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2019年7月

2019年7月31日 (水)

俳句雑感(5) 季語とは何か? <「西瓜」と「西瓜割」>

 

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俳句は川柳ほど人気がないのが現状です。

俳句を作らない人々の大抵は「季語が難しい」と思っているようです。次のことがその原因でしょう。

  

歳時記を金科玉条にして、「『西瓜割』は夏の季語だが、『西瓜』は秋の季語である。」などと素人には訳の分からないことをいう著名な俳句の先生がいるからではないでしょうか?

  

当初の季語は旧暦(陰暦)の四季に基づいて分類されていました。その季語が新暦(太陽暦)の四季(立秋は新暦8月7日頃)に当てはめられたことが混乱を生じて、更に季語を難しくしているのでしょう。このことは、季語の本来の価値を損なっていると思います。

   

「『夏の季語』で俳句を作りなさい。」と言われ、普通の人は「西瓜」は夏に食べるのが美味しいと思って、「西瓜」の俳句を作ると、「『秋の季語』だからダメです。」などと言われて面喰い、不信感を抱いたり、俳句嫌いになったりするのではないでしょうか?

  

「俳句は自分が自然を見たまま、感じたままに素直に5・7・5にすれば良い。」ということが大原則でしょう。

  

俳句を作っているうちに、自然に「季語」の「取り合わせの妙」が分かってくるものです。俳句の食わず嫌いの方には、自分の感性を信じて、歳時記の分類に捉われることなく、自然を見たまま、感じたままに、気軽に俳句を作り、俳句の面白さ・楽しさを知ってほしいと思っています。

   

冒頭の写真はカラー図説日本大歳時記(夏)の「西瓜割」の解説ページの一部です。「西瓜」は、日本大歳時記(秋)に掲載されていますが、解説の最後に、「西瓜は普通秋の部に分類されるが、現実には夏のものである。」との記述があります。

合本現代俳句歳時記角(川春樹編)でも、西瓜は「秋の季語」として掲載されています。

きごさい歳時記」(5,000季語の検索)では、「『西瓜割』は晩夏、『西瓜』は初秋』」に分類されています。

このことから解るように、歳時記は編集者によって季語の取り上げ方が異なります。いずれの歳時記にせよ、絶対視せず、実際の自然の観察を優先して俳句を作るのが本来の俳句の作り方でしょう。

  

上記の考えに異論のある俳句の先生がおられたら、後学のためにご意見を頂けると幸いです。

なお、「[俳句を詠む、季節の言葉を知る] おすすめの歳時記ランキング10選」というサイトがありました。ここをクリックしてご覧下さい。

 

2019年7月29日 (月)

(まんぽ俳句) 「ゴルフ」(季語と自然)

  

Click here to see “Bashō's haiku in Japanese and English by L. P. Lovee”

  

Img_4572ゴルフ駆り梅雨に負けじゴルフ場

  

(これは車の「ゴルフ」とスポーツのゴルフを掛けた川柳もどきの駄洒落俳句ですが、「梅雨」を「雨」に変えると、まさに川柳になります。

    

・雨催ひグリーンの頭上夏燕

  

 (「」は春の季語なので「夏燕」と表現しましたが、燕はやはり雨が好きなのか、先日も雨の降る前に庭に飛んで来るのを見かけました。)

   

・ワンオンのボールを見れば留まる

  

 (「虻」は春の季語ですが、久しぶりのワンオンが珍しいのかボールに留まっていました。これは冗談ですが事実です。歳時記の季語にあまり捉われないで見たままの自然を気軽に詠むのが良いと思っています。

   

・梅雨晴れ間はや蜻蛉飛ぶゴルフ場

   

 (蜻蛉」は秋の季語ですが、ワンオンを祝うかのように、飛び交いました。)

  

五月雨に二度もワンオン晴れ男

  

 (「五月雨」は夏の季語です。五月雨と言えば、芭蕉の有名な俳句「五月雨を集めて早し最上川」を思い浮かべますが、「健康管理の月一ゴルフ」をしている薫風士にとっては、「二度もワンオン」とは久しぶりの快挙で、臆面もなく駄句を口ずさみました。)

  

・道に立つ候補者を打つ梅雨の雨

   

 (市会議員候補者が帰路の道で支持を訴えていました。)

  

7月21日は参院選挙でした。雨にも負けず投票に行った方も多いと思いますが、西日本は当日の豪雨の影響で投票率が下がったのかもしれません。

  

