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2017年10月

2017年10月25日 (水)

高浜虚子の俳句 「神にませば」の面白い解釈

     

・神にませばまこと美はし那智の滝

  

高浜虚子(1874–1959)の代表句の一つである「去年今年貫く棒の如きもの」の解釈について、「虚子の俳句『去年今年貫く棒の如きもの』の棒とは何か?」というタイトルのブログを書きましたが、虚子は深読みすると面白い意味深な掲出句を作っています。

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「神にませば」の俳句について、坊城俊樹氏は次のように述べています(「高浜虚子の100句を読む」から抜粋)。

この句は『五百句』にもあるように、虚子の句の中でも史実を超えた代表句。特に吟行の旅における傑作といっていい。(…中略…)滝の美しさもさることながら、茶屋の娘の美しさに気を配るあたり、なかなかお忙しいが、まことに虚子らしい。とまれ、那智の滝の美しさは女性に喩えるのは当然で、あの日本一の一条の滝の姿は大日如来の再現である。」

また、滝の下にある虚子の句碑を観て詠んだ次の2句を掲載して、「本歌取りというほど高尚なものでもないが、虚子の句への尊厳を込めてというよりは、この滝の日本一の美しさと気高さにたいしての存問と思いたい。」と述べています。

  

・滝にまさば神を白しと思ふかな

・岩座を後背として那智の滝

   

「神にませば」の俳句を英訳するために広辞苑で調べたところ、「ます」の漢字表示には「申す」(=「言う」の謙譲語)と「在す・坐す」(=「在る」「居る」の尊敬語)があることが分かりました。

高浜虚子は意図的に漢字を用いず、「ひらがな」で「ませば」と表記したに違いありません。

前者の意味に解釈すると、神にませばまこと美はし那智の滝」の句意は、「神に申し上げますが、那智の滝は真に美しいですね」と、「神の創造した自然を賛美している」ことになります。

また、後者の意味に解釈すると、「神にある那智の滝は真にうるわしい」という意味になりますが、どうも合点が行きません。

インターネットで解説記事や写真などをあれこれ検索した結果、「神に在るもの」とは「滝そのもの」ではなく「滝が象徴するもの」を指している比喩であることに気付きました。

古来から生命の源泉を崇拝して豊穣を祈願する素朴な信仰、殖器崇拝の概念がありますが、「那智滝」の信仰にもそのような一面があるに違いありません。

熊野那智大社のホ-ムページをご参照下さい。 

    

高浜虚子の俳句には座興に作ったのか、人を食ったような俳句もあります。「那智の滝」は大日如来の再現であるとも言えるでしょうが、この俳句では「観音様」(=「女陰」)の隠語も暗示している隠喩の効果も意図していると思います。

滝の落下水量、滝の見える場所、季節などの条件次第で、那智の滝は様々な姿を見せてきたのではないでしょうか?

那智の滝の画像集をご覧になると、「それ」らしく見える写真があるでしょう。

「神にませば」の俳句と「去年今年」の俳句を合わせて考えると、冒頭のブログにおいて触れた中年婦人の感想(「この句を知ったとき、顔が火照り、胸がときめき、しばらくは止まらなかった」)に納得できないこともない気がします。

高浜虚子の「遊び心」「自由奔放さ」に感嘆しましたが、「不謹慎な下司の勘繰りである」と非難・一蹴されるでしょうか?

「高浜虚子の俳句の奥の深さを良く理解している」と評価して呉れるでしょうか?

この俳句を卑しい人が読めば「卑しい俳句」として貶すでしょうし、自然を愛し自然の摂理を理解・尊敬している人が読めば、「素晴らしい俳句」と思うのではないでしょうか。

「何事も両面あるので良く考えることが大切だ」と痛感しています。

            

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高浜虚子の100句(100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi)(41~50)

  

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(41)(42)(43

流れゆく大根の葉の早さかな (S.3 1928年 

(nagareyuku daikonnohano hayasakana)

 

a leaf of Japanese radish

flowing away:

what a rapidity!

   

how fast!

the leaf of Japanese radish

flows away

   

flowing away,

how fast!

