俳句・文芸翻訳 Feed

2014年7月26日 (土)

言語の壁を破るチャレンジ(6)《夏料理》

   

今回は星野立子の俳句「美しき緑走れり夏料理」の翻訳にチャレンジする。

 

「夏料理」について、「日本大歳時記」(講談社版)は次のとおり解説している。

「夏の暑さを忘れるように、見た目に涼しげに皿に盛り、また氷片を敷いたりして料理そのものを冷たくした料理の総評。そのなかには、船料理・()(らい)・水貝・冷汁なども含まれる。」

   

「合本 現代俳句歳時記」(角川春樹編)は次のとおり解説している。

「特定の料理を指すのではなく、夏の暑さを忘れるような見た目に涼しげで、口当たりのさっぱりとした料理の総称。冷奴、水貝、洗い、きゅうりもみ、冷麦、そうめんなど。氷片を敷いたり、ガラス器や竹の籠に盛ったりして食欲ををそそるよう、工夫を凝らした料理。」

   

上記の星野立子の俳句はどちらの歳時記にも掲載されているから、夏料理の代表的な句なのだろう。

  

大岡信は「百人百句」(講談社)でこの句について、「目に涼しく、味はさっぱりした夏料理。その外見の印象をとらえて、星野立子という俳人ののびやかな感性がそのまま句に表れている。・・・・・」(抜粋)と解説しているが、「緑走れり」が具体的に何を指すのか言及していない。しかし、「その外見の印象をとらえて」ということは「夏料理」を指していることになる。

  

「緑走れり」の「緑」とは、たとえば、「鮎をのせた笹の緑」「胡瓜の緑」「青紫蘇の緑」などであり、「走れり」というのは、懐石料理などとして食卓に並んでいる様子を詠んでいるのだろうか?

   

HIAのホ-ムページ記載の「名句選」の英訳

beautiful lines
of green run through
the summer dishes

は上記の解釈には当てはまらない。料理の品を意味する場合は、「greens」と複数にしなければならない。

green」は「緑色」の意味であり、この英訳の「beautiful lines of green」は「緑色の美しい線」を意味するものと解釈される。そうだとすれば、夏料理の器(ガラス皿など)に「緑色の美しい線」があると言っていることになるだろう。

   

「緑」が料理を意味するという解釈に従う場合は、たとえば次のように英訳するとよいだろう。

beautiful greens
arranged side by side
the summer dishes

  

しかし、上記のように「arranged」や「laid」などを用いると意味は明瞭になるが、「走れり」という表現の面白さは反映されない。ここで、「run」とか「run side by side」とすると、文字通り「走る」意味と解釈されてナンセンスだと言われるだろうか? それとも、「run」を詩的な比喩的表現だと評価されるだろうか? 

   

俳句は読み人次第で如何様にも解釈できるが、nativeの意見を聞きたいところである。

  

青色文字をタップすると、最新の「俳句(和文)」や「英語俳句」の記事をご覧頂けます。

トップ欄か、この「俳句HAIKU」をタップすると、最新の全ての記事が掲示されます。

  

2014年7月25日 (金)

俳句・HAIKU 言語の壁を破るチャレンジ(5)

英語のHAIKUを日本語の俳句に翻訳するのに、文語的にするか口語的にするかは原句の内容や翻訳者の好み次第である。しかし、一つの同じ句の中で文語と口語の両方を用いるのはよくない。

   

HIAの名句選に米国の Celia Stuart-Powles さん作の次のHAIKUと翻訳が掲載されていた。

Barely contained

in its thin velvet skin

- soft fragrant peach

熟れ桃やビロードの肌はちけそう

   

原句は「柔らかな香りのよい桃(soft fragrant peach)」を詠んだもので、その桃は「薄いビロード状の皮(thin velvet skin)」に「かろうじて包み込まれている(barely contained)」状態であるという意味であるが、直訳したのでは俳句にならない。

