2017年11月23日 (木)

俳句の鑑賞「落葉」<三田俳句大会に参加して>

   

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今回は「歳時記」(俳誌のサロン)から「親しみやすい俳句」と「凝った俳句」とを気の向くままに抜粋掲載させて頂きますが、下記の3句は、「白寿」(99歳)まで元気に生きる夢を詠んだチュヌの主人の俳句です。

貴方はどの俳句に共感されますか?

(1)句に興じ白寿夢見つ落葉焚く

(2)句に興じ白寿を夢に落葉焚き

(3)落葉道白寿を夢に愛犬と

   

冒頭(1)の俳句は11月11日(土)に開催された三田(さんだ)市民文化祭記念俳句大会に初参加したチュヌの主人の当日句です。各参加者が「手紙」か「落葉」の席題で1句投句した中で、この俳句は選者や参加者の互選で共感を呼び高得点を得ました。

(2)と(3)は、選者の一人が(1)の句について「動詞を三つも用いるのは如何なものか?」と批判的句評をされたので、後日推敲して作ったものです。(2)は動詞を一つにしています。(3)は動詞を使っていませんが、落葉道の散歩を詠んだもので当日句と句意が異なります。「俳句は形式が大事だが、形式よりも自分の感じた事や意思を詩的に表現することが先決である」と、チュヌの主人は気軽に句作を楽しんでいます。

ところで、今年の三田(さんだ)市民文化祭は50周年記念とのことです。三田俳句協会主催の俳句大会には三田市以外の参加者もあり、元気な高齢者が沢山参加して結構なことでしたが、もっと若い世代も参加してくれると更に盛り上がったと思います。この大会の投句の選者は10名で、様々な句評があり参考になりました。参加者の自由な発言も認められる有意義な大会でした。若い世代も巧拙にとらわれず気軽に俳句を作り、ともかく参加して俳句の楽しさを知ってくれることを願っています。俳句は入りやすく、奥が深いものです。初心者は初心者並みに、ベテランはベテランとして楽しめます。チュヌの便りの「面白い俳句をまとめました」もご覧下さい。 

(最後の写真は高得点の賞としてチュヌの主人が貰ったクイーンローズです。)    

(青色文字をクリックすれば歳時記の他の俳句や関連の解説記事などをご覧になれます。) 

落葉1

・駅ごとに落葉舞ひこむ有馬線 (中尾廣美)

・落葉掃くシーシュポスが二三人 (武井康隆)

(注)「シーシュポス」とは、「ウイキペディア」の解説によると、「ギリシア神話に登場する人物」であり、「徒労を意味する『シーシュポスの岩』で知られる」とのことです。 

落葉2

・改札を出てそれぞれの落葉道 (稲田眸子)

・耳掻いてかさりこそりと落葉の音 (能村登四郎

落葉3

・落葉焚一人が跳んで見せにけり (小田玲子)

拾得は焚き寒山は掃く落葉 (芥川龍之介

(注)拾得が箒を持っている絵や寒山が木靴を履いている絵が有名ですね。ウイキペディアの寒山と拾得についての解説をご覧になれば芥川龍之介がこの俳句を作った理由がわかります。)  

落葉4

・何処からか煮物の匂ふ落葉掃き (関戸国子)

・漢江へ掃き落す日々の落葉かな  (朴魯植)

落葉5

・静けさに手を休めゐる落葉掻 (川瀬さとゑ)

・落葉踏み行く脱藩の竜馬道 (上岡末喜)

落葉6

・日曜の路地は落葉の駆けくらべ (斎藤道子)

・落葉みな大判小判狐狸の里 (村越化石)

落葉7

一輪車巧に乗る児落葉径 (安陪青人)

・啄木鳥や落葉を急ぐ牧の木々 (水原秋桜子

落葉8

・鯉の池掬ふ落葉の泳ぎけり (三関浩舟)

・風を呼び風に牙むく落葉焚 (井上孝夫)

落葉9

・土のなき都市にさまよふ落葉かな (前田陽子)

・おんころころそわかそわかと落葉かな (犬塚芳子)

「おんころころそわか」の句は「般若心経」などを捩って俳諧味を出した俳句でしょうか?

落葉10

・落葉掃く人に交じりて鳩歩く (重本文子)

・風の落葉おちばの風と乱れ打つ (尾崎紅葉

尾崎紅葉の俳句は風や落葉が窓を打っている情景を詠んだ句でしょうか?

落葉11

・風巻いてまいて落葉を舞はせたる (稲畑康太郎)

(注)2014年11月27日 作成の「歳時記」に「稲畑康太郎」とありますが、稲畑廣太郎」の間違いではないでしょうか?

・楸邨の墓やゆつくり落葉降る (牧知子)

(注)「楸邨の」の句は加藤楸邨の俳句「木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ」を意識して詠んだものでしょう。「俳句・HAIKU 言語の壁を破るチャレンジ(7)」をご覧下さい。    

落葉12

・落葉掃き済みし二人の朝餉かな (鈴木幾子)

・ニコライの鐘の愉しき落葉かな (石田波郷

ここをクリックして「ニコライの鐘」の歌詞をご覧下さい。

落葉13

・何も彼も駅長独り落葉掃く (窪田粧子)

・母逝くや落葉乗せたる車椅子 (村井洋子)

落葉14

・友逝けり夫は無口に落葉焚き (田下宮子)

・紅葉落葉踏みて天城の峠越 (坂上香菜)

落葉15

・落葉踏む音のしみ入る静寂かな (嵐弥生)

・日溜りの落葉だまりや猫だまり (松井宮子)

落葉16

・猫の子がちよいと押へる落葉かな  (一茶) 

・バス停の屋根に落葉の縞模様 (五十嵐章子)

落葉17

・落葉踏み集ふシニアー落語会 (山本孝夫)

・落葉踏む次なる言葉出ぬままに (辰巳あした)

落葉18

・一年の早しと思ふ落葉時 (宮本加津代)

・からまつの落葉道ゆく湖畔かな (有賀昌子)

   

2017年11月14日 (火)

面白い俳句をまとめました

           

チュヌの便りの「俳句談義」や「俳句エッセイ」などから「面白い俳句」の記事をまとめました。

青色文字(記事のタイトル等)をクリックしてご笑覧下さい。

   

(1)松尾芭蕉の俳句「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」

この俳句の句意は二通りの解釈が可能ですが、何と何か、当てて下さい。答えは「蝉の俳句を鑑賞しよう」にあります。 

    

(2)与謝蕪村の俳句「薫風やともしたてかねついつくしま」

この俳句の面白さは句意が少なくとも4通りに解釈できることにあります。「いつくしま」は宮島のことです。「厳島神社」は世界遺産に登録されていますね。俳句鑑賞 <蕪村の俳句「薫風や」は面白い>を読んで、「宮島」を詠んだ与謝蕪村の遊び心を共有して下さい。

    