これから憲法改正論議が高まると思いますが、政治家には平和を守る憲法の大原則とは何かを真摯に考えてほしいと思います。特に、与党議員には平和憲法に基づく象徴天皇の民主主義体制を堅持する努力をしてほしいものです

  

日本の政治家のみならず、アメリカのトランプ大統領はじめ世界の政治指導者にも、日本国憲法の前文を冒頭から下記の最後まで、是非読み返してほしいものです。特に、最後の「日本国民は」を「わが国民は」と読み替えて、自国の政治姿勢を反省してほしいと思っています。

  

「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」

  

この薫風士(L.P. Lovee)の思いを皆さんでシャエアして発信して頂ければ有難いです。

  

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 写真はクリックすると拡大します。最後の写真に有馬富士が写っています。

2019年7月27日 (土)

(まんぽ俳句) 「梅雨明け」「溽暑」「汗」

    

近畿地方の今年の梅雨明けは、昨年より15日遅い7月24日でした。

            

梅雨明け水都灯りを飲み会へ

   

・飲み会を終へて溽暑御堂筋

   

・夕灯土佐堀川風涼し

 

梅雨明け水都の夕灯クルーズ船

   

・飛び乗れば女性車両や玉の

  

上記の俳句は薫風士の即興句です。「灯り」は「あかり」、「夕灯」は「ゆうともし」または「ゆうひ」と読んで下さい。このように俳句では「5・7・5」のリズムを整えるために漢字の組合せによって様々な読み方をすることがあります。

最後の俳句は川柳もどきですが、「飛び乗れば女性車両で冷汗に」とすれば正に川柳になります。

俳句も川柳も、日本の伝統的庶民文芸「俳諧」が現代も生きる世界の庶民文芸として、世界遺産に登録されることになればうれしいのですが・・・

 

       

  

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2019年7月25日 (木)

(まんぽ俳句) 「あめんぼ」・「水黽」・「水馬」

    

To enjoy HAIKU in English, click the following titles:

Farewell haiku of Ransetsu” and Photo Haiku Collection (Trip to Europe)

    

散歩をしていると遊歩道の水溜りに水黽(あめんぼ)がいました。この水溜りは「まんぽ俳句文法」で写真を撮ったのと同じ個所にありました。

「あめんぼ」は「みずすまし」・「水馬」(あめんぼう)などとも言います。ただし、「みずすまし」は「水澄」と書く場合は別の虫(舞舞虫)です。いずれにせよ夏の季語です即興句と写真を掲載します。ご参考になれば幸いです。

     

・水溜り光るを見れば

  

・遊歩道あめんぼ遊ぶ水溜り

  

・水黽の雲に乗る如水溜り

  

水すまし散歩の帰路は失せてをり

   

あめんぼの失せて虚ろや水溜り

   

花と緑の街」を「まんぽ」しながら俳句を口ずさんで、体と頭の活性化・健康維持に努めています。

  

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2019年7月22日 (月)

(まんぽの俳句と写真) 「合歓の花」

  

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老鶯の音に仰ぐ木に合歓の花

  

・大木にひそと咲きたる合歓の花

  

合歓の花散りし石段薄模様

  

・振り返り園見下ろせば合歓の花

  

投票へ散歩の道や合歓の花

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2019年7月16日 (火)

「貴船神社」と「川床」(吟行俳句・写真集)

Click here to see “Bashō's haiku in Japanese and English by L. P. Lovee”

       

7月8日の朝の天気予報によると梅雨晴れが一日は期待できそうだったので、急に思い立って京都の貴船に吟行に行きました。月並ですが、薫風士の吟行俳句と写真を掲載します。

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 京阪電車・京橋駅ホームにて) 

  

・梅雨晴間ホームに立ちし旅心

  

  

  

「川床」は貴船では「かわどこ」と呼ぶそうですが俳句では「ゆか」と読み、「夏の季語」です。

 

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7月8日は貴船神社の「水まつり」や「星祭」があり、和服姿の若い女性をよく見かけました。    

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叡電・貴船口駅にて)  

   

・降り立てば貴船の瀬音風涼し 

   

    

  

(真真庵にて) 

  

貴船川草履の並ぶ川床座敷

  

・貴船てふ地酒も美味し川床料理

  

冷やし酒鴉は岩で清水飲み

  

写真をよく見れば、黒っぽい大きな岩の間で鴉が水を飲んでいるのがわかるでしょう。)

    

河鹿なく高き瀬音や箸を置く

  

(河鹿のきれいな鳴き声を始めて実際に聞きました。)

 

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 貴船神社にて)

   

・本殿へ登り詰めたる老の汗

  