Japanese radish leaves

    

この俳句に詠まれた情景と作者(高浜虚子)との関係を推測して、上記の3通りの解釈をして英訳しました。俳句を英訳する場合は、実際の情景を見てHAIKU(英語俳句)にする場合よりも翻訳の仕方が多様になります。

    

(44

七盛の墓を包みて椎の露 (S.4 1929年

   (shichimorino hakaotsutsumite shiinotsuyu)

      dews from a Japanese chinquapin

      fall, covering

      the shichimori-grave of Taira clan

  「Taira clan」を補足して意訳し、外国人の理解を容易にしました。

       

(45)

雛よりも御仏よりも可愛らし (S.4 1929年

     (hinayorimo mihotokeyorimo kawairashi)

      the baby cute,

      more than

      a hina doll or buddha

       

(46

避暑宿の壁に貼りたる子供の絵 (S.4 1929年

      (hishoyadono kabeniharitaru kodomonoe)

       kids-written pictures

       put up on the wall of

       a summer cottage

       

(47)

ツェツペリン飛び来し国の盆の月  (S.4 1929年

     (tsuepperin tobikishikunino bonnotsuki

      the Zeppelin

      flew to my country_

      the Bon-festival moon

   

(48)

止りたる蠅追ふことも只ねむし  (S.4 1929年

     (tomaritaru haeoukotomo tadanemushi)

      simply too sleepy

      to slap off

      an alighting fly

      

(49)

藪の穂の動く秋風見て居るか (S.4 1929年

  (yabunohono ugokuakikaze miteiruka)

   you might stay

     watching the autumn wind,

     thicket ears moving

    

(50)

春潮といへば必ず門司を思ふ (S.5 1930年

     (shunchoto iebakanarazu mojio-omou)

      speaking of spring tide

      reminds me

      of Moji port

      

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高浜虚子の100句(100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi)(31~40)

    

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(31) この路を我等が行くや探梅行 (S2. 1927年)

     (konomichiwo wareragayukuya tanbaiko)

      this road

      we’ll take, to find

      plum blossoms

          

(32) 群雀鳴子にとまる朝ぼらけ (M24. 1891年)

     (muresuzume narukonitomaru asaborake

      a group of sparrows

      perch on a rattle-scarer_

      daybreak sunlight

      

(33) 春惜む輪廻の月日窓に在り (T3. 1914年

    (haruoshimu rinnenotsukihi madoniari)

     the sun and the moon,

     transmigrating in the window_

     I treasure the spring

        

(34) 一片の落花見送る静かな (S2. 1927年

    (ippenno rakkamiokuru sizukakana)

     watching a petal of cherry-blossoms

     falling down_

     what a silence!

       

(35) この庭の遅日の石のいつまでも (S2. 1927年)

    (kononiwano chijitsunoishino itsumademo)

     the stones of this garden

     in a lengthening day

     will lie forever    

  

Terebess Asia Online (TAO) に掲載されている下記の英訳は語順が不適切で原句の句意を訳出していない誤訳です。

この翻訳を日本語に直すと、「この庭の石は遅日の中にいつまでも」というナンセンスな意味になり、誤訳です。

  The rocks in this garden 

  Remain forever 

  In the lengthening days of spring

         

(36) やり羽子や油のやうな京言葉 (S2. 1927年

    (yarihagoya aburanoyouna kyoukotoba)

    “yarihago” shuttlecock_

     the oily sound of

     Kyoto accents

       

Terebess Asia Online (TAO)」に掲載されている次の英訳は不適切です。「やり羽子」を「Battledore and shuttlecock」(「バトミントンの前身」)と翻訳しているので、「着物姿の女性が京言葉で羽根突きをしている情景」も想像できず、「季語」にならないでしょう。また、「:」(コロン)で「切れ」を表示してるのも不適切です。

  Battledore and shuttlecock:

  The Kyoto accent sounds

  As if the words were oiled

     

(37) えりもとをなぐるやうなり秋の暮 (M24.

     (erimotowo naguruyounari akinokure)

      I feel as if

      my neck were beaten with

      the autumn evening

上記の英訳は「高浜虚子の100句を読む」における坊城俊樹氏の解釈と異なります。句意が不明瞭な俳句については、「解釈・翻訳が創作になるのもやむを得ない」とご理解下さい。

     

(38) 何となくあたり淋しき爐を開く (M24.

