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2016年8月

2016年8月28日 (日)

蝉の俳句を鑑賞しよう

     

の俳句と言えば、松尾芭蕉元禄2年5月27日1689年7月13日)に出羽国(現在の山形市)の立石寺に参詣した際に詠んだ発句「閑さや岩にしみ入る蝉の声」が有名ですが、芭蕉は「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」という俳句も作っています。この句の「けしき」に該当する漢字は「気色」と「景色」のどちらでしょうか?

「景色」を当てはめて、「蝉の声は聞こえるが、その景色を見ることはできない。」と、病で伏してやがて死ぬ身であることを嘆いている作者の気持ちを詠んだ句であると解釈することもできないことはないでしょうが、「気色」を当てはめ、蝉の命は1~2週間(?)と短いが、やがて死ぬ様な気配もなく鳴いていることを詠んだ俳句であると解釈するのが正解でしょう。蝉は間もなく死ぬことも知らずに鳴いている、と「命の儚さ」を詠んだ句と受け止めるか、短い命でも精一杯元気に謳歌している、と解釈するか、読者の人生観次第です。

青色の文字をクリックすると俳句の詳細や解説がご覧になれます。

       

高浜虚子は終戦の年に秋蝉も鳴き蓑虫も泣くのみぞ」という句を作っています。敵といふもの今は無し秋の月」「黎明を思ひ軒端の秋簾見る」と併せて読むと、「秋蝉蓑虫も泣くのみだ。泣きたいものは思いぞんぶん泣けばよい。だが、自分は泣かない。終戦になって、自由に句作が出来る。さあこれから本番だ。」と清々した気持ちで詠んだ句だと思われます。

   

575筆まか勢」(http://fudemaka57.exblog.jp/22832882/)に「秋の蝉」の俳句が無数にあります。

     

正岡子規は「野分して蝉の少なきあした哉」と誰もが体験したことのあるような自然現象・季節の移ろいを句にしています。

   

琉球新報の記事に「『平和の願いを蝉とともに叫ぼう』仲間さん、摩文仁で詩朗読へ」という見出しで、糸満市摩文仁で行われる沖縄全戦没者追悼式で仲間里咲(りさ)さん(金武小6年)が自作の詩「平和(ふぃーわ)ぬ世界(しけー)どぅ大切(てーしち)」を朗読することが紹介されていました。詳細はココ(http://ryukyushimpo.jp/news/entry-295999.html)をクリックしてご覧下さい。

    

広島長崎原爆忌終戦の日例年の如く型通りの報道がなされましたが、今年はリオ・オリンピック報道に埋もれてしまった感があります。

そこで、チュヌの主人(俳号:さとし)の蝉を詠んだ最新作を披露します。  

金メダル囃す夜明けの蝉しぐれ

鳴くや「ナチの手口」に嵌るなと

空蝉(うつせみ)ポケモンGO空け者(うつけもの)

わだつみの声を聞けよと秋の蝉

平成の大御心や法師蝉

      

インターネット歳時記(俳誌のSalon)を見ると、「」は芭蕉の「撞鐘もひびくやうなり蝉の声」や一茶の「蝉鳴くや我が家も石になるやうに」など2200句ほどあり、「蝉時雨」は約800句、「空蝉」は400句余り、「蝉の殻」100句余りなど、例句が約3500句あります。 

   

  

2016年8月25日 (木)

俳句を楽しもう!(フラワータウンカレッジ 2016.10.2 講演用レジメ)

 (講演会のチラシはココ(FTC16-10-2)をクリックしてご覧下さい)

   

I 俳句とは

「俳句は滑稽なり。俳句は挨拶なり。俳句は即興なり」(山本健吉ウイキペディアの解説「俳句」から抜粋)

・世界一短い詩形5+7+5=17音)で、入りやすく奥が深い。

・見たこと、感じたこと、思い出などを俳句にしましよう。

俳句は好き好きです。一人で、家族で、友達と、仲間と、気軽に楽しみましょう。

 (青色の文字をクリックすると解説や記事の詳細がご覧になれます。)

   

II 俳句を作ろう! 

(1)季語は一つ入れる。

  ・季語になるか否かは歳時記で確認するとよい。

(2)切字を1つ入れる。切字は2つ入れないのが原則。

(3)無駄な言葉を省き、イメージが浮かぶ俳句にする。

  

III 俳句会に参加しよう!