たとえば、文語的に翻訳するとすれば、

「ビロードの皮はじけむや熟れし桃」

となり、口語的に翻訳すれば、

ビロードの皮はじけそう桃熟れて」

などと、意訳することになる。

俳句として翻訳するには、原句に記述された「薄い」とか「柔らかな香りのよい」という形容語は全て割愛して「熟れし」の一語に集約して、読者の想像に委ねざるを得ないのである。HAIKUでは詳細な記述がなされていも、俳句では簡潔な記述にしなければならない。逆に、俳句をHAIKUに翻訳する場合は語句を補充して、英語のHAIKUとして分かりやすくする必要があることが多い。

このように、HAIKUと俳句の翻訳においては、言語間の障壁をいかに乗り越えるか、チャレンジすることに面白さがある。

2014年7月22日 (火)

俳句・HAIKU 言語の壁を破るチャレンジ(4)<芭蕉の「閑かさや」>

   

今回は松尾芭蕉の有名な句「閑かさや岩にしみ入る蟬の声」の英訳を取り上げる。

   

「百人百句」(大岡信著、講談社)のこの句についての解説を抜粋すると:

蟬の声が物理的に岩にしみ入ることはあり得ない。しかし、まるであり得たごとくに詠んでいるし、それ以上にあり得るのは当然だと読めてくる。それでいて少しも不自然ではない。この句の特色の一つは、S音が「し、さ、し、せ」と断続的にあらわれて、「しみ入る」という感覚を非常によく表現していることである。さらにまた、「しみ入る」は日本の詩歌の美意識のもっとも重要な鍵を握っている言葉の一つでもある。 ・・・・・・「しみ入る」だけではどこまでしみたのかがわからない。そこに深さの魔術があり、芭蕉の俳句の魅力がある。 ・・・・・・この句が傑作であり、芭蕉の代表作たる所以である。・・・・・

   

そこで、英訳にどんなものがあるだろうかとインターネット検索をすると、次のものが見つかった。

    

(「おくの細道」ドナルド・キーン訳 講談社インターナショナル)

How still it is here—

Stinging into the stones,

The locusts' trill.

  

この翻訳では、「しみ入る」を「stinging into」に翻訳し、「岩」を「stone」に翻訳しているので、本当にドナルド・キーンの翻訳なのか信じられなかった。これなら自分が翻訳した方が増しだろうと思いながら更に検索したところ、次のサイトで別のドナルド・キーン訳が紹介されているのが見つかった。

   

道浦俊彦・とっておきの話

ことばの話1341「セミの鳴き声」

such stillness-  
the cries of the cicadas
 
sink into the rocks.

ドナルド・キーンさんのこの翻訳に納得したので、敢えて自分が試訳をするには及ばないと思う。

   

因みに、「しみる」を新和英大辞典第5版(株式会社研究社)で見ると、

〔液体などが物の内部に入り込む〕 go right inside deep into…]; soak sink into; permeate; infiltrate; penetrate; pierce」とあり、

一方、「sting」は、新英和大辞典第6版(株式会社研究社)には、

他動詞として、「(昆虫の針・植物の刺毛(しもう)などで)刺す」とあり、

自動詞として、「とげがある, 針がある; 針[とげ]で刺す, 刺す力がある」

とあり、「しみ入る」の翻訳として「sting」はいかにも不適切であるが、ドナルド・キーンさんはこの句をどのように解釈したのだろうか? 何か特別の意図があったのだろうか? 原典を見たいものである。

    

なお、「Haiku Topics, Theory and Keywords」というサイトに様々な翻訳が紹介されているが、上記の「such stillness- the cries of the cicadas sink into the rocks.」が最も良いと思う。

   

2014年7月18日 (金)

俳句・HAIKU 言語の壁を破るチャレンジ(3)

   

正岡子規の「鶏頭の」句の評価や解釈について、ウィキペディアに様々な説が紹介されている。

   

例えば、大岡信の解釈の記述について抜粋すると:

「ぬべし」という、完了および強意の「ぬ」に推量の「べし」が結びついた語法が客観写生の語法とは言えず、「現在ただいまの景を詠む語法としては異様」として上の説の傍証としている[21] 

とあるが、その後の解釈について次の解説がある:

