックして他の俳句もご覧下さい。

   

「歳時記」・節分1

・節分の明けて雀の旗日かな (中村房枝)  

・節分会警官鬼の道あける (長谷川登美)

・コンビニの節分コーナー笑顔鬼 (岩松八重)

「歳時記」・節分2

・節分を過ぎても今年雀見ず (大坪景章)

・節分やうぶな青鬼赤くなる (八木健)

「歳時記」・豆撒

・病室に豆撒きて妻帰りけり (石田波郷

・豆撒の日は残業をするなと子 (稲畑廣太郎

    

節分と豆まきの俳句(575筆まか勢

・二三日掃けば出てくる年の豆 (稲畑汀子

・節分の豆少し添へ患者食 (石田波郷

  

季語が節分の句(増殖する俳句歳時記

・恐るべき年取豆の多きかな (木村たみ子)

   

2018年1月10日 (水)

俳句・HAIKU by L. P. Lovee (9) <去年今年・kozokotoshi>

  

Cimg5652

・貫かむ八十路の夢を去年今年

(tsuranukan yasojinoyumewo kozokotoshi)

kozokotoshi_

I’ll accomplish

my dreams of age of eighty

  

   

  

去年今年5・7・5を口遊み

(kozokotoshi goshichigowo kuchizusami)

enjoying

haiku of 5-7-5_

last-year-this-year

 

(Note)

“kozokotoshi” is a kigo (= season word made by Kyoshi Takahama) referring to New Year, since on the first day of January, yesterday is the last year, whereas today is this year.

Kyoshi's famous haiku in question "kozokotoshi tsuranukubohno gotokimono" is translated by L. P. Lovee as follows:

 

(Literal translation)

kozokotoshi_

something piercing

like a stick

    

(Translations reflecting Kyoshi's intention as assumed by L. P. Lovee)

(A)

my belief in HAIKU

pierces last-year-this-year through,

like a stick piercing something

 

(B)

time passes

piercing kozokotoshi

like a stick

   

It seems that Kyoshi intended to express two meanings by omitting the subject in the Japanese original haiku in question. 

To really appreciate Kyoshis Haiku, it is essential for a reader to understand the original haiku in Japanese. 

See http://knt73.blog.enjoy.jp/blog/2017/02/post-01d8.html

(日英バイリンガル俳句を楽しむ <高浜虚子の俳句「去年今年」>)

   

2017年12月10日 (日)

俳句の作り方 <見たこと・感じたことを5・7・5で口ずさむ>

    

「口ずさむ」は「口遊む」と書きます。

俳句上達のポイントは、ともかく何でも見たこと・感じたことを「5・7・5」で口ずさみ、言葉遊びを楽しみながら「5・7・5のリズム」を身に付けることにあるでしょう。

ここをクリックして「俳句の作り方 <5つのポイント>」をご覧下さい。

俳句に興味のある方はここをクリックして「俳句を楽しもう!(フラワータウンカレッジ講演の要旨)」をご一読下さい。