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2015年2月 9日 (月)

俳句仲間のエッセイ: 「俳句と川柳」

     

    

今回は俳句仲間の河野輝雄氏のエッセイ「俳句と川柳」を掲載させて頂きます。

河野氏は俳句のみならず水彩画も趣味として楽しんでおられ、西宮市生涯学習大学「宮水学園」の「画楽彩グループ展」に猫の画風景画などを出品されます。

このグループ展はJR西宮駅南側にある「フレンテ」(4階)で平成27年2月18日~23日に開催の予定なので見に行きたいと思っています。

    

(青色文字をクリックして関連の解説記事をご覧になれます。)

       

     

    俳 句 と 川 柳 

            2015.2.7 河野輝雄  

最近の某句会で「言訳は 俯き加減 寒の月」という句を出したが、誰にも取ってもらえず無得点句となった。この句には少し思い入れがあったので、講評の場で以下のように言訳をさせてもらった。

すなわち、この句は古川柳集「俳諧 武玉川」に出てくる私の好きな、そして有名な古川柳俯向は 言い訳よりも 美しき」 (下記書物の索引では、「俯向 言い訳よりも 美しき」)をふまえて作ったものであることを述べた。

この言訳に対して句会の講師格の女性の方から、その川柳はなかなか色っぽいねと言われ、川柳については、よく理解していただいたようだった。

この川柳は神田忙人著「『武玉川』を楽しむ」(朝日選書337)のP.302に記載があり、評釈として「若い女性のように思われる。小言を言われたが弁解もせず、ただうつむいているのである。作者はそれを不貞腐れたとか返答につまったとかは見ずに、おとなしい忍従とみて感心しているのだ。弁解は十分に出来るのだがそれをせず、うつむいている様子に同情している。」 とある。

その後、少し考えて上記の句会提出句を「言訳に 俯く少女 寒の月」のように修正してみた。

     

俳句と川柳の違いに関しては、まず川柳には季語がなくてもいいことや、俳句が主として自然を詠むのに対して、川柳はどちらかというと人情を少し滑稽味をもって詠む、という解釈が一般的?であるが、復本一郎著「俳句実践講義」(岩波現代文庫/学術265)の中で俳句は連歌の発句から出てきた文芸なので「切字」が季語以上に大事であると解説している。

その実例として以下の句を示し俳句と川柳の違いを述べている。

①   買いに(ゆき)て絵の気に入らぬ団扇(うちは)かな

②   客が来てそれから急に買う団扇

③   桟橋に別れを(をし)む夫婦かな

④   油画(あぶらゑ)の初手は林檎に取りかかり

       

①~④でどれが俳句でどれが川柳か? 

①、②の団扇は夏の季語である。③には季語がなく ④の林檎は秋の季語。

なんと①と③が正岡子規の作で俳句。②と④は子規と同時代人の川柳作家 阪井()()()の作で川柳である。

①と③の句における切字(きれじ)「かな」がポイントで、詠嘆、感動を表現する終助詞「かな」が一句を完結させる役割を担っている。俳句性を保証するのは、季語以上に切字であると述べている。

季語の有無が俳句と川柳の基本的な相違と考えていたがどうも違うようである。勉強不足であり、もう少し勉強してみる必要がありそうだ。

      

               

(チュヌの主人のコメント)

現代俳句には川柳であると言った方がよいと思われるものがある。そのような俳句は一見すると面白そうで初心者が楽しむのによいだろうが、深みが無くて物足りない。高浜虚子の俳句は一見すると何でもないようであったり、何を言っているのだろうと興味が湧くものがある。その解釈をあれこれ考えていると飽きが来ない。虚子は「俳句の選は創作なり」と言っているが、「俳句の解釈も創作である」と思っている。虚子の辞世句の新解釈など「チュヌの便り」に書いている。

お暇があれば「俳句談義」などをご覧下さい。

       

   

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坊城俊樹氏の「空飛ぶ俳句教室」「俳句と川柳」
http://www.izbooks.co.jp/soraB16.html
「続・俳句と川柳」
http://www.izbooks.co.jp/soraB17.html
をご覧下さい。

ウイキペディアによると、
喜多 一二(川柳作家)は治安維持法違反で逮捕され、29歳で病死している。
「反戦川柳作家・鶴彬」
http://www2.nsknet.or.jp/~mshr/asobi/senryu/turuakira.html
を見ると、沢山の川柳がある。
だが、ベッドに手錠でくくりつけられたまま病死したとのことだから
辞世の句を作ることは許されなかったのだろう。
「川柳で侵略戦争と闘った若者、鶴彬没後70周年」
http://www.liveinpeace925.com/culture/tsuru_akira.htm
をご覧下さい。

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