     (nantonaku atarisabishiki rowo hiraku)

      I open the hearth_

      unaccountably lonely

      around it

   

(39) 咲き満ちてこぼるる花もなかりけり (S3. 1928年

  (sakimichite koboruruhanamo nakarikeri)

     cherry blossoms

     in full bloom_

     no petals falling  

      

(40) 舟岸につけば星一 (T2. 1913年)

     (funekishini tsukebayangini hoshihitotsu)

      the boat reached the shore,

      I found a willow,  

      above it, a star                 

この俳句は(19)と重複しているので異なる英訳にしたが、読者にはどちらの方が良いと思われるだろうか?

   

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100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi (31~40)

     

(10 haikus of Kyoshi Takahama, translated by Satoshi Kinoshita)

To see back issues, click  (21~30) and  (1~20), respectively.

  

(31) この路を我等が行くや探梅行 (S2. 1927)

     (konomichiwo wareragayukuya tanbaiko)

      this road

      we’ll take, to find

      plum blossoms

          

(32) 群雀鳴子にとまる朝ぼらけ (M24. 1891)

     (muresuzume narukonitomaru asaborake

      a group of sparrows

      perch on a rattle-scarer_

      daybreak sunlight

      

(33) 春惜む輪廻の月日窓に在り (T3. 1914

    (haruoshimu rinnenotsukihi madoniari)

     the sun and the moon,

     transmigrating in the window_

     I treasure the spring

        

(34) 一片の落花見送る静かな (S2. 1927

    (ippenno rakkamiokuru sizukakana)

     watching a petal of cherry-blossoms

     falling down,

     what a silence!

       

(35) この庭の遅日の石のいつまでも (S2. 1927)

    (kononiwano chijitsunoishino itsumademo)

     the stones of this garden

     in a lengthening day

     will lie forever    

The following translation published in Terebess Asia Online (TAO) is in appropriate in terms of word order.

   The rocks in this garden 

  Remain forever 

  In the lengthening days of spring

     

(36) やり羽子や油のやうな京言葉 (S2. 1927

    (yarihagoya aburanoyouna kyoukotoba)

    “yarihago” shuttlecock_

     the oily sound of

     Kyoto accents     

The following translation published in Terebess Asia Online (TAO) is wrong because "yarihago" is different from Battledore and shuttlecock.  Also,(:) is inappropriate.

  Battledore and shuttlecock:

  The Kyoto accent sounds

  As if the words were oiled

     

(37) えりもとをなぐるやうなり秋の暮 (M24. 1891)

     (erimotowo naguruyounari akinokure)

      I feel as if

      my neck were beaten with

      the autumn evening

          

(38) 何となくあたり淋しき爐を開く (M24. 1891)

     (nantonaku atarisabishiki rowo hiraku)

      I open the hearth_

      unaccountably lonely

      around it

   

(39) 咲き満ちてこぼるる花もなかりけり (S3. 1928

  (sakimichite koboruruhanamo nakarikeri)

     cherry blossoms

     in full bloom_

     no petals falling  

      

(40) 舟岸につけば星一 (T2. 1913)

     (funekishini tsukebayangini hoshihitotsu)

      the boat reached the shore,

      I found a willow,  

      above it, a star 

     

2017年10月16日 (月)

高浜虚子の俳句と「護憲運動」のことなど

   

(P.S.2022.7.7)

7月10日は参議院選挙です。

まやかしの無い公明正大な候補者を見極めましょう。

候補者が政治家として国民の信頼を裏切らないことを切望しています

   

(2017.10.16の記事)

高浜虚子(1874–1959)の俳句に「年を以て巨人としたり歩み去る」とか「亀鳴くや皆愚かなる村のもの」という風変わりな俳句があります。

  

10月10日、衆議院選挙が公示されました。この高浜虚子の奇妙な俳句は「衆議院選挙」とか「護憲運動」などとは何ら関係ありませんが、「踏み込んでよく考えよう!」と、読者に謎を掛けているような気がします。

高浜虚子は「去年今年貫く棒の如きもの」という俳句も作っていますが、今年の年末年始はどんな感慨をもって過ごすことになるでしょうか。

目下、衆議院選挙の投票日(10月22日)に向けて各政党の代表者や候補者が支援を求めて運動に駆け回っていますが、将来に悔いを残さないように目先のことに捉われず、皆さんが投票してほしいものです。

(青色の文字をクリックすると関連の解説記事などをご覧になれます。)

  

チュヌの主人は「俳句を通じて世界平和を!」をモットーにして、ささやかなブログを書いていますが、その一環として、「高浜虚子の100句を読む坊城俊樹著)に掲載された虚子の100句を第1回から順次英訳して「チュヌの便り」に掲載中です

