2017年4月23日 (日)

深田公園でモモちゃんとププちゃんに会ったよ

   

チュヌは新緑のシュライン通りから深田公園を散歩しました。

可愛いモモちゃんとププちゃんに会い一緒に写真を撮ってもらいました。

三田屋本店の裏あたりは八重桜が綺麗でしたよ。

写真をクリック・拡大してご覧下さい。

ここをクリックする「深田公園」の写真集(グーグル検索結果)がご覧になれます。

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2017年4月19日 (水)

俳句「風光る」・写真特集(神戸メリケンパーク)

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季語「風光る」について、合本現代俳句歳時記(角川春樹編)は次のとおり解説しています。

「春光を吹き渡る風が光るように感じられるさま。やわらかな風が木の枝をゆらし、光が揺れ、まるで風と光とが同時にいのちを宿したごとく動く感覚を(とら)えて成した、みごとな季語というべきである。」 

  

シャープ電子辞書の広辞苑には次のとおり解説されています。

「春になってだんだん日光が強くなると、吹く風が何となく鋭く光るように感ぜられる。春風との同趣同工を避くべきである。」

    

ご覧の写真は先日チュヌの主人が神戸メリケンパークで写したものです。

    

復興のメリケンパーク風光る (薫風士)

風薫る開港記念音楽祭 (薫風士)

  

5月21日(日)には神戸開港150年音楽祭がメリケンパークで開催される予定です。

「BE KOBE」というロゴに興味が湧きインターネットで「神戸公式観光サイト」を見ると、次の記事がありました。

神戸市は、市民の皆さんが神戸に愛着を抱くことや、神戸市民であることを誇りに思う「シビックプライド」の醸成を目指しています。

BE KOBE」は阪神・淡路大震災から20年を機に生まれたロゴマークです。

「BE KOBE」を直訳すると、「神戸であれ」という意味になりますが、皆さんの心の中にある「神戸への想い」を「BE KOBE」に重ねて自由に解釈して頂くことで、神戸市民であることを誇りに思う気持ちの合言葉として定着させていきたいと考えています。

   

(青色の文字をクリックすると関連の解説記事や歳時記の俳句がご覧になれます。)

   

阪神・淡路大震災から22年過ぎ神戸は復興しました。 

東日本大震災熊本地震の被災の方々はまだ復興中でご苦労されています。チュヌの主人は心ばかりの「貧者の一燈」を捧げ速やかな復興を祈っています。

   

インターネット歳時記の「風光る」から神戸や海などを詠んだ俳句を目につくままに下記に抜粋します。 

風光る1

風光る海の匂ひの観覧車 (松木知子)

風光る2

風光る神戸元町パン工房 (池上幸子)

風光る3

沖の帆はひかりとなれり風光る (杉田さだ子)

風光る4

瀬戸内は海の十字路風光る (刈米育子)

風光る5

風光る八重の汐路を船速く (高谷栄一)

風光る6

風光るコバルト色の潮の帯 (山本浪子)

風光る7

海へ向くベンチに二人風光る (黒滝志麻子)

   

ちなみに、ここをクリックすると、グーグルで検索したメリケンパークの無数の写真がご覧になれます。

「NAVERまとめ」のサイトにメリケンパークの観光スポットの写真と解説があります。(ここをクリックしてご覧下さい。

「退職教授の見果てぬ夢」というサイトに「神戸メリケンパーク」という興味深い解説と写真集があります。(ここをクリックしてご覧下さい。

2017年4月13日 (木)

バイリンガル俳句鑑賞 <花疲れ眠れる人に凭り眠る(高浜虚子)>

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4月8日は高浜虚子の命日「椿(ちん)寿忌(じゅき)」です。

日本気象協会の「桜開花情報」によると北海道東北地方北陸地方以外の都府県では満開です。

桜・花の俳句と写真を集めました(ここをクリックしてご覧下さい)。

(青色文字をクリックすると関連の記事がご覧になれます。)

ご覧の写真のようにチュヌの散歩道の桜も満開になりました。

この週末は雨模様でしたが、花見でお疲れの方も居られるでしょう。   

そこで、高浜虚子の掲句「花疲れ眠れる人に()り眠る」の英訳にチャレンジしてみます。

俳句の英訳をするにはその作者が句を詠んだ背景を考え、原句の句意を訳出する必要があります。俳句はその解釈を読者の想像にゆだねる特徴があります。日本語の情緒的な表現・ニュアンスを英語HAIKKUに訳出することは至難です。英語は論理的な構文が特徴ですから、俳句で省略される主語など、英語では省略することが出来ません。したがって、原句が詠まれた情景を考えて、省略された主語を補って英語のHAIKUにしなければなりません。

掲句の場合は少なくとも次の三通りの情景が考えられます

(A)  眠っている人に虚子がつい寄り掛かってうとうとした。

(B)  うとうと眠っている虚子に隣の人が寄り掛かってうとうとした。

(C) 互いに寄りかかってうとうとしている二人連れを虚子が見た。

虚子に寄り掛かったのはうら若い女性か、むさくるしい男か?

二人連れは若者か、老夫婦か、恋人同士か?

様々な情景が思い浮かびます。俳句鑑賞の楽しさ、面白さです。

     

俳句は「省略の文学」といわれますが、花疲れ眠れる人に()り眠る」も主語が省略されています。英語では主語の省略はできませんので、先ず(A)の俳句であると解釈して原句に近い英語Haikuに翻訳します。

hanazukare_

I dozed,

leaning against a person dozing

      

weblio英和和英辞典」によると、「花疲れ」は「tiredness after cherry blossom watching」と英訳されています。

この英訳を用いると説明的な散文になり、Haikuの面白さが損なわれますが、構文などを工夫して次のように英語Haikuにしてみます。

I dozed,

leaning against a person dozing_

fatigue from cherry-blossom viewing

  

HAIKUらしく簡潔に翻訳するには、季語「花疲れ」は「寿司」(sushi)や「すき焼き」(sukiyaki)などと同じく、季語は日本固有・俳句特有のものとしてそのままローマ字の「hanazukare」にせざるを得ませんね。

ちなみに、原句が「眠る」と現在形の表現ですから、上記の英訳の「dozed」を「doze」と現在形にすると、「花疲れをすると、・・・眠る」と習慣的行為を句に詠んだことになります。

     

ご参考までに、上記(B)(C)の解釈に準じ試訳してみます。

(B)

hanazukare_

I dozed,

someone dozed leaning against me.

     

(C)

hanazukare_

a man dozed,

a woman dozed leaning against him.

