(2024.8.30 更新)
「初夢の俳句」や「新年の俳句《三ヶ日》」、「丹波篠山・戎神社吟行」などをご覧下さい。
(注)
青色文字(タイトルなど)をクリックすると俳句や解説などがご覧になれます。
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「現代の俳句に於ける季語の在り方」について考えました。
「猿回し」《季語とは何か》をご覧下さい。
親戚が贈ってくれた高浜虚子所縁の西山酒造の原酒がお節料理にピッタリでした。
「俳句談議」や「政治談議」「究極の愛・ラブを!(Ultimate LOVE!)」など、徒然に「俳句HAIKU」をご覧下さい。
(2015.12.22)
季語・季題が新年の俳句について、インターネットの歳時記から著名な俳人の句など目についたものを幾つか下記に引用します。
「正月」の俳句を歳時記(俳誌のサロン)から下記の通り抜粋・掲載させて頂きます。
「正月1」
大雪となりて今日よりお正月
(前田普羅)
「正月2」
正月の子供に成て見たき哉
(小林一茶)
「正月3」
枯木に鴉が、お正月もすみました
(種田山頭火)
「初空1」
初空の藍と茜と満たしあふ
(山口青邨)
みづいろのやがてくれなゐ初み空
(鷹羽狩行)
初空に残る朝月上京す
(稲畑汀子)
「初空2」
初御空鴉東へ鳩西へ
(稲畑廣太郎)
「初空3」
いづくともなき合掌や初御空
(中村汀女)
真青なる初空仰ぎ初心
(大橋敦子)
高浜虚子の人柄に興味を抱き、「初空や大悪人虚子の頭上に」の新解釈を試み、「虚子の句『初空や』の新解釈:大悪人は誰か?」を書きました。
「きごさい歳時記」の「初空」の句はここをクリックしてご覧になれます。
「俳誌のサロン」「季語別俳句集 一月」の数十個の季語、無数の例句から、気の向くままに抜粋・掲載させて頂きます。
元旦や天に轟け大般若
(伊万里梅城)
一湾に日のゆきわたり大旦
(鷹羽狩行)
ちちははも夫も仏や初明り
(上野章子)
年玉を妻に包まうかと思ふ
(後藤比奈夫)
明日死ぬる命めでたし小豆粥
(高浜虚子)
この俳句が作られた背景をご存知の方があれば教えて頂きたいが、ウラハイ=裏「週刊俳句」に下記の記述(抜粋)がありました。
「掲出句には、一休宗純(立川談志師匠にそっくり)の「門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」という風狂はない。どちらかというと子規の『病牀六尺』二十一の、
余は今まで禅宗のいわゆる悟りといふ事を誤解して居た。悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合でも平気で生きて居る事であつた。
に連なる諷詠である。」
(正岡子規)
「子規の俳句データベース」(新年)」の冒頭にはユーモラスな句、「ほのほのや鼾忽ち絶えて春」があり、次のページには、「紀元二千五百五十五年なり」という句がありました。
1940年(昭和15年)は皇紀2600年にあたり、紀元二千六百年頌歌(東京音楽学校作詞・作曲)が1938年(昭和13年)に発表されました。
その歌詞を幻冬舎新書「日本の軍歌」から抜粋すると、
1番には、「紀元は二千六百年ああ一億の胸は鳴る」
2番には、「歓喜あふるる・・・はるかに仰ぐ大御言」
3番には、「ああ報国の血は勇む」
4番には、「世紀の文化・・・あゝ燦爛のこの國威」
5番には、「正義凛たる旗の下 明朗アジヤうち建てん 力と意氣を示せ」
など、国威発揚の美辞麗句のオンパレードです。この歌が発表された翌年には太平洋戦争に突入しました。戦争末期には「一億玉砕」の本土決戦を軍部が主張し、広島・長崎の原爆投下でようやくポツダム宣言受諾の決定がなされたのです。
戦後70年の節目の年である2015年は紀元(皇紀)2675年にあたります。
無数の犠牲者の筆舌しがたい犠牲の礎によってもたらされたともいうべき平和を堅持したいものです。
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