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2019年8月

2019年8月31日 (土)

「法師蝉」と「蜩」

  

法師蝉終日鳴くや丘の街

かなかなに鴉の遠音微睡みぬ

 

薫風士の前座俳句の青色文字(季語)をクリックして、歳時記(俳誌のサロン)の俳句をご鑑賞下さい。

法師蝉」(=「ツクツクボウシ」)と「」(=「かなかな」)は、種類の違う蝉の一種ですが、いずれも秋の季語です。

    

俳句雑感(6)季語と切れ字 <「猛暑日」と「立秋」>

   

Click here to see Bashōs haiku in English.

  

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・梅雨明けは猛暑日なりし七月尽

    

tenki.jpによると、731日に東北北部も梅雨明けとなり、日本列島は猛暑日となりました。

  

掲句は、強いて俳句と言うなら、話題提供の「報道俳句」です。

この俳句は「梅雨明け」「猛暑日」「七月尽」と季語が3つあり、一般的な俳句ではありません。「猛暑日」は2007年以降に用いられるようになった言葉なので私の歳時記には有りませんが、季語として扱うべきでしょう。

  

・猛暑日や熱中症孤独死

  

この俳句は世相を表す川柳にする方が相応しい内容です。伝統俳句の「梅雨明け」の例句はここをクリックしてご覧下さい。

   

立秋や名のみの秋の猛暑かな

 

この俳句は二つ「切れ字」(詠嘆の「や」と「かな」)があり、季語も三つありますので、一般的には「ダメ俳句」として批判されるでしょう。しかし、「はや立秋になったんだ」という感慨と、「それにしても猛暑だな」という二つの感慨を共に表す俳句として是認してくれる俳句の先生が居てもよさそうですが、いないのでしょうか?  

  

今年の立秋88日ですが、天気予報によると未だ「猛暑日」や「真夏日」が続いています。

このように、実際の季節感と歳時記の季語にずれがあるのは、陰暦(旧暦)に基づいていた二十四節気が太陽暦(新暦)に当てはめられた結果ですが、地球温暖化による異常気象の影響も無視できないでしょう。

   

余談ですが、中国やインド、米国、ロシアなどの人口巨大国が率先して温暖化対策を促進しなければ、将来の地球環境はどうなっていくのか心配なことです。

世界の指導者として、米国トランプ大統領には大いに反省して頂きたいですね。トランプ大統領は「積み木崩しゲーム」の崩すことばかりやっているような気がします。 

トランプ大統領とその取り巻きは、世界の緊張が高まり、米国の軍需産業が繁栄すれば良いと、「アメリカ・ファースト」を唱道しているのでしょうか?

  

国際条約を簡単に反故にする風潮が蔓延ると、平和な世界の秩序が維持できなくなります。次の選挙では、米国市民が世界のリーダーとして相応しい大統領を選ぶ良識を発揮してくれることを祈るばかりです。

  

日本の政治家もしっかりしてほしいものですが、

トランプに振り回される世界かな」と、

庶民は、憤懣やるかたなくても、川柳を口ずさみ、ぼやいているしかありません。

   

最後の写真は日本伝統俳句協会8月の俳句カレンダーの一部です。

写真をクリックして拡大し、掲載された俳句をご覧下さい。

短冊句の「玻璃」は「ガラス」の意味です。稲畑廣太郎氏のこの句は秋めいた景色が丸ビルの窓ガラス越しに見えたことを詠んだのでしょうが、ガラス窓に映っている初秋の情景を詠んだものかもしれません。

  

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2019年8月30日 (金)

俳句の助詞 : 「の」と「を」

   

昼寝から目覚めて法師蝉の声を聞きながら、

「575筆まか勢」の「蜩の俳句」を読んでいて、

「かなかなの声のはるかにはぐれ鹿 (鷹羽狩行)」

が目にとまりました。

作者は、蜩の声を聞きながら、遠くに見えた一匹の鹿をこの俳句に詠んだのだと思います。

この俳句の「声の」を「声を」に変えて、

「かなかなの声をはるかにはぐれ鹿」

にすると、作者は鹿の傍で蜩の遠音を聞いていることになるでしょう。あるいは、そのょうな心象風景を詠んだ俳句とも解釈できます。

「俳句では『の』を使うと詩的になって良い」と言われます。

そのとおりですが、闇雲に「の」を使うのではなく、

自分の居る場所と俳句に詠む対象との位置関係などを考慮して、

「と」「に」「の」「へ」「や」「を」など、

助詞の使い分けをすることが大切でしょう。

ちなみに、「法師蝉」と「」は別の種類の蝉です。

助詞の使い方の一端を述べましたが、ご参考になれば幸いです。  

  

2019年8月27日 (火)

「朝霧」・「霧」

  

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朝霧にラジオ体操日を仰ぎ (薫風士)

  