    

英語は同じ言葉の反復をきらいますが、上記の翻訳では原句の面白さを反映するために敢えて同じ単語を繰り返しています。なお、personやman、womanなどは実態に合わせて適切な名詞を入れ替えて俳諧味を出すとよいでしょう。

     

原句の句意と異なるかも知れませんが、花見時によく見かける車内の光景として次のように英語HAIKUを作ってみます。

hanazukare_

couples of people doze in a train,

leaning agaist each other

      

この「花疲れ」の俳句の最後は「眠る」と現在形ですから、花見の疲れという現象の一面の真理を詠んだものと解釈して次のように翻訳して見ます。

hanazukare_

people tend to doze

leaning against one another

       

興味のある方は「バイリンガル俳句・HAIKUを楽しむ <高浜虚子の俳句「春の山」>」もご覧下さい。

     

俳句をユネスコ世界無形文化遺産に登録する運動が

国際俳句交流協会などの俳句愛好者によって進められています。

チュヌの主人は言語の壁を破るチャレンジをして、

日英バイリンガル俳句を楽しみながら、

草の根運動の一助になればとの思いで、

俳句やエッセイなどのブログを書いています。

ご意見やコメントなど、投稿して頂けると有難いです。

投稿して頂く場合には「コメントを投稿」(記事の最後の欄)に、

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なお、ご投稿頂いた内容はチュヌの主人の任意の裁量で

適宜公開させて頂きます。予めご了承ください。

2017年4月 8日 (土)

俳句の英訳 <波音の由比ヶ浜より初電車(高浜虚子)>

48日は高浜虚子の命日「椿(ちん)寿忌(じゅき)」です。

そこで虚子所縁(ゆかり)の由比ヶ浜の俳句

波音の由比ヶ浜より初電車」

の英訳にチャレンジしました。

  

(英訳A)

虚子が「由比ヶ浜」から初電車を見て詠んものとする翻訳です。

the first train of New Year,

seen from Yuigahama,

waves of the beach sounding

  

(英訳B)

虚子が「由比ヶ浜」の駅から初乗したものとした翻訳です。

the first train I took New Year

left from Yuigahama,

the beach waves sounded

   

虚子が俳句を詠んだ背景はA・Bのいずれでしょうか?

実体をご存知の方が居られるなら、教えて頂けると幸甚です。

2017年3月22日 (水)

俳句の創作的解釈<高浜虚子の俳句「一つ根に離れ浮く葉や春の水」>

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冒頭の写真は日本伝統俳句協会の3月のカレンダーです。掲句と石井柏亭のほのぼのとした絵の掛軸が「双福」で掲載されています。

チュヌの主人はこのカレンダーを毎日眺めながら何となく俳句のことを考えています。先日ふと、この俳句は正岡子規高浜虚子河東碧梧桐の関係の比喩でないかという考えが浮かびました。すなわち、「根」が正岡子規であり、「葉」は虚子と碧梧桐を差していると解釈したのです。この解釈が正しいか否か確認するためにインターネット検索をすると同じような考えを述べている「俳句雑記帳」というタイトルの記事がありました。 

高浜虚子は「俳句の作りよう」の「(三)じっと眺め入ること」において、次のように述べています。

(青色文字をクリックすると、「俳句の作りよう」の全文や解説記事などがご覧になれます。写真はクリックすると拡大されます。)

「芭蕉の弟子のうちでも許六(きょりく)という人は配合に重きを置いた人で、題に執着しないで、何でも配合物を見出してきて、それをその題にくっつける、という説を主張していることは前章に述べた通りでありますが、それと全然反対なのは去来(きょらい)であります。去来は配合などには重きを置かず、ある題の趣に深く深く考え入って、執着に執着を重ねて、その題の意味の中核を捕えてこねばやまぬという句作法を取ったようであります。
 この後者の句作法の方をさらに二つに分けてみることができます。
その一は目で見る方で、じっと眺め入ることであります。その二は、心で考える方で、じっと案じ入ることであります。」

さらに、「『じっと眺め入る』ということもやがては『じっと案じ入る』ということに落ちて行くのであります。」と述べて、掲句「一つ根に離れ浮く葉や春の水」を詠んだ経緯を詳細に説明しながら約2600字を使って句作における「写生」とは何かを縷々説明しています。

したがって、掲句を上記のように比喩と考えるのは穿ち過ぎかもしれませんが、「人間も大自然の一部の存在である」ととらえ花鳥諷詠を唱導した虚子は無意識のうちにそういう比喩をしていたかも知れません。さらにうがった創作的解釈をすると、「一つ根」は芭蕉を意味し、「葉」は去来許六を差していると解釈することもできます。

   

俳句をユネスコ世界無形文化遺産に登録する運動が松尾芭蕉正岡子規ゆかりの自治体や国際俳句交流協会などの俳句愛好者によって進められていますその草の根運動の一助になればとの思いで、チュヌの主人はブログを書き、読者のご意見・ご投稿をお待ちしています。

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2017年3月 1日 (水)

バイリンガル俳句・HAIKUを楽しむ <高浜虚子の俳句「春の山」>

         

春の山屍をうめて空しかり (1959)

掲句は高浜虚子の辞世句といえる俳句です。(「俳句談義(1)虚子辞世句の解釈」参照。)

  
One Hundred and One Exceptional Haiku Poems by KyoshiTakahama

虚子秀句・百一選英訳Kyoshi shuuku hyakuissen eiyakuに「Haru no yama kabane o umete munashi-kariとして、Katsuya Hiromoto氏の次の英訳があります。

Spring mountain
With the corpse buried —
How insignificant and small

   

上記の英訳は「屍」を「the corpse」と翻訳しています。これは、掲句が鎌倉の源頼朝の墓を詠んだものと解釈して翻訳したものでしょうか?