(第26回)高浜虚子の100句を読む」を見ると、掲句「年を以て」の作成が「大正十二年十二月二十一日」と記載されています。

大正12年」(1923年)には関東大震災が発生しているので、そのことを俳句に詠んだものかと思いましたが、実際の作成年は大正2年(1913年)なので関東大震災とは無関係であることがわかりました。

ウイキペディアの大正2年の「できごと」を見ると、

2月に「尾崎行雄が政府弾劾演説を行う(第一次護憲運動)」「第3次桂内閣総辞職(大正政変)」、3月に「ウッドロウ・ウィルソンが第28代米大統領に就任」、「6月29日 - 第2次バルカン戦争勃発」、「11月22日-史上最後の征夷大将軍徳川慶喜が、午前4時10分に、感冒にて死去享年77(76歳0ヶ月25日)。」など、さまざまな出来事があります。

   

俳句においては主語がよく省略されますが、高浜虚子の上記の俳句「年を以て巨人としたり歩み去る」では「巨人としたり」や「歩み去る」の主体(主語)が省略されている、すなわち、「時の流れ」が省略されている、と解釈するのが良いと思います。

高浜虚子は、芭蕉の「奥の細道」の冒頭の言葉「月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり」を踏まえてこの俳句を詠んだものでしょう。

    

「虚子にとっての大正二年は激動の一年であった。」と坊城俊樹氏が「高浜虚子の100句を読む」において述べているように、虚子はその年の暮の感慨を俳句に詠んだのでしょう。しかし、単に俳句のことや自分のことだけを念頭に詠んだのではなく、様々な出来事を念頭において、「大宇宙の運行」「時の流れ」「その年の出来事」などを読者に考えてほしいという思いから、このような大げさな表現にしたのかも知れません。

このような解釈をすると、「年を以て巨人としたり歩み去る」は次のように意訳することができます。

having made

a giant of year,

the time passes away

  

または、

  

having made the year

a giant,

the time passes away

 

さらに、次のように「歩み去る」を直訳すれば、原句の表現の面白さを生かせるでしょう。

having made the year

a giant,

the time walks away

   

なお、Terebess Asia Online (TAO)に掲句の英訳として次の翻訳が掲載されていますが、誤訳です。

Considering the years gone by

To be a giant

I walk away

上記の英訳では、「歩み去る」の主語は「I」、すなわち、「高浜虚子」自身であると解釈していますが、この俳句は虚子39歳の作ですからこの解釈は当てはまらず、見当違いの誤訳になるでしょう。

このような誤訳に基づいて外国の俳人や俳句に関心のある人々に高浜虚子の俳句の評価を云々されては困りますね。高浜虚子はあの世でさぞかし嘆いているのではないでしょうか?

   

俳句政治問題に限らず、「何事においても、古い既成の権威に盲従することなく、一歩立ち止まり、自分でさらに踏み込んでよく考える必要がある」ということを痛感しています。

俳句談義(14):俳句の片言性と二面性(改訂版)のコメント欄で触れた埼玉県の女性の俳句(「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」)の「公民館だより」への掲載拒否問題について「さいたま地裁」の判決が出ました。

   

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2017年10月14日 (土)

「秋麗」の俳句と「深田公園」の写真

   

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今日、10月8日は寒露です。

  

   

明日は「体育の日」なので3連休です。

  

朝散歩に出かけた時は爽やかでしたが、帰りは汗ばむ程の行楽日和になりました。

   

  

深田公園薄紅葉も写真のように次第に濃紅葉になってきてまさに「秋麗」です。

(写真はクリックすると拡大します。青色文字をクリックすると解説や俳句の詳細をご覧になれます。)

  

歳時記の「秋麗」・「秋うらら」から親しみやすい俳句を気の向くままに抜粋・掲載させて頂きますが、前座にチュヌの主人の即興句5句を掲載します。

 

・犬連れとジョガー行き交ひ秋うらら

  

愛犬の気ままに園を秋うらら

  

・飛行雲光りとけゆき秋うらら

  

・秋麗のホロンピア館映ゆる空

   

・秋麗の白きマンション聳ゆ空

  

秋うらら1

  

・普段着で行くコンサート秋うらら 

         (島田和子)

  

・秋うらら木に登り出す女の子 

         (赤星惠子)

   

・秋うらら猫は乳房を見せてをり 

        (永嶋みね子)