(3)高浜虚子の俳句「神にませばまこと美はし那智の滝」

この俳句は虚子が那智の滝の美しさを讃えて詠んだものですが、俳句の隠喩について面白い解釈が可能です。「那智の滝」も世界遺産に登録されています。若者が自然に対する素朴な畏敬の念を失わず、人間本来の生命力を失わず、少子高齢化の日本の未来を救ってくれることを祈っています。「高浜虚子の俳句 <「去年今年」と「神にませば」>の面白い解釈」を読み、チュヌの主人の思いをご理解頂ければ嬉しいですね。

  

(4)高浜虚子の俳句「花疲れ眠れる人に凭(よ)り眠る」

この俳句の面白さや俳句の翻訳の難しさを取り上げた記事「俳句談義(13):<『花』と『鼻』> 高浜虚子と芥川龍之介や「バイリンガル俳句鑑賞 <花疲れ眠れる人に凭り眠る(高浜虚子)>をご覧下さい。

ちなみに、「漱石俳句集」というサイトに「正岡子規よりも夏目漱石の俳句が面白い」という趣旨の記事がありました。しかし、正岡子規は俳句本来の面白さを辞世の俳句などに残してくれています。「『敬老の日』の『糸瓜忌』に思うこと」をご覧下さい。

  

(5)高浜虚子の俳句『大寒の埃の如く人死ぬる』

俳句の面白さの一端はその短所とも言うべき片言性が解釈の二面性(滑稽とシリアス)を可能にしていることにあります。「俳句談義(4):高浜虚子の句『大寒の埃の如く人死ぬる』とは、『平和』を考える」をご覧下さい。

安倍政権やトランプ政権が暴走せず賢明な政策を推進して世界の平和を維持するように、識者が働きかけることを祈っています。恒久的世界平和の確立をはかない夢に終わらせないために、皆さんが声なき声を上げてくれることを願っています。

「俳句談義(1)~(18)通読版」に興味があれば、ここをクリックしてご覧下さい。

   

俳句の鑑賞 <「木枯」・「凩」・「こがらし」・「木がらし」>

           

10月30日に木枯し1号が東京や近畿地方で吹きました。NHK NEWS WEBによると、「去年と比べて、東京で10日早く、近畿で1日遅くなっている」とのことです。

   

俳誌のサロン」の歳時記から気の向くままに「木枯し」の俳句を引用させて頂きます。

青色文字の季語などをクリックすると、俳句の詳細や解説記事などがご覧になれます。

   

木枯1

・木枯や野菜づくしの喪の煮炊き (久崎富美子)

木枯2

・木枯やたばこを吸ひに外へ出て (山田六甲)

木枯3

・木枯しに大見得をきる古木かな (吉澤利治)

木枯4

・木枯を背に鍵穴を探りをり (加藤克)

木枯5

・木枯や水なき空を吹き尽す (河東碧梧桐

   

凩1

・一号と呼ばれ凩吹いてをり (斉藤美奈子)

凩2

・凩の止みて下弦の月静か (松村美智子)

凩3

・胸中の凩咳となりにけり (芥川龍之介

   

こがらし

・こがらしの樫をとらへしひびきかな (大野林火

    

ちなみに、「野煙る・俳句エッセイ」にある芥川龍之介の俳句の解説記事に、「木枯らしや目刺にのこる海の色」とあり、お皿の目刺しの写真がありますが、「目刺し」は春の季語ですね。芥川龍之介は実際に「干されている目刺し」の情景を詠んで、「木枯らしや」と冬の季語を用いたのではないでしょうか? 最近は実際の風景を見て詠むのではなく、観念的に創作しているのではないか、と思われる俳句をみかけますが、この芥川の俳句もその一例でしょうか? 

また、「古典・詩歌鑑賞(ときどき京都のことも)「増殖する俳句歳時記」の「季語が凩の句」などには、「木がらしや目刺にのこる海のいろ」と「凩」「木枯」などの漢字でなく「木がらし」と表記されています。芥川龍之介が「木がらし」(「かな漢字混じり」)や「のこる」など、「ひらがな」で表記しているのは「目刺し」と「海の色」の対比を目立たせて強調する意図的な技法だろうと思います。

芥川の俳句などについて興味ある解説記事が「ブログ俳諧鑑賞 芥川龍之介の句」というサイトにありますが、この俳句を芥川が作った背景をご存知の方があれば教えてほしいものです。なお、このサイトは特攻隊のことを詠んだといわれる山口誓子の俳句「海に出て木枯帰るところなし」についてもふれています。

正岡子規の「凩」・「木枯」の俳句に興味のある方はここをクリックすれば「webM旅」をご覧になれます。

夏目漱石の「凩」の俳句はここをクリックすれば「夏目漱石俳句集」をご覧になれます。夏目漱石はさすが文豪ですね。

芥川龍之介や夏目漱石など文豪の秀句を読むと駄句を作りブログに掲載するのは気が引けますが、庶民もそれぞれに俳句を楽しむことができることを多くの人々に知ってほしいと思ってブログを書いています。

      

        

2017年11月 1日 (水)

紅葉の俳句と写真集(改訂版)

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我が町・三田(さんだ)も黄葉・紅葉が深まり、「深田公園」や「兵庫県立人と自然の博物館」の周辺の黄葉も美しくなりました。文末の写真をご覧下さい。

インターネット歳時記を見ると、「紅葉・もみぢ」の俳句は2500句ほどあり、「初紅葉」「草紅葉」「冬紅葉」などを含めると3000句余りもあります。歳時記で目についた俳句をランダムに掲載させて頂きます。青色文字の季語「紅葉」をクリックするとそのページの俳句がご覧になれます。 写真はクリックすると拡大されます。    

紅葉

マリア像紅葉明りに脆く  坊城中子

紅葉

一輛にこれ程の人紅葉駅  塩路隆子 

紅葉

湯を浴びに行くや紅葉の下くぐり 大串章 

紅葉4

紅葉寺秋櫻子句碑誓子句碑 塩川雄三 

紅葉5

トンネルの出口半円夕紅葉  小松誠一 

紅葉6

地獄谷越えロープウェイ紅葉谷  落合絹代 

紅葉7

一軒に小橋渡せる紅葉谿  朝妻力

バスの窓紅葉の山がはづむなり  瀧春一 

紅葉8

おしやべりが紅葉林を歩きくる  清原彰子 

紅葉9

日に映えて樅の林の夕紅葉  阿部ひろし

紅葉10

秘境めく観音沼の深紅葉  須賀敏子 

紅葉11

紅葉せり女人高野の雨の磴  飯田角子

紅葉冷芭蕉義仲眠る寺  長谷川史郊 

紅葉12

たけなはの小春紅葉や詩仙の間  坂上香菜 

紅葉13

邂逅の握手紅葉の展望台  野沢しの武 

紅葉14

生栗を噛みつつ紅葉峠越ゆ  山田六甲 

紅葉15

水軍の裔と下城や山紅葉  片岡久美子 

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さざ波の消えて逆さの紅葉かな  松嶋一洋 

紅葉17

須磨浦や眼下に紅葉沖に舟  永田万年青 

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湯の煙小芥子(こけし)の里の夕紅葉  川井素川 

紅葉19

旅先の紅葉家路の薄紅葉  稲畑汀子

    