次のように英訳すると、原句の句意に近い翻訳になるのではないでしょうか?

the spring mountain

stands vain

with corpses buried

翻訳者のご意見を伺いたいものですが、チュヌの主人は掲句を「Haru no yama kabane o umete kuushikari」と読んで、下五の「空しかり」を「むなしかり」ではなく「空然り」と解釈しています。

穿ち過ぎかもしれませんが、「春の山」は単に「源頼朝」の「墓」だけでなく、自分自身を含めて様々な人々が埋められる亀谷山(きこくさん)寿福寺の墓を指して高浜虚子が辞世の俳句として詠んだものとして、次のように英訳してみます。

the spring mountain
with corpse
s buried —

all are vanity

      

ちなみに、高浜虚子が掲句を詠んだ背景について、「鎌倉婦人子供会館」のHPにある解説を下記のとおり抜粋します。

虚子は、多くの死者が眠る鎌倉の山並みを窓より見渡し、頼朝を弔う詩幅を前に、次の二句を残しました。
  英霊を 弔ふ詩幅 桜生け
  春の山 屍をうめて 空しかり

(http://www.kfujin-kodomo.org/20150126.html参照。)

(「俳句談義(2):虚子辞世句の新解釈について」参照。)

  

俳句の鑑賞・面白い季語「山笑ふ」

    

「山笑う」について飯田龍太はカラー図説日本大歳時記(講談社版)において次の通り解説しています。

「出典は中国宋代のころの禅宗の画家郭煕『春山淡冶(たんや)にして笑ふが如く』にあるという。『冬山惨淡として眠るが如し』に対比される形容で、絶妙の(たとえ)である。褐色の(うぶ)()(おお)われたような早春の山々の木々が、次第に潤みを帯び、春の日に照らされて山そのものが笑みを浮かべているようだという。峻険な山にこの感じはないが、1000メートル程度までの低い山姿はまさしくこんな印象。それを素早く季題とした俳人の感度もなかなかのものと讃えたい。」

インターネット歳時記には「山笑う」の俳句は800句余りあります。次にランダムに抜粋させて頂きます。

青色文字の季語「山笑ふ」をクリックするとそのページの俳句の詳細がご覧になれます。  

山笑ふ1)

故郷やどちらを見ても山笑ふ  (正岡子規

落伍せしゴルフレッスン山笑ふ (山田弘子

山笑ふ2)

余生とは歩くことらし山笑ふ  (清水甚吉)

母と妻口論佳境山笑ふ (保田英太郎)

山笑ふ3

名刹はべからずづくめ山笑ふ  (江国滋酔郎

山笑ふ共に忘るる齢となり (高倉恵美子)

山笑ふ4

山笑ふ胎動ときにへその裏  (仙田洋子

山笑ふ仏の顔の湯治客 (小林朱夏)

山笑ふ5

山笑ふその先高き甲斐の富士 (小俣剛哉)

山笑ふ裸のつきあひ露天風呂 (藤野寿子)

山笑ふ6

磨崖仏胎に蔵して山笑ふ (上谷昌憲)

噛み合はぬ夫婦の会話山笑ふ (水原春郎)

山笑ふ7

古希すぎて描く未来図山笑ふ (岡真紗子)

リハビリの発声練習山笑ふ (加藤千春)

      

「山笑う」という面白い季語のせいか、インターネット歳時記でも川柳まがいの俳句がありますが、チュヌの主人も「山笑ふ」の俳句を詠んでみました。

・微睡て富士を見落とし山笑ふ

・山笑ふ車窓の彼方富士の嶺

 上京する際の新幹線ではいつも富士山の雄姿を見るのを楽しみにしていますが、ついうとうとして見落とすことがあります。

・快音のボールOB山笑ふ

 スコアを気にせず専ら健康管理のためのゴルフを楽しんでいます。

・眠りから覚めたる山の笑ひをり

丹波路や山穏やかな笑ひ顔

 故郷へ車を駆る度に丹波路の四季折々の穏やかな山並みに心が和みます。

・なじり合ひまたかばひ合ひ山笑ふ

・山笑ふ旅の不安や忘れもの

 最近は何かにつけてよく物忘れをするようになり夫婦二人で一人前のスローライフです。

     

先輩の川柳 (2017.3.1)

このところ俳句の記事ばかりが続いていますので、久しぶりに前川淳氏の川柳を掲載させて頂きます。最近の世界情勢や世相を考えると、これらの川柳には何か皆さんの思いに通ずるものがあるのではないでしょうか。

① 雷鳴に呼び覚まされた能天気

② 鉄人の涙もろさを垣間見た

③ 世界地図どこを開けてもきな臭い

④ もう二度と降らせてならぬ黒い雨

⑤ 温もりを育み合った木の校舎

⑥ 国言葉一色になる同期会

⑦ 春めいて悲しい色が遠ざかる

次回は面白い季語「山笑う」の俳句をとりあげます。 

・眠りから覚めたる山の笑ひをり (さとし)

・丹波路や山穏やかに笑ひをり (さとし)

  

2017年2月24日 (金)

俳句の解析・鑑賞 <蕪村の「白梅」と虚子の「去年今年」>

      

しら梅に明る夜ばかりとなりにけり

この俳句は画家でもあった与謝蕪村ならではの辞世の句です。

正岡子規は「俳人蕪村」(注1)において蕪村の俳句を高く評価していますが、掲句については言及していません。 

萩原朔太郎は「郷愁の詩人 与謝蕪村」(青空文庫)(注2)において詩人ならではできない句評をしています。

天明(てんめい)三年、蕪村臨終の直前に(えい)じた句で、彼の最後の絶筆となったものである。白々とした黎明(れいめい)の空気の中で、夢のように漂っている梅の気あいが感じられる。全体に縹渺(ひょうびょう)とした詩境であって、英国の詩人イエーツらが(ねら)ったいわゆる「象徴」の詩境とも、どこか共通のものが感じられる。しかしこうした句は、印象の直截鮮明を尊ぶ蕪村として、従来の句に見られなかった異例である。かつどこかスタイルがちがっており、句の心境にも芭蕉風の静寂な主観が隠見している。けだし晩年の蕪村は、この句によって(ひとつ)の新しい飛躍をしたのである。もしこれが最後の絶筆でなかったならば、更生の蕪村は別趣の風貌(ふうぼう)を帯びたか知れない。おそらく彼は、心境の静寂さにおいて芭蕉に近づき、全体としての芸術を、近代の象徴詩に近く発展させたか知れないのである。そしてこの臆測(おくそく)は、蕪村の俳句や長詩に見られる、その超時代的の珍しい新感覚――それは現代の新しい詩の精神にも共通している――を考え、一方にまた近代の浪漫(ろうまん)詩人や明治の新体詩人やが、後年に至って象徴的傾向の詩風に入った経過を考える時、少しも誇張の妄想でないことを知るであろう。」

    

この俳句を英訳するには省略されている「主体」となるべき言葉を補足して解釈する必要が生じます。会話や散文においても文脈から明瞭な主語(主体)などがよく省略されますが、この俳句においては「自分には」とか「自分に残された夜は」などの語句が省略されていると解釈すると蕪村が自分の気持ちをありのままに素直に詠んだ俳句であることがわかります。