「俳句は『座の文学』である。」と言われる。吟行や俳句会で仲間と俳句を作り鑑賞するのが面白い。  

句会では作者の名前を伏せて選者による選や参加者による相互の選(互選)をする。初心者でも参加者の共感を得た句だと高得点を得ることが出来る。選に入らない句の作者の名前は公表しないのが普通であるが、選者がアドバイスするために名前を確認する場合もある。

   

インターネットで検索すると、三田俳句協会があり、フラワータウンでは「しぐなる俳句会」がある。(連絡先: 藤野慧子) 

この講演を契機に俳句を始めようと思う人が気楽に楽しめる俳句会を立ち上げると面白いかもしれないと思っています。

    

IV 俳句の鑑賞

 兼題の季語の俳句は下記URLをクリックすると詳細がご覧になれます。

「柿」http://www.haisi.com/saijiki/kaki1.htm

「曼珠沙華」 

  http://www.haisi.com/saijiki/manjushage1.htm

「秋風」http://www.haisi.com/saijiki/akikaze1.htm

「台風・野分」http://www.haisi.com/saijiki/taihuu1.htm

「さはやか」http://www.haisi.com/saijiki/sawayaka1.htm

「名月」http://www.haisi.com/saijiki/meigetu.htm

「秋」http://homepage3.nifty.com/a-un/za/meiku/aki.html

      

 卑近な例句から

 ・覚束ぬピアノの遠音秋の蝶 (木下さとし)

(自句自解)

上記の句は俳句雑誌「花鳥」の「さいかち集」(兼題が「秋の蝶」)に投稿したものです。孫の引くピアノを聞いているときに、取り合わせの句として思いついたものです。

(俳人栗林圭魚氏の句評)

「どこの家からか、習い始めたばかりのような、ゆっくりゆっくり指を選んでいるピアノの音が聞こえて来る。先程から庭先を飛んでいる蝶の秋を惜しむような姿を見ながら、ピアノの幼い遠音に心が安らいでいることに気づいたのである。「遠音」という描写が、秋の蝶としっかり調和している。」 

   

V 俳句の歴史・発展

 ウイキペディアの俳句の解説抜粋

俳句は近世に発展した文芸である俳諧連歌、略して俳諧から生まれた近代文芸である。室町時代に流行した連歌の遊戯性、庶民性を高めた文芸が俳諧であったが17世紀松尾芭蕉が出てその芸術性を高め、なかでも単独でも鑑賞に堪える自立性の高い発句、すなわち地発句を数多く詠んだ事が後世の俳句の源流となる。

さらに近代文芸として個人の創作性を重視して俳句を成立させたのが明治時代の正岡子規であった。子規は江戸末期の俳諧を月並俳諧と批判して近代化した文芸たらしめるための文学運動を行い、発句が俳句として自立した。俳句の自立後の視点から、芭蕉などの詠んだ俳諧の発句をさかのぼって、俳句と同一視するようになった。」

   

高浜虚子の考え方

正岡子規写生論を発展させて客観写生を提唱した。

・俳句は自然(花鳥)を詠い、自然を透して生活・人生を詠い、自然に依って志を詠う「花鳥諷詠文芸「極楽の文学」である。

  

(川柳とは)

俳諧、すなわち俳諧連歌から派生した近代文芸である。俳句と同じ五七五の音数律を持つが、俳句が発句から独立したのに対し、川柳は連歌付け句の規則を、逆に下の句に対して行う前句付け(前句附)が独立したものである。俳句にみられる季語切れの約束[1]がなく、現在では口語が主体であり、字余りや句跨りの破調、自由律駄洒落も見られるなど、規律に囚われない言葉遊びの要素も少なくない。かつての俳諧では雑俳に含めて呼ばれたことがある。

   

短歌とは

「短歌」は5・7・5・7・7形式 。

万葉集』(まんようしゅう、萬葉集)は、7世紀後半から8世紀後半にかけて編まれた日本に現存する最古の和歌集である。

「百人一首」は平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活動した公家藤原定家が選んだ秀歌撰である。

古今和歌集」(略称:「古今集」)は、平安時代(794年 - 1185年/1192年頃)前期の勅撰和歌集。

  

VI 俳句への思い(木下さとし)

俳句は人それぞれの立場で、自分の思い、好みで作り、楽しめばよい。

月並みであっても、句作で頭の体操をし、吟行の旅を楽しみ、句友と酒を飲みながら俳句談義など放談・切磋琢磨して老後の生活を楽しめば良い。少しでも多くの人に評価される句が作れるなら、それに越したことはない。俳句の世界は、入り易いが奥が深く、向上心があれば飽くことがない。秀句・名句はプロの俳人に任せるにせよ、自分なりの俳句の道で精進したい。

