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2019年2月

2019年2月28日 (木)

「探梅」・「観梅」の俳句と写真

   

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この路を我等が行くや探梅行

(高浜虚子 53歳、昭和2年1927) 

   

・探梅に神戸岡本訪ねけり 

探梅や駆け行く幼追ふ老躯

薫風士

   

神戸の岡本梅林公園の梅見観梅)をして撮った写真と即興句2句(薫風士)を掲載しましたが、岡本梅林公園の由来・行事や写真はここをクリックして「梅祭実行委員会」のHPをご覧下さい。 

   

(青色の文字をクリックすると、関連のリンク記事をご覧になれます。)

  

歳時記俳誌のサロン)から「探梅」の俳句を抜粋・掲載させて頂きます。    

一輪に探梅心芽生えけり (稲畑廣太郎

・水音の奥へ奥へと探梅す (神蔵器)

・探梅やここまでくればあきらめも (平子公一)

・一人づつ増えて探梅らしくなる (中原道夫

・梅探しゐるポケットにワンカップ (川端俊雄)

・これほどの坂とは知らず探梅行 (館容子)

・人のあとばかり歩いて探梅行 (吉原一暁)

・探梅やたどる山路の暮れそめて (浅井美子)

・探梅行帰路の大きな夕日かな (川井政子)

・よき地酒あり探梅もそこそこに (安陪青人)

  

上記の一連の例句を読むと、昔の人々が連歌俳諧を楽しんだことが分かるような気がします。

「『俳句の面白さ・楽しさ』を多くの人々が知り『俳句の輪』を広げてほしい」と思っています。

我田引水ですが、高浜虚子もこのような思いで冒頭の俳句「この路」を詠んだのではないでしょうか?

「この路」の俳句を日本の進むべき道の比喩であると解釈し、「八月の俳句に思うこと」と合わせて読むと、「高浜虚子は俳句を通じて平和を希求していた」と言えるでしょう。 

俳句(俳諧)の世界遺産登録運動の草の根運動の一助になればとの思いでささやかなブログを書いていますが、この思いを皆さんがお友達とシェアして頂けると望外の喜びです。

          

2019年2月24日 (日)

高浜虚子と金子兜太

    

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2月20日は「鳴雪忌」ですが、金子兜太の一周忌です。2月22日は高浜虚子の生誕の日です。

「虚子」といえば「客観写生」、「兜太」といえば「平和の俳句」です。

金子兜太の師系は、水原秋櫻子に師事した加藤楸邨人間探求派です。

秋櫻子は虚子に師事しましたが、「客観写生」の理念に飽き足らず離反し、そのことが新興俳句運動の契機になりました。

   

(青色文字をクリックすると俳句の解説などリンク記事をご覧になれます。)

   

高浜虚子の例句)

    ・春風や闘志抱きて丘に佇つ (1913年

   (注)河東碧梧桐自由律俳句)への対抗表明の句です。

  ・遠山に日の当りたる枯野かな(客観写生)

    ・去年今年貫く棒の如きもの (棒とは何か

    時ものを解決するや春を待つ (1914年

  ・大寒の埃のごとく人死ぬる 1941年(昭和16年

    ・春の山屍を埋めて空しかり (1959年 辞世句)

    (注)「空しかり」とは「空然り」とも解釈できます。

         

金子兜太の例句)

    ・水脈の果 炎天の墓碑を 置きて去る (1955年)

    ・彎曲し 火傷し 爆心地のマラソン (1961年)

  ・梅咲いて庭中に青鮫が来ている (1978年)

    ・夏の山国母いてわれを与太と言う (1985年?)

  ・長寿の母うんこのように我を産みぬ (2004年

    河より掛け声 さすらいの終る その日 (2018年

   (注)この句の「河より掛け声」は実際のことでしょうが、「三途川」を意識して辞世句としたという解釈は穿ち過ぎでしょうか?

   

「虚子嫌い」や「兜太嫌い」もいますが、どちらにも熱烈な支持者がいます。俳句に限らず、何事も好き好きですね。平和憲法を維持して多様性の社会をエンジョイしましょう。   

高浜虚子は「自由にものを言えない世界大戦の時代」を「客観写生の俳句」に徹することにより生き延びましたが、平和を希求していたに違いありません

金子兜太は「戦後の自由にものが言える時代」の平和の俳句を謳歌して大往生しました。

両先達のご冥福と世界平和を祈ります。

  

 

2019年2月20日 (水)

「熱燗」・「温め酒」・「燗酒」の俳句

 

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先日「新酒」の俳句を集めてブログを書きましたが、「新酒」は秋の季語なので、皆さんが「自分も俳句を作てみよう」と思われることを期待して、今回は冬の季語の「熱燗」や「温め酒」の拙句を先ず掲載します。

     

燗酒に偲ぶや祖父の燗姿

・温め酒胃の無き身体労りつ

・薬にも毒にもなるや温め酒

 

「歳時記」(俳誌のサロン)や「575筆まか勢」から俳人の俳句を気の向くままに抜粋・掲載させて頂きます。 

 

歳時記「熱燗

  

・熱燗や知らぬふりして聞く話 (吉村玲子)

・熱燗やいつかきごころ通ひ合ひ (林和子)

・才女の手熱燗徳利持て余す (島本知子)

 

歳時記「ぬくめ酒

  

・温め酒孫膝に置き至福たり (宮下本平) 

教へ子の肴にされて温め酒 (二瓶洋子)

・聞き流すことも処世や燗の酒 (塩路五郎)

  

575筆まか勢「熱燗」

    

其の段になると熱燗ほすばかり (高澤良一)