しかし林桂は、大岡の説については「ぬべし」が「現在に対する語法としては異様」だという説に根拠がなく、辞書の用例等から考えてむしろ過去に向けて使うものとする考えのほうが異様であること、また坪内の論についてはそもそも子規邸の鶏頭が黄の種でもありえたこと等をそれぞれ指摘し反論を行っている(「鶏頭論」「未定」1979-1980年)[22]  

近年では前述の坪内が「鶏頭の句は駄作」(「船団」20093月)において、子規という作者の人生を読み込まなければ「語るに足らない駄作」であると明言し、もし句会にもういちど作者の名を消して出したとしても末期の存在感のようなものは感じ取れないだろうと書いている。

これに対し高山れおなは「子規の人生とセットにすることでそこに感動が生まれるならセットにしておけばよいではありませんか」と評し、またそもそもこの句が投じられた句会ではほかにも子規は鶏頭の句を出しているのだから、この句だけが選ばれ議論されているのは何故なのかということこそ考えねばならないという趣旨の批判を行った[23]

またこのやりとりに関して山口優夢は、むしろ鶏頭というものに対して「十四五本」という、それまでにない言い表し方がぴったり合っていたということが、この句が残った理由であり句の核心ではないか、という見方も示している[24] 

            

私の歳時記」に、上記諸説の要約らしき記事があった。

   

以上のような様々な説を踏まえて、今回は正岡子規の「鶏頭の」句の英訳に挑戦する。

    

HIAに掲載されている英訳

cockscombs
must have been fourteen or fifteen
blooming over there

である。

  

Haiku in English on Sundayには次の英訳があった:

Cockscombs
There must be fourteen
Or fifteen

   

いずれも「cockscombs」冠詞がなく曖昧模糊としているが、冠詞は省略されたのだろうか?

  

簡潔にするためには冠詞を省略すればよいという考え方があるが、現に見ているものや心に抱いているものを詠んでいる場合は、名詞が複数でも対象が全体として特定されているのだから定冠詞を付けた方が明瞭でよいと思う。

HIAのホームページにある「英作ハイク 入門編 4回ワンポイント・英作ハイク」(宮下惠美子)参照。

       

この句は現に見ている鶏頭を詠んだものとすれば、  

the cockscombs

there must be fourteen or fifteen

in bloom 

と英訳すればよいのではないか? 

  

咲いていた鶏頭のことを思い出して詠んだものとすれば、

the cockscombs

there must have been fourteen or fifteen

in bloom

  

日本語と俳句をよく理解しているnative speakerの意見・コメントを是非伺いたいものである。

  

青色文字をタップすると、最新の「俳句(和文)」や「英語俳句」の記事をご覧頂けます。

トップ欄か、この「俳句HAIKU」をタップすると、最新の全ての記事(タイトル)が表示されます。

記事のタイトルをタップ(クリック)して、ご覧下さい。

   

2014年7月16日 (水)

俳句・HAIKU 言語の壁を破るチャレンジ(2)

  

今回は中村草田男の代表句の英訳に挑戦する。

    

・万緑の中や吾子の歯生えそむる

    

この句について、山本健吉は「定本 現代俳句」において次のように解説している(抜粋):

……「万緑」を季語として確立した功績は草田男に帰すべきである。……「万緑の中や」---粗々しい力強いデッサンである。そして、単刀直入に「吾子の歯生えそむる」と叙述して、事物の核心に飛び込む。万緑と皓歯(こうし)との対象---いずれも萌え出ずるもの、(さか)んなるもの、創り主の祝福のもとにあるもの、しかも鮮やかな色彩の対比。(みどり)したたる万象の中に、これは仄か(ほの)にも微かな嬰児の口中の一現象がマッチする。生命力の讃歌であり、勝利と歓喜の歌である。

         

また、「季語めぐり ~俳句歳時記~は「万緑」について次のとおり解説している(抜粋):

王安石の詠んだ「万緑叢中紅一点()」など、万緑の語はもともと漢詩に用いられていたが、中村草田男の次の一句()により、俳句の季語として定着した。

(※1 「ばんりょく・そうちゅう・こういってん」と読む。「見渡す限りの緑の中に赤い石榴(ざくろ)の花が一輪咲いている」という意味だが、今では大勢の男性の中に女性が一人という意味で、紅一点の部分が使われる。()上記の句)