「深田公園」・「ホロンピア館」周辺をチュヌと散歩して撮った黄葉の写真を次に掲載します。

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ここをクリックして「黄葉・紅葉の写真(PHOTOHITO)」や

Google検索による「紅葉の名所」の画像集もご覧下さい。

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「新緑・新樹」の俳句を楽しもう! (改訂版)

Cimg3006・新緑や一日(ひとひ)まんぽを愛犬と

・手作りの亀の造形新松子(しんちじり

)

・夏に入る庭の手作り楽しみつ

・万物の命は奇跡薬の日

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掲句や写真はチュヌの主人(薫風士)の即興句やスナップです。俳句人口が増えることを願って、俳句は身近なことや自分の思いなどを詠んで気軽に作るとよい」ということを知ってほしい、との思いから敢えて拙句を冒頭に掲載しました。

  

青色の文字(季語・作者名)をクリックすると、その俳句の詳細や作者の解説などをご覧になれます。

  

「まんぽ」は「掛詞」です。「万歩」と「漫歩」を掛けています。

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55日は「こどもの日」ですが、今年は「立夏」に当たります。また「薬の日」でもあります。

鯉幟を上げましたが、孫は幼児用ゲームに夢中で鯉幟には興味を示していません。チュヌの主人は菖蒲湯にゆっくり浸り、疲れを癒しながら俳句のことなどに思いを巡らせました。

52021日は三田グリーネットのオープンガーデンが開催されます。

チュヌの主人は健康管理のためにも手作りの庭の整備をしていますが、オープンガーデンまでには「日本列島」を仕上げたいと思って、楽しみながら作業をしています。

       

季語「新緑」について、カラー図説日本大歳時記(飯田龍太)には次の解説があります。

初夏の目覚めるような若葉のみどりをいう。やや時過ぎてとっぷりと夏に入ると深緑。よく用いられる万緑は、新も含めて満目ことごとくみどりの意。新緑は、文字の眺めから、また、語感の上からも、さわやかな景を連想させる言葉である。(以下省略)    

新緑や新樹を詠んだ俳句をインターネット歳時記から気の向くままに引用してコメントさせて頂きます。

新緑1

・新緑の丘越え白き道一筋  (桂信子

北海道の風景やトルコ旅行などの風景を思い出します。

新緑2

・新緑のうへ滑りゆくモノレール (米倉よしお)

王子動物園のモノレールからみた桜の風景を思い出しました。

新緑3

・新緑の山に鉄塔古びたり (野海衣子)

インフラの整備・維持も今後の重要な課題ですね。  

新緑4

・新緑や選びて歩く土の道 (卓田謙一)

花と緑の我が街には「弥生のこみち」など、愛犬の散歩道に恵まれています。  

新緑5

・たつぷりと老い新緑の中にをり (竹下昌子)

自然に親しみ健康を維持して高齢化社会を乗り切りたいものです。   

新緑6

・新緑の中新緑の深大寺 (塩田杉郎)

また寺めぐりをしたいものです。

     

季語「新樹」について、山本健吉はカラー図説日本大歳時記に次のとおり解説しています。

初夏のみずみずしい緑の木立を言う。新鮮な語感を持っている。ただし題目としては古く、(・・中略・・)好んで詠まれるようになったのは大正期以降である。音感もよい「新樹の語に、あたかも新題目であるかのような、未開拓の新鮮さを感じたのである。「空暗くなり来新樹に風騒ぎ」虚子、「夜の雲に噴煙うつる新樹かな」秋櫻子、「滝浴びのまとふものなし夜の新樹」誓子、「新樹どち(つつ)まんとし溢れんとす」草田男など。    

新樹1

・雨上り新樹の雨滴光る朝 (稲畑汀子

ホテルの庭か稲畑邸の庭でしょうか? 誰もが体験された光景でしょう。我が手作りのささやかなエコガーデンでも同様に楽しんでいる景色です。   

新樹2

・新樹光牛乳うまきカフェテラス (中島徳子)

家族や俳句仲間と初夏を楽しみたいものです。 

新樹3

・街灯に輝いてゐる新樹かな (越智秀子)

安全な街を維持したいものです。 

新樹4

新樹光ジーンズの脚よく伸びて (今村恵子)

戦争を知らぬ飽食時代の若者は身長が伸びています。 

新樹5

・新樹林ここにかしこに水の音  藤井圀彦

新樹の林と水音がマッチして初夏の清々しい感じがします。 

新樹6

・新調の眼鏡よく見え新樹光 (新実貞子)

この眼鏡は老眼鏡でしょう。「新調」「新樹光」がよくマッチしています。

新樹7

・朝の虹ひとり仰げる新樹かな  (石田波郷

「ひとり」は「作者一人」のことか「新樹」のことか、どちらでしょうか。

   

俳句を通して世界の平和を!」という思いで俳句やエッセイなどささやかなブログを書いています。ご意見やコメントなど、投稿して頂けると有難いです。投稿して頂く場合には「コメントを投稿」(記事の最後の欄)に、次の手順で入力して下さい。

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なお、ご投稿頂いた内容はチュヌの主人の任意の裁量で公開させて頂きます。予めご了承ください。

      

2017年10月25日 (水)

高浜虚子の俳句 <「去年今年」と「神にませば」>の面白い解釈

     

高浜虚子(1874–1959)の代表句の一つである「去年今年貫く棒の如きもの」の解釈について、「虚子の俳句『去年今年貫く棒の如きもの』の棒とは何か?」というタイトルのブログを書きましたが、虚子は「神にませばまこと美はし那智の滝」という意味深な俳句も作っています。

(青色の文字をクリックすると関連の記事をご覧になれます。)

  

「神にませば」の俳句について、坊城俊樹氏は次のように述べています(「高浜虚子の100句を読む」から抜粋)。

この句は『五百句』にもあるように、虚子の句の中でも史実を超えた代表句。特に吟行の旅における傑作といっていい。(…中略…)滝の美しさもさることながら、茶屋の娘の美しさに気を配るあたり、なかなかお忙しいが、まことに虚子らしい。とまれ、那智の滝の美しさは女性に喩えるのは当然で、あの日本一の一条の滝の姿は大日如来の再現である。」

また、滝の下にある虚子の句碑を観て詠んだ次の2句を掲載して、「本歌取りというほど高尚なものでもないが、虚子の句への尊厳を込めてというよりは、この滝の日本一の美しさと気高さにたいしての存問と思いたい。」と述べています。

・滝にまさば神を白しと思ふかな

・岩座を後背として那智の滝

   