・熱燗が来て縒りもどす主義主張 (亀山幽石

・熱燗にうそもかくしもなしといふ 久保田万太郎

・熱燗のあとのさびしさありにけり 倉田 紘文

熱燗もほど~にしてさて飯と 高浜年尾

 

575筆まか勢「温め酒」 

 

・それもまたよしとせむかや温め酒 高浜年尾

・ひとくさり医者の悪口温め酒 (荒巻大愚

・妻と酌む妻は佛や温め酒 澄雄

・温め酒一夜一夜と親しめり 高木晴子

   

2019年2月16日 (土)

「新酒」「今年酒」の俳句を集めました。ご鑑賞下さい。

 

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バレンタインデー」の俳句、「ショコラよし地酒も美味しバレンタイン」と口ずさみながら、WEB検索して「歳時記」(俳誌のサロン)や「575筆まか勢」などから新酒の俳句を気の向くままに抜粋・掲載させて頂きました。ご鑑賞下さい。  

(青色文字をクリックすると俳句の詳細や関連記事がご覧になれます。)

  

(歳時記)「新酒」

百薬の長と嘯き新酒酌む (稲畑廣太郎

・新酒吐いてころりと逝きし山頭火 (松崎鉄之介

・新酒汲むまた一年を生き伸びて (柳生千枝子)

・古酒新酒こもごも旅の夜の更けぬ (大串章

・新酒利くときは禁酒の枷を解く (稲畑汀子

・新酒酌み病歴自慢古稀と喜寿 (歌代進)

・新酒酌みはては煙となる身かな (高橋将夫)

・米寿祝ぎ白寿を目指し新酒酌む (大久保白村

碧き眼の杜氏も交へし今年酒 (伊東湘三

    

575筆まか勢」(子規の俳句など興味深い句があります。) 

・ふたぬいて月のかけくむ新酒哉 (正岡子規

・うき人の新酒勸めついなみあへず (正岡子規

・小便して新酒の醉の醒め易き (正岡子規

・可からすと能はすと嘗めし新酒哉 (尾崎紅葉

・ある時は新酒に酔うて悔多き (夏目漱石

・とつくんのあととくとくと今年酒 (鷹羽狩行

・呉れたるは新酒にあらず酒の粕 (高浜虚子

・牛売りし綱肩にあり新酒汲む (西山泊雲

・ふくみみる新酒十点みなよろし (西山小鼓子

  

蛇足ですが、「俳句HAIKU」の記事「『俳句は楽しい』 句に興じ茶寿も祝ぎたし新茶汲む」のタイトルの拙句は次のとおり修正したいところです。

句に興じ茶寿も祝ぎたし新酒酌む (薫風士)

   

ちなみに、杜氏として「現代の名工」と称される農口尚彦氏のことがNHKの番組で放映されていましたが、丹波杜氏もなかなかのものでしょう。

 

2019年2月12日 (火)

「バレンタイン」の俳句

  

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バレンタインデーの由来は、一説によると、「キリスト教の司祭ウァレンティヌス(バレンタイン)がローマ帝国皇帝・クラウディウス2命令に背いたため、214日にルペルカリア祭に捧げる生贄として処刑されたことにある」とのことです。「皇帝は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、兵士たちの婚姻を禁止したが、婚姻を禁止されて嘆き悲しむ兵士たちのためにウァレンティヌスが内緒で結婚式を行い、その噂が皇帝の耳に入り、皇帝は二度とそのような行為をしないようウァレンティヌスに命令した。しかし、ウァレンティヌスは皇帝の命令に屈しなかった。」とのことです。(ウイキペディアより要点部分のみ抜粋しました。)

  

歳時記」(俳誌のsalon)から気の向くままに「バレンタイン」の俳句を抜粋・掲載させて頂きます。   

(詳細は青色文字をクリックしてご覧下さい。)

  

・バレンタインチョコの予約の列と聞く (藤野佳津子)

ほろ苦き思ひ出バレンタインの日 (熊澤喜子)

女医に飴貰ひしバレンタインの日 (杉良介)

・バレンタインデー大きな金貨チョコレート (山田六甲)

・思い込みバレンタインの昼下り (鎌田慶子)

   

恥ずかしながら、一興に川柳もどきの拙句を掲載させて頂きます。

・飽食の平成文化バレンタイン

水団やショコラ頬張るバレンタイン

ショコラよし地酒も美味しバレンタイン

・バレンタイン我にもありし青春よ

平成を惜む一日やバレンタイン

 

2019年2月 9日 (土)

俳句雑感(3): 俳句のリズムを考える

  

金子兜太の命日(220日)が近づいたので「金子兜太のことば」(石寒太著・毎日新聞出版)を読んでいると、俳句のリズムについて次の趣旨の解説がありました。

  

「曼殊沙華どれも腹出し秩父の子」という兜太の俳句は、その意味どおりに「秩父の子どれも腹出し曼殊沙華」と表現すると散文的に流れてしまうが、「曼殊沙華」を上五に置くことによって俳句のリズムになっている。

   

そこで、昨年の盆休みに、「盆休み孫と一日を『ひとはく』で」という俳句もどきのタイトルのブログを書いたことをふと思い出しました。ひとはく兵庫県立人と自然の博物館のことです。

このタイトルを次のように語順など変えて、季語「盆休み」を下五に置くと俳句らしくなるのではないでしょうか?  

・「ひとはく」に一日や孫と盆休み   

ひとはく」と「一日」とを語呂合わせして、俳句らしくしたつもりですが、貴方ならどう添削しますか?

プレバト」の夏井いつきさんなら何と言われるでしょうか?

 

(青色の文字をクリックすると関連のリンク記事をご覧になれます。)