スウェーデン大使館の英語俳句・川柳コンペティションに応募したところ、小生の川柳が1句、家内の俳句(小生が英訳)が2句入選した。

国際俳句交流協会では俳句を国際的に広めて、無形文化世界遺産に登録されるようにしようと努力している。微力ながらその一助にでもなればと思い国際俳句交流協会に入会した。俳句は和食と異なり、言語・言葉の問題が障壁になるから世界遺産登録を実現することは容易でない。この言語の壁にチャレンジして英語の俳句も広めたい。

日本語の俳句の精神が世界のHAIKU(俳句的な短詩)として、それぞれの国の風土や言葉に適応・発展し、俳句がその母体として評価されるようになることを祈っている。いずれにせよ、自分なりに専門分野の体験を活かし、英語の俳句(HAIKU)を通じて国際交流を促進することができれば幸いである。

  

VII 参考情報                

季語や例句を検索できるインターネットサイト

『きごさい』ネット歳時記

・「増殖する俳句歳時記

・「俳誌のサロン」(季語や色々な俳誌を見ることが出来る)

月間俳句雑誌

・「俳句」、「俳壇」、「俳句界」などがある。    

俳句のや主宰のホームページ 

ホトトギス  伝統俳句協会 現代俳句協会 

国際俳句交流協会  

・花鳥(主宰:坊城俊樹

 (HPは http://news.haiku-kachou.jp/about/です。)

虚子記念文学館特選句集 ・円虹 

雨月大橋晄のFacebook

   

電子辞が便利です。ご参考までに下記の文字をクリックしてご覧下さい。

カシオ電子辞書 ・シャープ電子辞書

                                                           以上

2016年8月20日 (土)

八月の俳句に思うこと

         

・八月の昭和通りをゆきにけり (大久保白村)

 

掲句は日本伝統俳句協会2016年俳句カレンダー8月の短冊句で

(青色の文字をクリックすると俳句の詳細や解説がご覧になれます)

ウイキペディアによると、昭和通り関東大震災の復興事業として計画され、1928昭和3年)に完成しているが、共同通信社の記事によると、戦中・戦後の食糧難を補うために昭和通りの中央分離帯は菜園にされています。

戦前・戦中・戦後の昭和を生きた人々には「昭和通り」や「皇居前広場」には特別の感慨があるでしょう。

NHK戦後史証言アーカイブス「戦後ゼロ年」<皇居前広場のゼロ年チュヌの便りの「八月の思ひ格別皇居前」をご覧下さい。

    

リオ・オリンピックでは日本選手の連日のメダル獲得に日本中が湧いています。そこで即興の俳句を作りました。 

・平和なる五輪開幕原爆忌

長崎忌リオの五輪の渦の中

・金メダル囃す夜明けの蝉しぐれ

鳴くや「ナチの手口」に惑はされ

炎天下ポケモンGOのスマホ連

わだつみの声を聞けよと秋の蝉

平成の大御心や蝉しぐれ

   

俳句談義18:政治家と俳句」に於いて述べたように、

「日本人は自然を愛し平和を愛する国民である」ことを俳句やブログで内外に発信し、日本の平和のみならず、国際親善・世界平和のために少しでも役立てたい、とチュヌの主人は思っています。政治談議」もご覧下さい。

   

天皇陛下は先日(2016.8.8)「お気持ち」を表明されました。

「日本の将来」「国民の将来」を慮り、「象徴天皇」が継承されることを見届け、平和な日本、平和な世界が、未来永劫に続くことを祈る気持ちを表明されたものであると、チュヌの主人は「終戦の詔書と合わせ謹んでお聴きしました。

戦後レジームからの脱却」や「日本の心を大切にするを主張している人々、憲法改正を意図している人々等、すべての人々に、この天皇陛下の思いをシェアしてほしいものです。

           

2016年8月10日 (水)

<新俳句談義>「八月の思ひ格別皇居前」(補訂版)

   

掲題の俳句「八月の思ひ格別皇居前」は平成26823日に開催された花鳥六百号記念俳句大会日比谷公園皇居周辺吟行)におけるチュヌの主人の入選句です。

(青色の文字をクリックすると俳句の詳細や解説がご覧になれます。)

    