「神にませば」の俳句を英訳するために広辞苑で調べたところ、「ます」の漢字表示には「申す」(=「言う」の謙譲語)と「在す・坐す」(=「在る」「居る」の尊敬語)があることが分かりました。高浜虚子は意図的に漢字を用いず、「ひらがな」で「ませば」と表記したに違いありません。

前者の意味に解釈すると、神にませばまこと美はし那智の滝」の句意は、「神に申し上げますが、那智の滝は真に美しいですね」と、「神の創造した自然を賛美している」ことになります。

また、後者の意味に解釈すると、「神にある那智の滝は真にうるわしい」という意味になりますが、どうも合点が行きません。そこで、インターネットで解説記事や写真などをあれこれ検索した結果、「神に在るもの」とは「滝そのもの」ではなく「滝が象徴するもの」を指していることに気付きました。古来から生命の源泉を崇拝して豊穣を祈願する素朴な信仰、殖器崇拝の概念がありますが、「那智滝」の信仰にもそのような一面があるに違いありません。熊野那智大社のホ-ムページをご参照下さい。   

高浜虚子の俳句には座興に作ったのか、人を食ったような俳句もあります。「那智の滝」は大日如来の再現であるとも言えるでしょうが、この俳句では「観音様」(=「女陰」)の隠語も暗示している隠喩の効果も意図していると思います。滝の落下水量、滝の見える場所、季節などの条件次第で、那智の滝は様々な姿を見せてきたのではないでしょうか?

那智の滝の画像集をご覧になると、「それ」らしく見える写真があるでしょう。「神にませば」の俳句と「去年今年」の俳句を合わせて考えると、冒頭のブログにおいて触れた中年婦人の感想(「この句を知ったとき、顔が火照り、胸がときめき、しばらくは止まらなかった」)に納得できないこともない気がします。

高浜虚子の「遊び心」「自由奔放さ」に感嘆しましたが、「不謹慎な下司の勘繰りである」と非難・一蹴されるでしょうか? 「高浜虚子の俳句の奥の深さを良く理解している」と評価して呉れるでしょうか?

この俳句を卑しい人が読めば「卑しい俳句」として貶すでしょうし、自然を愛し自然の摂理を理解・尊敬している人が読めば、「素晴らしい俳句」と思うでしょう。

「何事も両面あるので良く考えることが大切だ」と痛感しています。

            

高浜虚子の100句(100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi)(41~50)

 

ここをクリックすれば、高浜虚子の100句(100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi)(31~40)をご覧になれます。   

各俳句の冒頭の数字や行末の年度など、青色文字をクリックすると関連の記事をご覧になれます。

               

(41)(42)(43)流れゆく大根の葉の早さかな (S.3 1928年) 

(nagareyuku daikonnohano hayasakana)

a leaf of Japanese radish

flowing away:

what a rapidity!

   

how fast!

the leaf of Japanese radish

flows away

   

flowing away,

how fast!

Japanese radish leaves

    

この俳句に詠まれた情景と作者(高浜虚子)との関係を推測して、上記の3通りの解釈をして英訳しました。俳句を英訳する場合は、実際の情景を見てHAIKU(英語俳句)にする場合よりも翻訳の仕方が多様になります。

    

(44)七盛の墓を包みて椎の露 (S.4 1929年

   (shichimorino hakaotsutsumite shiinotsuyu)

      dews from a Japanese chinquapin

      fall, covering

      the shichimori-grave of Taira clan

  「Taira clan」を補足して意訳し、外国人の理解を容易にしました。

       

(45) 雛よりも御仏よりも可愛らし (S.4 1929年

     (hinayorimo mihotokeyorimo kawairashi)

      the baby cute,

      more than

      a hina doll or buddha

       

(46)避暑宿の壁に貼りたる子供の絵 (S.4 1929年

      (hishoyadono kabeniharitaru kodomonoe)

       kids-written pictures

       put up on the wall of

       a summer cottage

       

(47) ツェツペリン飛び来し国の盆の月 (S.4 1929年

     (tsuepperin tobikishikunino bonnotsuki

      the Zeppelin

      flew to my country_

      the Bon-festival moon

   

(48) 止りたる蠅追ふことも只ねむし (S.4 1929年

     (tomaritaru haeoukotomo tadanemushi)

      simply too sleepy

      to slap off

      an alighting fly

      

(49) 藪の穂の動く秋風見て居るか (S.4 1929年

  (yabunohono ugokuakikaze miteiruka)

   you might stay

     watching the autumn wind,

     thicket ears moving

    

(50) 春潮といへば必ず門司を思ふ (S.5 1930年

     (shunchoto iebakanarazu mojio-omou)

      speaking of spring tide

      reminds me

      of Moji port

      

高浜虚子の100句(100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi)(31~40)

    

ここをクリックすれば、高浜虚子の100句(100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi)(26~30)をご覧になれます。   

各俳句の冒頭の数字や行末の年度など、青色文字をクリックすると関連の記事をご覧になれます。

     

(31) この路を我等が行くや探梅行 (S2. 1927年)

     (konomichiwo wareragayukuya tanbaiko)

      this road

      we’ll take, to find

      plum blossoms

          

(32) 群雀鳴子にとまる朝ぼらけ (M24. 1891年)

     (muresuzume narukonitomaru asaborake

      a group of sparrows

      perch on a rattle-scarer_

      daybreak sunlight

      

(33) 春惜む輪廻の月日窓に在り (T3. 1914年

    (haruoshimu rinnenotsukihi madoniari)

     the sun and the moon,

     transmigrating in the window_

     I treasure the spring

        

(34) 一片の落花見送る静かな (S2. 1927年

    (ippenno rakkamiokuru sizukakana)

     watching a petal of cherry-blossoms

     falling down_

     what a silence!

       

(35) この庭の遅日の石のいつまでも (S2. 1927年)

    (kononiwano chijitsunoishino itsumademo)

     the stones of this garden

     in a lengthening day

     will lie forever    

Terebess Asia Online (TAO) に掲載されている下記の英訳は語順が不適切で原句の句意を訳出していない誤訳です。

  The rocks in this garden 

  Remain forever 

  In the lengthening days of spring

     

(36) やり羽子や油のやうな京言葉 (S2. 1927年

    (yarihagoya aburanoyouna kyoukotoba)

    “yarihago” shuttlecock_

     the oily sound of

     Kyoto accents

       

Terebess Asia Online (TAO)」に掲載されている次の英訳は不適切です。「やり羽子」を「Battledore and shuttlecock」(「バトミントンの前身」)と翻訳しているので、「着物姿の女性が京言葉で羽根突きをしている情景」も想像できず、「季語」にならないでしょう。また、「:」(コロン)で「切れ」を表示してるのも不適切です。

  Battledore and shuttlecock:

  The Kyoto accent sounds

  As if the words were oiled

     

(37) えりもとをなぐるやうなり秋の暮 (M24.

     (erimotowo naguruyounari akinokure)

      I feel as if

      my neck were beaten with

      the autumn evening

上記の英訳は「高浜虚子の100句を読む」における坊城俊樹氏の解釈と異なります。句意が不明瞭な俳句については、「解釈・翻訳が創作になるのもやむを得ない」とご理解下さい。

     

(38) 何となくあたり淋しき爐を開く (M24.