俳句の新解釈・鑑賞 <しら梅に明る夜ばかりとなりにけり(与謝蕪村)>参照)    

このような分析的解釈は詩人や俳人の詩的感覚にどのように映るでしょうか? 俳句を翻訳するためには俳句を詩的のみならず解析的に鑑賞する必要があります。

  

俳句の英訳に関心のある方のご参考までに下記します。   

The Art of Haiku by Stephen Addissには蕪村の「しら梅」の俳句を次の通り翻訳しています。

among white plum blossoms

what remain is the night

about to break into dawn

上記の英訳は「白梅に残っているものは明けようとしている夜ばかり」と和訳できます。すなわち、原句の句意を誤解した英訳です。

次のように英訳すると、原句の真意を明瞭に伝える俳句らしい翻訳になります。

what remain to me_

the night about to break into dawn

among white plum blossoms

   

外国人が日本語を完全に理解して英訳することは困難なようです。日本人が俳句を理解できても完全な英語に翻訳することは容易ではありませんが、チュヌの主人はバイリンガル俳句にチャレンジし楽しんでいます。

ちなみに、高浜虚子の代表作といわれる俳句「去年今年貫く棒の如きもの」においては主体となるべき語句「俳句に対する虚子の信念」が省略されていると解釈できます。

俳句の新解釈・鑑賞 <去年今年貫く棒の如きもの(高浜虚子)>をご参照下さい。    

(注1)「俳人蕪村」は下記URL参照。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000305/files/47985_41579.html

(注2)「郷愁の詩人 与謝蕪村」は下記URL参照。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/47566_44414.html

  

2017年2月11日 (土)

日英バイリンガル俳句を楽しむ <高浜虚子の俳句「去年今年」>

    

光陰矢の如し(Time flies.)、高浜虚子の生誕日(2月22日)が間近です。

そこで、虚子の俳句「去年今年貫く棒の如きもの」の英訳にチャレンジします。

(青色文字をクリックすると関連の記事がご覧になれます。)

インターネットのhttp://terebess.hu/english/haiku/takahama.html

に「One Hundred and One Exceptional Haiku Poems by Kyoshi Takahama(虚子秀句百一選英訳)という記事があり、次英訳がありました

Something like a stick

That goes through

Last year and this year

上記の英訳は原句の一般的な解釈に従って翻訳したものです。

文字通りに日本語にすると、「去年今年を通じてゆく棒のようなもの」という意味のHAIKUです。日本語を知らない外国人がこの英訳HAIKUを読むと、意味不明の謎かけのように思い、高浜虚子の代表的名句だとは思はないでしょう。 

次のようにす英訳すると、原句に近くなるでしょう。 

kozokotoshi_

piercing

as if a stick

   

俳句の新解釈・鑑賞 <去年今年貫く棒の如きもの(高浜虚子)>において考察したように、主語(主体)は省略されている、すなわち、「俳句に対する虚子の信念」が省略されている、「去年今年」は客体である、と解釈する場合は次のように意訳できます。 

my belief in HAIKU

pierces kozokotoshi through,

as if a stick pierces something

   

「去年今年」は文字通り英訳すると「last year this year」ですが、新年の季語としては不適切です。「去年今年」は高浜虚子が季語として確立したと言われていますから、日本語のまま「kozokotoshi」で使うのがよいでしょう。

オバマ大統領も日米首脳会談の夕食会で次のような日本語をそのまま使っているHAIKUを披露しています。

俳句談義18:政治家と俳句 <俳句を通して世界の平和を!

・春緑 日米友好 和やかに

Spring, green and friendship

United States and Japan

Nagoyaka ni

  

今日は「建国記念の日」です。「『旗日』は死語か?『建国記念の日』の俳句を読んで思うこと」をご覧下さい。

ところで、安倍首相がトランプ大統領と会談し、一緒にゴルフもする予定とのことです。トランプ米国大統領に歓待されるのは大変結構なことですが、実を取られて日本が滅びるようなことになっては困りますね。トランプ氏はオバマさんのように俳句を詠むことはしないでしょうから、俳句は詠まなくても、しっかり会談して下さいね。

安倍総理大臣! よろしくお願いします!

ここまで書いたところで、「日米首脳会談で安倍首相は『罠』にハマった。 『マッドマン・セオリー』に騙される日本」という東洋経済ONLINE記事があった。下記URLをクリックしてご覧下さい。http://toyokeizai.net/articles/-/158128

    

   

     

2017年2月10日 (金)

「梅」・「梅の花」の俳句鑑賞

         

インターネット歳時記には「梅」の俳句が約1800句、「紅梅」約800句、「白梅」約500句、「梅ヶ香(梅匂ふ)」約500句、「探梅」約350句、「梅咲く」約260句、「枝垂れ梅」121句、「老梅」59句、「梅の花」250句など、梅を詠んだ俳句が無数にあり興味が尽きません。

季語「白梅」の冒頭には、阪神・淡路大震災を詠んだ俳句「白梅や天没地没虚空没永田耕衣)」があります。歳時記には味わい深い俳句や個性的な俳句など沢山ありますが、与謝蕪村の俳句「しら梅に明くる夜ばかりとなりにけり」の新解釈(「チュヌの便り」)もここをクリックしてご覧下さい

歳時記からたまたま目についた俳句をランダムに抜粋させて頂きます。

青色文字をクリックすると俳句や作者の解説など詳細がご覧になれます。

    

老梅

老梅の穢き迄に花多し  (高浜虚子

老梅の白の気品の衰へず (石谷淳子)   

梅1

風に日に梅に忌心整ひし (稲畑廣太郎)

色褪せて一瞥さるる梅やある (大橋敦子) 

梅2

雪しづれして丸窓の古都の梅 (大西正栄)

廃校の母校の跡の梅に佇つ (松田欽吾) 

梅3

梅よりも空の蒼さを讃へをる (落合絹代)

子と犬と抱き上げ夫婦梅をかぐ (勝野薫)

梅4

梅は散り君は彼岸のみほとけに (

春競ふ源平梅や二条城 (田中呑舟) 

梅5

学問の神の庭園梅固し (中村星児)

梅の下にけふ落日を見るゆとり (瀧春一 

梅6

人寄りて梅の素顔を見つめをり (黒澤登美枝)

梅活けし小部屋の襖開きおく (水谷ひさ江) 

梅7

二もとの梅に遅速を愛す哉  (与謝蕪村)

梅固し憂ひは常に極秘なり (荻野千枝) 