・・・・・・万緑という季語からむせかえるような生命のエネルギーがあふれ出ていて、圧倒されるような感じを覚える・・・・・・ また、小さな「吾子の歯」に凝集された命の尊さのようなものを強く感じる・・・。 ・・・・・・生命力の満ちあふれた空間とその中に置かれた小さな命の対比、深い緑とけがれない白の対比が鮮やかです。

         

上記のような解説に照らすと、HIAに掲載されている英訳

along with spring leaves
my child's teeth
are coming in

は物足りず、草田男に申し訳ないと思う。

「万緑」を夏の季語として確立したといわれる句であるから、「spring leaves」は不適切だろう。

    

吾子が男の子とすれば、次のように英訳すれば原句のニュアンスが訳出できるのではないか?

amid the myriads of green leaves_

my child is sprouting

his first tooth

 

または、

 

myriads of green leaves_

the first tooth of my child

has sprouted

 

または、

 

the myriads of green leaves_

the first tooth of my child

has sprouted.

    

ここで原句を文字通りに次の如く英訳することには抵抗を感じる。

日本語は本来情緒的な面があり、切字「や」の効果が効いているので原句の記述の仕方に論理的な抵抗を感じないが、HAIKUとして冒頭にamid付けて原句を直訳すると、論理の飛躍が大きすぎてしっくりしない。

amid the myriads of green leaves_

the first tooth of my child

has sprouted.

       

日本語と俳句をよく理解しているnative speakerの意見・コメントを是非聞きたいものである。

  

俳句・HAIKU 言語の壁を破るチャレンジ(1)

俳句・HAIKU言語の壁」というタイトルのブログを書いたが、芭蕉の俳句「古池や」にも様々な英訳があることから、著名な俳句の英訳を自分なりにしてもよいだろうと考え、俳句翻訳における言語の壁を破るチャレンジをしたくなった。今回はその第1回目である。

   

まず、HIAの名句選・鷹羽狩行選の例を取り上げさせていただく。

   

・啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々

水原秋櫻子の代表句の一つといわれるこの句について、山本健吉は「定本 現代俳句」において次のように解説している:

この句の感触には、いつまでも色あせない瑞々しさがある。このような句で「牧」と言うと、日本流の牧場よりも西洋流のmeadowといった印象を受けるから不思議である。高爽な清澄な晩秋の空気さながらに美しい風景句として現出する。「落葉をいそぐ」というのも美しい言葉だ。葉を落とした木肌に、啄木鳥が叩いている姿があらわなのである。

   

この山本健吉の解釈を考慮すると、HIAに掲載されている英訳:

woodpecker——
leaves quickly fall
in the meadow

は曖昧模糊としてしっくりこない。例えば、牧場の木にたまたま啄木鳥が見えたのだとすると、次のように英訳したらどうだろうか?

a woodpecker -
the meadow tree shedding
the leaves in haste

   

あるいは、啄木鳥の音を聞いて牧場の木を見たのだとすると、次のように英訳してはどうか?

the sound of a woodpecker -
the meadow tree shedding
the leaves in haste

     

次に、山口誓子の俳句を試訳する。

 

・夏草に汽罐車の車輪来て停る

 

この句について、山本健吉は「定本 現代俳句」において次のように解説している:

山口誓子の近代俳句の一例である。おそらく大阪駅の引込線に汽缶車が来て止まったのだろう。線路の傍には夏草が生えていて、それに車輪が触れんばかりなったのだろう。汽缶車が止まったと言わず、「汽缶車の車輪」が来て止まったと言ったことに、作者の即物的実感が生々しく出ている。これも動詞終止形止めの典型的な表現である。

   

この山本健吉の解釈を考慮すると、HIAに掲載されている英訳:

summer grasses——
the wheels of the locomotive
come to a stop

はいまひとつぴんと来ない。「come to a stop」は単に「止まる」という意味だから、原句の特徴を十分訳出していない。次のように英訳してはどうか?

above the summer grasses
wheels of the locomotive have appeared
and stopped

   

むしろ、次のように簡潔にしてよりハイクらしくした方がよいかもしれない。

the summer grasses_
wheels of the locomotive have appeared
and stopped

   