星祭る貴船の馬像白と黒

   

・向ひ合ふ馬像の由来梅雨の晴

 

みずうらや浮かぶ大吉青葉風

  

  

  

(帰路の叡電で)

  

梅雨晴の貴船の一日惜しみけり

  

  

俳画や写真俳句において、俳句と画像の付き過ぎは良くないとされていますが、吟行俳句を作る参考になればとの思いから、即興句とその情景の写真を掲載しました

  

(注)青色文字をクリックすると、関連の解説記事をご覧になれます。

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2019年7月13日 (土)

(まんぽ俳句文法) 「片陰」<口語と文語>

  

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A)片陰を辿り訪ねた丘の街 

(B)片陰を辿り訪ねし丘の街

(C)遊歩道片陰光る水溜り

(D)片陰に移ろう光水溜り

(E)片陰に移ろふ光水溜り

 

(A)の「訪ねた」は口語で散文的に響きますが、

(B)の「訪ねし」は文語で詩的な響きがあり、俳句としては(A)の方がよいでしょう。

(C)は文語・口語の違いはありません。

(D)の「移ろう」は口語(現代仮名遣)、(E)の「移ろふ」は文語(旧仮名遣)です。(D)の場合、「水溜りの光が移ろう」のか「作者が片蔭に移ろう・移動しようとしているのか」曖昧になりますが、(E)の場合は、「水溜りの光が移ろうこと」を詠んでいることが明瞭です。

このように、旧仮名遣にはそれなりのメリットがあります。

なお、広辞苑などの辞書には現代仮名遣の後に旧仮名遣が付記されているので簡単に確認できます。

「片陰」の俳句に興味があればここをクリックするとご覧になれます

  

ちなみに、前回の「まんぽ俳句」に掲載した紫陽花の俳句

梅雨晴れ間垣根溢れる額の花」は口語俳句ですが、

文語俳句にすると梅雨晴れ間垣根溢るる額の花」となります。この俳句は、現に見ている情景なので、「梅雨晴れ間垣根溢れし額の花」としてはいけません。

俳句上達のコツは、ともかく見たこと感じたことを5-7-5のリズムに表現し、そのリズムを身に付けることです。必要なら後で推敲すればよいのですから・・・。

2019年7月12日 (金)

(まんぽ俳句)「紫陽花」と「七夕」・「梔子」

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近畿地方の今年の梅雨入りは昨年より21日も遅い6月26日でした。 今年は梅雨明けも昨年より大分遅くなりそうです。

梅雨の身近な花は紫陽花です。 

・梅雨晴れ間垣根溢れる額の花

  

梅雨晴れの漫歩(万歩)や買い物の途次に口ずさんだ即興の「まんぽ俳句」を掲載します。

ここの校区(小・中学校)では毎月25日を「にこにこデー」にしています。子供たちの通学の安全を見守ってやりたいものです。  

・紫陽花も垣より笑顔「にこにこデー」

   

昨年の七夕は雨に祟られましたが、今年は幸い晴れに恵まれました。

・スーパーの星祭にも願い書き

   

梔子は花の盛りが過ぎたので鮮やかな写真を撮ることはできませんでしたが、雨模様の雲行きで、晴れた日より強い香りがしていました。

・雨催い梔子匂う遊歩道

  

このブログ「まんぽ俳句」は、口語俳句も試作しながら「仕事に追われている若い世代の方々も、定年後には日本の伝統的庶民文化である俳句を気軽に作って余生を楽しんでほしい」との思いで書いています。   

(青色文字をクリックすると歳時記や関連の記事をご覧になれます。)   

2019年7月 6日 (土)

芭蕉300句の英訳チャレンジ:「木下闇」(30/300)

  

須磨寺やふかぬ笛きく木下やみ

  (sumadera-ya fukanu-fue-kiku koshitayami)

  

(A)

in sumadera

i heard the unblown flute sing

in the trees’ deep shade

  

(B)

Suma temple_

hearing the unblown fife,

in the dark of trees’ shade

  

(A) 575訳、(B)はLovee訳です。

切れ字の「や」は(A) には訳出されていませんが、(B) では句読点「_」で表しています。固有名詞はhaikuでも「Suma」のようにを大文字にする方が句意がわかりやすいでしょう。

A)のように主語の「I」を小文字にするのは賛成しかねますし、原句に無い「我・吾・われ」を「翻訳haiku」で「I」として補充するのは無用です。(A) は、「in ---i---in」と韻を考慮したのかもしれませんが、句意が誤解される恐れが無い限り、前置詞は補充しない方が良いでしょう。俳句は省略の文学であり、その解釈を読者に委ねることが面白さの一面です。

