含蓄のある芭蕉俳句を論理的な英語に翻訳するには、句意を推測して複数の試訳でチャレンジせざるを得ません。名詞は英語では、抽象名詞や集合名詞でない限り、単数か複数かを区別する必要もあります。
(41)
いなづまや闇の方行五位の聲
(inazuma-ya yami-no-kata-yuku goi-no-koe)
(A)
lightning!
far in the darkness
goes a voice of night heron
(B)
lightning!
I’m going toward the darkness_
voices of night herons
(C)
a lightning
flushes in the darkness_
a voice of night heron
(注)
この俳句は「行」の主体の捉え方次第でいろいろな翻訳が可能です。
(A)の翻訳は、「や」を「切れ字」と捉え、「行」の主体は「五位鷺」であると解釈する適訳です。なお、この句の「いなづま」は抽象化された集合的概念として捉え無冠詞の「lightning」にし、原句の語順を活かすために倒置法を用いました。
(B)は「行」の主体(芭蕉自身)が省略されていると解釈した翻訳ですが、三段切れの読み方であり、誤訳になるでしょう。
(C)は「行」の主体が「いなづま」であると解釈した翻訳です。情景としては(A)に近い翻訳ですが、三段切れの読み方・解釈であり、誤訳かも知れません。
一般的に、「三段切れ」の俳句はダメ句とされますが、読み方も三段切れにしてはダメであることの参考例として敢えて掲載しました。
(42)
此道や行人なしに秋の暮
(kono-michi-ya yuku-hito-nashi-ni aki-no-kure)
(A)
this road:
no one passing,
autumnal evening
(B)
this road
alone I’ll go_
autumnal dusk
(注)
(A)は文字通りの素直な英訳です。
(B)は「や」を詠嘆的切れ字と解釈したやや深読みの意訳です。次の「野ざらし」の俳句を考慮すると、(B)の方が(A)より芭蕉の句意を適切に翻訳していると言えるのではないでしょうか?
(43)
野ざらしを心に風のしむ身哉
(nozarashi-o kokoro-ni kaze-no-shimu mi-kana)
(A)
I might die by road side_
the cold wind
blows into my heart
(B)
weather-beaten skull in my heart_
the cold wind
pierces my body
(注)
(A) 「野ざらし」を比喩と解釈した分り易い意訳です。
(B) 「野ざらし」を文字通り髑髏(しゃれこうべ)と英訳し、比喩的な俳句であると解釈した翻訳です。(A)より(B)の方が面白いでしょう。
(44)
刈あとや早稲かたがたの鴫の聲
(kariato-ya wase-katagata-no shigi-no-koe)
(A)
mown fields of early rice_
here and there
snipes cry
(B)
footprints in the mown fields_
early rice here and there,
voices of snipes
(注)
(A) は「刈りあと」を「刈田」の意味に解釈した英訳です。(B) は「刈りあと」を「稲刈りをした人々の足跡」と解釈した翻訳です。
(B)の方が(A)より芭蕉の詠んだ句意を適切に訳出していると思いますが、三段切れになって原句の滑らかさが損なわれています。
英語の俳句で原句の句意を変えずに滑らかさを出すのは容易ではありません。
ちなみに、「刈田」も「鴫」も秋の季語です。
(45)
猪の床にも入るやきりぎりす
(inoshishi-no toko-nimo-iru-ya kirigirisu)
(A)
a cricket
enters
a bed of boar, too
(B)
a grass-hopper
enters
a boar’s bed, too
(注)
「きりぎりす」は、広辞苑によると「こおろぎ」の古称なので、(A)では「cricket」と英訳しましたが、(B)のように「grass-hopper」と翻訳するほうが、面白いと思います。
ちなみに、「こおろぎ」は「秋の季語」ですが、研究社新英和大辞典によると、英米の認識では「夏の虫」です。
(46)
曙や霧にうずまく鐘の聲
(akebono-ya kiri-ni-uzumaku kane-no-koe)
the first light of day_
swirling in the mist,
a sound of temple bell,
(47)
菊の花咲くや石屋の石の間
(kiku-no-hana saku-ya ishiya-no ishi-no-ai)
chrysanthemums in bloom
between stones
of a stonemason
(48)
芭蕉葉を柱にかけん庵の月
(bashō-ba-o hashira-ni kaken io-no-tsuki)
(A)
a leaf of Japanese banana
I’ll hang at a pillar_
the moon above my hermitage
(B)
the moon above my hermitage_
I'll hang at the pillar
a leaf of Japanese banana
(注)
(A)は原句の語順通りに英訳しましたが、語順を変えた(B)の方が英語俳句として句意が分かりやすいと思います。
(49)
名月の花かと見えて綿畠
(meigetsu-no hana-kato-mie-te wata-batake)
looks like flowers
under the full moon,
a cotton field
(注)
倒置法を用いて原句に近い英語俳句にしました。
(50)
よき家や雀よろこぶ背戸の粟
(yoki-ie-ya suzume-yorokobu sedo-no-awa)
the nice house_
sparrows enjoy
millet grains in the backyard