     (nantonaku atarisabishiki rowo hiraku)

      I open the hearth_

      unaccountably lonely

      around it

   

(39) 咲き満ちてこぼるる花もなかりけり (S3. 1928年

  (sakimichite koboruruhanamo nakarikeri)

     cherry blossoms

     in full bloom_

     no petals falling  

      

(40) 舟岸につけば星一 (T2. 1913年)

     (funekishini tsukebayangini hoshihitotsu)

      the boat reached the shore,

      I found a willow,  

      above it, a star                 

この俳句は(19)と重複しているので異なる英訳にしたが、読者にはどちらの方が良いと思われるだろうか?

   

100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi (31~40)

     

(10 haikus of Kyoshi Takahama, translated by Satoshi Kinoshita)

To see back issues, click  (21~30) and  (1~20), respectively.

  

(31) この路を我等が行くや探梅行 (S2. 1927)

     (konomichiwo wareragayukuya tanbaiko)

      this road

      we’ll take, to find

      plum blossoms

          

(32) 群雀鳴子にとまる朝ぼらけ (M24. 1891)

     (muresuzume narukonitomaru asaborake

      a group of sparrows

      perch on a rattle-scarer_

      daybreak sunlight

      

(33) 春惜む輪廻の月日窓に在り (T3. 1914

    (haruoshimu rinnenotsukihi madoniari)

     the sun and the moon,

     transmigrating in the window_

     I treasure the spring

        

(34) 一片の落花見送る静かな (S2. 1927

    (ippenno rakkamiokuru sizukakana)

     watching a petal of cherry-blossoms

     falling down,

     what a silence!

       

(35) この庭の遅日の石のいつまでも (S2. 1927)

    (kononiwano chijitsunoishino itsumademo)

     the stones of this garden

     in a lengthening day

     will lie forever    

The following translation published in Terebess Asia Online (TAO) is in appropriate in terms of word order.

   The rocks in this garden 

  Remain forever 

  In the lengthening days of spring

     

(36) やり羽子や油のやうな京言葉 (S2. 1927

    (yarihagoya aburanoyouna kyoukotoba)

    “yarihago” shuttlecock_

     the oily sound of

     Kyoto accents     

The following translation published in Terebess Asia Online (TAO) is wrong because "yarihago" is different from Battledore and shuttlecock.  Also,(:) is inappropriate.

  Battledore and shuttlecock:

  The Kyoto accent sounds

  As if the words were oiled

     

(37) えりもとをなぐるやうなり秋の暮 (M24. 1891)

     (erimotowo naguruyounari akinokure)

      I feel as if

      my neck were beaten with

      the autumn evening

          

(38) 何となくあたり淋しき爐を開く (M24. 1891)

     (nantonaku atarisabishiki rowo hiraku)

      I open the hearth_

      unaccountably lonely

      around it

   

(39) 咲き満ちてこぼるる花もなかりけり (S3. 1928

  (sakimichite koboruruhanamo nakarikeri)

     cherry blossoms

     in full bloom_

     no petals falling  

      

(40) 舟岸につけば星一 (T2. 1913)

     (funekishini tsukebayangini hoshihitotsu)

      the boat reached the shore,

      I found a willow,  

      above it, a star 

     

2017年10月16日 (月)

高浜虚子の俳句と「護憲運動」のことなど

   

高浜虚子(1874–1959)の俳句に「年を以て巨人としたり歩み去る」とか「亀鳴くや皆愚かなる村のもの」という風変わりな俳句があります。

10月10日、衆議院選挙が公示されました。この高浜虚子の奇妙な俳句は「衆議院選挙」とか「護憲運動」などとは何ら関係ありませんが、「踏み込んでよく考えよう!」と、読者に謎を掛けているような気がします。

高浜虚子は「去年今年貫く棒の如きもの」という俳句も作っていますが、今年の年末年始はどんな感慨をもって過ごすことになるでしょうか。

目下、衆議院選挙の投票日(10月22日)に向けて各政党の代表者や候補者が支援を求めて運動に駆け回っていますが、将来に悔いを残さないように目先のことに捉われず、皆さんが投票してほしいものです。

(青色の文字をクリックすると関連の解説記事などをご覧になれます。)

チュヌの主人は「俳句を通じて世界平和を!」をモットーにして、ささやかなブログを書いていますが、その一環として、「高浜虚子の100句を読む」(坊城俊樹著)に掲載された虚子の100句を第1回から順次英訳して「チュヌの便り」に掲載中です。そのために「(第26回)高浜虚子の100句を読む」を見ると、掲句「年を以ての作成が「大正十二年十二月二十一日」と記載されています。

大正12年」(1923年)には関東大震災が発生しているので、そのことを俳句に詠んだものかと思いましたが、実際の作成年は大正2年(1913年)なので関東大震災とは無関係であることがわかりました。

そこで、ウイキペディアの大正2年の「できごと」を見ると、

2月に「尾崎行雄が政府弾劾演説を行う(第一次護憲運動)」「第3次桂内閣総辞職(大正政変)」、3月に「ウッドロウ・ウィルソンが第28代米大統領に就任」、「6月29日 - 第2次バルカン戦争勃発」、「11月22日-史上最後の征夷大将軍徳川慶喜が、午前4時10分に、感冒にて死去享年77(76歳0ヶ月25日)。」など、さまざまな出来事があります。

  

俳句においては主語がよく省略されますが、高浜虚子の上記の俳句では「巨人としたり」や「歩み去る」の主体(主語)が省略されている、すなわち、「時の流れ」が省略されている、と解釈するのが良いと思います。

「虚子にとっての大正二年は激動の一年であった。」と坊城俊樹氏が「高浜虚子の100句を読む」において述べているように、虚子はその年の暮の感慨を俳句に詠んだのでしょう。しかし、単に俳句のことや自分のことだけを念頭に詠んだのではなく、様々な出来事を念頭において、「大宇宙の運行」「時の流れ」「その年の出来事」などを読者に考えてほしいという思いから、このような大げさな表現にしたのかも知れません。

このような解釈をすると、「年を以て巨人としたり歩み去る」は次のように意訳することができます。

having made

a giant of year,

the time passes away

  

または、

  

having made the year

a giant,

the time passes away

さらに、次のように「歩み去る」を直訳すれば、原句の表現の面白さを生かせるでしょう。

having made the year

a giant,

the time walks away

   

なお、Terebess Asia Online (TAO)に掲句の英訳として次の翻訳が掲載されていますが、誤訳です。

Considering the years gone by

To be a giant

I walk away

上記の英訳では、「歩み去る」の主語は「I」、すなわち、「高浜虚子」自身であると解釈していますが、この俳句は虚子39歳の作ですからこの解釈は当てはまらず、見当違いの誤訳になるでしょう。このような誤訳に基づいて外国の俳人や俳句に関心のある人々に高浜虚子の俳句の評価を云々されては困りますね。高浜虚子はあの世でさぞかし嘆いているのではないでしょうか?