   

・真つさらな産着干しゐて秋うらら 

       (木藤ヒデ子)

   

・秋うららホテルのランチ佳き人と 

         (芝尚子)

   

・人よりも犬に見覚え秋うらら 

        (石見邦慧)

  

秋うらら2

  

・引越の荷に猫も積み秋うらら 

        (鈴木照子)

  

・秋うらら金太郎飴に子規の顔 

        (浅田光代)

  

・秋うららヒマラヤの塩買うてみる 

        (山荘慶子)

  

・秋うらら大名となり抹茶席  

       (藤見佳楠子)

  

・「ひこにゃん」に人気集中秋うらら 

        (三川美代子)

  

・朱の鳥居湖に浮き立ち秋うらら 

          (森清堯)

  

秋うらら3

  

・秋うらら孫はひまごに絵本読み 

         (山根征子)

  

・秋うらら五台列なる保育カー 

        (懸林喜代次)

   

・秋うらら鳶の高舞ふ尼の寺  

         (加藤静江) 

  

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2017年10月12日 (木)

100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi (21~30)

(10 haikus of Kyoshi Takahama, translated by Satoshi Kinoshita)

Click here to see 100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi (1~20)

      

(21) 京女花に狂はぬ罪深し (M26. 1893

     (kyouonna hananikuruwanu tsumifukashi)

     a Kyoto woman_

     sinful,

     not getting crazy about cherry blossoms

(22) 行春の墓も御像も小さけれ T2. 1913

      (gyoushunno hakamomizoumo chiisakere)

     both small,

     the tomb and the statute of the founder_

     the departing spring        

(23) 君と我うそにほればや秋の暮 (M39. 1906)

     (kimitoware usonihorebaya akinokure)

     you and me,

     how about faking love_

     evening in the autumn   

By the way、the following haiku, whichi is published in Terebess Asia Online (TAO) is wrong: a mistranslation of Japanese original haiku. 

    You and I wish

     We loved each other’s lies

     Late in the autumn    

    

(24) 石の上の埃に降るや秋の雨 (T2. 1913

     (ishinoueno hokorinifuruya akinoame)

     onto the dust covering the stone

     falls

     the autumn rain       

(25) 草摘みし今日の野いたみ夜雨来る (T2. 1913

     (kusatsumishi kyounonoitami yosamekuru)

     a night rain comes,

     mourning the today’s fields

     where I picked up herbs         

(26) 年を以て巨人としたり歩み去る (T2. 1913

  (toshi-o-motte kyojintoshitari ayumisaru)

   Having made

   a giant of year,

   the time walks away   

(27) 鞦韆に抱きのせて沓に接吻す (T7. 1918

  (shuusenni dakinosete kutsuniseppunsu)

   putting my baby

   on a swing,

   I kissed her shoe

(28) どかと解く夏帯に句を書けとこそ (T9. 1920

  (dokatotoku natsuobini kuokaketokoso)

   she untied her summer obi,

   dumped it, demanding me

   to write a haiku on it    

(29) 紅さして寝冷の顔をつくろひぬ (T14. 1925

  (benisashite nebienokao-o tsukuroinu)

   putting rouge on,

   she adjusted

   her face chilled in sleep    

(30) 或墓のくすぶり見えぬ彼岸かな (T15. 1926

  (aruhakano kusuburimienu higankana)

   a certain tomb

   seen in smoldering,

   vernal equinox day

       

2017年10月11日 (水)

高浜虚子の100句(100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi)(26~30)

  

高浜虚子の100句(100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi) (20~25)はここをクリックしてご覧になれます。    

(青色の文字をクリックすると関連の解説記事をご覧になれます。)     

(26) 年を以て巨人としたり歩み去る (T2. 1913年

  (toshi-o-motte kyojintoshitari ayumisaru)

  Having made

  a giant of year,

  the time walks away

  (「巨人としたり歩み去る」の主語は省略されているが、「時の流れ」が主語であると推定して補足し、意訳しています。

   

(27) 鞦韆に抱きのせて沓に接吻す (T7. 1918年

  (shuusenni dakinosete kutsuniseppunsu)

  putting my baby

  on a swing,

  I kissed her shoe

 (原句では主語や目的語が無いが、英語では省略できないので、原句の句意を推測して補足しています。)

   