梅8

折り取りし梅添へ仕上ぐ節料理 (ことり)

老人の話筒抜け梅三分 (中島あきら) 

梅9

火照る(こつ)拾ひて梅の風に出づ (藤井美晴)

妻佇ちし梅ほつほつと開きゆく (大橋晄) 

梅10

軒端なる梅のひなたの石手水 (豊田都峰

知らぬ間の隣人の訃や梅二輪 (布川孝子) 

梅11

梅が枝の折れんばかりや雪止まず (小川玉泉)

梅早し遅しと虚子の誕生日 (稲畑汀子) 

梅12

毎年の梅の開花を愛でゐしに (大橋晄)

盆梅や盆梅課ある城下町 (小澤菜美) 

梅13

道ひとつ違へ野梅につきあたる (石田阿畏子)

家ごとに小さき橋掛け梅の里 (松本三千夫) 

梅14

廃業の老舗の名残垂れ梅 (宮本俊子)

盆梅の気品遺して逝かれけり (稲畑廣太郎) 

梅の花

正直は亡母の諭し梅の花 (小林鱒一)

一輪車上手にくぐる梅の花 (小菅美代子)

      

2017年2月 3日 (金)

俳句の新解釈・鑑賞 <しら梅に明る夜ばかりとなりにけり(与謝蕪村)>

    

今回は与謝蕪村の辞世句として有名な掲句「しら梅に明る夜ばかりとなりにけり」の解釈について考えます。 

外山滋比古氏は「省略の詩学―俳句のかたち」で「俳句は省略の文学である」「十人十色の受け取りができてこそ俳句はおもしろい。」と云っています。

俳句の新解釈・鑑賞 <去年今年貫く棒の如きもの(高浜虚子)>」参照。)    

掲句の解釈として、学研全訳古語辞典には次の解説があります(Weblio参照)。

[訳] 冬も終わり、ほころび始めた白梅の花が闇(やみ)からしらじらと浮かび上がる夜明けを迎えるころとなった。

(鑑賞)蕪村の辞世の句。没したのは十二月であるが、蕪村の心はすでに初春の明け方を向いている。季語は「白梅」で、季は春。  

上記の解釈は、清水哲男氏が増殖する俳句歳時記」に於いて次のように評しているように、辞世句の解釈としては安易すぎます。   

天明三年(1783)十二月二十五日未明、蕪村臨終吟三句のうち最後の作。枕頭で門人の松村月渓が書きとめた。享年六十八歳・・・(中略)・・・

単純に字面を追えば「今日よりは白梅に明ける早春の日々となった」(暉峻康隆・岩波日本古典文學大系)と取れるが、安直に過ぎる。いかに芸達者な蕪村とはいえ、死に瀕した瀬戸際で、そんなに呑気なことを思うはずはない。暉峻解釈は「ばかり」を誤読している。

「ばかり」を「……だけ」ないしは「……のみ」と読むからであって、この場合は「明る(夜)ばかり」と「夜」を抜く気分で読むべきだろう。すなわち「間もなく白梅の美しい夜明けなのに……」という口惜しい感慨こそが、句の命なのだ。・・・(以下省略)・・・   

清水哲男氏は「『夜』を抜く気分で読むべきだろう」と述べていますが、蕪村のような優れた俳人が無駄な言葉を使って俳句を作っているとは考えられません。   

学研全訳古語辞典の解説では「冬も終わり」などを補って解釈していますが、不適切ではないでしょうか?

蕪村は1784年1月17日に亡くなっています。この辞世の俳句で省略された語句は、「冬も終わり」などということではなく、「自分に残された夜」とか「自分が生きている夜」とかという主体が省略されていると解釈すべきだと思います。

「明る夜ばかり」とは、「四季の巡りに伴い様々な夜がこれからもあるだろうが、自分に残された夜は『白梅に明る夜』のみとなった」、「自分が生きている夜は『この白梅に明ける夜』のみになった」と、死が間近であることを詠んだものと解釈するのが至当でしょう。

ちなみに、「夜半亭(YAHANTEI)のブログ・回想の蕪村」には、蕪村のいくつかの俳句や句評が掲載されています。ご参考までに、臨終3句を下記に抜粋させて頂きます。

・冬鶯むかし王維が垣根哉(『から檜葉』臨終三句の第一句・天明三年)
・うぐひすや何ごそつかす藪の中(『から檜葉』臨終三句の第二句・天明三年)
・しら梅に明る夜ばかりとなりにけり(『から檜葉』臨終三句の絶吟・天明三年)

上記の臨終3句は、過去・現在・未来を順番に詠んだ俳句だと解釈できます。「しら梅」の句は未来を詠んだ俳句であると解釈すると、「自分の未来(死後)の世界は『夜ばかり』である」と詠んだことになります。この解釈は穿ちすぎでしょうね。    

蕪村の臨終3句や正岡子規の辞世句3句などを読むと、高浜虚子の辞世句「春の山屍を埋めて空しかり」は、「春の山屍を埋めて(むな)しかり」ではなく、「春の山屍を埋めて(くう)しかり」と読むべきであるという思いを新たにしました。俳句談義(1)参照。)   

  

2017年2月 1日 (水)

季語「立春」・「春立つ」を用いた俳句

             

2月4日は立春です。先日「チュヌ」と散歩していて声をかけられたとき、ふと即興句「愛犬の取り持つ縁春立ちぬ」が浮かびました。チュヌはこの2月に12歳になる老犬ですが、「いつまでも可愛いね」と言ってくれた方がいました。独りで散歩していると「こんにちは」と挨拶を交わすことも稀ですが、チュヌは真白な毛の大型のサモエド犬で可愛い顔をしているので色々な人が声をかけてくれます。

相老いの愛犬と散歩をしながら、俳句のことなど思いめぐらしていますが、俳人ならぬチュヌの主人は、トランプ米国新大統領の就任後の相次ぐ独善的な大統領令発令に危惧を抱き、だまっているわけにはいかないという思いがつのっています。米国市民のみならず世界の良識ある政治家・市民がトランプ大統領の独善的暴走を防ぐ働きかけをすることを願っています。

インターネット歳時記の「立春」・「春立つ」の俳句は約700句あります。冒頭の句や目についた俳句を下記に抜粋します。

(青色文字の季語をクリックすれば各ページの俳句をご覧になれます。) 