俳句政治問題に限らず、「何事においても、古い既成の権威に盲従することなく、一歩立ち止まり、自分でさらに踏み込んでよく考える必要がある」ということを痛感しています。

ところで、俳句談義(14):俳句の片言性と二面性(改訂版)のコメント欄で触れた埼玉県の女性の俳句(「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」)の「公民館だより」への掲載拒否問題について「さいたま地裁」の判決が出ました。

興味があれば、ここをクリックしてNHK NEWS WEBをご覧下さい。

         

2017年10月14日 (土)

「秋麗」の俳句と「深田公園」の写真

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今日(10月8日)は「寒露」です。明日は「体育の日」なので3連休です。

朝散歩に出かけた時は爽やかでしたが、帰りは汗ばむ程の行楽日和になりました。深田公園薄紅葉も写真のように次第に濃紅葉になってきてまさに「秋麗」です。

(写真はクリックすると拡大します。青色文字をクリックすると解説や俳句の詳細をご覧になれます。)

歳時記の「秋麗」・「秋うらら」から親しみやすい俳句を気の向くままに抜粋・掲載させて頂きますが、前座にチュヌの主人の即興句5句を掲載します。

・犬連れとジョガー行き交ひ秋うらら

愛犬の気ままに園を秋うらら

・飛行雲光りとけゆき秋うらら

・秋麗のホロンピア館映ゆる空

・秋麗の白きマンション聳ゆ空

  

秋うらら1

・普段着で行くコンサート秋うらら (島田和子)

・秋うらら木に登り出す女の子 (赤星惠子)

・秋うらら猫は乳房を見せてをり (永嶋みね子)

・真つさらな産着干しゐて秋うらら (木藤ヒデ子)

・秋うららホテルのランチ佳き人と (芝尚子)

・人よりも犬に見覚え秋うらら (石見邦慧)

  

秋うらら2

・引越の荷に猫も積み秋うらら (鈴木照子)

・秋うらら金太郎飴に子規の顔 (浅田光代)

・秋うららヒマラヤの塩買うてみる (山荘慶子)

・秋うらら大名となり抹茶席 (藤見佳楠子)

・「ひこにゃん」に人気集中秋うらら (三川美代子)

・朱の鳥居湖に浮き立ち秋うらら (森清堯)

  

秋うらら3

・秋うらら孫はひまごに絵本読み (山根征子)

・秋うらら五台列なる保育カー (懸林喜代次)

・秋うらら鳶の高舞ふ尼の寺 (加藤静江)

   

2017年10月12日 (木)

100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi (21~30)

(10 haikus of Kyoshi Takahama, translated by Satoshi Kinoshita)

Click here to see 100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi (1~20)

      

(21) 京女花に狂はぬ罪深し (M26. 1893

     (kyouonna hananikuruwanu tsumifukashi)

     a Kyoto woman_

     sinful,

     not getting crazy about cherry blossoms

(22) 行春の墓も御像も小さけれ T2. 1913

      (gyoushunno hakamomizoumo chiisakere)

     both small,

     the tomb and the statute of the founder_

     the departing spring        

(23) 君と我うそにほればや秋の暮 (M39. 1906)

     (kimitoware usonihorebaya akinokure)

     you and me,

     how about faking love_

     evening in the autumn   

By the way、the following haiku, whichi is published in Terebess Asia Online (TAO) is wrong: a mistranslation of Japanese original haiku. 

    You and I wish

     We loved each other’s lies

     Late in the autumn    

    

(24) 石の上の埃に降るや秋の雨 (T2. 1913

     (ishinoueno hokorinifuruya akinoame)

     onto the dust covering the stone

     falls

     the autumn rain       

(25) 草摘みし今日の野いたみ夜雨来る (T2. 1913

     (kusatsumishi kyounonoitami yosamekuru)

     a night rain comes,

     mourning the today’s fields

     where I picked up herbs         

(26) 年を以て巨人としたり歩み去る (T2. 1913

  (toshi-o-motte kyojintoshitari ayumisaru)

   Having made

   a giant of year,

   the time walks away   

(27) 鞦韆に抱きのせて沓に接吻す (T7. 1918

  (shuusenni dakinosete kutsuniseppunsu)

   putting my baby

   on a swing,

   I kissed her shoe

(28) どかと解く夏帯に句を書けとこそ (T9. 1920

  (dokatotoku natsuobini kuokaketokoso)

   she untied her summer obi,

   dumped it, demanding me

   to write a haiku on it    

(29) 紅さして寝冷の顔をつくろひぬ (T14. 1925

  (benisashite nebienokao-o tsukuroinu)

   putting rouge on,

   she adjusted

   her face chilled in sleep    

(30) 或墓のくすぶり見えぬ彼岸かな (T15. 1926

  (aruhakano kusuburimienu higankana)

   a certain tomb

   seen in smoldering,

   vernal equinox day

       

2017年10月11日 (水)

高浜虚子の100句(100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi)(26~30)

  

高浜虚子の100句(100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi) (20~25)はここをクリックしてご覧になれます。    

(青色の文字をクリックすると関連の解説記事をご覧になれます。)     

(26) 年を以て巨人としたり歩み去る (T2. 1913年

  (toshi-o-motte kyojintoshitari ayumisaru)

  Having made

  a giant of year,

  the time walks away

  (「巨人としたり歩み去る」の主語は省略されているが、「時の流れ」が主語であると推定して補足し、意訳しています。

   

(27) 鞦韆に抱きのせて沓に接吻す (T7. 1918年

  (shuusenni dakinosete kutsuniseppunsu)

  putting my baby

  on a swing,

  I kissed her shoe

 (原句では主語や目的語が無いが、英語では省略できないので、原句の句意を推測して補足しています。)

   

(28) どかと解く夏帯に句を書けとこそ (T9. 1920年

  (dokatotoku natsuobini kuwokaketokoso)

  she untied her summer obi,

  dumped it, demanding me

  to write a haiku on it

   

(29) 紅さして寝冷の顔をつくろひぬ (T14. 1925年

  (benisashite nebienokao-o tsukuroinu)

  putting rouge on,

  she adjusted

  her face chilled in sleep

    

(30) 或墓のくすぶり見えぬ彼岸かな (T15. 1926年

  (aruhakano kusuburimienu higankana)

  a certain tomb

  seen in smoldering,

  vernal equinox day

     

2017年10月 7日 (土)

高浜虚子の100句(100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi)(21~25)

              

(第1回のはじめからお読み頂く場合はここをクリックして下さい。)

   

(21) 京女花に狂はぬ罪深し (M26. 1893年

     (kyouonna hananikuruwanu tsumifukashi)

            a Kyoto woman_

            sinful,

            not getting crazy about cherry blossoms

   