季語別俳句8」(歳時記)を見ると、無数の季語と俳句があります。

八月」の句は600句ほどあり、冒頭には「聲に出て確める遺書八月來る (高島茂)(暖流)」が掲載されています。

「原爆忌」・「原爆の日」の俳句は400句余りあり、トップページには、「原爆の日の洗面に顔浸けて」 (平畑静塔)や「戦争を知らぬ子ばかり原爆忌(稲畑汀子)などが掲載されています。

敗戦」の俳句は約320句あり、冒頭には「敗戰日妻子入れむと風呂洗ふ」(秋元不死男)が掲載され、「終戦」の俳句は430句余りあり、冒頭には「馬兵に終戰の日は暑かりし」(角川源義)があります。

「敗戦」の句よりも「終戦」の句が多いのは、「戦争は金輪際終わりにしたい。戦争は繰り返してはならない。」という庶民の思いの表れではないか?

「『敗戦』を『終戦』というのはまやかしである」とか、「戦争は負けたから悪いのだ。勝てば官軍だ。」というナショナリストもいる。そういう人が憲法改正(実態は改悪)を推進しようとしている。

自分の考えに同調しなければ、「無責任だ」とか「売国奴」などレッテル貼りをする煽動的政治家に振り回されてはならない。「ウソがつけない奴は弁護士や政治家になれない」と某氏が放言している。それには一面の真理があるが、国民は嘘をつかない真面な政治家に政治を付託するようにしなければならない。劣情に訴える煽動政治家が蔓延ることを抑制しなければならない。

日ごろから政治家の発言に関心を持ち、一人一人が一歩踏み込んでよく考え、選挙の際には、自分の良心に基づき投票したいものである。

  

先日(2016.8.8)天皇陛下が「お気持ち」を表明された。
「日本の将来・国民の将来を慮り、『象徴天皇』が次世代に継承されることを見届け、平和な日本、平和な世界が、未来永劫に続くことを祈る気持ちを表明されたものである」と、チュヌの主人は謹んでお聴きした。
「戦後レジームからの脱却」を主張する人々、「日本の心」を大切にする人々、憲法改正を意図している人々、等、すべての人々に、この天皇陛下の思いをシェアしてほしいものです。

下記の記事をご覧下さい。

天皇陛下「お気持ち」表明 「生前退位」を強く示唆 (日経新聞記事)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG08H2M_Y6A800C1000000/?dg=1&nf=1
        
NHK戦後史証言アーカイブス「戦後ゼロ年」<皇居前広場のゼロ年>
http://www.nhk.or.jp/postwar/sengozeronen/koukyomae/

    

2016年8月 5日 (金)

八月の思ひ格別皇居前

掲題の俳句「八月の思ひ格別皇居前」は平成26823日に開催された花鳥六百号記念俳句大会日比谷公園皇居周辺吟行)におけるチュヌの主人の入選句です。

(青色の文字をクリックすると俳句の詳細や解説がご覧になれます。)

    

季語別俳句8」(歳時記)を見ると、無数の季語と俳句があります。

八月」の句は600句ほどあり、冒頭には「聲に出て確める遺書八月來る (高島茂)(暖流)」が掲載されています。

「原爆忌」・「原爆の日」の俳句は400句余りあり、トップページには、「原爆の日の洗面に顔浸けて」 (平畑静塔)や「戦争を知らぬ子ばかり原爆忌(稲畑汀子)などが掲載されています。

敗戦」の俳句は約320句あり、冒頭には「敗戰日妻子入れむと風呂洗ふ」(秋元不死男)が掲載され、「終戦」の俳句は430句余りあり、冒頭には「馬兵に終戰の日は暑かりし」(角川源義)があります。

「敗戦」の句よりも「終戦」の句が多いのは、「戦争は金輪際終わりにしたい。戦争は繰り返してはならない。」という庶民の思いの表れではないか?

「『敗戦』を『終戦』というのはまやかしである」とか、「戦争は負けたから悪いのだ。勝てば官軍だ。」というナショナリストもいる。そういう人が憲法改正(実態は改悪)を推進ししようとしている。

自分の考えに同調しなければ、「無責任だ」とか「売国奴」などとレッテル貼りをする煽動的政治家に振り回されてはならない。

「ウソがつけない奴は弁護士や政治家になれない」と某氏が放言している。それには一面の真理があるが、国民は嘘をつかない真面な政治家に政治を付託するようにしなければならない。

劣情に訴える煽動政治家が蔓延ることを抑制しなければならない。

日ごろから政治家の発言に関心を持ち、一人一人が一歩踏み込んでよく考え、選挙の際には、自分の良心に基づき投票したいものである。