立春1」

立春の二階へ舟が入り来る   井上青穂

立春の光を回す水車かな  吉村玲子 

立春2」

さざ波は立春の譜をひろげたり  渡辺水巴

立春や朝日まぶしき雨雫 大山妙子 

立春3」

立春や木洩れ日を踏むぶな林 あきの澪

立春や鳥の来てゐる朝の庭 稲畑汀子 

立春4」

立春の空の青さよ雪の後 大西裕

立春の大屋根の雪万福寺 坪内稔典 

立春5」

春立つや雪降る夜の隅田川 角川春樹

立春の海よりの風海見えず 桂信子    

春立つ

春立や見古したれど筑波山  小林一茶

幼な子の質問楽し春立ちぬ 藤野佳津子

     

2017年1月29日 (日)

俳句の新解釈・鑑賞 <去年今年貫く棒の如きもの(高浜虚子)>

     

掲句について稲畑汀子さん(ホトトギス名誉主宰)は「虚子百句」において次のように述べています(抜粋)。

「この棒の、ぬっとした不気味なまでの実態感は一体どうしたことであろう。もしかすると虚子にも説明出来ず、ただとしかいいようがないのかも知れない。敢えて推測すれば、それは虚子自身かも知れないと私は思う。この句は鎌倉駅の構内にしばらく掲げられていたが、たまたまそれを見た川端康成は背骨を電流が流れたような衝撃を受けたと言っている。感動した川端の随筆によって、この句は一躍有名となった。」

  

川端康成は掲句のどの点に衝撃を受けたのでしょうか?

川端康成も一般的な解釈と同じように「棒」とは「時の流れ」の比喩であると解釈したのでしょうか?

 

虚子の俳句『去年今年貫く棒の如きもの』の棒とは何か?に於いて、チュヌの主人は「中立的な表現の俳句は鏡のように、読む人の心を映しだす。」と書きましたが、外山滋比古氏は「省略の詩学―俳句のかたち」(電子書籍)に於いて次のように述べています。

「一句の意味はひとつに限ると考えるのからして大きな誤解で、受け手によって句意は変わる。十人十色の受け取りができてこそ俳句はおもしろい。あいまいさは、作者に多くの諷意を許容し、受け手には自らの意味を生み出す喜びを与える。」

  

また、外山氏は高浜虚子の掲句「去年今年」について次の通り句評しています。

「措辞ははなはだ粗雑であるが、年のつらなりを棒にたとえるのは奇想である。人はその奇抜さに興ずるのであろう。名句の名をほしいままにしている。」

  

外山滋比古氏の「省略の詩学」は桑原武夫の「第二芸術論」の対極にあると言えます。俳句愛好家にとってありがたい著書です。しかし、措辞ははなはだ粗雑」という句評にいささか語弊があります。

外山氏は、「去年今年」を主語(主体)として捉えて句意を解釈しているから、「措辞が粗雑である」と考えたのでしょう。

「去年今年」を副詞として捉え、主語(主体)は省略されていると解釈すると、この批判は妥当でないことが理解できます。

日本語では主語がよく省略されます。外山氏の言にあるように、俳句は「省略の文学」です。この俳句で省略された主語(主体)は「虚子の花鳥諷詠の俳句に対する信念」であるといえるでしょう。

虚子は「春風や闘志抱きて丘に立つ」という俳句を39歳の時に作っています。この闘志を持ち続けていることを、「去年今年貫く棒の如きもの」と、77歳の時に詠んだものであると解釈するのが至当でしょう。すなわち、「自分の信念は去年とか今年とかいう時の区切りを突き抜く固いものであり、生きている限り変わらない」と言っているのでしょう。「時の流れ」は未来永劫に続くものですから、「棒」をその比喩と解釈することにはやや無理があり、虚子の真意では無いと思います。

   

ちなみに、主体が省略された虚子の俳句の一例として、次の俳句(河東碧梧桐への追悼句)が参考になります。

たとふれば独楽のはぢける如くなり

この句に於いては、たとえば、主語となるべき「虚子と碧梧桐の関係」が省略されています。

(「高浜虚子の100句を読む」(坊城俊樹)下記URL参照。)http://www.izbooks.co.jp/kyoshi81.html

       

インターネット歳時記には、「去年今年」の俳句が750句ほどあります

「去年今年」が副詞的に用いられている俳句が大多数ですが、ご参考までに下記に例句を若干抜粋します。

(副詞的に用いた例句)

・去年今年机上に積まれたるままに (稲畑汀子)

・良きことも良からぬことも去年今年(今井千鶴子

・去年今年平和を祈る手でありぬ (橘高絹子)

 

(「去年今年」を主体ないし客体として用いた例句) 

・聞き慣れし振子のつなぐ去年今年 (鈴木美江

・何かある闇でつながる去年今年 (千坂美津恵)

   

次の俳句は虚子の掲句を意識して「去年今年」を主語として作ったものでしょうが、「去年今年」を副詞として解釈することも可能です。

・去年今年大河の如くありにけり (竹下陶子)

   

ちなみに、稲畑廣太郎氏(ホトトギス主宰)の俳句に、虚子の掲句を意識して作った俳諧味のある句があります。

棒も又折れゆくものや去年今年

この俳句の「去年今年」は単なる季語の取り合わせですが、「棒」を「時の流れ」の比喩であると解釈すると、「棒が折れること」は「地球が破滅すること」を意味することになるでしょう。

トランプ米国新大統領の就任などで「世界終末時計が進められたというインターネット記事ありました。トランプ氏が米国新大統領として良識ある為政をすることを祈るばかりです。

  

2017年1月23日 (月)

初雪の俳句

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1月16日に「日EU俳句交流大使であるファンロンパイEU大統領を囲む夕食会に参加しました。この夕食会はファンロンパイ氏のアジアコスモポリタン賞受賞の祝賀と俳句愛好家の交流のために開催されたもので盛会でした。俳句愛好家の集まりなので正岡子規の号獺祭書屋」に因んで乾杯の酒に「獺祭の発泡にごり酒スパークリング」があり、ファンロンパイ氏が挨拶で俳句の世界遺産登録への運動に協力すると賛意を表明され、多いに盛り上がりました。詳細はいずれHIAの公式HPの記事になるでしょうから割愛しますが、俳句愛好家が増えて俳句の世界遺産登録が実現すると嬉しいですね。

当日は我が手作りの庭も銀世界となり、愛犬「チュヌ」(サモエド犬)の天国になりました。朝の散歩を済ませてから新幹線で上京し、夕食会までに時間の余裕があったので、皇居周辺を散歩しました。

そこで、当日の雪景色などの写真(クリックすると拡大します)や拙句を掲載します。

   