いずれにしろ、須磨寺の逸話(平敦盛のこと)を知らない限りこの俳句の良さは理解されないでしょうが、英語俳句の作成や翻訳の参考になれば幸いです。

ちなみに、「木下闇」は夏の季語です。

 

(注)青色文字(冒頭の「須磨寺や・・・」など)をクリックすると、解説記事(「笈の小文」など)をご覧になれます。

なお、次回からはLovee訳のみを掲載し、折に触れて他の翻訳を参考に掲載させて頂きます。  

 

  

  

2019年7月 4日 (木)

芭蕉300句の英訳チャレンジ:「雲の峰」(29/300)

    

湖や暑さを惜しむ雲の峰 

  (mizuumi-ya atsusa-o-oshimu kumo-no-mine)

   

(A)

high over the lake

missing the heat of summer,

soaring peaks of cloud

 

(B)

the lake_

missing the summer heat,

the soaring peaks of cloud

  

(A) 575訳、(B)はLovee訳です。(A) は「high over」を追加し英詩的に巧みな翻訳をしていますが、音節よりも原句の言葉・句意を尊重して翻訳した(C)の方が簡潔で俳句らしいでしょう。

 

なお、冒頭の青色文字(「湖や・・・」)をクリックすると、掲句について「笈日記」の解説記事をご覧になれます。

 

2019年7月 3日 (水)

芭蕉300句の英訳チャレンジ:「夏草」(28/300)

      

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夏草や兵どもが夢の跡

 (natsukusa-ya tsuwamonodomo-ga yume-no-ato)

 

   

(A)

the summer grasses;

of warriors’ ambitions

all that now remains

 

(B)

summer grasses---

all that remains from the dreams

of brave warriors

 

(C)

the summer grasses:

the remains of 

warriors' dreams

   

(A) は575訳、(B) はAddiss訳で4-7-5音節、(C) はLovee訳です。

(C) は動詞を用いず、5-4-4音節の簡潔な翻訳です。

コロン(:)は「すなわち」の意味を表す句読点です。切れ字の「や」には「_」がよく使われますが、この句の場合は「:」が良いと思います。

  

   

2019年7月 2日 (火)

芭蕉300句の英訳チャレンジ:「蝉の声」(27/300)

    

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やがて死ぬ けしきは見えず 蝉の声

 (yagate-shinu keshiki-wa-miezu semi-no-koe)  

 

(A)

they will die so soon,

yet there is no thought of it

in cicadas’ songs

 

(B)

showing no signs

that they will soon die---

cicada voices

  

(c)

the voices of cicadas_

so brisk,

with no signs of soon dying

 

(A) 575訳、(B)はStephen Addiss訳、(C)はLovee訳です。C)の翻訳は、動詞を用いている(A)や(B)の翻訳より簡潔(7-2-6音節)で俳句らしいでしょう。

  

2019年7月 1日 (月)

芭蕉300句の英訳チャレンジ:「朝顔」(26/300)

    

僧朝顔幾死にかへる法の松

  (sō-asagao ikushinikaeru nori-no-matsu)

  

(A)

monks and morning glories,

dying again and again;

the dharma pine tree

  

(B)

monks and morning glories

generations of dying to return_

the dharma pine tree

  

(A) は575訳、(B) はLovee訳です。

芭蕉300句の英訳チャレンジ:「蝉のから」(25/300)

   

・梢よりあだに落けり蝉のから

(kozue-yori adani-ochikeri seminokara)

  

(A)

out of a treetop

it was emptiness that fell

a cicada shell

 

(B)

out of a treetop

fruitlessly fell,

a cicada shell

    

(A) 575訳、(B)はLovee訳です。

この俳句の句意のポイントは「あだに落ちる」、すなわち、「落ちても芽は出ない」ということですから、散文的な(A) の表現より(B) の「fruitlessly」の方が俳諧味が出ると思います。

  

芭蕉300句の英訳チャレンジ:「夏木立」(24/300)

      

木啄も庵はやぶらず夏木立

  (kitsutsuki-mo io-wa-yaburazu natsukodachi)

 

(A)

even woodpeckers

do not harm this little hut

among summer trees

 

(B)

even woodpeckers

do not harm the hut_

summer trees

  

(A) は575訳、(B) はLovee訳です。(A)の形容詞や前置詞「among」は俳句の簡潔さを損ない、散文的・説明的になるので無用です。