今回は芭蕉の俳句「閑かさや岩にしみ入る蟬の声」のドナルド・キーンさんの英訳について再考する。
この句は芭蕉が山形市の「立石寺」で詠んだものであるが、俳句の対象となった蝉の種類について、歌人・精神科医の斎藤茂吉はジージーと鳴くアブラゼミであると主張し、夏目漱石門下で芭蕉研究家の小宮豊隆はチィーチィーと小さく鳴くニイニイゼミであると主張して蟬論争が起こった。この論争は検証の結果ニイニイゼミで決着したとのことである。
「俳句・HAIKU 言語の壁を破るチャレンジ(4)」において、「ドナルド・キーンさんの英訳:
Such stillness-
The cries of the cicadas
Sink into the rocks.
に納得した」と書いたが、蝉論争に関する記事を読んだりして、この英訳を再検討した。
「The cries of the cicadas」と複数形で記述しているが、「The cries of a cicada」と単数形にしたらどうだろうか?
「蝉が蟬時雨のように鳴いていても芭蕉は閑さを感じたのだ」と考えることも出来るが、1匹のニイニイゼミの声の他には何の物音もしない静寂を詠んだのだと素直に考えることもできる。
蝉は一頻り鳴いては移動する習性がある。蝉の声が岩にしみ込んでいくように感じられる閑さを詠んだと考える方がわかりやすい。
そこで、次のように試訳した。
the stillness_
absorbed into the rocks
the cries of a cicada