今回は松尾芭蕉の有名な句「閑かさや岩にしみ入る蟬の声」の英訳を取り上げる。
「百人百句」(大岡信著、講談社)のこの句についての解説を抜粋すると:
蟬の声が物理的に岩にしみ入ることはあり得ない。しかし、まるであり得たごとくに詠んでいるし、それ以上にあり得るのは当然だと読めてくる。それでいて少しも不自然ではない。この句の特色の一つは、S音が「し、さ、し、せ」と断続的にあらわれて、「しみ入る」という感覚を非常によく表現していることである。さらにまた、「しみ入る」は日本の詩歌の美意識のもっとも重要な鍵を握っている言葉の一つでもある。 ・・・・・・「しみ入る」だけではどこまでしみたのかがわからない。そこに深さの魔術があり、芭蕉の俳句の魅力がある。 ・・・・・・この句が傑作であり、芭蕉の代表作たる所以である。・・・・・
そこで、英訳にどんなものがあるだろうかとインターネット検索をすると、次のものが見つかった。
(「おくの細道」ドナルド・キーン訳 講談社インターナショナル):
How still it is here—
Stinging into the stones,
The locusts' trill.
この翻訳では、「しみ入る」を「stinging into」に翻訳し、「岩」を「stone」に翻訳しているので、本当にドナルド・キーンの翻訳なのか信じられなかった。これなら自分が翻訳した方が増しだろうと思いながら更に検索したところ、次のサイトで別のドナルド・キーン訳が紹介されているのが見つかった。
道浦俊彦・とっておきの話
ことばの話1341「セミの鳴き声」
such stillness-
the cries of the cicadas
sink into the rocks.
ドナルド・キーンさんのこの翻訳に納得したので、敢えて自分が試訳をするには及ばないと思う。
因みに、「しみる」を新和英大辞典第5版(株式会社研究社)で見ると、
「 〔液体などが物の内部に入り込む〕 go right inside [deep into…]; soak [sink] into…; permeate; infiltrate; penetrate; pierce」とあり、
一方、「sting」は、新英和大辞典第6版(株式会社研究社)には、
他動詞として、「(昆虫の針・植物の刺毛(しもう)などで)刺す」とあり、
自動詞として、「とげがある, 針がある; 針[とげ]で刺す, 刺す力がある」
とあり、「しみ入る」の翻訳として「sting」はいかにも不適切であるが、ドナルド・キーンさんはこの句をどのように解釈したのだろうか? 何か特別の意図があったのだろうか? 原典を見たいものである。
なお、「Haiku Topics, Theory and Keywords」というサイトに様々な翻訳が紹介されているが、上記の「such stillness- the cries of the cicadas sink into the rocks.」が最も良いと思う。