手作りの日本列島雪景色

初雪やサモエド犬の白さびれ

雪の丘犬とサクサク小気味よく

初雪の車窓変幻「のぞみ」かな

雪の富士瞬時の対峙デジカメと

雪景色車窓の闇に消えにけり

  

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「俳句は好き好き、名句はプロの俳人にまかせておけば良い」と、駄句を口遊んで楽しんでいますが、拙句のみでは読者に申し訳ないので、インターネット歳時記「初雪」の俳句から、目についた句をご参考までに若干抜粋します。詳細(約360句)は季語「初雪」(青色の下線文字)をクリックしてご覧下さい。

 

初雪1

初雪のそれより白き鷺の舞ふ (小野ちゑ) 

初雪2

初雪の一瞬の富士見のがさず (稲畑汀子 

初雪3

初雪や水仙の葉のたわむまで  (芭蕉

賀に参ず初雪の富士窓に嵌め (稲畑廣太郎

   

2017年1月 5日 (木)

俳句の作り方 <5つのポイント>  

   

俳句は好き好きです。名句はプロの俳人にまかせて、次の5つのポイントに気をつけて句作を楽しみましょう!      

(1)季語・季題(季節の分かる言葉)は一つ入れます。

季語の無い俳句は川柳と同じことになりがちです。季語が分からなければ歳時で確認出来ます。歳時記を持っていない場合は、ともかく季節が分かる言葉が俳句に一つあれば良いと割り切って俳句を作れば良いのです。

季語は二つあっても、その効果があれば差支えがありません。しかし、初心者は季語を一つだけ使うのが無難です。季語が二つある「季重ね」の俳句は句意が分かりにくくなることがよくあります。 

(2)「」は一つ入れます。

「切れ」としては、「や」「かな」「けり」などの「切字」ばかりでなく、名詞や動詞の終止形なども用いることが出来ます。「切れ」は、その直後に俳句の切れ目、すなわち、「間」を作ります。この「間」によって、俳句の詠まれた背景などを読者が想像することにより味わい深い俳句になります。「切れ」が無いと、普通の文章、いわゆる散文の断片的な一部に過ぎなくなりがちです。     

(3)5-7-5音のリズムが良く、句意が明瞭になるように語句の選択や語順を工夫します。    

(4)無駄な語句を省き、イメージが浮かぶ俳句にします。      

(5)文語にするか口語にするかは好み次第ですが、どちらかに統一します。

文語(旧仮名遣い)には詩的に簡潔に表現できるメリットがあり、口語には親しみやすい現代的表現が出来るメリットがあります。

上記の「5つのポイント」は「フラワータウンカレッジ講演の要旨」からの抜粋です。例句など詳細はここをクリックしてご覧下さい。  

2016年12月31日 (土)

「初詣」の俳句

      

今日は大晦日です。英国のEU離脱決定やトランプ次期米国大統領の選出など、今年は「まさかと思ったこと・思いがけないこと」が次々に起こりました。除夜の鐘を聞きながら今年の出来事を振り返り、新年への期待と不安を感じつつ、初詣に出かける方も多いと思います。

そこで、「チュヌの便り」の今年最後のブログは「初詣」の俳句をとりあげました。

・多事多難さるとり騒ぐ初詣

・ままならぬことと知りつつ初詣

・砂利音に心を清め初詣

初詣くちげんかして清々と

初詣じじいに笑みし幼孫

上記はチュヌの主人(さとし)の初詣の即興句です。冒頭に拙句を掲載したのは、「俳句は誰でも気軽に楽しめるものだ」ということを多くの人々に知って貰い、俳句人口を増やし、「俳句」の世界文化遺産登録への草の根運動のささやかな一助にしたいというチュヌの主人の切なる思いからです。「俳句を楽しもう!」をご覧下さい。

(青色文字(「初詣」など)をクリックするとウイキペディアの解説やインターネット歳時記「初詣」の例句の詳細をご覧になれます。「初詣」の俳句は全部で650句ほど掲載されています。) 

初詣1」

・玉砂利のやすみなき音初詣 (保坂加津夫)

初詣2

・身長を比べ合うてる初詣 (竹内紫翠)

初詣3

・株高値賽銭弾む初詣  (黒沢宮雄)

初詣4

・三世代七人揃ひ初詣 (大橋晄)

初詣5

・夫逝きてたったひとりの初詣 (辻香秀)

初詣6

・初詣出雲の国割子蕎麦 (津田富司)

     

2016年12月26日 (月)

俳句の鑑賞 <「年忘れ」・「忘年会」の俳句>

              

年忘(としわすれ)は「忘年会」を意味する言葉です。「カラー図説日本大歳時記」によると、「年忘れ」は室町時代から使われているようです

日本大歳時記には芭蕉の俳句「人に家を買はせて我は年忘れ」が冒頭にあり、一茶の俳句「独り身や上野歩行(あるい)とし忘れ」など多数の例句が記載されています。一茶の俳句で「とし」と「ひらがな」を用いたのは、「年」と「歳」の二つのニュアンスを出すためでしょうか。芭蕉の俳句やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」の「けしき」と同じような表現手法でしょう。(蝉の俳句を鑑賞しよう」参照。)

「年忘れ」の俳句をインターネットで検索すると、富安風生の面白い俳句があります。

・老いはいや死ぬこともいや年忘れ

この俳句は風生70歳の時に作った句です。「年忘れ」と漢字ですが、「自分が何歳か歳を忘れたい」というニュアンスも含ませた俳句でしょう。

風生は1979年(昭和54年)222日に93歳で亡くなっています。222日は高浜虚子の生誕の日です。風生は虚子に師事していました。虚子は「風生と死の話して涼しさよ」という俳句を作っています。運命の赤い糸」で結ばれているという言葉がありますが、虚子と風生の間に何か不思議な縁を感じます。

575筆まか勢」を見ると、「年忘れ」「忘年会」の俳句が無数にありますが、目についた例句をランダムに下記します。

・せつかれて年忘れする機嫌かな (松尾芭蕉)

年忘橙剥いて酒酌まん (正岡子規)

年忘れ老は淋しく笑まひをり (高浜虚子)

年忘れ最も老を忘れけり (富安風生)

・どろどろに酔うてしまひぬ年忘 日野草城

・とんとんと上る階段年忘れ 星野立子

・にぎやかに河豚食うて年忘れけり 森澄雄

・客あれば客あるで又年忘れ (高濱年尾

深大寺蕎麦にあづかる年忘 上田五千石

・義埋もまた楽しみもまた年忘 稲畑汀子)」

・厨にも味見の客や年忘 坊城中子    

ところで、俳句鑑賞・その八 高浜虚子」には「年忘れ老は淋しく笑まひけり」とあります。「笑まふ」は「にこにこ笑う」という意味です。「をり」は現在微笑んでいる状態を詠んだものであり、「けり」は過去のことを思いだして詠んだことになります。日本大歳時記には「をり」になっています。「けり」は誤記でしょうか? それとも、原句と推敲句があるのでしょうか?