(22) 行春の墓も御像も小さけれ (T2. 1913年

      (gyoushunno hakamomizoumo chiisakere)

            both small,

            the tomb and the statute of the founder_

            the departing spring

        

(23) 君と我うそにほればや秋の暮 (M39. 1906年)

      (kimitoware usonihorebaya akinokure)

            you and me,

            how about faking love_

            evening in the autumn

   

ちなみに、この俳句の次のような英訳を掲載しているサイト(Terebess Asia Online (TAO)がありますが、下記の翻訳は誤訳です。

   You and I wish

       We loved each other’s lies

       Late in the autumn

    

(24) 石の上の埃に降るや秋の雨 (T2. 1913年

      (ishinoueno hokorinifuruya akinoame)

            onto the dust covering the stone

            falls

            the autumn rain

       

(25) 草摘みし今日の野いたみ夜雨来る (T2. 1913年

      (kusatsumishi kyounonoitami yosamekuru)

         a night rain comes,

        mourning the today’s fields

        where I picked up herbs

         

第1回から第20回までを通読される場合はここをクリックして下さい。

2017年10月 5日 (木)

俳句の鑑賞 <「名月」>

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今日(10月4日)は中秋の名月です。天気予報によると、近畿地方では「名月」を愛でることができそうですが、関東地方は曇りがちなので明日の「十六夜(いざよい)」の方が名月を楽しめそうです。「中秋の名月」は陰暦8月15日の満月のことで「芋名月」とも呼ばれます。(ここをクリックして国立天文台のHP「中秋の名月(2017年10月)」をご覧下さい。

写真はクリックすると拡大します。ニュータウンの夕暮れの名月をご覧下さい。

     

   

   

「俳誌のサロン」の「歳時記から気の向くままに「名月」の俳句を抜粋・掲載させて頂きます。

(青色文字をクリックして解説記事や俳句の詳細をご覧下さい。)

   

名月や池をめぐりて夜もすがら  (松尾芭蕉

・名月や高層の窓輝きし (入山登志子)

・名月に一瞬会へり誕生日 (赤座典子)

・名月や水の上なる能舞台 (鈴木清子)

・母の忌の雨名月となりにけり (数長藤代)

・名月に照らされて道迷ひけり (稲畑汀子

・燈を消して名月に身を晒しけり (松崎鉄之介

・栗名月健やかな老い集ひけり (鎌倉喜久恵)

・名月や新内閣の発足す (石山民谷)

・名月や酒を愛して恙無く (金山藤之助)

・名月を泳がせてゐる堰止め湖 (上野進)

・名月や地球に難民あふれゐる (池田光子)

  

最後に、バイリンガル英語俳句にチャレンジしているチュヌの主人の俳句とHAIKUを掲載します。

・名月や新装なりし白鷺城 

   the harvest moon_   

   bright above

   the renewed Himeji castle

    

2017年9月28日 (木)

「薄紅葉」の俳句と「ひとはく」ホロンピアの写真

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深田公園などチュヌの散歩道の木々が薄紅葉に色づき始めました。「ひとはく」のホロンピア館は窓がマジックミラーなので写真のように、外からは薄紅葉が鏡状の壁面ガラス窓に映ってきれいに見えますが、館内からは外の美しい景色が楽しめます。 

(写真はクリックすると拡大します。青色文字をクリックすると解説記事などご覧になれます。)

       

歳時記(俳誌のサロン)から気の向くままに「薄紅葉」の俳句を抜粋・掲載させて頂きます。

・「イマジン」の流るる館薄紅葉 (芳賀雅子)

みちのくの旅へ期待の薄紅葉 (稲畑汀子

・隠れ住むキリシタン跡薄紅葉 (中尾廣美)

・火口まで裏磐梯の薄紅葉 (二瓶洋子)

・薄紅葉比叡の忌日彩れり (稲畑廣太郎

・朝靄の晴れゆく谿や薄紅葉 (城戸愛子)

・渓谷に伊予の青石薄紅葉 (片岡久美子)

    

2017年9月27日 (水)

西近江路・琵琶湖周辺の吟行俳句と写真(改訂版)

      

今朝のNHK・TVでマキノ町の栗園の紹介をしていました。

ひさびさに来たる子に炊く栗の飯」(大川暉美)。ここをクリックすれば歳時記の「栗」の俳句をご覧になれます。

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晩秋西近江路・琵琶湖周辺(高島市)を俳句仲間(神戸同人)と一泊(今津サンブリッジホテル)の吟行旅行・俳句会をしました。初日(2016.11.6)は近江高島駅から白髭神社鵜川四十八体石仏群乙女の池大溝城址→「琵琶湖周航の歌記念館(今津港)を吟行しましたが、時々強い風が吹いて今津港で帽子を琵琶湖に吹き飛ばされるなどのハプニングがありました。翌日(11月7日:立冬)は穏やかな日和に恵まれてメタセコイアの大並木を車で往復見物し、マキノピックランドでのんびりと吟行し、サンブリッジホテルで句会をしました。因みに、夜明けにホテルの窓から琵琶湖を眺めると日の出の太陽が湖面に映り光が橋のように伸びましたが、ホテルの名称の「サンブリッジ」はその風景とは関係ないそうです。    

青色文字をクリックすると解説や「歳時記」の俳句などがご覧になれます。写真はクリックすると拡大されます。

チュヌの主人(俳号:さとし)の俳句と写真を下記に掲載します。

行く秋の一日を惜しむ西近江

朱の鳥居すくと琵琶湖暮れの秋

初冬白髭神社翁の碑

・柔和なる鵜川石仏小春の日

比良下ろし止みよろめくや城址の磴

(ひつじ)(うみ)を左右に直線路

・訪ね来し安曇川(やな)崩れ跡

(にお)の群れ朝日に白く黒く飛ぶ

・三角に朝日に光る鳰の水脈(みお

・吹き飛びし帽子拾ふ()鳰の湖

初冬(はつふゆ)の吟行日和ピックランド

・ピックとは所縁(ゆかり)を論じ小春の園

小林檎を捥ぎて味見すマキノの園

  

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2017年9月25日 (月)

俳句の鑑賞 <「相撲」・「角力」>

                   

大相撲9月場所は3横綱(白鳳鶴竜稀勢の里)が休場という異常な状態でスタートしましたが、今日の「千秋楽」で日馬富士豪栄道との直接対決と優勝決定戦に連勝して、7場所ぶりに9回目の優勝を果たしました

「相撲(すもう)」・「角力(すもう)」は秋の季語ですが、「相撲取」・「力士」を意味することもあります。正岡子規野球好きでしたが相撲も好きでした。そこで、「筆まか勢」から気の向くままに相撲の俳句を抜粋・掲載させて頂きます。

青色文字をクリックして解説記事や俳句の詳細をご覧下さい。

   

正岡子規の7句

・わづらふと聞けばあはれや角力取  

・大關ト大關ト組ム角力カナ

・四つに組んで贔屓の多き角力かな

・天高し角力の大鼓鳴り渡る

・相撲取小さき妻を持ちてけり

・幾秋ヲ負ケテ老イヌル角力カナ

・豐年や月明かに宮角力

  