今朝は霧の立ち込める中で、薄明るい朝日を仰ぎながらラジオ体操をしました。

  

そこで俳誌のサロンの歳時記から霧を詠んだ俳句を抜粋・掲載させて頂きます。

   

・朝霧や今日の天気をうたがはず (山咲和雄)

・朝霧の真白きに浮く有馬富士 (西村純一)

・朝霧の奥より現るるバスを待つ (石田きよし)

    

霧1

・夜の霧の深きことのみ云ひ別れ   (本橋愛子)

   

霧2

・那智谷の霧吹上ぐる瀧見台 (藤谷紫映)

   

霧3

・霧晴れて指呼に見えたる槍ヶ岳 (伯井茂)

  

霧4

・霧切れて山小舎近し星鴉 (伊藤いな栄)

   

霧5

・遠く鳴くいかるの声も霧の中 (小島三恵)

  

霧6

・吹かける霧にむせけり馬の上 (一茶

   

霧7

・吉野川覆ひ隠して霧流る (鈴木蕗子)

  

霧8

霧茫々現はれ消ゆる牛の貌 (長谷川史郊

  

霧9

・峻嶮を駈けたる霧の早さかな (桑田青虎)

  

霧10

・人声の遠くに霧のかくれ里 (長沼三津夫)

  

霧11

・来て見れば霧の摩周湖視界零 (筏愛子)

  

霧12

・ミュージカルはねて大都の霧を吸ふ (泉田秋硯)

  

霧13

・海峡に汽笛往き交ふ霧月夜 (石本秋翠)

  

霧14

・丹波路は海の底めく霧の朝 (倉橋あつ子)

 

霧15

・霧霽れてスカイツリーの伸び上がる (稲畑廣太郎

   

2019年8月25日 (日)

(まんぽ俳句) 「爽やか」・「虫の声」・「法師蝉」

    

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今年の夏の全国高校野球大会履正社(大阪)が星稜(石川)を下し、初優勝をしました。  

炎天下の全国高校野球大会が終わると、猛暑熱帯夜から解放され、昼間は真夏日ですが朝晩はめっきり涼しくなり、「夜の秋」(夏の季語)がピッタリします。 

     

薫風士の「初秋」の「まんぽ俳句」を3句掲載しますが、各季語をクリックすると歳時記俳誌のSalon)の俳句をご覧になれます。

   

爽やかラジオ体操影伸ばし  

虫の声今朝の体操終へし帰路   

・うたた寝の気怠き目覚め法師蝉

 

今朝は体操の帰りに小学校の校庭の土手から虫の声が聞こえました。昼間は賑やかだった蝉の声が聞こえなくなり、ツクツクボウシが頻りに鳴きだしました。

 

2019年8月20日 (火)

俳句雑感(7) 金子兜太の「炎天」の俳句について

     

炎天下」の甲子園における高校野球全国大会NHK・TVで観戦しながら、「炎天」の俳句を作ろうとして、ふと金子兜太の次の有名な俳句のことを思い浮かべました。

  

水脈の果炎天の墓碑を置きて去る

  

この俳句は5・8・5の破調です。

一般的に、俳句の「中七」の字余りは良しとされません。

しかし、この俳句を、例えば、「水脈の果炎天の墓碑置きて去り」とか、「炎天の墓碑置き去りし水脈の果」、「戦友の墓碑炎天の水脈の果」などと、5・7・5の定型に収めると破調のインパクトが無くなり、作者の痛恨の思いを表現しきれない気がします。

 

このように、俳句の内容によっては破調にする方が効果がありますが、安易に破調にすると散文の断片に過ぎない片言になります。破調にするにはそれなりの必然性がなければなりません。一般的な作句では定型を守るのが無難で良いと思います。

 

ちなみに、金子兜太の長崎の被爆を詠んだ有名な現代俳句湾曲し火傷し爆心地のマラソン」は、歳時記「炎天」の一茶の俳句にある言葉を借りて言えば、日本語の俳句の概念からは「とっぱづれ」しています。

この俳句は、破調の最たるものであるばかりでなく、現在盛んになっているマラソンの印象が強く、被爆者が黒焦げになって即死したり、悶え死んだり、逃げ惑ったりした悲惨な状況を想起させる名句として納得するにはやや抵抗を感じます。この俳句は、「軽み」を特徴とする俳句の分際で被爆や被災など悲惨な状況・重い題材そのものを詠むには無理があること・俳句の限界の証になるでしょう。

  

貴方の印象は如何でしょうか?

