「師走」の俳句を集めました

            

光陰矢の如し」今年も12月、「師走極月である。

フランスに限らず、テロ対策欧米慌しい動きを見せている。

無事に年が暮れることを祈りつつ、平和の俳句を広めたいという思いで、忙中閑ありではないが、このブログを書いている。       

インターネットの歳時記を見ると、「師走」の俳句は501句ある。

(青色文字のタイトルや下線部をクリックすると俳句や解説記事がご覧になれます。)

師走1」の冒頭には几董の「水仙にたまる師走の埃かな」、

師走2」の冒頭には森川暁水の「仕事場に泊り込みたる師走かな」、

師走3」の冒頭には高浜虚子の「女を見連れの男を見て師走」、

師走4」の冒頭には素堂の「市に入りてしばし心を師走かな 」がある。

   

上記の虚子の俳句は、

「師走の特性を街にとらえて、実にユニーク。ユニークにして、かつ平凡なる詠み振り。でも、作ってみろと言われたら、たいていの人は作れまい。少なくとも私には、逆立ちしても無理である。最大の讃め言葉としては、「偉大なる凡句」とでも言うしかないような気がする」と、清水哲男氏が「増殖する歳時記」において尤もな批評をしているように、501句の中では俳諧味に溢れた特筆すべき句である。

        

「12月」を季題にした俳句は歳時記に898句ある。

歳時記の「12月1」には金子蛙次郎の「十二月電車後ろへ下がりけり」以下200句あるが、「12月8日」を詠んだ句が多い。しかし、太平洋戦争を想起させる俳句が殆ど無いのは、戦争を知らぬ世代の句が多くなったということだろうか。

12月2」には、「十二月あのひと刺しに汽車で行く」(穴井太)という物騒な俳句が冒頭にあるが、何を詠んだ句だろうか? 今は暇がないので、この句の詠まれた背景や句評は後日詮索することにしたい。

12月3」には194句あり、冒頭の俳句「十二月どうするどうする甘納豆」(坪内稔典)は俳句談議で取り上げた。

12月4」には117句あり、12月8日を詠んだ俳句は17句ある。その一部を次に抜粋する。

十二月八日起立する肢が見ゆ   (高島茂)

十二月八日と気づく朝かな  (稲畑汀子)

十二月八日戦争を知らぬ子と  (小林のり人)

十二月八日の海を見てゐたり  (石田きよし)

十二月八日の夜の長湯かな  (青山丈)

十二月八日の兄弟喧嘩かな  (土井田晩聖)

   

歳時記の「12月5」には116句あり、12月8日を詠んだ句は

十二月八日を言ひて疎まるる(森田尚宏)、

十二月八日うつすらと覚えてゐる(竹内弘子)

など、18句である。

            

「増殖する俳句歳時記」において、加藤楸邨の「鰤にみとれて十二月八日朝了る」について清水哲男氏が次のような句評(抜粋)をしている。

「・・・朝市だろうか。見事な鰤に『みとれて』いるうちに、例年のこの日であれば忸怩たる思いがわいてくるものを、そのようなこともなく過ぎてしまったと言うのである。平和のありがたさ。・・・(以下省略)」

   

ちなみに、キーワードを「平和の俳句12月」でGoogleの検索をすると、中日新聞の「平和の俳句一覧」がトップにあったが、川柳のような句が多い。

    

俳誌のサロン」というサイトがあることを知った。このサイトには「歳時記」も掲載されているので、上記の「師走」や「12月」などに限らず、「数へ日」「年の暮」「年惜しむ」「年用意」など季語別に無数の俳句を見ることが出来る。また、色々な俳誌の「触り」の部分などを見ることが出来る。俳句愛好者には便利なサイトである

   

正岡子規の「師走」の俳句を検索したところ、「WebM旅」というサイト「子規俳句 季語・季題検索 冬 時候 師走」に、「いそがしく時計の動く師走哉」など沢山の句がリストされている。

           

芭蕉俳句全集(季題別)」には次の句がある

かくれけり師走の海のかいつぶり

節季候の来れば風雅も師走哉

旅寝よし宿は師走の夕月夜

雪と雪今宵師走の名月か

      

芭蕉俳諧の世界・元禄文化もよいが、現代に生きる者としては現代の俳句を作り、平成文化・平和をエンジョイしたいものである。

平和を維持するための思いを綴った「政治談議」なども、お暇があれば、ご覧下さい。

                   

コメント(12)