(子規以後の俳人)

・相撲取おとがひ長く老いにけり (村上鬼城

・貧にして孝なる相撲負けにけり (高浜虚子

初場所や髪まだ伸びぬ勝角力 (水原秋櫻子

・角力いまはねし賑ひ今日の月 (久保田万太郎

・太腹に寄りきられたる負相撲 (阿波野青畝

・一波乱相撲秋場所上位陣 (高澤良一)

・持ちまえのがむしゃらが出て負相撲 (高澤良一)

     

江戸時代の俳句) 

・月のみか雨に相撲もなかりけり (松尾芭蕉) 

・むかし聞け秩父殿さへ相撲とり (松尾芭蕉)

・負まじき角力を寝ものがたり哉 (与謝蕪村

・負角力其子の親も見て居るか (小林一茶

   

2017年9月23日 (土)

俳句の鑑賞 <「秋晴」・「天高し」>

       

今日(9月23日)は「秋分の日」・「彼岸の中日」です。秋の行楽日和を期待して歳時記(俳誌のサロン)「秋晴」・「天高し」の俳句からなるべく親しみやすいものを気の向くままに抜粋・掲載させて頂きます。

青色文字の季語をクリックして俳句の詳細をご覧下さい。

   

秋晴1

・秋晴の踏切濡らし花屋過ぐ (岡本眸)

・心がけ良くて秋晴旅に発つ (小倉恵都子)

秋晴2

・秋晴やガラスの美術見る箱根 (金子八重子)

・秋晴に気力をもらひ出勤す (坂本玲子)

秋晴3

・こがれ訪ふ小諸の旅や秋晴るる (井口淳子)

・秋晴や自転車で行く旧街道 (高倉和子)

秋晴4

・秋晴や孫のお絵書き五重丸 (並河富有野)

・秋晴や寝具取り込む日の匂ひ (渡辺安酔)

   

天高し1

球場に母校の校歌天高し (及川永心)

・天高し庭師の音のはじまりぬ (稲畑汀子

天高し2

・カリヨンの響く尖塔天高し (阪本哲弘)

・リフトより信濃パノラマ天高し (刈米育子)

天高し3

・背伸びより始む体操天高し (岡淑子)

・原つぱの外野手一人天高し (若林杜紀子)

天高し4

・天高し船を降り来る優勝旗 (相川幸代)

・天高し言ふことなしの富士仰ぐ (上原恒子)

天高し5

・天高しにはとり機嫌よく鳴きて (丁野弘)

・老いたりといへども庭師天高し (江本路代)

天高し6

・玉入れの数の合唱天高し (金田けいし)

・天高し旋回の鷹風に乗り (大橋晄

天高し7

・天高しイルカは玉をひよいと受け (中島陽華)

・足も手も喜ぶ赤子天高し (永淵暫子)

     

2017年9月20日 (水)

100 HAIKUs of TAKAHAMA Kyoshi (1~20)

      

(HAIKU of Kyoshi Takahama, translated by Satoshi Kinoshita)     

春雨の衣桁に重し恋衣 (M27. 1894年

            (harusameno ikouniomoshi koigoromo)

            heavy on a dress-rack

            clothes of love_

            spring rain

怒濤岩を噛む我を神かと朧の夜 (M29. 1896年

            (dotou iwawokamu warewokamikato oboronoyo

            as if thinking me a god,

            surging waves bite the rock I'm standing on_

            hazy moon night      

蓑虫の父よと鳴きて母もなし M32. 1899年

            (minomushino chichiyotonakite hahamonsashi)

            a bagworm chirps

            papa papa,

            without mamma, either   

子規逝くや十七日の月明に (M35. 1902年

         (Shikiyukuya juushichinichino getsumeini)

            Shiki passed away

            in the moonlight

            of the 17th day   

秋風や眼中のもの皆俳句 (M36. 1903年

            (akikazeya ganchuunomono minahaiku)

            autumn wind_

            anything you see

            could be a HAIKU

 (或時は谷深く折る夏花かな (M37. 1904年

       (arutokiwa tanifukakuoru gebanakana)

       'gebana' flowers,

       taken deep in a valley

       at a cetain time

刑罰の石を背負うて夏野かな (M38. 1905年

      (keibatsuno ishioseoute natsunokana)

   the stones of punishment

        carried on one's back_

        the summer field

 (垣間見る好色者に草芳しき (M39. 1906年   

      (kakimamiru koushokumononi kusakanbashiki)

      the grasses fragrant     

      to a lecherous man

      peeping in through the hedge            

桐一葉日当りながら落ちにけり (M39. 1906年

   (kirihitoha hiatarinagara ochinikeri)

   a leaf of paulownia

   fell,

   with the sunlight on it

 10曝書風強し赤本飛んで金平怒る (M41.1908年

      (bakushokaze tsuyoshi akahontonde kinpiraikaru)

      strong a wind at book-exposing,

      a red-covered storybook blown down,

      exposing the hero Kinpira angry  

11凡そ天下に去来程の小さき墓に参りけり(M41. 1908年

  (oyosotenkani kyoraihodono chiisakihakani mairikeri)

      Under heaven,

      I visited such a tomb 

      as small as I heard of Kyorai.       

(12)(13) 霜降れば霜を楯とす法の城 (T2. 1913年

         (shimofureba shimowotatetosu norinoshiro)

         if there is a frost,

         the frost be a shield_

         the temple of laws        

(14) 春風や闘志いだきて丘に立つ (T2. 1913年

        (shumpuuya tousiidakite okanitatu)

        in a spring wind

        I stand on the hill,

        my heart full of fight         

(15囀や山かけて売る土地広し (T2. 1913年)

     (saezuriya yamakaketeuru tochihiroshi)

       chirps of birds_

       the broad lot to be sold

       with a hill behind

(16この後の古墳の月日椿かな  (T2. 1913年)   

    (kononochino kofunnotsukihi tubakikana)

     after this date,

     time of the ancient mounds_

     the camellias      

(17) 歌人祭らず俚人ただ祭る社あり (T2. 1913年)

(kajinmatsurazu satobitotada matsuru yashiroari

      (on Hitomaro death-anniversary)

      a shrine,

      no poets worship it,

      villiagers only worship it        

(18) 一つ根に離れ浮く葉や春の水 (T2. 1913年)

     (hitotsuneni hanareukuhaya harunomizu)

     the spring water_

     the leaves float aloof,

     grown from single roots                 

(19) 舟岸につけば柳に星一つ (T2. 1913年)

     (funekishini tsukebayangini hoshihitotsu)

     the boat reached a shore,

     there a willow,

     thereabove a star      

(20) 秋来ればいつもあはれにきぬたかな (M24. 1894年

      (akikureba itsumoawareni kinutakana)

      autumn has come,

      always pathetic

      'kinuta' fulling