文学者掃苔録」というサイトには風生の次の俳句などが掲載されています。「(そう)(たい)」とは広辞苑によると、「墓参り、特に盂蘭盆の墓参」のことで秋の季語です。

・死を怖れざりしはむかし老の春

・わが老をわがいとほしむ菊の前

・老木の芽をいそげるをあはれみぬ

   

花鳥」主催の坊城俊樹さんの「年忘れ・忘年会」の俳句がないか、インターネット検索をしていると、虚子の存問の俳句について「虚子への俳話 69」という俊樹さんのエッセイがありました。忘年会や新年会などの話題になると、チュヌの主人は句友の栄治さんが作った俳句「先輩はいつも先輩花見酒」を思いだします。「席順に気苦労したる忘年会」「相棒は愛犬チュヌよ年忘れ」「セクハラパワハラ憂ひ年忘れ」「句に興じブログに興じ煤籠り」などと浮かぶ駄句を口遊みながら、これも「存問の俳句ですよ」とささやかなブログを書いています。

余談ですが、「適量に注文し、乾杯後30分間とお開き前10分間は料理を楽しみ、食べ残しを減らす」という趣旨の「3010運動」が5年前に長野県松本市で始まり、全国各地に広まっているようです。

   

2016年12月17日 (土)

夏目漱石と高浜虚子 <漱石忌に思うこと>

   

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129日は漱石忌です。

今年は夏目漱石没後100年にあたり、夏目漱石の生前の姿を再現したアンドロイドがNHKテレビなどで放映されました。

NHK NEWS WEB夏目漱石の生前の姿を再現アンドロイドが完成」参照。詳細は二松学舎大学のHP参照。広辞苑によると、アンドロイドとはSFに登場する、人間そっくりのロボット」です。)

(青色の文字をクリックすると解説記事などをご覧になれます。)

夏目漱石の本名は夏目金之助です。「今年の漢字」に選ばれたのは「金」ですね。面白い偶然の一致です。   

かねてから高浜虚子と夏目漱石の関係についてブログを書こうと思っていましたが、このアンドロイドに触発されて「文豪のアンドロイドや漱石忌」「漱石忌アンドロイドの語り口」などと即興の俳句を口遊みながら実行しました。   

夏目漱石と言えばすぐ「坊ちゃん」や「吾輩は猫である」が浮かびますが、「吾輩は猫である」は「ホトトギス」に掲載されて一躍有名になった文壇における漱石の処女作と言えます。

高浜虚子が正岡子規から引き継いだ後に「吾輩は猫である」が「ホトトギス」に掲載され、それによって漱石が一躍人気作家になり、ホトトギスの購読者も増えて虚子の「ホトトギス王国」が築かれたようです。この当時の事情はNHKの土曜ドラマ「夏目漱石の妻」である程度分かりましたが、高浜虚子の「漱石氏と私」を読み更によく分かりました。インターネットで検索すると夏目漱石や高浜虚子の生きざまや著書について様々な評価・感想があります。

夏目漱石が最晩年によく口にした「則天去私」の概念と、虚子の辞世句ともいうべき俳句「春の山屍を埋めて空しかり」の「色即是空」の概念と、両者には何か共通性がある、とチュヌの主人は感じています。

広辞苑によると、「則天去私」とは「小さな私を去って自然にゆだねて生きること」と解説されています。「自然にゆだねて生きること」とは、『私』すなわち人間そのものを『大自然の一部』と見做し、『大自然の摂理』にゆだねながら人それぞれの立場で可能な自助努力をするのがよい、ということだと解釈しています。

「俳句談義(1):虚子辞世句の解釈」や究極のLOVEを実践しよう!」をご参照下さい。)

ところで、冒頭の写真は「虚子十態」(日本伝統俳句協会のカレンダー201612月に掲載されている小川千甕の戯画・「ホトトギス」大正元年9月号に掲載されたもの)ですが、それを見て、「極月の暦におかし虚子十態」と駄句を口にしながら、来年こそは高浜虚子の俳句の英訳にチャレンジしようと決意を新たにしました。幸いなことに、「高浜虚子五百句」や「高浜虚子五百五十句高浜虚子六百句」も青空文庫になっているので英訳に適した俳句も検索しやすくなりました。

      

2016年11月21日 (月)

鳥取砂丘と「砂の美術館」などの写真と俳句

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チュヌの主人は11月12日に日帰りのバス旅行(三田地区まちづくり協議会主催)浦富海岸島巡り鳥取砂丘・砂の美術館」「かにっこ館」などを見学しました。

神姫バスの案内嬢はまだガイド1年生の由で、テキストを見ながら生真面目に道中の観光スポットについて説明をしてくれましたが、内容は殆ど忘れてしまい、ガイドさんの笑顔だけが印象に残っています。

そこで、「訥弁に笑顔のガイド旅小春」と即興の一句を口遊みました。

青色の文字をクリックすると解説記事や俳句がご覧になれます。写真はクリックすると拡大されます。

ちなみに、砂丘の俳句をインターネットで検索すると、「鳥取砂丘文学散歩 石碑というサイトや、高浜虚子の句碑・有島武郎歌碑などのマップや解説のサイトがありました。高浜虚子の俳句は「秋風浜坂砂丘少しゆく」ですが、虚子はこの俳句をどのような心境で詠んだのでしょうか? 有島武郎の歌碑にある歌は「浜坂の遠き砂丘の中にしてさびしき我を見出でつるかも」という侘しい歌です。

歳時記(俳誌のSalon)・露」には稲畑汀子さんの俳句「きらめきを砂丘に返し露乾く」や「露を抱く砂丘朝日に応へ来し」がありました。

チュヌの主人は「冬日差す砂丘の駱駝影長し」などと即興に口遊みながら写真を撮りました。

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ちなみに、駱駝の写真を撮ろうとすると、「撮影は有料です!」と言われ、ラクダの近くでは撮影をやめました。この写真でご想像ください。

  

NHKの今日のニュースによると、鳥取は震災で一時減っていた観光客も増えてきているとのことで、速やかな復興を祈っています。

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