因みに、後藤夜半の俳句「滝の上に水現れて落ちにけり」の英訳:

above the waterfall
water revealed
becomes waterfall

が同じ名句選に掲載されているが、この原句は上記の山口誓子の句と描写の仕方が似ている。

「落ちにけり」の「に」は助動詞「ぬ」(動作・作用が自然と推移し、完了することを表す)の連用形であり、助動詞「けり」は広辞苑の解説⑤「時を超越してある事実が存在することを述べる」に該当するのだろう。

そこで、原句のニュアンス(水の動きを生き生きと表現している)を訳出出するには次のように簡明に翻訳した方がよいのではないか?

  

above the waterfall
water appears and
falls

または、

the water appears

above the waterfall 

and falls

   

         

    今後も随時俳句の英訳にチャレンジしたいと思っている。このブログをご覧になった方から忌憚ないご意見・コメントを賜りたい。

2014年6月30日 (月)

俳句と川柳(スウェーデン大使館開催の俳句・川柳コンペティションに入選)

   

スウェーデン大使館開催の俳句・川柳コンペティションに入選した。

募集の条件ではスウェーデンに関連した英語の5-7-5の音節を踏襲した俳句か川柳で、季語があれば俳句、季語が無ければ川柳として扱われるとのことであった。5-7-5の音節にするために最初から英語の単語を頭に置いて俳句を考えたところ、音節と季語を両立させるのが非常に困難で、俳句は1句、川柳4句として応募した。その結果、下記の1句のみ入選した。

   

A Swedish log house

on my way to the station,

fragrance of coffee.

    

6月6日に発表された審査結果によると、応募句は数百句(several hundreds)だったとのことであるが、5-7-5の音節を考慮しない句も含め27句入選していた。その後発表された再審査結果では、音節が考慮されたので10句しか入選していなかった。5-7-5の音節にまとめて俳句を作ることがいかに難しいかを示す結果となっている。

    

家内は俳句(小生の英訳)を4句応募したが、下記の2句が入選した。彼女はスウェーデンに行ったことはないが、想像力が豊かなので句材の選択がよく、筆者の名訳(意訳)のお蔭で英語のHAIKUとして成功したのだろう。日本語の俳句をそのまま英訳したのでは5-7-5のシラブルの英語の俳句(HAIKU)に出来ないので、大幅な意訳をせざるを得なかったのである。 

・A green breeze in woods

waymarks led to Uppsala

in my peaceful dream.

(注:上記の句は故ハマ-ショルド国連事務総長がスウェーデンUppsala出身で、遺稿集が「道しるべ(Waymarks)」として発行されたことに因んで詠んだものである。)

     

・The Baltic Sea wakes

from a deep sleep, waves of May

washing the seashore.        

       

因みに、上記の 5-7-5 syllable の英語の拙句は「通勤路珈琲薫るログハウス」などと一応5-7-5の句に意訳できるが、俳句らしく季語を入れて意訳してみると、下記の例の如く原句の要素の何かを割愛せざるを得ないし、俳句としても拙いものになる。

・爽やかな珈琲の香やログハウス

・薫風に珈琲の香や通勤路

・若葉風スウェーデン風ログハウス

また、原句に忠実に和訳すると、「通勤路珈琲薫るスウェーデン風ログハウス」と5-7-5にならず、俳句の体をなさない。このように、HAIKU(英語俳句)をそのまま忠実に和訳したのでは俳句として様にならないことが多い。英語は英語、日本語は日本語として、それぞれに合った俳句を作らざるを得ない。外国人に俳句の良さを真に理解してもらうためには日本語を理解して貰うしかないだろう。

       

入選句詳細に興味のある方は下記のURLをクリックしてご覧下さい。

(最初の審査結果)http://blog.swedenabroad.se/tokyo/2014/06/06/results-of-the-haiku-and-senryu-competition/

(再審査結果) http://blog.swedenabroad.se/tokyo/2014/06/10/through-the-alleys-of-stockholm/

(小生の句は、名前をローマ字で書くのをうっかり忘れて投句したので、選者が漢字を読み間違えて、「written by Kinoshita Hajime」となっているが、正しい名前は「Kinoshita Satoshi」である。)

  

続きを読む »

2014年6月27日 (金)

チュヌの俳句・HAIKU of Chunu(冬・正月 Winter・New Year)

   

Sn3u0014b

主人(アイク代表)は僕のことなどを俳句に詠んでくれました。

気に入った正月や冬の俳句10句披露します。

(英訳は外国の友人のために試訳したものです。)

 

・年用意犬のシャンプー先づ済ませ

      Shampooing of my dog

           comes first in my preparation

                 for New Year.

