今回は中村草田男の代表句の英訳に挑戦する。
・万緑の中や吾子の歯生えそむる
この句について、山本健吉は「定本 現代俳句」において次のように解説している(抜粋):
……「万緑」を季語として確立した功績は草田男に帰すべきである。……「万緑の中や」---粗々しい力強いデッサンである。そして、単刀直入に「吾子の歯生えそむる」と叙述して、事物の核心に飛び込む。万緑と皓歯との対象---いずれも萌え出ずるもの、熾んなるもの、創り主の祝福のもとにあるもの、しかも鮮やかな色彩の対比。翠したたる万象の中に、これは仄かにも微かな嬰児の口中の一現象がマッチする。生命力の讃歌であり、勝利と歓喜の歌である。
また、「季語めぐり ~俳句歳時記~」は「万緑」について次のとおり解説している(抜粋):
王安石の詠んだ「万緑叢中紅一点(※1)」など、万緑の語はもともと漢詩に用いられていたが、中村草田男の次の一句(※2)により、俳句の季語として定着した。
(※1 「ばんりょく・そうちゅう・こういってん」と読む。「見渡す限りの緑の中に赤い石榴(ざくろ)の花が一輪咲いている」という意味だが、今では大勢の男性の中に女性が一人という意味で、紅一点の部分が使われる。(※2)上記の句)
・・・・・・万緑という季語からむせかえるような生命のエネルギーがあふれ出ていて、圧倒されるような感じを覚える・・・・・・ また、小さな「吾子の歯」に凝集された命の尊さのようなものを強く感じる・・・。 ・・・・・・生命力の満ちあふれた空間とその中に置かれた小さな命の対比、深い緑とけがれない白の対比が鮮やかです。
上記のような解説に照らすと、HIAに掲載されている英訳:
along with spring leaves
my child's teeth
are coming in
は物足りず、草田男に申し訳ないと思う。
「万緑」を夏の季語として確立したといわれる句であるから、「spring leaves」は不適切だろう。
吾子が男の子とすれば、次のように英訳すれば原句のニュアンスが訳出できるのではないか?
amid the myriads of green leaves_
my child is sprouting
his first tooth
または、
myriads of green leaves_
the first tooth of my child
has sprouted
または、
the myriads of green leaves_
the first tooth of my child
has sprouted.
ここで原句を文字通りに次の如く英訳することには抵抗を感じる。
日本語は本来情緒的な面があり、切字「や」の効果が効いているので原句の記述の仕方に論理的な抵抗を感じないが、HAIKUとして冒頭にamidを付けて原句を直訳すると、論理の飛躍が大きすぎてしっくりしない。
amid the myriads of green leaves_
the first tooth of my child
has sprouted.
日本語と俳句をよく理解しているnative speakerの意見・コメントを是非聞きたいものである。