 

ところで、8月19日は「俳句の日」です。俳句愛好家が増えることを願っています。

     

2019年8月17日 (土)

(まんぽ俳句) 今朝の庭クマゼミも来て賑々し

     

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・一木に空蝉五つ蝉時雨

  

この俳句は夏の季語が二つ(「空蝉」と「蝉時雨」)あり、「季重なりである」と批判されそうですが、蝉の殻が一本の木に5個もあるのが珍しいばかりでなく、蝉時雨の強さが強調されて良いと思って、季重なりを気にせずに詠んだものです。

  

最近はアブラゼミ(油蝉・鳴蜩)が多くてクマゼミ(熊蝉)を見かけることは少なかったのですが、今朝は遊歩道の木にも熊蝉や油蝉が賑やかに鳴いたり鳴き止んだりして、正に蝉時雨でした。まだ夏たけなわの猛暑ですが、暦や歳時記の上では既に「秋」です。

   

ところで、伝統俳句系の俳人に多い考えかどうか知りませんが、「俳句にカタカナを使うのは良くない。なるべく漢字を使え。」といわれます。

日本語として漢字のある言葉は漢字で表現するのが当然ですし、短冊に俳句を書く場合など、カタカナよりも「漢字」や「ひらがな」の方が適しています。

しかし、このタイトルの俳句の場合は「今朝の庭熊蝉も来て」とか「今朝の庭くまぜみも来て」と表現するより、「クマゼミも来て」とカタカナ表記にするほうが、見た目に分かり易くてインパクトが有り、よいと思いました。

  

あなたなら、どうされますか?

 

   

2019年8月16日 (金)

815祈り繋がむ終戦日

  

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タイトルの俳句は薫風士の川柳もどきの「標語俳句」です。

「815」は広島に原爆が投下された815終戦日815を意味します。

  

今年の終戦日は猛暑大型の台風10号・豪雨に見舞われそうです。被害が少ないことを祈るばかりです

  

天災は甘受せざるを得ませんが、英知を集めて災害を最小限に食い止める努力が必要です。災害が発生した際には自衛隊の救助活動によって多くの人命が救われています。

自民党の草案にある憲法改正(天皇を元首とする国家主義により自衛隊を軍隊にして戦争に駆り出す羽目になる改悪)は阻止しなければなりません

  

終戦記念日を迎え、平和のありがたさを再認識しています。

まやかしの政治を繰り返させないように、次の選挙では一歩踏み込んでよく考えて投票するようにしましょう。  

    

2019年8月14日 (水)

869祈り繋ぐか原爆忌

   

Click here to see Bashōs haiku in English.

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タイトルの俳句は広島平和記念式典をテレビで見ながら薫風士が広島忌と長崎忌を口ずさんだタイトル俳句です。

   

「869」は、広島の被爆194586日午前815分)と長崎の被爆89日午前112分)を意味します。

  

   

      

・忘れまじ815の炎天

   

・815祈り繋がむ終戦日

  

上の2句は薫風士の川柳もどきの「標語俳句」です。

「815」は広島に原爆が投下された815終戦日815を意味します。今年の終戦日は猛暑大型台風に見舞われそうですが、被害が少ないことを祈るばかりです

  

・その悲惨俳句に詠めぬ原爆忌

    

俳句は片言ですから、戦争や原爆の悲惨さは到底詠むことはできませんが、考えるきっかけにはなります戦争の悲惨さを体験した世代の生存者は年々減少し、いずれ戦争を知らぬ世代ばかりになります。

     

語り継ぐ五才の記憶原爆忌 (末廣紀惠子

 

原爆の阿修羅忘れず敗戦忌 (泉田秋硯

  

原爆忌語り部たちの老い姿 (桂敦子

     

戦争犠牲者のご冥福・核兵器廃絶世界平和の祈りは永遠に続けなければならない思います

核兵器の廃絶は現実には出来ないにしても世界の人々がこの祈りを続け、いずれの分野においても、世界の指導者が「寛容の精神」をもって世界の融和・核軍縮の努力をすれば、戦争の勃発や核兵器の使用を未然に防ぐことは可能でしょう。

米国はじめ世界の現状はこのような庶民の願いを十分に反映せず、逆行しているのは悲しいことです。

しかし、一人ひとりの小さな力でも、世界の人々があきらめずにコツコツと結集すれば、大国をも動かすことは出来るでしょう。

この思いを皆さんがシェアしてくれることを祈っています。

     

原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫あゆむ (金子兜太

   

上記の俳句4句は歳時記(俳誌のSalon)から抜粋・掲載させて頂きました。) 

   

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2019年8月 3日 (土)

(まんぽ俳句) 「蝉」「空蝉」「蝉時雨」

  

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・早朝の丘を万歩や蝉時雨

  

老鶯も時に声あげ蝉しぐれ

  

季語が二つになっても、句意を明瞭にして、情景をありのままに詠めば良いと思っています。

  

  

空蝉を数へつ漫歩幼子と

   

・伸ばす手に飛び去るのしっこかな

   

・木漏れ日の西に傾き法師蝉

   

法師蝉は秋の季語に分類されていますが、深田公園などでもう鳴き始めました。

  

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