今回は石田波郷の俳句「雁やのこるものみな美しき」の翻訳にチャレンジする。
この句について、石田波郷は「波郷百句」<自句自解>において次のように解説している:
「昭和十八年九月二十三日召集令状来。雁のきのふの夕とわかちなし、夕映が昨日の如く美しかつた。何もかも急に美しく眺められた。それら悉くを残してゆかねばならぬのであつた。」
HIAのホームページの「名句選」(鷹羽狩行選)のこの句の英訳は:
wild geese——
all that remains
beautiful
である。しかし、この句の適切な英訳は:
wild geese——
all that remain
beautiful
でないか?
HIA掲載の英訳では「all」を単純に集合名詞として単数扱いにして、「remains」にしている。しかし、石田波郷が自解で「何もかも」「それら悉く」と言っているのだから、「all」は複数扱いにし、「remain」とすべきだろう。「雁」の英訳は「geese」と複数形にしている。日本語には英語のような「単数・複数」の区別がないので、単複の違いの重要さを見落としがちであるが、集合名詞でもその構成要素を重視する場合は複数扱いにすることに留意すべきである。