(28) どかと解く夏帯に句を書けとこそ (T9. 1920年

  (dokatotoku natsuobini kuwokaketokoso)

  she untied her summer obi,

  dumped it, demanding me

  to write a haiku on it

   

(29) 紅さして寝冷の顔をつくろひぬ (T14. 1925年

  (benisashite nebienokao-o tsukuroinu)

  putting rouge on,

  she adjusted

  her face chilled in sleep

    

(30) 或墓のくすぶり見えぬ彼岸かな (T15. 1926年

  (aruhakano kusuburimienu higankana)

  a certain tomb

  seen in smoldering,

  vernal equinox day

     

2017年10月 7日 (土)

高浜虚子の100句(100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi)(21~25)

              

(第1回のはじめからお読み頂く場合はここをクリックして下さい。)

   

(21) 京女花に狂はぬ罪深し (M26. 1893年

     (kyouonna hananikuruwanu tsumifukashi)

            a Kyoto woman_

            sinful,

            not getting crazy about cherry blossoms

   

(22) 行春の墓も御像も小さけれ (T2. 1913年

      (gyoushunno hakamomizoumo chiisakere)

            both small,

            the tomb and the statute of the founder_

            the departing spring

        

(23) 君と我うそにほればや秋の暮 (M39. 1906年)

      (kimitoware usonihorebaya akinokure)

            you and me,

            how about faking love_

            evening in the autumn

   

ちなみに、この俳句の次のような英訳を掲載しているサイト(Terebess Asia Online (TAO)がありますが、下記の翻訳は誤訳です。

   You and I wish

       We loved each other’s lies

       Late in the autumn

    

(24) 石の上の埃に降るや秋の雨 (T2. 1913年

      (ishinoueno hokorinifuruya akinoame)

            onto the dust covering the stone

            falls

            the autumn rain

       

(25) 草摘みし今日の野いたみ夜雨来る (T2. 1913年

      (kusatsumishi kyounonoitami yosamekuru)

         a night rain comes,

        mourning the today’s fields

        where I picked up herbs

         

第1回から第20回までを通読される場合はここをクリックして下さい。

2017年10月 5日 (木)

俳句《名月・姫路城》

  

(2023.12.11 更新)  

今年は姫路城が世界文化遺産に登録されて30周年に当たります

ここをクリック(タップ)すると、姫路城公式HPの動画(3分)をご覧になれます。 

   

名月や新装なりし白鷺城

         (薫風士)

   the harvest moon_   

   bright above

   the renewed Himeji castle

      (L.P. Lovee 訳)

掲句は、国際俳句協会俳句大会稲畑汀子特選の拙句です。

  

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(写真)

親戚が呉れたものですが、タップ拡大すると、兎が見えます。

まん歩して、子供たちの元気な声を聞けるのは嬉しいことです。

   

名月や明るき窓に子等の声

病室の友の投句や月仰ぐ

        (薫風士)

  

ここをクリック(タップ)して「盆の 月に祈ること」をご覧下さい。  

   

(2017.10.5の記事)

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今日は中秋の名月です。

天気予報によると、近畿地方では「名月」を愛でることができそうですが、関東地方は曇りがちなので明日の「十六夜(いざよい)」の方が名月を楽しめそうです。

「中秋の名月」は陰暦8月15日の満月のことで「芋名月」とも呼ばれます。

(写真はクリックすると拡大します。ニュータウンの夕暮れの名月をご覧下さい。)

          

「俳誌のサロン」の「歳時記から気の向くままに「名月」の俳句を抜粋・掲載させて頂きます。

(青色文字をクリックして解説記事や俳句の詳細をご覧下さい。)

   

名月や池をめぐりて夜もすがら 

         (松尾芭蕉

  

名月や高層の窓輝きし 

      (入山登志子)

  

名月に一瞬会へり誕生日

       (赤座典子)

  

名月や水の上なる能舞台

       (鈴木清子)

 

母の忌の雨名月となりにけり

       (数長藤代)

 

名月に照らされて道迷ひけり

       (稲畑汀子

  

燈を消して名月に身を晒しけり

      (松崎鉄之介

  

栗名月健やかな老い集ひけり

      (鎌倉喜久恵)

 

名月や新内閣の発足す  

       (石山民谷)

  

名月や酒を愛して恙無く

      (金山藤之助)

 

名月を泳がせてゐる堰止め湖

        (上野進)

 

名月や地球に難民あふれゐる

       (池田光子)

  

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