 

・純白のサモエド犬に初朝日

    The new year’s sun rises,

      shining on the pure white

            of a Samoyed dog.

  

・我もまた犬馬鹿となり去年今年

  Another dog-fool, 

            have I become.

                New year's days

  

・初遊び孫の飛行機犬追ひて

    The first play on New year’s day,

        a dog following the toy-plane

            of our granddaughter.

  

・家族とて犬も一椀七日粥        

       A bowl of rice porridge

          for New year’s seventh day,

               also served as my family dog. 

  

・牡蠣鍋や犬はふて寝の背を向けて

       A table pot-cooked oyster meal,

          my dog, being neglected,

               lies in the sulks.

  

・愛犬の舐めゐる器初氷

       The season’s first ice

           in a bowl, at which

               our beloved dog is licking.

   

・愛犬の糞も寒肥庭手入れ

     As fertilizer for gardening,

          used are excrements of our beloved dog

               in the midwinter.

   

・風花や犬はソナタにすやすやと

     Snow-flakes falling in the sunshine,

          our dog is in a sound slumber,

               listening to a sonata.

  

・雪しまき故郷恋ふかにサモエド犬

     A Samoyed dog looks at

          blowing snow,

               longing for its native home.

  

続きを読む »

2014年5月 9日 (金)

チュヌの俳句・夏(Haiku of Chunu・Summer)

    

愛犬の大舌だらり夕薄暑

(aiken-no ōshita darari yu-hakusho)

  

long tongue of my beloved dog,

dangling in the heat

of early summer evening

 

薄暑急愛犬遂にダウンせり

(hakusho-kyū aiken tsuini daun-seri)

   

too soon! early hot weather,

my beloved dog collapsed

unbearable at last

  

黒南風の雨を厭はず犬散歩

(kurohae-no ame-o itowazu inu sanpo)

     

my dog eager to walk

in spite of rain 

before the rainy season

  

犬小屋の日除けのゴーヤ伸び早し

(inugoya-no hiyoke-no gōya nobi-hayashi)

   

bines of balsam pear

grow fast

for sunshade of our doghouse

    

節電の炎日続き犬喘ぐ

(setsuden-no ennichi tsuzuki inu aegu)

  

my dog pants

in a long spell of hot weather_

power-saving days

   

遠雷や眠りし犬は耳ピクリ

(enrai-ya nemurishi inu-wa mimi-pikuri)

   

a distant thunder,

our sleeping dog twitched

its ears

  

雷間近猛りし犬のけたたまし

(rai majika takerishi inu-no ketatamashi)

    

upon thunderbolt close at hand,

our dog became furious,

barking

   

PhotoSn3u0941Photo

最新の俳句や英語俳句の記事は、青色文字の「俳句」や「HAIKU」をタップしてご覧下さい。

この「俳句HAIKU」をタップすると最新の全ての記事を一覧できます。

   

続きを読む »

2014年4月16日 (水)

チュヌの俳句・HAIKU of Chunu(春・Spring)

  

ソチ・オリンピックも終わりましたね。

葛西さん達の長年の努力と活躍に感激して主人は「早春のメダルに笑顔ソチ五輪」という俳句を作りました。

また、真央ちゃんの才能や影の努力に感動して、「真央ちゃんの涙の後の笑顔かな」と川柳を作りました。

  

僕の散歩道も春めいてきました。今日は主人が詠んでくれた春の俳句を対訳で10句披露します。

 

Dscf0121_2

Photo_2

  

   

残雪を食みて飽かざるサモエド犬

 Insatiably devours

 bulks of remaining snow,

 a Samoyed dog.

             

          

春めくや犬と行く丘 町眼下

A walk with a dog on the hill

in the springlike weather,

overlooking the whole town.

                       

  

木の芽晴れ犬を侍らせ庭手入れ

On a leaf-budding clear day,

I tended my garden plants

with my dog lying beside me.

   

四温晴れ愛犬庭に大仰臥

       A warm clear day after a cold,

          my beloved dog lies supine in the garden,

              with legs wide spreading.

   

のどけしや犬の遠吠え鴉の音

     Serene weather!

         a dog howling in the distance,

              while a crow is cawing.

      

   

犬舐めし童の破顔春うらら

       Having been licked by a dog,

          a child grins with joy,

             a bright spring day.

 

初蝶来犬寝そべりて目で追ひぬ

       A butterfly coming first in the year

          was only chased with eyes

              by a sprawling dog.

    

愛犬の馴染みの土手や犬ふぐり

       Tiny flowers of weeds,

          looking like scrota of a dog,

              on the bank favored by my dog.

   

サモエドの尻振る闊歩麗らけし

       A Samoyed dog leisurely strides,

          buoyantly wagging his tail

              like the springtime.

   

長閑けしや仰臥の犬の恍惚と

       Balmy!

           A dog lies supine,

                enchanted with the weather.

 

 

チュヌの写真

Sn3u0367

Imga0587_2

Sn3u0045俳句に興味ある方は投句して下さい。主人が気に入った俳句を掲載させて頂きます。(ご寄稿頂いた俳句が掲載されない場合もあります。予めご了承ください。)



Imga0508_2

 

続きを読む »

2014年3月 8日 (土)

俳句(Haiku)や特許明細書(Patent Specification)の翻訳について

(他のブログを見るには、左側のアクセスランキングやカテゴリの興味あるタイトルをクリックして下さい。)

伝統俳句は旧仮名遣い・文語体の5・7・5の定型を用いて詩的表現をするので文字通りに簡潔に直訳すると何を言いたいのかわからなくなる。意味が分かるようにすると散文的になり、俳句の面白さが無くなる。この点、川柳は口語を用い定型に拘らないので、英語に翻訳しても比較的抵抗感が無い。

これに対し、特許明細書の記述は長文で語句のつながりが分かりにくい。日本語と英語では構文・語順に大きな違いがあるので、構文に配慮せず英訳すると実態と異なる意味になることがある。特許の発明者や特許弁理士など技術内容がわかっていると、先入観で走り読みして誤訳に気づかないことがある。第三者は特許明細書の記載だけで意味を理解するから、技術的専門用語のことはともかく、読めば分かる正確な翻訳をしなければならない。誤訳があると、折角の発明・特許を生かすことが出来なくなる。「特許を生かすも殺すも翻訳次第」と常に自戒しながら翻訳をしている。

 自作の俳句・川柳や特許明細書の翻訳について、それぞれ試訳の1例を挙げる。

          

                        

(俳句の試訳) 

・野分去り俄か樵となりにけり

      Typhoon has gone,

            I have become

                  an ad hoc woodcutter.

                    

                   

(川柳の試訳) 

・我が鼾とがめて妻は高いびき

            Upon accusing me of snoring,

                  my wife also

                         began a loud snore.

                  

                      

 (特許明細書の試訳)

「本発明の光通信器は、誘電体回路基板に光送信機能部、光受信機能部又は光送受信機能部を搭載し、全体を筐体(光通信器の一番外の面を構成する部材をいう)で包囲してなり、前記誘電体回路基板の少なくとも一枚は、片側面に金属部が形成された誘電体回路基板であり、前記誘電体回路基板の片側面に形成された金属部が、筐体の最外面の一部又は全部を構成しているものである。」

       

(試訳例)

An optical communications module according to this invention comprises: one or more dielectric substrates on which an optical transmitter section, an optical receiver section, or an optical transceiver section is provided; and a chassis encasing all of the dielectric substrates (the chassis refers to the outermost member of framework of the optical communications module), wherein at least one dielectric substrate has a metal part formed on one side thereof, the metal part constituting at least the whole or a part of an outermost surface of the chassis.

 

続きを読む »